変化 1
「人間が夢獣なんかを武器にするなんて。知らないぞ」
マオと向かい合うエルは呆れたように話す。
「言ったはずだ。人間も夢獣も関係ないって。みんなは俺が絶対に説得する」
マオは歯を見せて笑った。
「お前って意外と馬鹿だよな。!?」
笑顔で話すエルの動きが止まった。
「エル!?」
エルの異変を感じたマオは目を丸くする。
!!!!
エルはその場に倒れた。
「エル!!」
マオは叫ぶ。
「今のは…………」
薄暗い空間の中、レイはタブレット端末を見たまま凍りつく。
「これは前にも」
(あれは、voiceのカンザキを追い詰めた際に使った力に似ている)
シンはエルに癒着した玩具箱を外したマオを見て驚きの表情を隠せない。
「どうしますかぁ? 玩具箱はまだありますよぉ!」
町田は愉快な口調で話す。
「待て……」
レイは怯えたように話す。
「……」
(あのレイ様が取り乱されている)
シンはただ事ではない様子のレイに固まる。
「シン」
数秒時間を開けレイはゆっくりと口を開く。
「はい」
シンは真剣な表情で答える。
「瑠垣 マオが以前にあの力を使った時は、意識がなかったのは確かか?」
レイは目を見開き、シンから顔を背けたまま話す。
「はい。確かにあの時は瑠垣 マオ君には意識がなく、何かに操られていた印象でした」
レイははっきりと答える。
「そうか……」
レイは息をゆっくりとはく。
「ゴート」
(なんだ?)
レイの呼びかけにゴートは脳内に直接返事をする。
「私とエルの接続を切断してくれ」
(なっ!? 正気か!? みすみす敵の戦力を上げるつもりか?)
レイの言葉にゴートは仰天する。
「いいから早くしろ!! これ以上、今の瑠垣 マオにparadoxを使わせたくない」
レイは珍しく声を荒げた。
「わっわかった」
ゴートはスプーンを右手に持った。
「くっ!!」
苦痛に顔を歪めながらレイは右前頭部を右手で抑える。
「…………」
(玩具箱をエルから取り除いた一瞬、たった一瞬とはいえ瑠垣 マオは意識を保った状態で答えに限りなく近づいた。早く次の手を打たなければ……)
レイは奥歯を噛み締める。
「…………」
青年はベットの上で覚醒した。
たしかな自我を持ち、自分の存在を理解していた。
「成功だ!!」
40代から50代ほどの男の声が聞こえた。
「…………」
初めて聞く言葉だったが青年は理解した、自分は生み出されたモノではなく作られた物だという事を。
「ついに僕は作り出した!! ランクCでもBでもAでもない、生物以上に完璧な夢獣。ランクSを!!」
男の声は激しく興奮したものだった。
「……!?」
青年は目を開けた、初めて見た蛍光灯の白い光に、青年は眩しそうに目を細める。
「目覚めたか!?」
ベットと机のみがあるこじんまりとした、ビジネスホテルのような一室で白衣姿の男は、真っ白いショートヘアと大きな目をしていて20代後半と見間違うほどに童顔だった。
「なんの要件だ?」
青年は真っ赤な髪に隠れた緋色の瞳で男を睨みつける。
「話が早くて助かる。この建物内にいる人間を皆殺しにしてもらおう」
男は何の躊躇いもなく、むしろ清々しい笑顔で言い放った。
「わかった」
青年は、グレーのノースリーブパーカーのファスナーを下ろし、割れた腹筋を露出させ、フードを深々と被った。
「その力を見せてもらうぞ」
男は目の前の扉に向かって歩いた。
「…………」
青年は無言のまま男の後に続いた。
「高宮博士。それは夢獣ですか?」
高宮と呼ばれた男と同じ白衣を着た男性が、扉から出てきた2人の目の前に小走りで近づく。
「…………」
白髪の高宮は無言だった。
「高宮博士?」
白衣姿の男性は首を傾げる。
「ふっふふふっ。あははははは!!」
突然、高宮は笑い出した。
「高宮博っ!!」
白衣姿の男性の視界は突然真っ黒になり、周りの空気に溶け込むかのように意識がなくなった。
「…………」
白衣姿の男性の頭部のあった場所に血まみれの右拳を突き出した、青年はつまらなさそうな顔をしていた。
!?
頭部を失った白衣姿の男性の亡骸は、糸の切れたマリオネットのように崩れて落ちた。
「素晴らしい!! 僕の思った通り、夢獣は生物ではない。物だ。物には使用用途がある、その用途に必要な知識を持ち意味を込めて創造すれば、こんなにも簡単に殺戮兵器が完成するのか」
高宮は頭を右手で抑えながら話した。
1分にも満たない時間が経過した。
「…………」
青年は血で赤黒く染まった両手でフードを下ろした。
「…………」
青年の背後にはおびただしい数の人間が雑に積み上げられ、その全員が着用していた白衣は血でまだらに染まっていた。
「………………つまらない」
破壊をする為に作り出された青年は、自分の存在意義である殺戮をした。
しかし、軽く拳を当てただけでイクラのように弾け飛ぶ無抵抗な人間に青年は、わずかな苛立ちと遣る瀬無さ、退屈を同時に感じていた。
「僕の予想を遥かに上回る! 素晴らしいよ」
高宮は拍手をしながら青年に近づいた。
「これで満足か?」
青年はやる気のなさそうに口を開く。
「いや。まだ君には働いてもらうよ」
高宮は微笑んだ。
「…………」
青年は不服そうに目を細める。
「今君の感じている、感情の正体を僕は知っている」
「!?」
高宮の言葉に青年の方がピクリと反応した。
「自分の力を出しきれなくて、物足りないんだろ?」
高宮は見透かしたように話す。
「?」
(この苛立ちと殺す毎に増していく喪失感、何より退屈さ…………たしかに、高宮が言っている事は一理ある)
青年は数秒考えると自分を納得させるように頷いた。
「じゃあ行こうか。エル」
高宮は廃墟と化した巨大な病院のような施設を背に歩き出した。
「…………」
青年は初めてエルと呼ばれたが、まるで最初から自分の名前を知っていたかのように高宮の後に続いた。
今思えば既にこの時から、自分の心を偽っていた。
高宮はその後も俺に殺戮の命令を出していった。
俺は人間の命を奪うほどに、自分の夢が何なのかを見失っていった。
ただ一つわかる事があった。
本気で自分の全てをぶつけられる存在が現れた時、何かが変わるはずだ。
なんの根拠も確信もない、だが俺はその存在が現れるのを待った。
俺がヤツを最初に見たのはジュリビア帝国だった。
シンが目を付けるほどの人間どれだけのモノか気になった、だだそれだけの理由だ。
初めは普通の人間よりはマシ、その程度の存在でしかなかった。
だが。
「…………」
マオは無言のまま力無く下を向いていた。
「意識が無いのか?」
エルはマオに向かってボクシングのファイティングポーズを取る。
「やめてぇーーぇ!」
ユウキは悲痛に叫ぶ。
「!?」
(なんだ……動けない?)
突然、エルの動きがぴたりと止まる。
(俺が震えている? なんだこの感情は?)
自身の右足が細かく震え、身に覚えのない寒気にエルは困惑していた。
(俺は、この死にかけている人間に恐怖を感じているのか? いや違う。俺は悲しかったんだ、ようやく本気で戦えると思っていたのに……)
今なら分かる、俺は自分よりも圧倒的に弱い人間に恐怖したんだ。
俺はようやく心を動かされる存在と出会えた事に。
そして直感した、次にヤツが俺の目の前に現れた時、何かが変わると。
2度目に瑠垣 マオと対人した時その直感が間違いでなかった事がわかった。
ヤツは俺と互角以上に戦う力を手に入れ、巨大壁として俺に立ちはだかった。
俺は初めて全力で戦った。
ヤツとの戦いは時間を忘れるほど楽しかった。
だが、俺の心は満たされなかった。
「3ラウンド勝負だ」
ヤツのその言葉は、俺の心を満たした。
俺の拳が初めて意味をもったという満足感が、俺の心を満たしていった。
初めて本物の意味を持った俺の体は、それまで劣勢だったヤツを追い詰めるのは簡単だった。
過去の俺なら「つまらない」と感じていただろうが、俺以上に俺の事を理解してくれたヤツの真っ直ぐな目、それを見ていたらそんな感情は生まれなかった。
「…………俺を破壊してくれ」
3ラウンドを戦った俺は自然とこの言葉が口から出た。
だが、そんな提案をヤツは許すはずもなく。
「俺の武器になれ!!」
馬鹿な提案だ。
俺はお前の左腕を奪い仲間を殺そうとした存在だぞ、第1 夢獣と人間が共存できるはずがない。
俺はこの提案を断ろうと思考を巡らせた。
「行く当ても、守ってくれる仲間もいないなら、俺の武器として夢図書館へ来てくれ!! 俺が全力でお前を守る。それで、道化の楽園との戦いが終わったら、またボクシングをやろう!! 次は絶対に負けない!」
本当にお前ってヤツは…………
今、お前が放った言葉は俺の拳に再び意味を持たせた。
俺という存在を認めてくれた。
瑠垣 マオ、お前の武器だったらなっても悪い気はしない。
俺は頰を伝う熱い液体に視界を狭められながら瑠垣 マオと握手をした。
!?
「ヒビ?」
エルの視界は亀裂の入ったガラスのように崩れて真っ暗になる。
「…………」
(なんだ? 体が重い。だが、柔らかくて暖かい)
横たわるエルは、体を包み込む心地よい温もりを感じながら意識をとりもどした。
「エル!!」
「……瑠垣 マオ?」
心配そうに顔を覗き込むマオに、エルはかすれた声で返事をする。
「!? ここはどこだ!?」
ベットに寝ていたエルは上半身を起こした。
「ここは夢図書館本部だよ」
マオはほっとしたように表情を緩ませて答えた。
「そうか……俺はあの時……」
(……?。何があったんだ?)
エルは記憶を辿ろうとしても思い出す事ができなかった。
「どうした?」
呆然とするとエルに、マオは再び心配そうな顔になる。
「いや、なんでもない。しかし、本当に俺はここにいてもいいのか?」
エルはマオの後ろに立つ岸田、太郎、司、ユウキ、猛、晋二の方を見た。
「…………」
6人のエルに向ける表情はひどく冷たい物で、まだエルを敵として見ている目だった。
「ああ、もうエルは俺の武器だ」
マオは胸を張った。
「……わかった」
(そうか……俺は瑠垣 マオの武器になったのか)
エルはマオの言っている事の意味を半分も理解していなかった。
しかし、マオの武器になったという言葉はエルに不思議な安心感を与えた。
「エル」
岸田はエルの座るベットの近くまで歩いた。
「なんだ?」
エルは岸田の顔を見る。
「大まかな事は瑠垣から聞いた。俺も納得をしようと努力している。だが、夢獣であるお前をそう簡単に信じれるほど俺も善人ではない。だから、お前の師っている道化の楽園についての情報や仲間の夢獣の能力について話してほしい」
岸田は断腸の思いで苦しい表情をして話した。
「………………?」
エルの動きが止まってしまった。
「!?」
頭痛を感じたエルは頭を右手で抑えた。
「エル!? 大丈夫か?」
マオはエルに駆け寄る。
「道化の楽園。その言葉を知っている……俺に仲間がいた事も知っている。だけど…………思い出せない」
(なぜだ? 思い出そうとすればするほど、憎しみが溢れ出てくる)
エルは全身にびっしりと汗をかき、奥歯を噛んだ。
「思い出せない? ふざけるな!! シン・レイ・オール。少なくともこの3体の夢獣はお前と行動を共にしていたはずだ!!」
岸田はエルを怒鳴りつけた。
「すまない。だけど、思い出せないんだ…………唯一わかる事は、俺は瑠垣 マオに救われた。それだけなんだ」
エルは悔しそうな顔で話す。
「くそっ!!!」
(もしかしたら、麗華を殺した夢獣の情報が分かると思ったが)
エルの様子から彼が嘘を付いていないと察した岸田は、それを信じまいとする自分に苛立ち足元のゴミ箱を蹴り飛ばした。
「待て岸田。そう怒るな」
病室に男性の棒読みの声が聞こえた。
「……砂田」
岸田は低い声で病室の扉を開けた白衣姿の砂田を見た。
「エルが嘘をついているのか、それを調べる簡単な方法があります」
砂田は棒読みのまま話す。
「それは?」
(俺にはエルが嘘をついてるようには見えない)
マオが興味を示す。
「彼の脳を調べればいいのです」
砂田は当たり前のように話す。
「?」
その場にいる全員は砂田の発言の意味を理解していない。
「夢粉で創造をする際は、その物資の構成材質や構造を熟知していなければいけません。となれば、人間と同じ構造で、人間のように自我のある彼の脳は人間その物と思われます。つまり、人間同様に医療検査を行えば、彼が本当に記憶障害なのか、嘘を言っているのかが分かるという訳です」
砂田はメガネのレンズを白衣の裾で拭いた。
「…………」
その場にいるマオ以外全員の顔が納得したものになった。
「…………」
(脳を人間の医療で調べる。夢獣であるエルにとってこれほどの侮辱はない)
マオの表情は暗くなる。
「その検査というものを是非頼む」
エルはベットから立ち上がった。
「エルはそれでいいのか?」
マオは真顔になった。
「ああ、俺のせいでお前の立場を危うい状態にしたくない」
エルは砂田に向かって歩き出した。
「安心しろ。俺は嘘は言っていない」
エルは最後にそう言い残して砂田と共に病室を出た。
鈴木班の作戦会議室で3人掛けのソファーに太郎、司、学子、テーブルを挟んでユウキ、晋二、猛が座っていた。
「なあ。どう思う?」
太郎が徐に口を開く。
「…………」
会議室内は沈黙した。
「私は信じます」
立ち上がったユウキが沈黙を破った。
「私はマオの事を信じています。そのマオが信じるモノを、それがたとえ夢獣だったとしても、私はマオが信じたモノを信じます」
ユウキは必死に自分の気持ちを言葉にした。
「俺もだ!!」
猛も立ち上がる。
「俺はまだ、ここに来たばかりで何も分からないけど。マオがどんなヤツかは知ってる。あいつは仲間や友達を絶対に裏切るようなやつじゃない!! あいつは馬鹿みたいにお人好しだが、俺はそんなマオを心から信頼している」
猛は息を荒げながら話す。
「俺も2人と同じです」
晋二も立ち上がった。
「ふっふふふ」
太郎は笑い出した。
「何がおかしいんですか?」
猛は不満そうに話す。
「悪い、あまりにもお前らが必死だから。ここに瑠垣を信じていない人間なんていねぇよ」
太郎は笑いながら話す。
「え?」
立っている3人は目を丸くする。
「そうだ、どんな敵にも臆せず立ち向かい。仲間の事を第1に考える瑠垣に、今までどれだけ助けられたと思っているんだ? たしかにまだ、エルの事を許したわけではない。だけど、瑠垣の事は信じられる。瑠垣がエルを武器にしたと言ったんだ。俺はそれを信じる」
司は自信を持って話した。
「うん! 私も同じだよ」
学子は頷いた。
「みんな」
ユウキは嬉しそうに笑った。
「うっし!」
「うっし!」
猛と晋二はガッツポーズをした。
「って事だ! 俺たち鈴木班は上がなんと言おうと、瑠垣 マオに全面協力をする。異論はないな!」
「はい!!」
太郎の呼びかけにその場にいる全員は歯切れの良い返事をした。
「これが、今回の作戦の瑠垣特別筆頭司書長の報告書か」
総館長室の机に座る築は、A4サイズの縦書きの用紙5枚にまとめられた文章を机の上に置いた。
「はい」
築の机の前に立つ岸田は、バツの悪そうな顔をしていた。
「でも、びっくりしたわぁ〜。まさかあのエルを連れて帰ってくるなんてなぁ」
岸田の左隣に立つ崩巌は驚いたように話す。
「ああ、連れて帰って来た時も驚いたが、自分の武器として認めてほしいなんて言い出すんだからな」
雹丸は小刻みに頷きながら話す。
「たしかに儂も驚いた。だが、あの時の瑠垣筆頭司書長の必死な顔を忘れる事はできない」
築は紙タバコに火を付けた。
「ふーぅ。今後の事は全ては検査の結果次第だが。エルが嘘を言っていた場合は、エルを危険と判断し地下に幽閉する」
築はタバコの煙をはきながら話す。
「もし、エルが記憶障害だった場合はどうしますか?」
岸田は覚悟を決めたように話す。
「その場合は、エルを瑠垣筆頭司書長の武器として認める。だが、条件をつける」
築はタバコを灰皿に置き立ち上がった。
「条件とは?」
雹丸は神妙な顔で話す。
「瑠垣 マオを鈴木班および岸田司書長の管理下から外す」
「なっ!?」
築の言葉に岸田は慌てた様子で一歩前に出た。
「現状、今の人間の戦力では道化の楽園との戦いに勝つ事は難しい。どんなに瑠垣 マオが強い力を持っていても、彼は1人だけだ。今までは一対一の戦いだったから良かったものの、複数体のランクSを同時に相手をする状況になったらどうなるか分からない。戦力は多いに越した事はない。しかも敵と同じランクSのエルだ人間側からすれば大きな希望となる。だがそれと同時に、夢獣が危険因子だという事には変わりない。もし何か問題が発生した時に責任を取るのは、瑠垣マオの直属の上司に当たる岸田司書長と鈴木班長そして儂だ。状況から考えて司書が3人が居なくなる事は避けたい。そこでだ、瑠垣 マオを鈴木班と岸田司書長の管理下から外し、総館長直属の管理下に置く。儂には瑠垣 マオを筆頭司書長に任命した責任もある。もし何かあっても責任を取るのは儂1人で済むという事だ。これは総館長命令だ! 異論は認めん」
築は笑っていた。
「!! わかりました」
(築さん。あなたはそうまでして)
岸田はただ頷く事しか出来なかった。




