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paradox (パラドックス)  作者: ナカヤ ダイト
道化の楽園(サーカス)編 〜マグニチュード〜
50/55

エルの夢 2

「…………」

 薄暗い空間の中、エルは身長の半分ぐらいの高さがある箱に座り、佇んでいた。

「……」

(本当にエンに勝ってしまうとはな。やはり、瑠垣 マオの力は本物だ)

 ついさっきまで、行われていたマオとエンの戦いを見ていたエルは少し口角を上げた。

「……」

(レイ……あいつの考えている事はだけは、一度も理解できた事がない。だが、ヤツは俺のねがいを叶えると言った。俺はその言葉を信じてきたが、今回のやり方には納得がいかない)

 エルは約束を破り、自分とマオを戦わせなかったレイに疑問をもった。

「念には念をか……」

(もしかしたら、次の作戦も今回同様に)

 エルは立ち上がった。



「ゴート、もう1度オールに密談チャットをつないで」

「?」

(何故、このタイミングで密談チャットを?)

 薄暗い空間を歩いて移動したエルは、たどり着いた扉の内から聞こえるレイの声に制止した。

(わかった)

 ゴートは、コートの右ポケットからスプーンを取り出し、レイとシンの脳内に直接話した。


 夢獣ピエロであるエルもゴートのテレパシーが聞こえていた。


「やあ、オール」

 レイは上機嫌だった。

(おお、相変わらず律儀に時間通りだな)

 ゴートは豪快な声で答える。

「最後の1人が見つかったよ」

 

 !??!!


 レイの一言で場の空気が凍りつく。

「レイ様、今なんとおっしゃいましたか?」

 シンは目を丸くする。

(そうだぜ!! いきなり何言ってんだ!!)

 ゴートの声にも焦りの色が見える。

(8人目の仲間(ランクS)の事か)

 ゴートは冷静に話した。

「ああ、元々目を付けていたんだけど。今日それが確信に変わったんだ」

 レイは嬉しそうに話す。

「8人目のランクS。レイ様がトリガーと呼んでいた存在」

 シンは恐る恐る話した。

(そういや、気になっていたが。トリガーってどういう意味だ?)

 オールは興味深そうに話す。

(俺も気になっていた。同じランクSだが、我々と何が違うのかが)

 ゴートは身を乗り出した。


「……」

(俺も仲間(ランクS)が8人いる事は聞かされていたが、詳しくは聞いていなかった)

 エルは扉の向こうで聞き耳を立てる。


トリガーは、厳密には夢獣ピエロではないんだ」

 レイは座っていた椅子から立ち上がった。

「え?」

(え?)

(え?)

 オール、シン、ゴートの声がシンクロした。

トリガーは、人間にも夢獣ピエロにもなりきれなかった、存在。はっきりしている事は、可能性の塊から取り出された最初で最後の生物である事、私の計画において最大の障害だと言う事」

 レイは真顔になった。

「可能性の塊!? トリガーが生まれたのは、夢粉ゆめが生み出される前の事でしょうか?」

 シンは興奮していた。

「そう、きのした 悠馬が夢粉ゆめを生み出すきっかけとなった存在。彼の子供だよ」

 レイは冷たい声で話す。

トリガーは、人間と夢獣ピエロの特性を併せ持つ存在だから、人間のレーダーにも引っかからないし、ゴートの超能力でも見つける事が出来ない。候補を探すだけでも本当に苦労したよ」

 レイは口角を上げた。

「計画において最大の障害だと話しておりましたが、それはどう言う意味でしょうか?」

 シンはメガネを右手の人差し指で持ち上げる。

「それは、トリガーが最も()()に近い存在だからだよ。人間の誰かがトリガーのルーツを知ってしまえば、paradoxを完璧に理解してしまう。その者がparadoxを手に入れれば、答えにたどり着き、我々の敗北が決まる。それを防ぐ為にはトリガーを破壊する必要がある。幸いにも、引き継ぎ者の瑠垣 マオはparadoxの事を一切理解してはいない。トリガーを見つけた今が最大のチャンスだ」

 レイは低く力のある声で言った。


(その為に、こんな大掛かりな準備して、狭間を壊そうって言ってたんだな)

 オールは納得したように話す。

「そう、トリガーは未完成すぎる存在。可能性のエネルギー、つまり夢粉ゆめを摂取し続けなければ存在を保つ事すら出来ない。世界中に夢粉ゆめを循環させる役割を持つ狭間を破壊する事は、トリガーを破壊する事に直結する」

 レイは笑った。

(おし、わかった! 今すぐポイントをぶっ叩くぞ!!)

 オールは二つ返事をした。

「待ってオール」

 レイは冷静にオールを止めた。

(なんでだよ? 今、ここを殴れば中央構造線が動くんだぞ! そうすれば、この作戦はおしまいだ!!)

 オールは不機嫌そうに話す。

「中央構造線を動かすのは、オールの役目ではない」

(はぁ? 何言ってんだ!! 意味わかんねぇぞ!!)

 レイの言葉にオールは激怒した。

  「オール、君にはエルと同行で富士山にある最終ポイントへ改めて向かってもらう。そこで、瑠垣 マオと一対一になる環境を作ってくれ、やり方はオールに任せる。そうしたら、瑠垣 マオにわざとハンマーを壊され、戻ってきてもらう」

 レイは淡々と作戦内容を話す。

(はぁ? レイ、お前!! 俺のハンマー壊されたらどうやって地震起こすんだ? いくらなんでも、その作戦には乗れねぇな)

 オールは聞く耳を持たない。

「オール」

 レイの身にまとう空気が変わった。

「わっわかったよ。言う通りにする。だが、理由を教えろ」

 オールは物怖じした様子で質問した。

「私に不必要なモノを切り捨てる」

 レイは冷たい声で話す。

(なるほど!! そうか、分かった分かった!)

 オールは納得したように笑った。


「…………」

 扉の向こう側にいたエルは、後ろを向き歩き出した。

「……」

(レイはなにかを企んでいる。だが、俺が瑠垣 マオと戦える環境を作るのであれば何も言わない。使われるだけ使われてやるさ)

 エルは1人静かに歩いて行く。



「瑠垣 マオ。俺と戦え」

(多分、俺はこの作戦で死ぬ。それまでの限られた時間、俺は俺のねがいを楽しむ)

 エルはマオの正面に立ち、ボクシングのファイティングポーズを取った。

「エル」

(もしかして、お前のねがいは)

 マオはエルの覚悟を決めたような表情を見て、複雑な心境で手放したロングブレードを拾い上げ中段の位置に構える。

「武器を変えろ」

 エルはオールとの戦闘でヒビの入ったロングブレードを見て話す。

「!? 瞬間創造ソニック

 マオは太刀を創造し構え直した。

「いくぞ」

 エルが膝を軽く曲げた瞬間、異次元の加速をし、マオとの距離を急激に縮めた。

「!!!」

 エルはマオの顔面を目掛けて右手フックを繰り出す。

「………」

 マオはエルの動きを見定め、太刀を顔の前に持ち上げエルの攻撃を防ぐ。


 太刀とボクシンググローブが接触し、マオとエルの動きが止まる。

「……」

(さすがだな)

 エルは表情こそ変わらなかったが、目が光輝いていた。

「!? はああ!」

 マオはエルの顔を見て一瞬、思考が止まったが太刀を無理に振り抜いた。

「……」

 エルは真上にジャンプしマオから距離を取った。

「…………」

(何故だ? 俺は今、全力で戦っている。だが、まだ満たされていない? この物足りなさはなんだ?)

 着地したエルは自分の感情に違和感を覚えていた。

「!!!」

(エルの戦い方には違和感を感じる。俺の考えが正しければエルのねがいは、ただ全力で戦う事ではなく……)

 マオは太刀を振り下ろし、エネルギーの斬撃をエルに向かって飛ばす。

「ふっ!!」

 エルは左ジャブにエネルギーを乗せ、斬撃を打ち消す。

「……」

 エルは軽いフットワークで、左方向へ飛ぶようにして移動する。

「!?」

 圧縮率で上回るマオはエルのスピードを先回りし、太刀を構えた。

「くっ」

 エルは、バランスの整わない不利な体勢から右フックを繰り出す。

「はああ!」

 マオは太刀を真横に振り抜き、エルの苦し紛れに打った右フックを押し返す。

「がっくっっっ!」

 力負けしたエルは、両足で地面を削るようにして後方へ飛ばされる。

「!!」

 エルはただちに体制を整え、マオに向かってロケットのように突撃する。

「おお!!」

 エルは右ストレートを繰り出す。

「!! 瞬間創造ソニック

(このエネルギー量、太刀だけでは防ぎきれない)

 マオはエルの右拳に集まるエネルギーを見て、すかさず結晶で出来た極厚の四角い壁を創造した。


 !!!!


 マオの壁とエルの右拳が激しくぶつかり合う。

「こんな物で!!」

 エルは歯をくいしばる。

「この厚さの結晶でも防ぎきれないか」

(エルのねがいが俺の思った通りなのか。確かめるか)

 マオの壁にヒビが入る。

「はあああ!!」

 エルはマオの創造した壁を粉砕した。

「?」

(どこに消えた)

 壁の向こうにはマオの姿は無く、エルは四方を見回す。

「…………」

「!?」

 太刀を捨てたマオは左手にガントレットを創造し、エルに向かって左ストレートを放とうと猛スピードで接近していた。

「……」

(俺相手にパンチで勝負か……面白い!!)

 エルは右肘を後方に引き、ストレートパンチを放つ準備をした。

 辺りに爆音と爆風を撒き散らしながら、両者の拳と拳がぶつかった。

「俺のストレートを拳で受け止めるとは、つくづく面白いぞ。瑠垣 マオ!!」

 エルは渾身の力を込めた右ストレートを受け止められたにもかかわらず、心から嬉しそうな声でマオを絶賛した。

「!?」

(間違いない。エルは、エルの本当のねがいは……)

 マオは、エルの意図せず溢れ出る、子供のような無邪気さを感じる笑顔を見て予想を確信に変える。



「レイさん。そろそろ、約束の時間ですよぉ〜」

 薄暗い空間の中、薄汚く黄ばんだ白衣を身にまとった、町田 幸光がレイの下へ歩いて来た。

「そういえば、そろそろ時間だね。エルも十分楽しんだみたいだし、始めようか」

 レイはマオとエルの様子がリアルタイムで映し出された宙に浮かぶタブレット端末を眺めて、おもむろに口を開く。

「では、これをどぉ〜ゾォ〜」

 町田は、右手に持っていた白いキャラメルの箱のような、正六面体の箱をレイの目の前に差し出した。


「これが、レイ様のおっしゃっていた」

 シンは町田の手に乗っている白い正六面体に右手を伸ばす。

「お待ちなさぁ〜〜〜いいい!」

 町田は奇声にも似た大声を出した。

「急にどうされたのです」

 シンは慌てて右手を引っ込める。

「これは、貴方達、夢獣ピエロが触ってはいけませ〜ん。取り返しのつかない事になりますよぉぉ〜。私としては面白いデータが取れそうなので、大歓迎ですガァー。今、シンさんの身に何かあれば、レイさんの計画が頓挫してしまいますからねぇ〜」

 町田は不気味に笑った。

「……わかりました」

 シンは深くは追求しなかった。


「ゴート。これを予定通り瞬間移動させて」

 レイは背後で立っているゴートに背を向けたまま話し掛ける。

(わかった。だが、最後に確認しておく。本当にいいんだな?)

 平然と話すゴートは、興味があるのか無いのか分からない様子だった。

「いいよ。もう、()の計画にエルはいらない……」

 レイは無表情で冷たい目をしていた。



「もう1発いくぞ」

 エルはボクシングのファイティングポーズを取り軽快なステップでマオから距離を取ると、再び右肘を引きマオに向かって体重移動を始める。

「……」

 マオもボクシングのファイティングポーズを取り、左肘を引きエルの動きを伺った。


「!?」

 右肘を完全に引きストレートパンチを繰り出す体勢になったところで突然、エルの動きが止まる。

「エル?」

 様子が激変したエルを見て、マオも動きを止めた。

「……」

(なんだ、これは?)

 エルの右前腕部に、白いキャラメルの箱のような正六面体が皮膚と同化するように癒着していた。

「エルそれは?」

 マオもエルの右前腕部に、突如として現れた正六面体に疑問を持つ。

「レイ、これは何だ? 答えろ」

 エルは右腕を下ろし、落ち着いた様子で口を開いた。

(あれ? 意外と冷静だね。それは、夢粉ゆめ同士の結び付きを崩壊させ、エネルギー融合させる装置玩具箱(ロストボックス)だよ。玩具箱(ロストボックス)夢粉ゆめで創造された物資に癒着し、侵食を始める。侵食された部分は夢粉ゆめ同士の結び付きが不安定になり、やがて崩壊する。崩壊と同時に、物資はエネルギーの放出を伴い消滅する。分かりやすく言うと、エルを爆弾に変えたって事。威力はエンの崩壊時の20倍ぐらいはあるかな? あっ外そうなんて思わないでね。夢粉ゆめで出来ているエルが触れば、触れた箇所も玩具箱(ロストボックス)と癒着するからね)

 レイは笑いを含んだ口調で話した。

「…………ふぅーーー」

(なるほど。瑠垣 マオに、オールのハンマーを破壊させて、どうやって中央構造線を動かす最後の地震を発生させるのかと思ったが。用無しとなった俺を崩壊させ、ついでに計画も完遂かんすい。よく考えたものだ)

 エルは諦めたように深呼吸をした。


「ふざけるなよ……」

 マオは下を向いて肩を震わせていた。

「ふざけるなぁ!!! エルは仲間だろ!?」

 レイの声が聞こえていたマオは声を荒げた。

(へぇ。密談チャットが聞こえていたんだ。圧縮率が100%になった事で、より夢獣わたしたちに近付いたって事かな。はじめまして、瑠垣 マオ君。私の名前はレイ、道化の楽園(サーカス)の創設者だよ)

 レイはマオの神経を逆撫でするかのように柔らかい口調で話す。

「創設者?お前の目的は何だ? なぜ、エルを」

 マオは怒りで震える声を必死に抑えた。

(目的? それは世界を元の姿に……いや、そこにあるべきはずの事実を実現させる事だよ。その計画にエルが不必要になったから切り離すだけさ)

 レイは淡々と答えた。

「……そんな理由で……」

 マオは両腕が痙攣するほど強く握り締めた。

(優しい瑠垣 マオ君に私からいい事を教えてあげよう。まもなくエルは崩壊する。さっきも言ったけど、その際に放出されるエネルギー量は、玩具箱(ロストボックス)によって増幅されるからエンの崩壊時の20倍だよ。早く逃げないと君も死んでしまうからね)

 レイは軽い口調で話す。

「…………」

 マオは下を向いたまま、動かなかった。

(君は無駄死にするような馬鹿じゃないよね。次は直接会って話せる事を期待しているよ)

 レイの声が脳内から消えた。


「クソっ!!!!」

 マオは怒りに身を任せ地団駄を踏んだ。

「…………」

(何か、なんとかしてエルを助ける方法を)

 マオはエルの右前腕部に癒着した玩具箱(ロストボックス)を凝視する。

「俺を破壊しろ」

 エルは穏やかな口調で話した。

「何を言っているんだ!?」

 マオはエルの澄んだ瞳に疑問を持った。

「まだ、俺の体は玩具箱ロストボックスに完全に侵食されていない。今ならまだ間に合う」

 エルは、握っていた両手を開き力無く立ち尽くした。

「……」

 マオは下を向いたまま動かない。



「瑠垣 マオにエルは壊せないよ」

 薄暗い空間の中で、レイは椅子のような物に座りながら宙に浮かぶタブレット端末を眺めていた。

「それはどういう事でしょうか?」

 レイの右隣に立つシンは興味深かそおに質問する。

「瑠垣 マオはエンに出会い夢獣ピエロの見方が変わった。夢獣ピエロの中にも、人間らしい心を持つ個体がいると。それは、自我が強ければ強い程その人間味が増す。エルは瑠垣 マオと出会った事によって強い自我を持った。それは、夢獣ピエロとしては欠陥品だが、人間の心を惑わす事は出来る。今の瑠垣 マオにはエルが敵に見えていない、必死に助ける手段を考えているはずだ」

 レイは右手で頰杖を付いた。

「レイ様はそこまで、考慮されて」

 シンは憧れの眼差しでレイを見た。



「何をしている? 瑠垣 マオ、グズグズしている時間は無いぞ」

 エルはマオに1歩近付いた。

「嫌だ。俺はお前を殺さない」

 マオはエルを睨みつける。

「なら、お前は夢獣ピエロである俺1体の為に、数千の人間を見殺しにすると言うのか」

 エルはマオの目を見て話す。

「……違う!! お前のねがいはどうなる? お前は何も救われていない」

 マオはまるで苦汁を飲んだかのように辛そうな表情で返す。

「俺のねがいは既に叶っている。ここまで力を出し切ったのは初めてだ」

 エルは両目を瞑った。

「嘘だ!! 自分の気持ちに嘘つくなよ!!」

 マオは怒鳴った。

「!!」

 エルは面を食らった様子で何も言い返さない。

「エル、お前はボクシングをしたいんじゃないのか?」

「!!!!?」

(今、心臓が)

 マオの言葉にエルは衝撃を受け心臓が高鳴る。


「お前は、これまで一度たりとも足を使って攻撃をしてこなかった。それに俺がガントレットで応戦した時、俺がボクシングの構えをした時も、お前は心の底から楽しそうにしていた。その顔を見て思った。お前は人殺しなんかの道具じゃないって。ただボクシングが好きなだけなんだって」

 マオは悔しそうな表情で話す。

「!? そうか、俺は…………そうだのか…………」

 エルは膝から崩れて落ちた。

「…………俺は、ずっとボクシングをしたかったんだな。だから、全力で戦っても満たされなかったのか…………」

 自分のねがいに気付くのが遅すぎたエルの表情は切なかった。

「…………」

(司書という立場も、人間とか夢獣ピエロとかなんて関係ない。俺はエルを助けたい)

 マオは行き場の無い怒りの中、自分の心を確認する。

「せっかく、本当に欲しいねがいが分かったというのに…………これは…………悔しいな」

 エルは言葉に詰まりながらも、自分の心の内を話した。


「!!!」

「待て何をする!?」

 突然、マオはエルの右前腕部に癒着した玩具箱ロストボックスを、左手で掴んだ。

「俺はエンを救う事が出来なかった!! だから絶対に、お前を見捨てない!!」

 夢粉ゆめで出来たマオの左手は玩具箱ロストボックスと癒着した。

「!!!」

 エルから玩具箱ロストボックスを引き剥がそうとする。

夢獣化ピエロかを解除しろ!! 俺の崩壊はもう止められない!!」

 崩壊の進行により体が発光を始めたエルは、マオに掴まれた右腕を引き戻そうとする。

「絶対に、絶対に諦めない」

 マオは無我夢中だった。

「瑠垣 マオ。俺は、お前を殺したく !?」

(paradox!?)

 マオの左手付近に、黄緑色の光をまとった黒色のリングparadoxが出現した。

「…………助けるんだ」

 マオはparadoxが出現した事に気付いていない。


 瞬間、paradoxは目が眩むような激しい光を放った。



「!?」

(まさか、あれは!?)

 薄暗い空間の中、椅子のような物に座りタブレット端末を見ていたレイの表情が凍り付く。



 paradoxから発せられた光と共に、マオとエルは後方へ飛ばされた。


「…………今の光は?」

 尻餅をつき起き上がったマオは、右手に違和感を覚える。

「!!!?」

 エルは自身の右前腕部を驚愕の表情で見ていた。

「エルその腕!?」

 マオもエルの右腕を見て驚きの声を上げる。

 

 エルの右前腕部に癒着していた玩具箱ロストボックスは消え、体の崩壊も収まっていた。


「…………」

(一体何が?)

 マオの右手に玩具箱ロストボックスが握られていた。

「こんなもの!!」

 マオは左足で玩具箱ロストボックスを踏み潰した。


「まったく。無茶をする。だが、礼を言うぞ」

 エルは呆れたように笑っていた。

(スリー)ラウンド勝負だ」

「え?」

 突然のマオの提案にエルの顔が固まる。

「俺と(スリー)ラウンドのボクシングをしろ。決着を付ける」

 マオは、paradoxシステムフェイズ(ツー) 道化の腕(マジックアーム)を解除し、腕の色が黒から肌色に変化した。

「?」

 エルはマオの左腕の変化に目を細める。

「あの力はボクシングに必要ないから」

 マオは、エルとの距離を歩いて縮めた。

「なるほど、なら俺も」

 エルは両手からボクシンググローブを外し、優しく地面に置いた。


「…………」

「…………」

 マオとエルはボクシングのファイティングポーズを取ったまま静止した。

 両者の周囲は、ずっしりと思い空間に包まれる。

 !!!!

 試合開始のゴングは無かった。

 だが、両者は同時に動き出し一瞬にして距離を縮めた。

「……」

 マオは右ジャブを繰り出す。

「……」

 エルは、それを容易くすり抜け右フックを繰り出す。

「ぐっ!!」

 右フックを右頬に受けたマオは、左ストレートを繰り出した。

「……」

 エルも右ストレートを繰り返した。

「……」

「がっ!!」

 エルは、首を右方向へ大きく曲げマオのストレートをかわし、マオはエルのストレートを顔面に受け膝を付く。

 マオのスピードとパワーはエルを上回っていた、しかしエルの動体視力や洗礼されたフットワーク、ボクシングの適正はマオを完全に超えていた。


 1ラウンド目はエルに軍配が上がった。


 両者は無言のまま、再び向かい合う。

「!!!」

 2ラウンド目開始早々から、マオは左アッパーを繰り出す。

「!? ごっふ」

 エルのみぞおちにアッパーが入る。

「……」

 エルは怯む様子もなく左ジャブを繰り出した。

「くっ」

 マオのボディーにジャブが入る。

「がっ!?」

 マオはエルのジャブに隠れていた、右のパンチが胴体にクリーンヒットする。

「まだだ」

 苦痛に顔を歪めながらマオは左フックを繰り出す。

「ぐっ」

 エルの顔面にフックがヒットした。

「!!!」

 エルが怯んだ瞬間、マオは左ストレートで決めにいった。

「……」

(あまい)

 エルは膝を少し曲げて低い姿勢を取った。

「がっぁ!!」

 エルの右アッパーがマオの下顎を直撃した。

 マオは仰向けで倒れた。


 2ラウンド目もエルが取る。


「くっ。俺の負けだ」

 勝負に負けたマオは悔しそうに、立ち上がる。

「何をしている?」

 両手を下げたマオにエルは、疑問を投げ掛ける。

「?」

「お前は(スリー)ラウンド勝負だと言った。まだ、1ラウンド残っている」

 エルは目をキラキラ輝かせながらボクシングのファイティングポーズを取った。

「ああ!」

(お前ってヤツは)

 マオは笑顔で拳を構えた。

 

「ああああ!」

 マオは全力で前に突っ込む。

「!!」

(迷いの無い、いい動きだ!)

 エルはマオの右ジャブを左手の甲でガードする。

「!!」

 エルは右フックをマオの顔面に打ち込む。

「はあああ!」

 顔面にフックを受けたマオは、そんな事お構いないと言わんばかり左ストレートを繰り出す。

「なっ!? がっ!!」

 驚きのあまり一瞬動きの止まったエルは、ストレートが顔面に直撃する。

「……」

(玉砕覚悟のがむしゃらだな。だが、瑠垣マオ(あいつ)は今、必死に俺と向き合ってくれている)

 エルは、不思議と口角が上がっていた。

「!?」

(いい顔してる。今、エルはボクシングを楽しんでいるんだ。楽しむ事に人間も夢獣ピエロも関係ない)

 マオは前に出る。

「!!」

(俺は、負けない!!)

 エルは転びそうな体を右足だけで踏ん張り、体制を立て直す。

「はあああああ!」

「うおおおおお!」

 マオとエルは互いにストレートを繰り出した。


「ぐっがああああ」

 エルのストレートが一瞬速くマオの右頬を捉え、マオは後方に吹き飛ばされた。

「はぁはぁはぁ」

 エルは肩を大きく上下させながらマオを見下ろした。

「つよい」

 全ラウンドをエルに取られたマオは、ゆっくりと立ち上がる。

「ふぅーーーー」

 エルは下を向き両手を下ろし、深く息をはいた。

「…………俺を破壊してくれ」

 エルは満足した表情で顔を上げた。

「は?」

 マオは目を丸くした。

「知らなかった。俺がこんなにもボクシングが好きな事を。お前との出会いがなかったら、こんな気持ちになる事はなかった。楽しかった。本当に楽しかった。ねがいを叶えてくれてありがとう。満足した」

 エルは、両目を瞑った。


「勝ち逃げするなよ」

 マオは友人に話し掛けるような口調で話した。

「??」

 エルは首を傾げた。

「エルは満足したかもしれないけど、負けた俺は全然満足してないよ。またボクシングしよう! ボクシングが好きなんだろ?」

 マオは笑っていた。

「!!! それは魅力的な提案だが、そうとはいかない。既に俺はレイの排除対象だ。近い将来、俺は奴らに破壊される。それぐらいなら、俺はお前に終わらせてほしい」

 エルは、笑いを含めながら話す。

「断る!!」

 マオはエルの提案を一刀両断した。

「はい?」

 エルはマオの発言を理解していない様子。

「だから、断る!!」

「いやいや。だから、俺はレイに狙われてるんだって! 道化の楽園(サーカス)には俺よりも強い夢獣ピエロがまだいる。俺は、もう助からないんだ」

 エルは動揺していた。


「だったら、俺の武器になれ!!」

 マオはエルの言葉を遮った。

「行く当ても、守ってくれる仲間もいないなら、俺の武器として夢図書館へ来てくれ!! 俺が全力でお前を守る。それで、道化の楽園(サーカス)との戦いが終わったら、またボクシングをやろう!! 次は絶対に負けない!」

 マオはエルの目をしっかりと見て話した。

「…………お前は…………ぐっっ」

 エルは()()流していた。

「……………いいのか? 俺はお前の左腕を」

「ああ! もちろん。そんなの関係ないよ」

 泣きならが話すエルに、マオは優しく笑いながら右手を差し出す。

「ありがとう」

 エルはマオと握手した。


 涙を流して安堵するエルの姿は、人間以外の何者でもなかった。

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