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paradox (パラドックス)  作者: ナカヤ ダイト
道化の楽園(サーカス)編 〜仮想世界(リアルゲーム)〜
54/55

そして学校へ

午前5:00

夢図書館本部の構成員寮、瑠垣 マオの部屋は静寂に包まれていた。

「…………」

ベットに横たわるマオは呼吸を一定のリズムを保っていた。


午前5:30

マオの創造免許証がアラームを鳴らした瞬間、マオはそれを今か今かと待ち構えていたような反応速度でそれを止めた。

「朝か……」

たった1時間ほどの睡眠、エルへの心配も相まってかマオの頭は冴えていた。

「…………」

(早く砂田先生の部屋に行かないと)

マオは検査を受けたエルを案じてか、即座に顔を洗い着替えを済ませ、部屋を飛び出した。



「…………」

集合時間よりも30分も早い午前6:00。

マオは砂田のチームがメインで使用している研究室の前に到着した。

「……」

マオは、誰もいない廊下で時が過ぎるのを待つ事になるはずだった。

「マオ」

「ユウキ?」

マオが廊下の壁に寄り掛かった瞬間、ユウキの控えめな声が聞こえるのと同時に心配そうな顔がマオの視界に入った。

「さっきぶりだね。マオ、寝れた?」

ユウキはマオの右隣に立ち、壁に寄り掛かった。

「ああ。ユウキは?」

マオはユウキに心配をかけまいと前を向いたまま答えた。

「よかった。私もあの後ぐっすりだったよ」

ユウキは小さく頷いた。

マオとユウキは互いを思っての事か、疲労の色を見せないように前を向いたままで会話をしていた。

「……」

「……」

マオとユウキは、互いに同じ事を考えている事に気がつき、下を向いて小さく笑った。


「おはよ」

「おはよう、早いね」

猛と晋二は横並びで歩きながらマオとユウキに手を振った。

「おはよう」

マオは右手を小さく挙げる。

「おはよう。目が覚めちゃって」

ユウキは、はにかんだ笑顔を見せる。

「ふーん」

猛はマオとユウキの顔を交互に見た後にニヤリと笑った。

「どうしたの?」

「?」

マオとユウキは首を傾げる。

「いやぁー。仲いいなぁって思ってな」

猛はニヤけたまま話す。


「え?」

「え?」

マオとユウキは当たり前の事を言われキョトンとする。


「2人のそういうところだよ」

全く同じ顔と反応をする2人に晋二は吹き出した。



「おーす」

「おはよう」

「みんなおはよう!」

マオたちが話していると、太郎、司、学子が前方から歩いて来た。

「おはようございます」

マオたちは会釈する。


「なんだ、お前ら早かったな」

「岸田司書、雹丸司書長に崩巌司書長。それに相川総館長!?」

後方から聞こえて岸田の声にマオは振り返ると、3人の総館長に築を含んだ4人が廊下の幅をいっぱいに使い歩きていた。

夢獣ピエロしかも、ランクSであるエルが我々の戦力になるか否かが決まる重要な検査の結果だ。儂と司書長が立ち会うのは当然だよ」

築は優しい口調で話す。

「……」

「……」

「……」

3人の司書長は厳しい表情をした。

「そうですね」

岸田たちの顔を見た瞬間、マオに再び強い緊張が走る。

「万が一、エルを我々の戦力とするのに、危険な存在だと判断せざるを得ない結果になった場合は……瑠垣 マオ特別筆頭司書長。儂は君にエルの破壊を命令する事になる」

築は覚悟を試すようにマオの目を見た。

「……はい。その時は」

マオは少し間を取ってから答える。

「では、中へ入ろう」

築を先頭にマオたちは砂田の研究室に入った。



「待っていましたよ」

目の下にクマをつくった砂田が棒読みで出迎える。

一晩中ついていたであろう部屋の真っ白な光、その室内には様々な医療器具と研究資材が設置されていた。

「検査結果を一晩でまとめるなど無理難題を押し付けて、すまなかった。今日はゆっくり休んでくれ」

築は疲労困憊の砂田を案じた様子。

「いえ。ランクSを調べる機会をいただき、必要な情報を得る事ができましたので、有意義な時間を過ごす事ができました。色々と研究が立て込んでいますが、今日は休ませて頂きます」

砂田はメガネを白衣の裾で拭いた。

「他に何かわかったのか?」

岸田は口を開く。

「はい。ですが、まずは検査の結果を伝えます」

砂田の何気ない一言でその場にいる人間の表情が変わった。

「入って来てください」

「……」

砂田が合図をすると、別室にいたエルが扉を開けて姿を見せた。

「エル」

マオはエルの顔を見て安心する。


「まず、結論から。エルは供述通り記憶障害である事がわかりました」

砂田は手持ちのラップトップパソコンでエルの脳のMRIを表示させ解説した。

「よかった」

マオは安堵したように息をはいた。

「これで、エルが嘘ついてへん事はわかったけど、仲間の情報だけを器用に忘れる事ってありへんやろ」

崩巌は不満そうな顔をしていた。

「今回の記憶障害ですが、記憶喪失ではなく記憶破壊というものです」

砂田は棒読みで話す。

「記憶破壊?」

雹丸は首を傾げる。

「はい、通常脳には物事を記憶する記録能力と忘れる忘却能力を備えています。ですが、ランクSの脳は記録能力はあっても忘却能力は持ち合わせていませんでした」

「それは、一度見たり聞いたりした事は忘れないって事か?」

岸田が砂田に質問する。

「ああ、ランクSが忘れるという事はありえない」

「おかしいぞ、それなぜお前はエルが記憶をなくすなんて」

「私は記憶障害と言ったが記憶喪失とは言っていない。先程も言ったがエルは記憶を破壊されている」

「まさかそれは!?」

砂田との会話で岸田は何かを掴んだ様子。

「そう、エルは仲間の情報を忘れているのではない、消された可能性が高い」

砂田は目つきを鋭くした。


「………」

その場は沈黙した。


「先程、話しました。今回の検査で得た情報はそこです。エルの脳を調べてすぐ、側頭連合野に記憶を外部からの攻撃により壊されたようなダメージが確認されました。更に詳しく調べていくと、彼の脳は道化の楽園(サーカス)によって管理されていた事がわかりました。脳のここの部分を見てください」

砂田はパソコンの画面を指差した。

「……」

その場にいるエルを除く全員の視線がパソコンに集まる。

「側頭部に人間とは異なる機関がありました。現在は機能していませんが、視覚聴覚嗅覚などの情報を体の外部へと伝える為のアンテナのような構造になっています。今回の記憶破壊はこの機関への深刻なダメージが招いたものです」

砂田はパソコンを見たまま話し続ける。

「そうか、エルが瑠垣の武器となる事を知った道化の楽園(サーカス)は、自分たちの情報が漏洩する事を恐れ、エルの脳を攻撃したのか」

築は頷いた。

「その可能性が極めて高いです。結果、今回のような不自然な記憶障害が生まれたという事です」

砂田はパソコンを閉じた。


「なるほど。そうなれば全ての辻褄が合うな」

築は考えた。

「どうしますか?」

岸田は築に神妙な面持ちで質問した。

「考えるまでもない。エルの話に虚偽はなかった。夢獣ピエロであえるエルを瑠垣 マオ特別筆頭司書長の所有する武器として認める」

築は頷く。

「ありがとうございます!」

マオは頭を下げた。

「……」

マオに釣られるようにエルも頭を下げる。

「それに伴い、瑠垣 マオを鈴木班から離脱させ司書長に任命する」


!?!!


築の一言にその場が静まりかえる。

「それは」

「いまなんて?」

雹丸と崩巌は目を見開いて驚く。

「これまでの瑠垣が上げた戦績と実力を加味しての任命だ」

築ははっきりと言い切った。

「ですが、司書長は他の司書を束ねる存在、それぞれに班をまとめて管理下においています。ある程度の経験や発言力のある者がならなければ他の司書たちに示しがつきません」

雹丸は冷静に話した。

「エルを武器にした事により瑠垣 マオは君たちの派閥と同等、それ以上の価値があると判断した。それに、ランクSとの戦いに関してはどの司書よりも経験があると思うがね」

「……たしかにそうですが」

「……それを言われてもうたら、なんも言えへんな」

築の力強い言葉に雹丸と崩巌の言葉は尻すぼみになった。


「いいんじゃないか。あとは瑠垣こいつが決める事だ。なっ瑠垣」

前もって築から話を聞いていた岸田はマオに話しかける。

「……」

マオを含め鈴木班の7人は口を開けたまま固まっていた。

「おい。聞いてるか? 瑠垣」

岸田は骨折が完治したばかりの右手でマオの背中を叩く。

「あっすみません。えっ」

マオは珍しく気が動転していた。

「お前に司書長になる覚悟はあるか?」

岸田はマオの目の前に立ち見下ろした。

「俺が司書長……」

マオは目線を僅かに下げた。

「……!!」

「!? ユウキ」

ユウキはそっとマオの右手を両手で握った。

「マオは自分の信じた道を進んで。私はマオの味方だよ」

ユウキはマオの右手を優しく包み込み囁くように話した。

「俺も、マオを信じてるぞ」

「いつも自分よりも他人を優先して助けようとしてくれる。そんなマオを俺も信じてる!」

猛と晋二は一歩前に出た。


「本当に悔しいけどよ、前からお前の方が完全に上だと思ってた。班長飛ばして司書長って言われても納得しちまう程にな」

太郎は両手を頭の後ろで組んだ。

「俺もだ。お前はこんなところにいていい実力じゃない。本当に悔しい事だけど」

司は諦めたようにため息混じりで話す。

「うん。たとえ瑠垣君が班を離れても、私たちはずっと瑠垣君の味方だよ!」

学子は微笑んだ。


「みんな……」

マオの表情から迷いが消えた。

「相川総館長。雹丸司書長。崩巌司書長。岸田司書長。俺は、司書長になります!!」

マオはそう言うと深々と頭を下げた。

「いい目だ」

岸田は厳しかった表情を和らげた。


「…………」

(これが信頼。弱い人間が持つ感情というものか……)

エルは大勢の人間に認められ、仲間に囲まれるマオを目に焼き付けるように見ていた。


「決まりだな。改めてよろしく頼む」

築は歯を見せて笑った。

「はい!」

マオは嬉しそうな声で返事をした。

「早速だが、司書長として最初の任務を言い渡す」

「!!」

築の一言でマオに緊張が走る。

「五木 晋二。相川 ユウキ。吉村 猛そしてエルと共に、夢図書館高等専門学校にて学生生活に戻りその監督役を申し付ける!! 以上だ」

築は高らかに宣誓するように言い放った。

「え?」

マオは今まで見せた事もないような間抜け顔をして、気の抜けた返事をしてしまった。

「……」

「……」

「……」

ユウキ、猛、晋二の3人もマオ同様に間抜けな顔をしていた。

「??」

その中でただ1人エルだけが状況を読み込めていな様子だった。


「こんな、いつランクSが襲って来るかもわからない状況で学校にですか?」

晋二は聞き返す。

「そうです。ここにいて、任務に備えた方が何かあったら時も対応も早いと思います」

猛は控えめに話す。

「うんうん」

ユウキも2人に同意するようにコクコクと頷く。


「だからだ。まだ敵の情報が少なすぎる。だがその中で唯一わかっている事は、敵が長期間準備していた本命とも言える作戦を打ち破った事。道化の楽園(やつら)は目の色を変えてくるはずだ。その状況下で戦力を一点に留めてておくのはリスクでしかない。戦力を分散させる必要がある。それに、次ランクSが出現したら君たちはもう学校に戻る事はないだろう。数日になってしまうかもしれないが、学生生活を悔いのないように過ごしてくれ」

築は父親としての顔でマオたちを見た。

「ありがとうございます」

(厳しい状況でも、俺たちの事を思ってくれる本当に優しい人だ)

マオは深々と頭を下げた。

「!!」

(パパ)

ユウキは築の顔をじっと見た。


「出発は今日の夕方だ。各自準備をする事」

築の一言でその場は解散となった。



「まっこんな感じかな」

マオは自室で大きめのスポーツバックに着替えを詰め込んでいた。

「……」

エルは珍しそうに準備を進めるマオを見ていた。

「? どうしたの」

マオはエルに視線を送るエルに質問した。

「いや。人間は用途に応じて衣類を変えるのだと思ってな」

エルはパンパンになったスポーツバックに視線を移す。

「そうだね。学校の制服に、普段着とパジャマそれから学校指定ジャージ。それから今着てる司書長の制服。俺はまだ少ない方だよ」

黒のナポレオンコートに金の装飾がされた、パンツとセットの制服姿のマオは少し笑いながらエルの質問に答える。

「それで、少ない方なのか?」

エルは目を丸くする。

「ああ、このバックにはエルの服も入ってるから」

「俺の服?」

マオの言葉の意味をエルは理解していない様子。

「服はそれ1着だけでしょ」

「ああ、そうだが」

グレーのノースリーブパーカーとダメージジーンズ姿のエルは頷いた。

「いくら俺の武器になるって言っても、エルには心があって、話す事ができて、何より俺たちと同じように生きている。だから、エルの事をただの武器とは思いたくないんだ。俺は友達になりたいんだ」

マオは歯を見せて笑った。

「友達……」

エルは呟いたまま固まった。

「ああ」

マオは右手をエルに差し出した。

「……」

(そうか、瑠垣 マオが仲間に信頼される理由。それは、自分の気持ちを真っ直ぐにぶつける。素直さ。この男の言葉に嘘はない)

エルはマオと握手をした。


「んじゃ行くか」

マオはスポーツバックを担ごうと右手で持ち上げる。

「まて。瑠垣 マオ」

エルはスポーツバックをマオから奪い取る。

「俺が持つ」

エルは多くは語らずスポーツバックを右肩で担いだ。

「ああ、サンキュー」

マオの口角が上がった。


(俺が左腕を)

エルは自分がマオの左腕を奪ったしまった事に負い目を感じての行動だった。


「マオでいいよ」

「ん?」

「名前の呼び方だよ。いつも俺の事フルネームで呼ぶだろ。俺と親しい間柄の人はマオって呼ぶんだ」

マオは扉に向かい一歩前に歩いた。

「わかったよ。マオ」

「ああ、行こう」

マオとエルは部屋を後にした。




「頼んだぞ」

築は総館長室の机に座りながら呟く。

「はい」

砂田は棒読みで返事をした。

「いくら能力が高いと言ってもまだ子供だ。大人の目が助けになる事があるはずだ」

築の表情は心配をする親そのものだった。

「心得ています。ですが、私にも夢図書館ここでの使命があります」

「わかっている。研究に必要な資材を学校に搬入しておく」

「ありがとうございます」

砂田は会釈をした。

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