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paradox (パラドックス)  作者: ナカヤ ダイト
道化の楽園(サーカス)編 〜仮想世界(リアルゲーム)〜
53/55

変化 3

「さて、どうしたのもか」

 夢図書館総館長の相川 築は、自室の机の椅子に座り湯気の立つコーヒーカップを持っていた。

「竹宮が儂の椅子を狙い暗躍を始めた事は分かったが、ここまで早く事が動き出すとは」

 築はコーヒーを一口飲んだ。

「心配なのは、敵を倒した後の事だ。儂はいい、あの子にたくさんの幸せをもらった。だが瑠垣君だ。儂らを守りたい気持ちは十分よく分かる。強すぎる力がなにをもたらすかを理解してる彼は、自分の力を偽っている事も。竹宮はそんな優しい心を逆手に取り、儂を総館長の椅子から落とす為の道具にしようとしている。ここのままだと瑠垣君は竹宮の手によって人類の敵にされてしまう。そうなれば、1番悲しむのはあの子だろう。それだけは、大人として親としてなんとしても防がなくてはいけない」

 築は1枚のメモ用紙を机の鍵のかかった引き出しから取り出し、しばらく見つめた。

「もしかすると、あの子たちの居場所はここではないのかもしれないな」

 築は静かに頷いた。



「…………」

 マオは夢図書館本部内の検査室の前に置かれた3人掛けのベンチに背中を丸めて座っていた。

「…………」

 終始無言のマオはまるで、家族の手術の終わりを待つ家族のように神妙な顔をしていた。


「……」

(エルが嘘をついてるようには見えなかった。だが、もしエルの記憶は本当はあって、俺たちを陥れる為の演技だとしたら……ダメだな俺は。エルは夢獣ピエロにとって人権のようなものを犠牲にして検査を受けてくれたんだ! 俺がエルの事を疑ってどうする!!)

 マオは奥歯を噛み締めた。


「おや。瑠垣君、ずっとここにいたのですか? 午前2時半ですよ」

 どれぐらいの時間が経っただろうか。

 マオの時間の感覚が麻痺しそうなほど、長く感じた時間、その静寂を扉の向こうから出てきた砂田の疲労困憊の声が終わりを告げた。

「すみません。どうしても心配で」

 目の下にクマを作ったマオは、笑っていた。

「今、ランクSが出現したらどうするつもりですか? 瑠垣君の体は人類の希望なんです。休める時には休んでください」

 砂田は優しく微笑んだような、棒読みで話した。

「すみません」

 マオは頭を下げた。

 

「エルは?」

 マオは砂田の後ろに誰もいない事に疑問を持つ。

「エル君でしたら、意識をバーチャル空間に飛ばしていて、今は寝ている状態です。もうすぐ目を覚ますはずです」

 砂田は真顔の棒読みで答えた。

「? 脳の状態を見るだけですよね?」

 マオは使われるはずのない薬品の名前に戸惑う。

「エル君は常に夢粉ゆめを体の周囲に引き寄せてします。それが、

 検査機の正常な作動の妨害をしてしまうんです。これは別に、ランクSに限った事ではなく、全ての夢獣ピエロに言える事でして、通常の夢獣ピエロが引き寄せられる夢粉ゆめ量でしたら問題は無いのですが、ランクSが引き寄せる夢粉ゆめの量はランクAの20倍以上になります。ですので、エル君には寝ているのと同じ状態になってもらい、引き寄せる夢粉ゆめの量を制限させたと言う事です」

 砂田は懇切丁寧に説明した。

「わかりました。ありがとうございます」

 マオは納得したように頷いた。

「検査の結果ですが、君だけ先に教えるわけにいきません。人を集めます。4時間後に私の研究室へ来て下さい」

 砂田は少し微笑んだ。

「はい」

 砂田の顔を見たマオは少し安心したように返事をした。

「きちんと寝て下さい」

 砂田はマオにそう言い残すと、再び扉の向こうへ消えた。

「よし、寝よう」

 マオは自室に向かって歩き出した。



「ユウキ」

 マオが寮の自室の前に到着すると、白いパジャマ姿のユウキが部屋の前に立っていた。

「おかえり。マオ」

 ユウキは優しく微笑む。

「そんな格好で。風邪引いちゃうよ」

 マオは、制服のコートを脱ぎ薄いパジャマ姿のユウキに掛けた。

「ありがとう。でも、マオが」

 ユウキは申し訳なさそうな顔でマオを見る。

「いいよ。俺は平気だから」

 ワイシャツ姿になったマオは笑った。

「ありがとう」

 ユウキは嬉しそうにマオのコートを両手で持った。

「ずっと待っていてくれたのか?」

「うん。マオと一緒にいたかったから」

 マオが何気なく質問するとユウキは恥ずかしそうに答えた。


「そっそうか。ここじゃ寒いから中入るか?」

(っておい!! こんな夜中に女の子をしかも、彼女を部屋に誘うって。何やってんだ俺!!)

 返答に困ったマオはドアを開けていた。

「うっうん」

 ユウキは顔を赤くして頷く。

「おう」

(ちょっと待ってユウキさん。これは別に下心は無いんです。そこでなんで顔を赤くするんですか!!)

 マオはしどろもどろだった。


「お邪魔します」

 ユウキは、備え付けの木目調の小さな机と椅子、デフォルトのままの部屋に入った。

「まあ、適当に座って。飲み物取ってくる」

 恋人を初めて部屋に上げ緊張したマオは、ユウキを椅子に座らせると、キッチンの缶ケースからコーヒー豆を取り出しドリップを始めた。

「うん。ありがとう」

「ああ」

 ユウキもカチコチに緊張していが、マオがコーヒーを淹れる仕草がふと誰かに似ている事に気がついた。

「マオ、パパ見たい」

 ユウキは柔らかく笑った。

「総館長の淹れるコーヒーが美味しくて、教えてもらったんだ。もう少し待っててね」

 隻腕のマオはポットから出る熱湯に注意を向けたまま答える。

「そうなんだ。うん」

 ユウキはそう言って部屋中に広がるコーヒーの香りを楽しんだ。

(ここがマオの部屋かぁ。やっぱり私物がほとんど無いな)

 ユウキはマオの部屋をキョロキョロと見回した。

「あっ」

 ユウキの視線がある一点を捉えたまま止まった。

「おまたせ。その写真」

 ソーサーに乗ったコーヒーカップ2つをお盆に乗せ、テーブルの上に運んだマオは、ユウキの視線の先を追った。

「遥……すごく楽しかったね」

 ユウキとマオの視線の先には、写真立てが置いてありその中にはマオとユウキ、晋二、遥、正輝が初めて遊びに行った際に行ったボーリングで撮った写真が入っていた。

「ああ、正輝も来ればよかったのにな」

 その中でただ1人写っていない正輝にマオは残念そうに話した。

「うん…………」

 写真を撮ってから数日でこの世を去った遥と正輝の事を考えユウキは、悲しそうな目をした。


道化の楽園(サーカス)。シンは絶対に俺が倒す」

 マオは右拳を握りしめた。

「マオ…………」

 改めて覚悟を決めた様子のマオにユウキは何も言えずにいた。

「あっごめん。飲んで! まだ総館長の足元にも及ばないけど」

 マオはユウキの向かいの椅子に座った。

「うん。ありがとう」

 ユウキは白いコーヒーカップに口を付けてる。

「!! 美味しいよ」

 ブラックコーヒーをユウキは美味しそうに飲む。

「よかった! ありがとう。総館長から甘いもの好きのユウキだけど、コーヒーだけはブラックが好きだって聞いていたから」

 マオは安心したように頷くとコーヒーを飲んだ。

「よかった。マオとパパが仲良しになってくれて」

 ユウキは嬉しそうに両手でコーヒーカップを持つ。

「総館長は誰とでも対等な目線で話してくれる。本当にいいお父さんだね」

 マオは優しく笑った。

「ありがとう。マオのお父さんとお母さんはどんな人なの?」

 ユウキも優しく笑った後に質問した。

「実は俺、赤ん坊の時に祖父おじいちゃんに預けられたから両親の顔を知らないんだ」

 マオは平然と答えた。

「えっ!? ごめんなさい」

 ユウキは予想外の答えに慌てた。

「大丈夫だよ。祖父おじいちゃんから聞いた話だけど、両親は仕事が忙しく海外にいる事が多くて、俺がある程度大きくなるまでは日本にいる祖父おじいちゃんに預ける事にしたんだ。だけど、俺が生まれて間も無く両親は飛行機の事故で。祖父おじいちゃんも俺が高校に上がる前に病気で。今、俺がこうしていられるのは、両親と祖父おじいちゃんが遺産を残してくれたからだよ」

 マオは淡々と自分の過去を話した。


「!!」

(マオはずっと寂しかったんだ。だから、私たちの為にあそこまで無茶が出来るんだ)

 ユウキは、マオが一瞬放った消え入りそうな雰囲気を怖く感じた。

「私がいるから。マオには私がいるから」

 ユウキはマオの右手を両手で握った。

「ごめん。不安にさせちゃったよね」

 マオはユウキの手を握り返した。


「…………」


 2人はしばらく見つめ合った。


「!!!!ごっごめんね!! 私そろそろ行くね」

「あっあああ! そうだね! もうこんな時間だ」

 恥ずかしさに耐えかねた2人はお互いわざとらしく振る舞った。


「コーヒー美味しかったよ」

 ユウキは小さく右手を振った。

「俺もユウキと話せて嬉しかった。ありがとう」

 マオはそう言って、薄手の紺色のジャージをユウキに羽織わせた。

「ありがとう!」

「ユウキの部屋ここから遠いからね」

 寒い廊下で薄着のユウキを気遣うマオ。

 2人の心は暖かくなっていた。


「じゃ、また明日」

「うん、おやすみなさい」

 ユウキはマオの部屋を後にした。



「…………」

 荒野だけが広がる巨大な無人島、夜と朝の境界が静寂を物語る場所に、青色の執事服を着たシンが降り立った。

「さて。私です、開けてください」

 シンは誰もいない荒野に向かって話した。

「はぁい! わかりましたぁ」

 妙にテンションの高い男の声と共に、地面が割れ地下へ繋がる階段が現れた。

「…………」

 シンは無言で階段を降りて行く。


「待っていましたよぉ! シンさん」

 銀色に光る巨大な装置がいくつも立ち並ぶ中を、数百の人間が忙しなく動き回る中、ただ1人パソコン机に座る町田 幸光はシンを迎え入れる。

「首尾はいかがですか?」

 シンは右手人差し指でメガネを持ち上げる。

「順調ですよぉ。予定通りあと、3ヶ月と3日ほどで全ての準備が整いますよぉ」

 町田は不気味に笑った。

「順調そうで何よりです。貴方の方はどうですか?」

 シンは頷いた。

「それも順調ですよぉ。まさかレイさんが人間である私に、計画の要役を任せるとは、驚きですぅ」

 町田は両手を上げ首を傾げた。

「レイ様は、貴方たちの事を特別な人間として見ているのは事実です。が、貴方はいいのですか?」

 シンは目を細めた。

「何がですか?」

 町田はふざけていた。

「貴方が任されたのは、捨て石としての役目です。ただでさえ寿命が短い人間であるにもかかわらず、貴方はそれを快く受け入れました。それは、思い残す事がないという解釈でよろしいでしょうか?」

 シンは興味深そうに話した。

「ええぇ。私はずっと夢粉ゆめは、どのようにして生まれたのかを疑問に思っていましたぁ。その研究に人生の時間の大半を使いましたが、納得がいく結果に辿り着く事が出来ませんでしたぁ。私は研究を続けながら思いましたぁ。人間に与えられた時間は短過ぎるとぉ。私の人生だけでは、無理なのだと内心諦めていましたぁ。そんなある日、突然目の前に現れた夢獣ピエロが言ったのですぅ」

 町田は遠い目をした。



 11年前。


 夢図書館高等専門学校を研究者志望のCクラスを首席卒業した町田は、与えられた研究室に篭り研究に明け暮れていた。

「やはり、辻褄が合いませんねぇ。夢粉ゆめに内包されたエネルギーはなんなのやら。私の仮説はこの実験で根本から否定されてしまいましたぁ」

 椅子に座っている町田は、背もたれに寄っ掛かり脱力した。


「あれから50年。やっとまともな仮説を立てる人間が現れたね」

 突然、消え入りそうな男性の声が町田の耳に届いた。

「さすがに、5日間の不眠不休は体に良くなさそうですねぇ。幻聴がきこえましたぁ」

 町田は頭を掻いた。

「テンプレートのような反応をありがとう」

 男性の声はデスクトップパソコンから出ていた。

「貴方は誰ですかぁ?」

 町田はブラックアウトしたパソコンに話し掛けた。

「私は君の人生そのものだよ」

「どういう意味ですかぁ?」

 突拍子もない答えに町田は戸惑う。

「君がこれから何十年もの時間を捧げてなお、導く事の出来ない結果を、私が30分にも満たない時間で解説できたとしたら、君の人生は私の30分以下の価値となってしまうのかな?」

 男性の声は冷静だった。

「もしそうだとしたらぁ。そうでしょうねぇ」

 町田は逆撫でされるような言葉に憤りを覚えた。

「なら、君の人生を私が買ってもいいかな? 私に協力すれば君は更に深く夢粉ゆめを理解できるよ」

「ふふっあはははははは」

 町田は大笑いした。

「ここまでバカにされたのは初めてですねぇ。ですが、非常に興味深く面白そうですぅ」

 町田はよだれを垂らし不気味に笑った。

「君ならそう言うと思ったよ」



「私はレイさんに人生を売ったのですぅ。その代金としてレイさんは私の捜し求めていたモノをくれましたぁ。なので、私の時間はレイさんのモノですよぉ。それにこの11年間、十分に楽しませていただきましたぁ」

 町田は笑顔だった。

「この先を見たくはありませんか?」

 シンは問い掛ける。

「先程も言いましたが、私は知る事を望んだ人間。見る事は、見る事を望んだ彼の役目ですよぉ」

 町田は目を見開いた。

「そうですか。これで、私の疑問はなくなりました」

 シンは町田に背を向けた。

「待ってくださいよぉ〜」

「なんですか?」

 呼び止めた町田にシンは背を向けたまま答える。

「なぜ、レイさんは12月24日に拘るのでしょうか?」

 町田は子供ような目で疑問を投げかけた。

「それは……」

 シンは言葉に詰まる。

「その様子、何か知っていますねぇ! 私だけ仲間外れはダメですよぉ〜」

 町田はにやけていた。

「はぁ〜なぜレイ様が12月24日に拘るか。それは、きのした悠馬の命日だからですよ」

 シンは諦めたように話した。

「はぁはあ! なるほどですぅ」

 町田は何かを察した様子。

きのした悠馬の命日は、すなわち彼が世界を救った日となります。その日にレイ様は世界を壊すのです」

 シンは広角を上げた。

「それで、これが必要なのですねぇ。ですがぁ、よく設計図が残っていましたよねぇ」

 町田は感心したように銀色の巨大な装置を見上げる。

「レイ様は人間の愚かさを知り尽くしております。レイ様が人間について知らない事はないのです」

 シンは当然のように話した。

「たしかに人間は愚かですねぇ。こんなモノで戦争をしていたなど。世界が滅んでしまうと、少し考えれば分かる事だと思いますがぁ」

 町田はつまらなさそうに話す。

「この現実は間違いだらけです。レイ様は世界を元の姿に戻されるのです」

 シンは、そう言い残すと地下の空間を後にした。


「愚かこそが、人間がここまで成長できた事の原点なのですよぉ」

 町田は1人呟いた。

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