才能
ハワイ2日目 朝5時50分
施設2階の学校と同じ造りの壁や天井一面が白で統一された格技場に入ったマオの前には、黒いジャージ姿の岸田と司書の制服姿のユウキそして晋二がいた。
「再戦ですか?」
学生用の任務服姿のマオが岸田に問い掛ける。
「そうだ、実戦授業の後から五木がうるさくてな」
岸田が面倒くさそうに話す。
「あの時の勝ち方には納得していません、本来の戦闘であれば俺は負けていました」
晋二は強い口調で話す。
「再戦はいいんですが、ここは学校敷地外なので生徒手帳が使えない俺は創造できませんし、ここだと記録に残りませんか?」
マオは格技場を見回す。
「それなら心配ない、事前に夢図書館本部に瑠垣の学外創造の許可を取ってシステム設定も終わっている。それにこの研修所はテスト期間中だ、だから記録には残らない」
「そうなんですね、分かりました」
岸田が答えるとマオが上着の袖を七部袖の位置までたくし上げる。
「ありがとう、あの時は君も俺も本気じゃなかったから」
晋二の顔つきが冷たく変わると両手に刃渡り30cmの短剣を創造した。
「両手? なるほど」
(ぶっつけ本番になるが、ずっと考えていた俺にしかできない戦闘スタイル、それを試すには十分すぎる相手だ)
両手に創造した短剣を見てマオに緊張が走る。
「瑠垣、武器の創造はどうした?」
岸田は不思議そうにマオの両手を見る。
「これでいいです」
いたって真剣なマオが冷静に答える。
「わかった、ルールは相手に負けを認めるか俺が判断する。武器は相手に骨折以上の怪我を負わせないものに限る、いいな!」
岸田はマオと晋二の顔を交互に見る。
「……」
「……」
頷く2人。
「じゃあいくぞ、はじめ!」
岸田の掛け声と同時に距離を縮める両者。
(マオがまだ創造しない?)
晋二は右手に持った短剣を上から振り下ろす。
マオは刀を抜く仕草をするが創造はせず手ぶらの左手は下から上へ振り出される。
(瞬間創造)
マオが左手を振り出した瞬間に創造された刃渡り50cmの日本刀は晋二の短剣と接触すると跡形もなく砕け散った。
(くっ、やっぱりマオの一撃は重い、あの時は驚いて対処できなかったが意識していれば何とかなる)
すかさず晋二は左手の短剣で武器の壊れ丸腰になったマオを突こうとする。
(バカか、五木との圧縮率の差を考えていないのか? 司書の戦闘において武器を失う事は死を意味する。まさか、こんなにあっさり終わるとはな……)
岸田が武器を失ったマオを見て目を細める。
(瞬間創造)
マオは再び左腕を動かす。
「!?」
マオは左手に創造したレイピアで攻撃を振り払い、レイピアは粉々に砕け散った。
(なに!?)
信じられないような様子で晋二は驚きを顔に出す。
(瑠垣は、戦いながら瞬間創造ができるのか!? 平常時よりも創造に集中できない戦闘中は創造スピードが遅くなる。何年も実戦経験を積んでようやく平常時との誤差がなくなっていくが、今のは紛れも無く瞬間創造だった)
岸田は驚き目を見開く。
「今度は、こっちから行くよ」
マオが晋二に向かって攻撃を仕掛ける。
(晋二の短剣の軌道、その延長線上に自分の武器があって、そこにある武器を掴むイメージ)
マオは晋二の剣を見切り武器を交え、その度にマオの武器は粉々に破壊されるが瞬間創造で武器を瞬時に創造し反撃する晋二の剣の悉くを討ち払う。
「……マオすごい……けど五木も前の授業みたいに押されていない」
ユウキはマオと晋二の戦いに見入る。
「ああ、今のあいつは両手だからな、あの手数を左手1本で凌ぐ瑠垣も大概だが、そろそろ」
(五木は創造スピードが3秒の高速創造という途轍もない才能があるがゆえに、見落とされがちだが2つの武器の同時創造ができる。これは司書の中でも扱える者が数人しかいない超高難度の創造テクニック。俺は五木の高速創造よりも同時創造の才能を評価している)
岸田は冷静にマオの状況を見る。
(さすがに本気の晋二は強いな、両手になった事で攻撃のテンポの速さが前の比じゃない)
晋二は手数の多さでマオをじわりと追い詰めていく。
(なんだ、この尋常じゃない攻撃の重さは本当に圧縮率が17%の武器なのか? そろそろ決めないと、俺の武器が危ない)
晋二は更に攻撃を早め様々な角度からの攻撃を仕掛ける。
(更にテンポが早く、だったら)
マオは右手を真横に振り抜いた。
!?!?
マオが晋二の攻撃を跳ね返し、晋二は後ろに距離を置いた。
「まさかここまでとは、さすがだよマオ」
晋二は楽しそうに笑う。
「…………」
マオの右手には刃渡り70cmのロングブレードと左手には刃渡り50cmの日本刀が創造され粉々に砕け散った。
「こいつ……」
(瑠垣は俺や五木と同じ2つの武器の同時創造もできるのか!?)
岸田が笑みを浮かべた。
「いくぞ! マオ!!」
そして再び両者は激しく攻撃を打ち合う、マオも両手を使用した事で手数は互角になったように見えた。
(単純なミスだよ。左利きのマオは、この前の実戦授業でもそうだったが右手での剣の扱いはぎこちない、だから今のマオの動きは読める!)
晋二は打ち合いの中、再び後方に下がり両手を胸の前でクロスさせて急加速して突進を仕掛ける。
(くっ!?)
意表を突かれたマオは反応が遅れる。
(終わりだ!…… なっ武器を!?)
猛スピードで突進する晋二に対しマオは両手の武器を捨てた。
「壁? しまった視界が!?)
晋二の視界はマオの創造した直径2mのアイロン型の盾で塞がれる。
「くっそ」
晋二は盾を短剣で真っ二つにする。
「どこに行った?」
粉々になった盾の後方にはマオの姿は無かった。
「!?」
晋二の右側で日本刀を創造し霞の構えをするマオ、刃先は晋二の首元に向けられていた。
「くっ」
晋二がヒビの入ったボロボロの短剣を両手から滑り落とし負けを認める。
(そうか、単純なミスをしたのは俺だった。マオは俺が利き手ではない右手の弱点をついてくる事を読んで……完敗だ)
「そっ そこまで」
岸田は額に汗を浮かべた。
「……すごい」
ユウキは目を丸くした。
「完敗だ、やっぱりお前は本当にスゴイよ」
満面の笑みを浮かべた晋二は右手を出す。
「ああ、こちらこそ」
マオも笑みを浮かべて晋二と握手をする。
「お前ら、先に朝飯行って来い」
岸田は同様し声が詰まっていた。
「はい、わかりました」
「司書長、お先に失礼します」
「……失礼します」
マオと晋二、ユウキの3人は格技場を後にする。
岸田は格技場からマオたちを外に出すと1人で考え事を始める。
(戦闘中の瞬間創造、人間ではありえない使用率を使用した攻撃力、状況を冷静に見て行動を選択する判断力と五木に勝った瑠垣の実力は司書になっても充分にやっていけるレベル、俺の考えは瑠垣の成長の邪魔をしているのか?)
岸田は悩み立ち尽くした。
時間は遡り 朝7時20分
白のワンピースにサンダル姿の遥はレストランの朝食バイキングに入ると、ピンクのポロシャツに半ズボンのジーンズに青いスニーカー姿の猛と一緒になる。
「吉村君、おはよう〜!」
遥は元気よく声を掛ける。
「おす、浦和か! あれ相川は?」
猛はいつも一緒にいるユウキがいない事を疑問に思う。
「それが朝起きたら、いなくて」
遥は心配そうに話す。
「俺もだ、起きたらマオと晋二がいなかった」
猛も2人の不在を不安そうに話す。
「も〜 あの3人はいつもそう!」
遥はプク〜と頰を膨らませる。
「まったくだ」
猛は頷いて同意する。
「そうだ! この後、海岸散歩しない? せっかくのハワイなんだから楽しまないと!」
遥は笑顔で猛を散歩に誘う。
「おっおう! いいぜ!」
猛は緊張したように返す。
朝食を食べ終えた遥と猛は砂浜を散歩した。
服が濡れないように波打ち際には近付かない2人。
「あのさ、浦和」
猛は徐に口を開く。
「なに?」
猛の左隣を歩く遥は笑顔で答える。
「工藤のどこが好きなんだ?」
「う〜ん……正輝ってさ、昔から寂しがり屋のくせに構い過ぎると拗ねるし意地悪言うし、大っ嫌いなんだけどね」
話をはぐらかそうとした遥だったが真剣な表情の猛に照れたような笑顔を浮かべて心の内を話す。
「おう」
猛は落ち着いた雰囲気で返事をする。
「そんな面倒くさくて、いい時と悪い時の波が激しくて難しい人間だけどね、私が困った時はいつも助けてくれるの!」
「おう」
猛が頷く。
「だから私は、この人じゃなきゃダメなんだぁ〜って思っちゃって、そう思ったら知らないうちに好きになってたの!」
遥は照れながらも明るい笑顔を浮かべる。
「おう」
(その笑顔だ、その笑顔に俺は)
猛は遥の笑顔を見つめる。
「だから、最近ちょっとすれ違っているけど絶対に大丈夫! だって正輝は昔から、いいヤツだもん!」
遥は悲しそうに笑った。
「俺は、浦和の事が好きだ!」
真剣にな眼差しで猛は遥に告白する。
「えっ」
猛の急な告白に遥の表情が固まる。
「だけど、やめた!! 俺は浦和の恋を応援する!」
猛が笑顔を浮かべて話す。
「浦和は時々、人に心配をかけまいと無理して笑う、人に笑顔を分け与える、そんな浦和が好きだった。だから今度はお前が心から笑顔になる番だ!」
猛は素直な気持ちを話す。
「グズっうっっっうっうう」
遥は歩みを止めボロボロと鳴き始めた。
「ごめんね、グズっ なんでだろ……グズ」
遥は両手で溢れ出る涙を拭く。
「大丈夫! 浦和は優しい、工藤も絶対にわかってる。だから自信持てよ!」
「うっっっう、うん、ありがとう」
猛が優しく微笑むと遥は涙を流しながら笑った。
(これだ、この優しいさを俺だけに向けて欲しかった。その笑顔を俺のモノにしたかった。だけど今どうでもいい、俺の好きな人が幸せになってくれるなら……クッソ、工藤お前は幸せもんだぞ!!)
猛は遥が泣き止むのを待って2人はそれぞれの部屋に戻った。
日本 5月6日(水) 15時15分
「本当に客が来ない……」
白いYシャツに黒いスラックスと黒いエプロン姿の正輝が棒読みで呟く。
「これが平常運転です」
秦は自信満々に胸を張って答える。
「いやいや! このゴールデンウィークの3・4・5・6日の4日間で1人も来ないなんて」
正輝は呆れた様子で話す。
「いや〜 それ程でも」
照れた秦が頭を掻きながら呟く。
「断じて、褒めていませんよ」
正輝がジト目でツッコミを入れる。
「厳しいですえね、それはそうとバイトは今日で最後ですね」
秦は冷静に話す。
「そうですね、学校か……」
正輝の顔は暗くなくなる。
「お友達とは、その後どうですか?」
「いや、まだ」
「仲直りしたくありませんか?」
秦は見透かしたように話す。
「もういいでしょ! 仲直りできるならとっくにしてます!! あいつらが悪いのに」
正輝は怒鳴った。
「もし簡単に仲直りできるとすれば?」
秦の声が冷たさを帯びる。
「そんな!! 簡単になんて……」
怒った正輝は拗ねたように返す。
「簡単にできれば?」
秦が聞き返す。
「……したいです」
正輝は小さい声で本音を漏らした。
「では、待っていて下さい」
秦は店の出入り口に向かって歩き出す。
「今日はお終いです。付いて来て下さい」
秦は店の外に出て扉に掛かっている札をcloseに裏返し戻ってきた。
「階段? 地下ですか?」
秦は正輝を連れカウンター奥、右側の扉を開けた。
「暗いので気をつけて下さい」
ランタンを持った秦を先頭に地下まで続く薄暗い階段を降りる2人、階段を降りて前方に4mほど進むと古い扉があった。
「古い部屋ですね」
物々しい雰囲気に正輝が呟く。
「そうですね、では開けますよ」
秦が扉を開くと動物の唸り声と共に暗い部屋から赤く輝く6個の小さな光が正輝の視界に入った。
「うわぁーーーーぁ」
驚いた正輝が尻餅を着く。
「大丈夫ですか?」
秦が心配そうに右手を差し伸べる。
「何ですか?」
正輝が秦の手を掴み立ち上がって再度、部屋の中を確認する。
「これは?」
正輝は緊張した様子で質問する。
「初めて見ますか?」
秦が冷たい声で答える、2人の視線の先には全長1.9mの大きく真っ黒い毛並みの狼が3体いた。
「まさかこれは、夢獣?」
驚いた表情の正輝が恐る恐る秦に問い掛ける。
「そうです。あなた方が言うところのランクCの夢獣です」
秦が冷たい声で答える。
「これって犯罪じゃ」
正輝は青ざめた顔で声を震わせる。
「夢獣は誤解されているんです。本当は人を襲ったりしない、いい子なんですよ」
飼い犬をあやすように狼を撫でる秦と撫でられて気持ち良さそうに転がる狼。
「ほら、正輝君も触って下さい!」
「あっ本当だ、あったかい」
秦に言われるがままに狼を撫でる正輝は少し笑顔になった。
「この子たちを正輝君に貸しましょう」
「えっ?」
秦の突然の申し出に正輝は戸惑う。
「先ほどの仲直りの件です。この子たちを使って転入生を脅すんです」
「それって……」
正輝が断ろうとする。
「相手は正輝君と同い年で司書です。普通の学生ではありません、普通でない相手にはこちらも普通ではない対処をするのです。あなたは危害を加えなければ襲ったりしませんので」
秦は正輝の耳元でまで近付き。
「友達を取り返したくありませんか? 好きな人を奪い返したくはありませんか? 話していて分かりました。あなた遥さんって方が好きですね」
秦は耳元で囁く。
「……そう…です」
正輝は小さく頷く。
「あなたは特別な人なので私もここまで力を貸します。あなたは特別なのです」
秦は更に耳元で囁く。
「そうだ…そうだ、あの司書がいけない……あいつらが来てから俺たちは…………コワレタ」
正輝の目から光が消える。
「南館最上階の第3研究準備室。そこに、この子たちを運んでおきます。明日は幸いにも司書課の教員はいません、明日が絶好のチャンスです」
秦は正輝に銀色の鍵を渡す。
「教師の目が甘い、お昼休みですよ」
「はい……ワカリマシタ」
表情のない正輝は鍵を受け取る。