合宿はハワイ!?
(正輝……)
マオがクラスメイトと和解していく最中、1人で教室を出る正輝の背中を遥は悲しそうに見ていた。
「……遥?」
ユウキは心配した様子で遥に話し掛ける。
「うんん、大丈夫……マオよかったね、マオが教室であんな笑顔をするところ初めて見たよ」
人集りの中心にいるマオを見て遥は優しく笑った。
(正輝、一体どうしたの? マオがこんなに楽しそうにしているのに、本当なら正輝もマオの隣で笑顔で立っているはずだったのに……)
教室から出た正輝は学校正門を出てある場所へ向かった。
「たしか、ここのはず」
正輝が向かった場所は『like truth』先日、偶然見つけた喫茶店である。
居心地の良さが忘れられない正輝は居場所を求めるように、店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ、おや?」
あの時の金髪メガネ店員が上品に出迎える。
「また、来ました」
店内の落ち着いた雰囲気に正輝は笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、お待ちしておりました」
店員は会釈をして正輝を店内に入れる。
「どうもです」
正輝は店内に入るとカウンターに腰掛けた。
「お冷やと、メニューです。冷たいのでお気を付け下さい」
店員はお冷やを物音1つ立てずに正輝に出した。
「アメリカンコーヒーをホットで」
正輝は前回と同じ物を注文する。
「お気に召したようで、かしこまりました」
店員は流れるような手際でコーヒーを抽出し、ソーサーに置かれたカップを正輝の目の前に置いた。
「お待たせ致しました」
「ありがとうございます」
正輝はコーヒーを一口飲む。
「やっぱり、美味しい」
「ありがとうございます」
店員は会釈をするとカウンターの奥でコーヒー豆をミル引きし始める。
正輝はコーヒーカップを見つめてマオの事、遥の事を考えてしまう。
「…………」
正輝の表情は恨みを含んだような険しい表情になっていた。
「何かお悩みですか?」
正輝は店員の一言で我に帰る。
「なんでも、ありません」
正輝は顔を背けて一蹴してしまう。
「そうですか……前回もそうでしたが、本日も随分と時間が経っていましたので」
「えっ!? ほんとだ、もう40分も経っている。コーヒー一杯でこんな、すみません」
正輝は慌てて時計を見る。
「いえいえ、そんな意味ではないですよ。あまりにも深刻そうな顔で長考していたので、何か差し迫った事があるかと勝手に心配してしまっただけです」
謝る正輝に店員は少し慌てた様子で両手を左右に振る。
「すみません、ここは人が少なくて落ち着ける雰囲気で居心地がいいんです」
店員の優しさに正輝は本音をこぼす。
「今、私の店にお客様が入らないと言われた気がしますが」
店員は苦笑いをする。
「あああ、すみません。そんな意味ではなく。雰囲気がすごくいいって事を」
正輝はしどろもどろになる。
「ふふふ、冗談です。ですが、明るい表情になって良かったです」
店員は上品に笑う。
「あっ」
正輝は先ほどまで心にあったモヤモヤが少し楽になった事に気付く。
「ありがとうございます。さっき、私の店って言ってましたよね?」
正輝は不思議そうに質問をする。
「そうですよ、喫茶店『like truth』の店主、秦です」
店員は胸を張って答える。
―――秦 身体183cm 体重70kg 喫茶店『like truth』の店主で見た目は20台中盤―――
「若いのに、すごいですね」
正輝は感心したように秦を見て。
「いえいえ、大したことないですよ。お店もご覧の有様ですし」
秦は苦笑いを浮かべながら、正輝以外に客のいない店内を見渡す。
「すみません」
正輝が頭を下げる。
「いえいえ、本当の事ですから」
秦は笑みを浮かべて答える。
「さっきの話しなんですが、聞いてもらえますか?」
正輝はバツの悪そうな顔をして先ほど秦に聞かれ一蹴した話をする。
「ええ、私でよろしければ」
秦はルミ引きを中断すると立ち上がり正輝の正面まで歩いてきた。
「ありがとうございます」
そして正輝は話し始める。
人に絶対に話したくない自分の心の内を秦という男の持つ独特な和やかで柔らかい雰囲気が不思議なほどに正輝の口を動かす。
一度開いた口はまるで塞きを破壊されたダムのように言葉を発し、昨年から続いていたマオへのイジメの事、そのマオの唯一の友人であったのが自分と遥だった事、転入生がマオと遥、自分の3人の時間をめちゃくちゃにしている事、学年が変わりマオが見せた司書の才能、その事でマオを取り巻く環境が変わってしまった事、マオがその才能の事を自分に話してくれなかった事、今までイジメられていた人間をあっさり許して今まで友人でいた自分と同じように接している事への憤りを正輝は秦へと話した。
「…………」
秦はただ相槌を打ち表情は真剣そのもので正輝の目をしっかりと見ていた。
正輝は自分が特別に扱われていると思うほど秦は献身的に話を聞いていた。
「すみません、こんな時間まで」
話しを終えた正輝が時計を見ると時刻は20時を回っていた。
「大丈夫ですよ、こちらも貴重な話を聞かせていただきました」
秦は後ろへ振り向く。
「余り物ですがどうぞ、お題はいりません」
正輝にサンドウィッチとミネストローネを出した。
「ええっ申し訳ないです」
正輝が恐縮する。
「いえいえ、私が引き止めてしまいましたし、時刻は夕食時です。お客様を空腹で帰すわけにも行きませんし、正輝君は特別ですから」
「本当に、ありがとうございます」
特別に扱ってもらえる、自分を見てくれる、ただそれだけが嬉しくてたまらない正輝はサンドウィッチとミネストローネを食べる。
「本当にありがとうございます」
食事を終えた正輝は秦に頭を下げる。
「いえいえ、当然の事をしたまでです」
笑顔の秦は正輝を見送る。
「また来ます! おやすみなさい!」
「はい、おやすみなさい」
秦は正輝の姿が見えなくなるまで店の前に立っていた。
「あっ正輝」
晋二たちと夕食を終えたマオが自室へ入ろうとした瞬間、正輝が視界に入る。
「正輝、どこに行ってたんだよ?」
心配した様子でマオは話し掛ける。
「ああ、ちょっと外で飯食ってた」
正輝は素っ気なく答える。
「そうか、体調は本当に悪くないんだね?」
マオは更に質問をする。
「大丈夫、何回も言っているだろう」
少し不機嫌な様子で正輝は自分の部屋に入ってしまった。
「だったら、いいけど」
マオの声が小さくなる。
次の日の放課後、岸田に呼び出されたマオと晋二、ユウキは岸田専用トレーニングルームに来た。
「来たな」
黒のジャージ姿の岸田が出迎える。
「失礼します」
学校指定ジャージ姿のマオたちは岸田の座っているソファーの向かいに立つ。
「進級や転入やらで慌ただしかったと思うが、そろそろ落ち着いてきただろ、今日から瑠垣の強化練習を開始する」
岸田はそう告げて立ち上がる。
「今日は瑠垣の創造を徹底的に調べるぞ」
両手を組んだ岸田が笑みを浮かべた。
「調べると言いますと?」
晋二が質問する。
「相川の目を使う」
岸田がニヤリと笑う。
「なるほど……確かに、機械じゃ見れませんからね」
晋二は意図を理解した様子。
「目って何ですか?」
マオが首を傾げる。
「そうだな………… なぜ結晶タイプが具現タイプに比べて極端に数が少ないか知っているか?」
岸田は少し考えてから口を開く。
「分かりません」
正直に答えるマオ。
「具現タイプと結晶タイプの違いは、もちろん創造にも現れるが1番の違いは目だ、結晶タイプの人間は空気中の夢粉がある程度の濃度になると視覚する事ができる。その見え方で敵の圧縮率をおおよそで割り出したり、何を創造するかの予測する事ができる。残念ながら現在の技術でも見る事ができない為、俺たち具現タイプの人間は視覚する手段がないんだ」
「なるほど、知らなかったです」
マオは頷く。
「結晶タイプは、まだまだ分からない事が多いから情報も少ないし、扱える人数は極端に少ないから知らなくて当然だ」
岸田はユウキを見る。
「瑠垣の瞬間創造は見えるか?」
「……早すぎて見えません」
岸田の問いにユウキは無表情で答える。
「だとよ、だから瑠垣、今日はスピードを変えて、かなりの数を創造してもらうから覚悟しろよ」
岸田は再びマオの方を向いてニヤリと笑う。
「が、頑張ります」
マオの顔が引きつっていた。
「あの〜 俺は?」
役割の無い晋二が岸田に質問する。
「あ〜 そうだな。今日のお前やる事無いし、この部屋の掃除だ」
「えぇぇぇ」
晋二の表情が暗くなる。
「ガンバレヨ」
岸田が睨む。
「了解しましたーーーぁ」
雑巾とバケツを持って晋二は元気よく掃除を始めた。
「じゃあ、30秒から1秒ずつ時間を減らして創造しろ、正確さを出す為に創造する物資は統一しろよ」
岸田が両手を組む。
「わかりました」
マオは創造を始める。
「相川、しっかり見てろ」
岸田が小さい声で話す。
「……了解しました」
マオは30秒ゆっくり時間を掛け刃渡り50cmの日本刀を創造した。
「じーーー じーーー」
凝視するユウキ。
「えっーーと、そんなに見られると」
無表情のまま凝視されマオは恥ずかしそうにしているが、ユウキは全く気にしていなかった。
「どうだ、相川?」
岸田が問い掛ける。
「……夢粉の集合が起こっていません」
「はっぁ??」
岸田はユウキの答えに驚き間抜けな返事をする。
「……通常は創造すると……夢粉が物質の形に集合して物質化していきます……マオは急に物質が出現します」
ユウキが必死に考え解説する。
「急に物質が出現する?」
岸田が右手で頭を掻く。
「……そうです」
ユウキは小さく頷く。
「じゃあ、続けるか。次は29秒」
難しそうな表情をする岸田に無表情のユウキ。
その後もマオは創造を続ける。
「ふーぅこれで、お終いですか?」
疲れた様子のマオが岸田に話し掛ける。
「ああ、そうだな。それで相川、どうだった?」
「……どの時間創造してもマオの創造は変わらないです……急に物資が現れます……マオ、最後に瞬間創造を見せて」
ユウキはこめかみに右手人差し指を当て瞬間創造のリクエストをした。
「分かった」
マオは左手をかざし一瞬で日本刀を創造する。
「……うん」
ユウキが頷く。
「……マオは常に瞬間創造を使っている」
ユウキは岸田の方を見て話す。
「どういう事だ?」
岸田が聞き返す。
「……さっきも言った通りですが……マオの創造は何も無い空間から急に物質が出現します……それは、どの秒数でも共通していました……最後に瞬間創造を見たいと言ったのは、さっきまでの創造と比較するため……」
「それで?」
岸田が真顔で問い掛ける。
「……全く同じです……多分、マオが時間を掛けているだけで、実際に創造してる時間は瞬間創造と同じです……圧縮率が低いのは多分、瞬間創造は圧縮率が低くなるとマオが思い込んでいるからだと思います」
「俺の思い込み……」
左手を凝視して考えるマオ。
「なるほどな」
ユウキの仮説に岸田は難しそうな顔をする。
「瑠垣、圧縮率を測定するぞ」
岸田はノートパソコンを起動する。
「はい、分かりました」
マオが左手を前に突き出す。
「いいか、相川の仮説が正しければ、瞬間創造でも圧縮率は17%近くになるはずだ、何も考えずに創造しろ」
「はい」
集中したマオが一瞬で日本刀を創造する。
「相川、お前を呼んで正解だったみたいだ。15%」
岸田はパソコンを見て笑う。
「よし!!」
マオがガッツポーズをする。
「これで課題も分かった。瑠垣の圧縮率が低い原因は夢粉を集合させていないからだ」
岸田が低い声で話す。
「ですね、という事は夢粉を手元に集める事を練習すれば課題は解決しますね」
掃除を終えた晋二が会話に入る。
「じゃ早速始めよう、瑠垣、創造はしなくていい手元に集中しろ空気中の夢粉を集めるイメージだ」
岸田がマオに指示する。
「ん〜〜〜ん〜」
マオは左手を前に出して唸る。
「どうだ? 相川」
岸田がユウキの方を向く。
「……全く集まっていません」
「あれ??」
ユウキがきっぱりと言うと、マオはガックっとバランスを崩す。
「そんな一朝一夕には出来ないさ。毎日やって少しずつできるようになればいい」
岸田がマオを励ます。
「ありがとうございます」
マオは疲れの色を見せる。
「じゃあ、今日はこれで終わりにするか」
岸田の一言でマオの強化練習がお開きになる。
「岸田先生、晋二にユウキありがとう! これからもよろしく!」
マオが一礼をする。
「おう! そんな改まらなくてもいいじゃん! 友達だし」
「……マオは才能がある……協力する」
4人は岸田専用トレーニングルームを後にする。
「今日も美味しいです」
コーヒーを飲んだ正輝が思わず口にする。
「ありがとうございます。ここのところ毎日ご来店頂いてますね」
カウンター正面に座る正輝に秦は笑顔で答える。
正輝は、春休み以前はマオと遥と過ごす事が多かった放課後だったが、この数日は居心地の良さから喫茶店『like truth』に足を運ぶ。
「いや〜 コーヒーも料理も美味しいし雰囲気も最高なので、ついつい」
ご機嫌な正輝がそう答える。
「光栄です」
秦はコーヒー豆のミル引きを始める。
「来週はゴールデンウィークですね」
しばらく時間が経つと秦は徐に口を開く。
「確かに、今年は予定ないな〜」
秦の言葉に正輝は退屈そうに椅子にもたれかかる。
「お友達と出掛けたりしませんか」
秦はミル引きする手を止める。
「昨年までは行ってたんですが……」
昨年のゴールデンウィークはマオと一緒に遊びに行っていたが、今年は全く予定を立てていない正輝は寂しそうに呟く。
「すみません、出過ぎた真似を」
秦が申し訳なさそうに謝る。
「秦さん気にしないで下さい、全部あいつらが悪いんです」
正輝は全く気にしていない様子。
「でしたら」
秦は閃いたように表情を明るくさせる。
「何ですか?」
「ゴールデンウィークの期間限定でウチでバイトしませんか? バイト代は弾みますよ」
秦が笑顔で提案する。
「えっ規則でバイトは禁止なんです」
正輝が申し訳なさそうな顔をする。
「その点は大丈夫です。お客様は来ませんから、ここのお店は人気がありませんからね」
秦は笑顔で答える。
「あの時は本当にすみませんでした。秦さん、やっぱ根に持ってますよね?」
正輝は過去の失言を思い出して謝る。
「ふふ、冗談です」
上品な笑顔のままの秦。
「そうですね……だったら、バイトお願いします」
考えた末、正輝はバイトを了承した。
「ええ! 助かります。5月3日の午前9時からスタートで」
秦は胸ポケットから小さなメモ帳とボールペンを取り出した。
「はい! よろしくお願いします」
正輝は満面の笑みを浮かべる。
5月1日(金)
学校に登校したマオと晋二、ユウキは1階下駄箱付近の掲示板前を通る。
「あっ校内新聞!」
晋二が掲示板を指差す。
「……遥が毎日、書いてたの?」
ユウキも新聞を見る。
「遥の記事って、しっかり書かれてるから人気なんだよね」
マオも関心した様子で新聞を見る。
『衝撃!! 最年少司書コンビ電撃転入!!』
「おっ晋二の事が書いてある。創造スピード世界記録保持者の五木晋二くんは、転入初日の基礎測定で圧倒的にな創造スピードを披露し実戦授業では学生に司書レベルの戦闘を披露し完膚なきまでに叩きのめした! 『転入を楽しみにしていました。皆さん気軽に声を掛けて下さい。』晋二のコメントも載ってる。遥いつの間に」
マオが新聞を見て驚く。
「照れるなぁ。あっ! ユウキの記事もあるよ」
晋二は自分の記事を読まれて照れたように頭に右手を乗せる。
『ミステリアスなクリスタルレディー!』
「世界でも希少な結晶タイプの相川ユウキ、創造して出来る結晶は透明なダイヤモンドのように美しく結晶に囲まれた相川ユウキはまさに宝石の国のお姫様!」
晋二がユウキの記事を読み上げる。
「……マオの記事もある」
顔を少し赤らめた無表情のユウキがマオの記事を見つけた。
「え?」
驚いたマオが記事を見る。
『クールなダークホース、瑠垣マオ!!』
1年時には目立った成績は無かったが、2年生になっていきなり創造スピード3秒台を記録すると初の実戦授業で現役司書の五木晋二くんを後一歩まで追い詰めた! 今後も瑠垣マオの成長に目が離せない!!
「はははは」
記事を見たマオは乾いた笑いをした。
(遥、俺に許可なく記事を)
放課後、岸田専用トレーニングルーム。
「う〜〜ん、ユウキどうなってる?」
左手を前に出し唸るマオ。
「……ぼんやり集まっているぐらい」
ユウキが無表情で話す。
「やっぱダメか〜」
膝に手をつくマオ。
「何でだろうな?夢粉は人の心や思いに過敏に反応するのに」
晋二は首を傾げ考える。
「晋二の言っていた、夢粉を集めるイメージはできているんだけど、難しいね」
両手を組んで考えるマオ。
「お〜 やってるな!」
いつも通りのYシャツとスラックス姿の岸田が入ってくる。
「なんだ? 難しそうな顔して」
「マオの周りに、ほとんど夢粉が集まらないんです」
晋二が心配そうな顔で岸田に話し掛ける。
「そうだな、こう言う時は根詰めてもダメだ! お前ら来週から始まるゴールデンウィークは予定あるか?」
ハイテンションの岸田は3人にゴールデンウィークの予定を聞く。
「特にないです。練習しようかと」
マオが平然と答える。
「溜まった漫画の新刊を読もうかと」
晋二が手帳を確認する。
「……ないです」
ユウキは無表情で答える。
「なんだ若いのに。ま〜ぁ、そうだろと思ったから聞いたんだがな。これを見ろ」
そう言って岸田は3人に1枚の書類を見せる。
「これ、この前の会議で言っていたのですよね?」
晋二が岸田に質問する。
「そうだ、夢図書館の新しい研修施設が今日完成した。その名も夢図書館ホノルル研修所だ!」
岸田はハイテンションのまま答える。
「そのままのような気がしますが」
マオが平然とツッコミを入れる。
「この研修施設は7月までテスト運用をする。そこでだ、お前らをテスト要員でここに招待しようと思う」
「おおお!!」
岸田の言葉にテンションが上がった晋二は叫び出す。
「でだ、俺も引率するが、お前らの他にあと2人のテスト要員のチケットを貰った急ではあるが誰か誘ってもいいぞ、飛行機は5月3日、日曜日の23時30分発の2泊3日だ」
「はい、ありがとうございます!」
(遥と正輝を誘ってみよう)
マオは初のハワイにテンションが上がる。
「……パンケーキ!」
ユウキも目をキラキラさせていた。
5月3日(日)22時00分
空港に着いたマオ・晋二・ユウキ・遥・猛は岸田の到着を待っていた。
「マオ〜 本当にありがとよぉ〜!」
興奮のあまり涙を流す半袖の派手なピンク色のアロハシャツに黒いハーフパンツ、サンダル姿の猛。
「吉村君、大きな声出さないでみんな見てるよ」
水色の派手なワンピースとサンダル姿の遥が猛に注意する。
「君たちの格好が既に注目の的だけどね」
濃い緑色のマウンテンパーカーに黒いジーンズと黒い運動靴のマオが冷静にツッコム。
「……あれに比べればマシ」
ネイビーに白いラインの入ったのブルゾンに白とネイビーのボーダーTシャツ、グレーのチェックのミニ丈スカートからは黒いタイツに包まれた細い足、白いスニーカーを履いたユウキが白い目で右隣を見ている。
ユウキの視線の先には。
「同級生とハワイ合宿! 青春やね〜」
浮かれ過ぎてキャラが崩壊している晋二は、猛よりも派手な黄色のアロハシャツに水色のハーフパンツにサンダル、黒いウェリントンサングラスを掛けて極め付けは首にピンク色のレイを掛けていた。
「あー 確かに」
マオがジト目で晋二を見る。
「晋二君、楽しそうだね!」
遥がマオの左隣に近付いて話し掛けた。
「そうだな、正輝も来れればよかったのにな」
マオが元気のない声で正輝の事を話す。
「うん……でも、正輝の分まで楽しんで、お土産買ってあげるんだ〜」
遥が明るく答える。
4月24日(金)
いつもの強化練習を終えたマオは正輝の部屋の前にやってきた。
♬〜♬〜
マオがインターホンを押すと扉が開き制服姿の正輝が出て来る。
「久しぶり、正輝」
ここ数日間、全く話していないマオは少し緊張していた。
「どうした? なんの用?」
無表情の正輝は素っ気なくマオに質問をする。
「ゴールデンウィークって予定ある? 夢図書館の研修施設がハワイに出来たんだって! それで岸田先生が俺と晋二とユウキを招待してくれたんだけどチケットが余ってて、もし予定が無かったら正輝も」
「ごめん俺もう予定入ってるわ、他当たって」
(俺は余り物のオマケかよ)
マオが話を終える前に正輝は口を開く。
「そっか急だったしね、ごめんね正輝」
マオは残念そうにそう告げる。
「話は終わり?」
正輝は素っ気ないまま聞き返す。
「あっああ」
マオの声が小さくなる。
「じゃ、おやすみ」
正輝はドアを閉めた。
「だね! せっかくのハワイなんだから楽しまなくっちゃ!」
マオは頰を両手でパチンと叩いて話す。
「待たせたな〜って、お前、五木か?」
普段と同じYシャツとスラックス姿の岸田が到着すると晋二の派手過ぎる格好に驚いていた。
「じゃあ、お前ら付いて来い」
岸田は歩いていた空港の男性職員を捕まえると起動させた創造免許証を見せた。
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
男性職員を先頭に空港の中を歩く一同。
「こちらです」
手荷物検査も出国審査もなく、飛行機のファーストクラスへと案内された。
「これも司書の特権」
遥は目を輝かせて座席に座る。
23時30分、飛行機は離陸しホノルルに向けて飛び立つ。
「マオ! おいマオ! 起きろって!」
飛行機に乗って6時間半が経過したところで、晋二は隣で寝ているマオに話し掛ける。
「……なに?」
マオは眠気まなこで答える。
19時間の時差があるホノルルの日時は5月2日(土)午前11時00分。
「海、すげーキレイだ」
窓を指差す晋二、マオも窓を見る。
「本当だ、写真で見た景色だ」
眠気が吹っ飛んだ様子のマオが飛行機からの絶景を見ていた。
飛行機は着陸しマオたちは空港から出た。
「う〜ん、ハワイ!!」
遥は元気に両手で万歳のポーズをする。
「……パンケーキ」
無表情のユウキが呟く。
「研修施設までは車で行く、そろそろ到着するはずだが」
岸田が話し終わるのと同時に一台の黒いファミリーカーがマオたちの前へ止まる。
「お待ちしておりました。どうぞ」
左側に付いた運転席の50代ぐらいの女性が話し掛けると、マオたちは車に乗り込み移動をする。
車で15分ほど海岸沿いを移動すると白いビーチが見えてきた。
「うわぁー綺麗!」
ハワイのビーチに感動する遥。
「マオ、お前ってやつは!! 本当に誘ってくれて、ありがとな!!」
猛は泣きながら話す。
「あはは」
マオは面倒くさそうに乾いた笑いをした。
「あのビーチの後ろの建物が研修施設です」
運転をしている女性が口を開く。
「あの大きな建物ですか?写真で見るよりも大きな印象です」
マオが平然と感想を述べる。
夢図書館ホノルル研修所
プライベートビーチと宿泊施設を完備したサッカースタジアムほどの大きさがある3階建の建物。
1階は15の会議室・室内プール・3つのレストラン・温泉。
2階にはトレーニングジム・格技場・測定室・研究室。
3階は宿泊施設・コンビニ・温泉露天風呂がある。
研修所に到着し1階入り口付近のスペース。
「よ〜し、ここからは自由時間だ。部屋は1号室が男で2号室が女だ、俺は4号室にいるから何かあったら来いよ。じゃあ解散」
岸田はエレベーターに乗って行ってしまった。
「えーっと……どうしよう?」
マオは口を開く。
「決まってるじゃん!」
遥は元気よく答えた。
「う〜み〜だ〜〜〜ぁ」
遥が叫びながら快晴の日差しの中、白い砂浜を走っている。
部屋に荷物を置いたマオたちは研修所のプライベートビーチへやってきた。
「……遥……待って」
ユウキも遥の後を追い掛けて走り出した。
「うっっうっっうう」
「どうしたの、猛?」
涙を流している緑のサーフパンツ姿の猛に黒いサーフパンツ姿のマオは問い掛ける。
「俺、生きててよかった! あの相方ユウキの水着姿が生で観れるなんて! しかも見ろよ浦和の水着、色々凄いぞ」
「お前な〜」
ジト目のマオ、猛の視線の先には雪のように白い肌のスレンダーな体つきに黒いビキニ姿のユウキと大きな胸が溢れそうなオレンジ色のビキニ姿の遥がいた。
「まさか、こんな水着イベントが俺の高校生活に訪れるなんて! マオ、本当にありがと〜〜ぉ」
猛がマオに抱きつく。
「はいはい」
冷静なマオが面倒くさそうに返す。
「ところで晋二のヤツ何やってんだ?」
猛が周りを見渡す。
「さあ? ちょっと遅れるとしか言ってなかったから」
マオが両手をあげ分からないとジェスチャーをする。
「お待たせ〜〜」
後方から晋二の声がしたのでマオと猛は振り向く。
「おーい! 何やっっ!?」
猛の表情が固まった。
「ごめん! これ用意してたら時間食っちゃって」
オレンジのサーフパンツ姿の晋二が巨大なリアカーを引きずって歩いてくる。
リアカーにはビーチパラソル・スイカ・BBQセット・サマーベットが3つの他、各種遊び道具が乗っていた。
「……凄い荷物だね」
マオが驚きながら話す。
「お前これ、どうやって持ってきた? あのバックじゃ入んないだろ」
猛がツッコミを入れる。
「ふっふっふー 甘いな! 俺はこの予定が決まってから、ネットでこのセットを注文して届け先をココにしたんだ!」
晋二は相当楽しみにしていたのか胸を張って自慢げに話す。
「炭と食べ物だけここで買って、あとは創造すればよかったんじゃない? 晋二なら、これぐらいの物は創造できると思うけど」
マオは冷静に話す。
「……確かに…………」
晋二は呆然と立ち尽くした。
「あっはははは、面白しれ〜ぇ! 腹いて〜ぇ」
マオと晋二のやり取りに猛が大爆笑した。
「わ〜! 何これ?すご〜い」
戻って来た遥が晋二の荷物を見て驚く。
「……スイカ〜」
ユウキがリアカーからスイカを両手で持ち上げた。
「あれ? 晋二君が、すごく面白い顔しているんだけど、どうしたの?」
遥は立ち尽くす晋二を見て呟く。
「……なんでもないよ」
晋二は消え入りそうな声で呟く。
「ん?? どうしたの」
状況が分からない遥はマオに問い掛ける。
「それが……」
マオが遥に状況を話す。
「あ〜 なるほどね! それなら任せて!」
遥はマオにウインクをする。
「そうだ! お昼も回ったし、晋二君が持ってくれたBBQセットでお昼作ろ〜」
「いいね!晋二が持って来てくれたから、すぐに準備が出来るしね!」
わざとらしく遥が言うとマオは意図を理解した様子で話す。
「そうかな?」
晋二が小さい声で話す。
「そうだよ〜! 晋二君はみんなに負担を掛けないように、わざわざ注文してくれたんだよね!」
遥は満面の笑みで晋二を肯定する。
「お〜! そうなんだよ! 移動や遊びで疲れちゃうといけないなって思って」
晋二は元気を取り戻した。
「お前、意外と単じゅっっ、ごっふ」
口を開きかけた猛は遥に鳩尾にエルボーされた。
「よ〜し! みんなでBBQの準備をしよう! ユウキ、後でスイカ割りするから置いといてね!」
さっきまでのハイテンションに戻った晋二は張り切ってBBQセットを組み立てる。
「お〜 美味そう!」
炭火でこんがりと良い色に焼ける肉と野菜を見て猛が口を開く。
「そろそろ焼けるね!」
肉と野菜の刺さった鉄串をひっくり返しながら晋二が話す。
「お、いいな!1本もらうぞ」
いきなり来た、赤いアロハシャツと茶色のサーフパンツ姿の岸田が小さなクーラーボックスを肩に掛けて鉄串を取る。
「ああ! ずるい」
遥が思わず声を出すが、全く気にした様子のない岸田は、晋二の持ってきたビーチパラソルで日陰を作りサマーベットに寝転ぶと持ってきたクーラーボックスから缶ビールを取り出しプルタブを開ける。
「んぐっんぐっんぐ、プハ〜〜!! 大人はいいんだよ。俺はゴールデンウィーク明けすぐに本部に行かなきゃいけないから、休憩休憩〜」
岸田はだらけた声で話す。
「も〜」
遥は不満そうに頰を膨らます。
「本部って、何かあったんですか?」
鉄串をひっくり返しながら晋二が質問する。
「ああ、班長以上の司書が招集された。だから俺は5月7日は朝から本部だぁ〜。たく、ダリ〜な」
岸田は面倒くさそうに話す。
「班長以上ですか。事件ですかね?」
晋二が焼けた鉄串を配りながら話す。
「あむ。俺が知るか、てか、今は仕事の話は無しだ」
岸田は焼けた肉を食べながら話す。
「そうですね、すみません」
「さ〜! みんなコップ持って!」
遥がジュースを注いだコップをお盆に乗せて配る。
「お! サンキュー!」
猛がコップを持つ。
「じゃ〜乾杯!」
「乾杯!!」
遥が乾杯の音頭を取るとマオたちも続いた。
「岸田司書長、肉焼けましたよ」
晋二が皿に盛りつけた肉と野菜を寝そべる岸田に持って行く。
「ぐ〜、スー、ぐ〜」
「…寝てますね」
晋二は寝ている岸田から離れ再び肉を焼き出す。
「……遥は工藤君が好きなの?」
突然、ユウキが無表情でトンデモナ事を言い出した。
「!? ごほっゲホゲホ」
ユウキ発言にジュースを飲んでいた遥は咽せる。
「ユウキ!! いきなり何言ってるの?」
マオが慌てたように会話に入る。
「えっ!? ゆっユウキちゃん? いったい何を言って」
真っ赤な顔でしどろもどろの遥。
「急にどうしたの?」
晋二が心配そうに聞く。
「……五木は私に恋を教えてくれた」
「はっ?」
マオの目が点になる。
「お前ら付き合ってんのか!! 晋二ぃ〜 羨ましいじゃねーか」
猛は晋二の背中を叩く。
「………………」
遥は涙目で顔を真っ赤にさせて俯く。
「違う、違う! 付き合ってないよ」
晋二は慌てて両手を振り否定する。
「……? 私が五木の部屋に行った時に教えてもらった」
ユウキは無表情のまま首を左方向へ傾げる。
「晋二の部屋って……」
マオが冷静に話す。
「確信犯だな、よくもユウキちゃんを〜ぉ」
猛は拳を握り締める。
「ちょっと待ってくれ! 誤解だ話を聞いてくれ! ………… たしか、あれは4月18日の土曜日」
晋二が話し始める。
「おい! この鈍感主人公! この幼馴染の子はお前の事を前々から好きなんだって! 好きなら早く告っちまえよ! そうすればラストの結末は」
自室のベットに座り漫画を読んでいる晋二。
♬〜♬〜
突然、インターフォンが鳴る。
「ん? マオかな?」
立ち上がった晋二はドアを開ける。
「……五木」
休みなのに制服姿のユウキが無表情で立っていた。
「ユウキ!? 何で男子寮に? しかも制服」
「……これを書いた」
ユウキは晋二の質問に対し1枚の書類を見せる。
「通行許可証か」
書類を見た晋二は納得した様子で頷く。
「……そう、異性の寮へ入る時は寮監にこれを提出して理由が適切であれば異性寮への通行が許可される」
「なるほどね、で理由は〜」
晋二が通行理由を見ると『勉強を教えてもらう』と記入してあった。
「何か分からない事があるのか?」
晋二が問い掛ける。
「……私に恋を教えて欲しい」
「はっ?」
無表情のユウキに晋二の時が3秒ほど止まった。
「ごめん、なんて?」
「……私に恋を教えて欲しい」
聞き間違えと思った晋二は再度ユウキに聞き直すが同じ回答をされた。
「あの、それは何故ですかユウキさん」
晋二は動揺でカタコトになる。
「……今日、クラスの女子生徒が誰々に告白した、とか。誰々が好き、とか。言っていて……意味が分からないからネットで調べたけど情報が多過ぎて……だから聞きにきた」
「俺に聞かれても」
恋愛経験はもちろんの事、友達が最近できたばかりの晋二は回答に困っていた。
「……分かる?」
再度ユウキが問い掛ける。
「あっ! そうだ!」
閃めいた晋二はそう言って部屋の中に入り、何かを紙袋に入れて戻ってきた。
「これ読んだら分かるよ!」
「……??? 何これ、本?」
持たされた物がなんなのか分からないユウキは質問をする。
「ふふ、これは恋愛の教科書! 恋愛漫画だよ! 高校生の主人公は公務員を目指しながら、10年前に結婚を約束した少女を探す話だ!」
晋二は目を輝かせて語る。
「……教科書?」
ユウキは首を左方向に傾げる。
「そうだ! それを読めば恋愛の事は大抵分かる」
「……なるほど」
ユウキは小さく頷く。
「……ありがとう五木」
「後で感想聞かせてね〜」
晋二は帰り出すユウキの背中に話す。
「あーーーぁ」
ジト目のマオは呆れたように晋二を見る。
「恋愛漫画が教科書って……」
猛も引き気味に晋二を見ている。
「うっっ、でユウキは何で遥にそんな事を言ったのかなーぁ」
晋二は逃げるようにして話題を変えた。
(逃げたな)
マオと猛の心の声がシンクロした。
「……漫画に出てくる女の子は好きな人の前だと顔が赤くなる。声のトーンが上がるなどの特徴がある……遥はマオや晋二と話している時は同じだけど、工藤君の時はこれらの特徴が出ている」
ユウキはまるで研究成果を発表するかのように話す。
「でも、それだけの材料で判断するには」
晋二が困ったような顔をする。
「……だから確かめる為に聞いた……それで遥は工藤君をどう思ってる?」
「 から き」
ユウキは無表情で質問すると、先ほどから顔を真っ赤にして俯いていた遥が覚悟を決めたように、かすれるような声で話す。
「……からき?」
聞こえなかったユウキは問い返す。
「ふーぅ 中学の頃から好き!」
深呼吸をした遥が今度はハッキリと言った。
「やっぱりな!」
マオが冷静に返す。
「まーぁ……どう見ても」
猛が棒読みで返す。
「まるで恋愛漫画のヒロインみたいだったよ!」
晋二は目をキラキラさせる。
「ええ! みんな知ってたの?」
遥は顔を更に赤くして叫ぶ。
「多分、知らないのは正輝ぐらいだよ」
マオが冷静に口を開く。
「もおおお! それなら隠す必要なかったじゃない」
遥は少し怒ったように拗ねる。
「……告白はしたの?」
「まだまだ、そんなの正輝は私の事なんて……」
ユウキが聞くと遥はまた顔を真っ赤にした。
「……工藤君も遥の事が好きだとっ?!」
「わーぁ! わーぁ!!」
ユウキが全てを言い終わる前に晋二がユウキの口を手で覆い阻止した。
「今のユウキを遥から遠ざけろ! スイカ割りだ!」
マオが慌ててスイカと突目隠しを用意する。
(正輝が私の事を好き?……聞き間違えとかじゃないよね)
遥は、その様子を見て呆然と立っている。
(そうか、やっぱり浦和は工藤の事を……そうか)
その遥を見ている猛は心の中で呟く。
日が沈んできたので、マオたちは後片付けをして研修所3階の露天風呂に入った。
「お〜! スゲ〜高級旅館みたいだ!」
荒い岩肌の源泉掛け流し、豪華な温泉を見た猛は思わず感想を口にする。
「ほんとだ! ここは研修施設と言うよりは旅館だね。部屋も和室でびっくりしたし」
マオが施設の設備に関心していた。
「確かに、何考えてんだろ夢図書館」
晋二はツッコミを入れる。
3人は体を洗い温泉に浸かる。
「うわ、日焼け痛え」
猛が赤くなった肌を触る。
「遊んだからね〜」
晋二は今日に満足した様子。
(生き返るわ〜)
温泉に浸かり、うっとりするマオ。
「も〜ユウキちゃんやっぱり細いよ〜」
「……遥は言うほど太ってない」
「言うほどって何かな? フォローになってないよね!!」
(!?なん……だっと!?)
猛の顔が凛々しくなる。
(まさか隣が女湯!? いや待て! そんな漫画やアニメ、ギャルゲーみたいな、お約束展開が都合よく)
猛は感覚を研ぎ澄ませる。
「ユウキちゃん、肌キレイ〜」
「やっん、はるか触っちゃ」
「よいではないか〜 よいではないか〜〜」
(間違いない! 隣は桃源郷だ! しかもベタベタに使い古された女子同士のやりとり。なんだここは? ギャルゲーの世界か?)
猛るの顔が更に凛々しくなる。
「おい、晋二とマオ」
猛が低く太い良い声で2人を呼ぶ。
「どうした? 猛」
猛の様子に、ただ事ではないと察した晋二は真顔だった。
「なに〜」
マオは温泉に浸かりトロけている。
「この隣は女湯だ! だったらやる事は1つNOZOKIだ!」
猛の発言に晋二の顔も凛々しくなり声も低く太く良い声になる。
「やめておけ、遥は分からないが、ユウキは普段の様子からは予想もつかないほど勘がいい、昨年の司書同士で行った旅行でも……っく」
晋二は話している途中に苦しそうに顔を背ける。
「どうした!? 何があった? いったい何があったんだ?」
猛は凛々しい顔のまま晋二の両肩を掴んで振る。
「全滅だ」
「ハッ」
悲しさそうな顔で全滅を告げた晋二と仲間が戦死した事を告げられた兵士のような顔をする猛。
「女湯には魔物が住んでいる。あまりにも危険だ」
晋二は凛々しい顔で猛を説得する。
「だが、俺は行く!」
猛は悟りを開いたように清々しい顔をしていた。
「お前は見たか? 今日のユウキちゃんと浦和を!! あの機密事項の下の真実を知りたくないのか? お前はそれでも司書か?」
「ハッ」
晋二は目を覚ましたように迷いを断ち切る。
「そうだ! 俺は司書だ、こんな所で立ち止まるわけには!」
晋二は立ち上がる。
「同志よ! 共に桃源郷へ!」
猛は右手を晋二の前に出す。
「ああ! 生きてまた会おう!」
猛と晋二は硬い握手をした。
(どうしよ〜 このバカ2人)
マオは温泉でトロけていた。
「隊長、作戦は?」
凛々しい顔で晋二は話す。
「まず、学校敷地外でも創造が出来る創造免許証を持つ晋二が、高速創造で階段を作るんだ。壁の真ん中ぐらいまででいい、あとは肩車でどうにかなる」
猛は桃源郷までを遮る5mの壁を指差した。
「なるほど! それなら夢粉の創造を視覚できる結晶タイプのユウキも気付かない! さすが隊長!」
晋二は両手を握り締める。
「ふっ! では作戦開始」
「イエッサ! 高速創造!!」
猛の一言で敬礼をした晋二は高さ2m50cmの階段を壁に創造する。
「先に隊長から!」
晋二がしゃがむと猛が晋二の肩に乗る。
「行くぞ!」
猛が桃源郷を指差す。
「おお!!…………うお!?」
晋二が立ち上がり階段を乗った瞬間、首にニュルッとした感触が。
「おい、晋二!? 何を? うわ〜ぁ」
2人は階段から転んだ。
「首が首がぁ〜」
裸で肩車をした事を失念していた晋二は首を抑えて悶絶している。
倒れる晋二と猛の顔付近にダイヤモンドのような物で出来た1mぐらいの細い槍が刺さる。
「ひぃ!!」
2人の顔が恐怖に染まる。
「いきなりどうしたの?ユウキちゃん」
壁の向こう側から遥の声が聞こえた。
「……次は外さない」
槍はユウキが創造し投擲した物だった。
「すみませんでした〜」
青ざめた晋二と猛が温泉に戻る。
「あれマオは?」
晋二が口を開く。
「本当だ?マオ〜!」
猛もマオを探す。
「先、出てるぞ」
浴衣に着替えたマオがガラス越しに話す。
「……俺たち何やってんだろ?」
「……そうだね」
温泉の床に空いた穴を見て猛がしみじみ言うと、晋二も悲しそうに答えた。
23時00分、飲み物を買いに3階の自動販売機コーナーへ来たマオ。
「たく、あいつら出来たばっかの施設に穴開けやがって」
「岸田先生、こんばんは」
マオは自動販売機でビールを買いにきた岸田と遭遇する。
「おお〜 瑠垣、押せ」
岸田はジュースの自動販売機に携帯電話をタッチした。
「すみません、ありがとうございます」
マオがスポーツ飲料のボタンを押して出たきたペットボトルを取り出した。
「あいつら本当に困ったもんだ」
「あはは」
温泉に空いた穴に覗きを企んだ事がバレた晋二と猛は、岸田にこっ酷く怒られた。
「明日の朝6時、施設2階の格技場に来い」
岸田は真剣な表情で話す。
「はい」
マオも真剣に返す。