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paradox (パラドックス)  作者: ナカヤ ダイト
転入・進級編
5/55

学生と司書の休日。

「ふ〜〜ぅ、とりあえずは、こんなもんかな?」

 袖に白いラインが2本入った青色の長袖長ズボン学校指定ジャージ姿の晋二が汗を拭いながら呟く。


「うん、漫画の量はすごかったけど、後の荷物はそこまで多くなかったんだね」

 同じく学校指定ジャージ姿のマオは達成感に満ちた様子で伸びをする。

「ありがとう。マオがいなかったら、絶対にお昼過ぎまで掛かってたよ」

「いいよ。でも朝の6時半からやってるから、そろそろお腹が限界」

 マオは苦笑いで自身の空腹を伝える。

「そうだね。作業に熱中していると分からなかったけど、腹減ったな〜」

 同じく空腹の晋二はお腹に手を当てる。



 午前8時20分、晋二の部屋の清掃と荷解きを終えたマオたちは朝食を食べる為、1階フードコートへ向かう。


「おはよう遥」

 マオはフードコート入り口付近で、ユウキの部屋の荷解きを終えた学校指定ジャージ姿の遥とユウキを発見したので声を掛ける。

「おはよう……マオくん」

 珍しく落ち込んだ様子の遥は元気の無い声だった。

「遥?大丈夫?まさか賞味期限切れのお菓子食べて、お腹痛いとか?」

 マオは落ち込んだ遥を心配した。

「もぉぉー!! マオくんまで、私をいじめるんだーーーぁ」

 更に落ち込んだ遥は叫んだ。

「何があったの? 今日は昨日メールで打ち合わせした通り6時半からユウキの荷解きを手伝って、それから時間も経っていないはずだけど?」

 マオは真顔で首を傾げる。


「顔色の良くないし。もしかして体調悪いんじゃ?」

 心配した晋二は遥の前に立つ。

「……遥は、私に服を貸してくれた………そして、こうなった」

「…………ん?」

「…………へ?」

 ユウキの一言で更に状況が分からなくなったマオと晋二。

「それがね、聞いてよぉ〜ぉ。現実って……現実って……本当っ残酷で不公平なんだよ……」

 涙目の遥は話し始める。



 6時25分

 ユウキの部屋に到着した遥はインターフォンのボタンを押す。


「……おはよう、遥」

 とロックが解除する機械音と共にドアが開き、ユウキが出迎える。

「おはよう〜ユウキちゃん!! 約束通り手伝いに来たよ!」

 遥は朝からハイテンションだった。

「……ありがとう、遥が来る前に少し自分でやってみた」

「そうなんだ! 見せて見せて〜!…………」

 ユウキが遥を部屋に入れ現状を見せると遥の表情は固まった。

「……もしかして荷物って、これだけ?」

 遥は恐る恐るユウキに質問する。

「……これだけ」

 ユウキは小さく頷く。


 ユウキの部屋は掃除こそしてあるものの、40cmほどの大きさのテディベアが1つベットの上に置いてあるだけで、昨日から何一つ変わっていない部屋がここにあった。


「えーーぇ!! 昨日の大きなバックは何だったの?」

 取り乱した遥はユウキの顔を見る。

「……これが入ってる」

 ユウキが巨大なショルダーバックを開けると、アメやチョコレート、クッキーなどのお菓子がギュウギュウに詰まっていた。

「………………」

「……はるか?」

 絶句した遥にユウキは心配そうに名前を呼ぶ。

「かっ確認!! 何を持ってきたか確認してもいい?」

「……うん」

 焦る遥に対しユウキは落ち着いて様子で頷く。



「まずは洗面用具ね。ボディーソープ、シャンプーとリンス、歯ブラシと歯磨き粉、洗顔石鹸、化粧水と乳液。一応揃っている、ね」

「……パパが持たせてくれた」

 ユウキは持ってきた荷物を床に置き、遥はしゃがみ込んで確認していく。

「次は服だね、下着が12着、学生服の夏服と冬服、今着ている学校指定ジャージに、これは?」

「……パジャマ……黒いのが夏用で……グレーが冬用」

 遥の手には黒い半袖半ズボンのスポーツウエアーと遥の手の中には裏起毛のグレーのスエットがそれぞれ2着ずつあった。

「パジャマね!あとはー??」

(女の子っぽくない……)

 遥の表情が引きつる。


「ユウキちゃん、これ何? すっごく軽いけど中身ちゃんと入ってるの?」

 遥がキャスター付きバックから焦げ茶色のガーメントバックを取り出すと驚いた様子で話す。

「……それ、司書の制服……長時間の任務でも疲れないように、とても軽く出来ている」

「ええ!? これが司書の制服!! 中身見てもいい?」

 予想外の答えに遥は驚いた。

「……別に構わない」

「ありがとう!」

 遥はガーメントバックを開け中身を取り出す。


 少し明るい藍色のナポレオンジャケットには1.5cmほどの銀色のボタンが左右に6個ずつ付いていて、縁には赤色のラインが引かれ、白いYシャツと黒いネクタイ、上着と同色のミニ丈ブリーツスカートがハンガーに掛けてあった。


「初めて司書の制服に触ったよ〜! 重そうに見えてたけど、こんなに軽いんだね!! いつか、これを着て任務に」

 遥は感動して制服をまじまじと見ている。

「……遥と任務に出ると、すぐ敵に発見されそう」

 遥の後方で立っているユウキが呟く。

「それは、どう言う意味かな? ユウキちゃん」

 遥はユウキの方向へ首を向ける。

「……遥は、元気過ぎるから」

「あはは、それって私がうるさいって事かな?」

 笑顔で遥は問い掛ける。

「……うるさくない、遥はみんなに心配させない為に元気……優しい」

 普段は無表情であるものの、遥の事をしっかり理解していたユウキ。

「ユウキちゃん! ほんっとに可愛いんだからぁ〜!!」

 遥はユウキに抱きつく。

「……荷物のチェックは?」

「ごめんね。後は。アレ?これでもう無いの?」

 無表情のユウキが発した冷静な一言で遥は我に返る。

「……持ってきた衣類は、これで全て」

 ユウキは小さく頷く。

「っえ?これで全部?私服は?今日、遊びに行くのにどんな格好で行くの?」

 遥は立ち上がる。

「……これで行く」

 ユウキは今着ているジャージの胸のあたりを右手で摘む。

「……………………」

 遥は5秒ほど思考が停止した。


「ええええ、私服、持って来て無いの?」

 遥は開いた口が塞がらない。

「……服は、今着てる」

 ユウキは無表情でトンチンカンな事を言い出した。

「イヤイヤイヤ、さすがに学校指定ジャージは、これ以外に服持って無いの?」

「……パパが買ってくれた服は全部、夢図書館の寮に置いて来た。動きにくいし、かさ張るからお菓子がバックに入らなくなる」

 ユウキは当たり前のように話す。

「あはははは。そういう問題じゃなぁ〜い」

「???」

 遥が笑いながらツッコムとユウキは頭にはてなマークを浮かべていた。

「もしよければ、私の服着る? 身長はユウキちゃんの方が高いけどスカートとか調整できる服なら着れるかも」

「……ありがとう?」

 ユウキは首を傾げた。

「じゃあ、私の部屋に行こうか!」

 遥は両手をパチンと叩く。


 ユウキの部屋を出た遥たちは女子寮203号室、遥の部屋に向かった。


「ここだよ。さぁ、入って入って」

「……うん」

 ユウキは遥に言われるがまま部屋に入る。

「……ここが……遥の部屋……」

 遥の部屋を見たユウキは目を丸くする。


 ユウキの部屋と同じ造りの一室は、テーブルの下はベージュのカーペットが敷いてあり、淡いピンク色のカバーの布団と枕。

 備え付けのタンス以外に淡いピンク色の小さい食器棚が置かれ、その中には白いティーセット、部屋のいたるところには動物の小さな縫いぐるみが置いてあった。


「……これ」

 ユウキはベットから1つの縫いぐるみを手に取る。

「ユウキちゃんは、スフィーちゃんが好きなの?」

 遥はユウキの右隣に立つ。

「……好き……昔、友達からもらって、ずっと一緒にいる」

「たしか、ユウキちゃんの部屋のベットにも置いてあったよね!! 私も昔からスフィーちゃん大好きだよ!」

 15cmのテディベアを両手で抱きかかえるユウキに遥は笑みを浮かべる。


 約10年前に登場し、特に女の子に人気を博して今なお根強い人気を持つテディベアのスフィーちゃんの会話で盛り上がる2人。


「あっ、そうだった。ユウキちゃんに合いそうな服は〜」

 遥はタンスやクローゼットを開けて服を探す。

「これと、これは〜 どうかな」

 遥はデニムのショートパンツ、白と藍色の長袖ボーダー丸首シャツ、丈が長い黒のカーディガンを出した。

「これ、着てみて」

「……うん」

 ユウキは遥から服を受け取ると着ていたジャージを脱ぎ出した。

「ええ!? あっちに洗面所があるから、そこで着替えて!!」

 いきなり服を脱ぎ始めたユウキに遥は驚いた様子で個室になっている洗面所へと案内する。


「……遥…………ベルトある?」

 しばらくして着替え終えたユウキはショートパンツを両手で抑えながら洗面所から出てきた。

「えっ何?どうした……………………の」

 ユウキの姿を見た遥は言葉を失った。


「……ズボンが少し……緩い」

 身長が10cm以上違うのに上着のサイズがぴったりでウエストが余ってしまったユウキ。

「ウソよ……これは何かの間違え………そんなはずは」

 そう言ってユウキの腰に手を当てると遥は膝から崩れ落ちて這いつくばった。

「これは……現実なの?……ヒドイよ」

「??」

 ユウキは落ち込む遥を不思議そうに見ていた。



「あ〜 ユウキは細いからな〜 どんまい」

 遥の話を聞いた晋二は励ましの言葉をかける。

「ありがとう……晋二君」

 遥は力の無い声で返事をする。

「それで、結局ユウキに合う服はあったのか?」

 マオが遥に問い掛ける。

「一応ね、流石に学校指定のジャージじゃまずいから」

 遥は苦笑いをしながら答える。

「朝から大変だったね」

 マオも苦笑いで返す。


 マオたちはフードコートへ入る。


「マオ、朝は何にするの?」

「迷ったけど、定食にしようと思う」

 晋二の問いにマオは平然と答え、2人は既に8人が並んでいる定食屋へ向かう。


 最後尾に見覚えのある生徒が並んでいた。

「おはよ、 正輝」

 マオはジーンズと左胸にポケットの付いた厚手の白い長袖Tシャツ姿の正輝に話し掛ける。

「お〜す、マオ!五木も一緒か!」

 いつも通りの笑顔を浮かべ正輝は返事をする。

「おはよ!工藤君。体調は大丈夫かい?」

「おはよう、五木。ああ一晩寝たら元気になったよ。心配ありがとな」

 正輝は晋二の挨拶にもしっかり答える。

「てか、マオたち何で学校ジャージ着てんだ?」

 正輝は笑顔のままマオたちの服装を見る。

「今日は朝から晋二の部屋の掃除と荷解きを手伝ったんだ。遥もユウキの部屋を手伝ったよ」

「ふーん。あっそう」

(俺も誘ってくれればいいのに)

 マオの回答に興味無さげに正輝は素っ気なく答えた。

「これから、遥たちと朝飯食べるけど正輝も一緒にどう?」

 マオが話題を変える。

「そうなの?じゃあ、俺も一緒に」

 正輝は作り笑いをした。


 マオは焼き鯖定食、晋二は生姜焼き定食、正輝はハンバーグ定食をお盆に持ち6人掛けのテーブルへ着くと、既に遥とユウキはテーブルに座っていて、ユウキはハニーワッフルとグラノーラ入りのヨーグルトを、遥は水の入ったコップを目の前に置いて待っていた。


「遥?その、水だけ?」

 疑問を持った晋二が遥に問い掛ける。

「うん……今日、あれだけの事があったのに食欲ないよぉ〜」

 まだ、落ち込んでいる遥。

「ダイエットか? 朝食は取った方がいいと思うけど」

 マオが会話に入る。

「だから、食欲が」

 遥は俯きながら話す。

「……過激なダイエットは体に悪い。あと食べないダイエットは逆効果」

「うぐっ………」

 ユウキがトドメを刺すと遥はガックっと項垂れた。

「ああああ!! もう、わかった〜 やけ食いじゃーーーーぁ!!」

 吹っ切れた様子の遥は叫びながらフードコートの人混みへ消えていった。


 しばらくすると、遥は石焼ビビンバと大皿のプルコギを持って帰って来た。


「うわぁ、すごい量」

 マオはテーブルに置かれた大盛りの料理を見て驚く。

「やけ食いって言ったでしょ! 食べるよ〜」

 遥がビビンバをかき込む。



「それで、今日の予定を変更をしようと思います!」

 食事が終わり一息付いていると、いつもの調子に戻った遥が口を開く。

「漫太郎、行かないのか?」

 いきなりの予定変更を言い出した遥にマオは聞き返す。

「漫太郎には行くよ! でも、お昼ご飯を食べるだけ。その後はバスで移動して、ユウキちゃんの服を買いに行く兼、遊ぶ為にモールシティーに向かおうと思います!」

「モールシティー?」

 聞きなれない単語に晋二が遥に問い掛ける。

「モールシティーは大型の総合娯楽施設でショッピングモール、映画館やボウリング場、カラオケとトレーニングジムが入ってるんだ! ここら辺で遊ぶって言ったら、みんなモールシティーに行くんだよ!」

「へー 俺、そういった娯楽施設は初めてだから、すごく楽しみだよ」

 遥の答えに晋二は微笑む。

「俺も丁度、モールシティー行きたかったんだ。実戦授業で使う靴が欲しくて」

 マオも予定の変更に賛同する。

「……チョコバナナクレープ」

「あはは、ユウキちゃんはそればかり、モールシティーに行くのはユウキちゃんの服を買いに行く為だからね!」

 ユウキの呟きに遥は大笑いする。

「……………………」

 会話に入れない正輝は1人、水を飲んでいた。




 10時30分、学校敷地の正門前にマオと晋二、正輝が到着する。

「みんな集まったね!! よーし、出発しよ!!」

 遥は、茶色のチェックのミディアム丈スカートに黒のタイツ、黒のパーカー、茶色いムートンブーツ、いつもポニーテールにしている髪は下されて、頭にはグレーのニット帽を被っていた。

「……」

 隣で立っているユウキは襟元に白い大きなリボンの付いた白いブラウスと黒のミモレ丈スカートに、黒のタイツとローファーを履いてる。

「おお!似合ってるよ、ユウキ」

 グレーのテーラードジャケットに白のVネックシャツ、茶色のスラックスと白いローカットのスニーカー姿の晋二がユウキを褒める。


「たしかに、遥ってこんな服持っていたんだな」

 黒のマウンテンパーカーに色の濃いジーンズ、焦げ茶のブーツを履いたマオはユウキの服を見て感心したように話す。

「何か失礼な気もするけど。まあいいや」

 遥を先頭に一同は少し歩く。

「駅、近っ!!」

 驚いた晋二が叫ぶ。

「そうだよ。電車の駅は正門前にあるからね」

 マオが駅を指差す。

 正門から片側2車線の道路を挟んで、正門と向かい合うように駅があった。


「駅がこんなに近いなら、全寮制じゃなくても通えそうなのにな」

 正輝が退屈そうに話す。

「たしかに、私と正輝の家からなら電車通学も出来るけど、全寮制って校則だからね」

 遥は後方を歩く正輝の方を見て答える。

「えっ? 遥と工藤君って家が近いの?」

 晋二が正輝と遥の顔を交互に見る。

「そうだよ!私と正輝は幼稚園の頃からの幼馴染なんだ!」

 遥は信号のボタンを押しながら答える。


 信号が赤から青に変わる。


「幼馴染!! 俺には、いないから羨ましいよ」

 横断歩道を渡りながら晋二が目を輝かす。

「こいつとは腐れ縁だぞ。こいつ、うるさいし」

 横断歩道を渡り終えたタイミングで正輝がイヤイヤ話す。

「ちょっと、正輝ぃ?」

 こめかみに怒りマークを付けた遥が正輝を睨む。

「分かったよ。あの事は言わないよ」

 正輝が意地悪そうな笑みを浮かべる。

「あの事って何かな? ワタシワカラナイ」

 満面の笑みを浮かべたように見える遥の顔は目が笑っていなかった。

「……おう」

 恐怖を感じた正輝が目を逸らす。


 一同は駅に到着した。


 改札機に携帯をタッチさせるマオと遥、正輝だったが晋二とユウキは創造免許証を改札機にタッチさせた。


「あれ? 創造免許証って、通貨登録ってできたっけ?」

 疑問を持ったマオが晋二に話し掛ける。

「司書とオペレーター専用の創造免許証は、世界中の公共交通機関が無料で使えるように設定されているんだ」

 晋二が自分の創造免許証を見ながら答える。

「へ〜 すごい〜!! 流石だね! 早く私も司書になりたいなぁ〜」

 遥は目を輝かせて話に入ってくる。

「お前は、司書になりたい動機が不純なんだよ」

 呆れた様子の正輝はツッコミを入れる。


「そういえば、晋二のお父さんって夢図書館の研究者って言ってたけど、何の研究してるんだ?」

 改札を抜けて駅のホームへ到着するとマオは晋二に話し掛ける。

「俺の親父は、夢粉(ゆめ)エネルギーを実用化させたプロジェクトの一員だよ」

 晋二は少し照れながら答えた。

「ええ!?」

 マオ、遥、正輝の声がシンクロした。


夢粉(ゆめ)エネルギーの実用化って、世界のエネルギー問題を解決させたプロジェクトの事?」

 マオが恐る恐る口を開く。


「そう、昔だけどね。500年くらい前から世界の資源が減少して枯渇寸前まで追い込まれたけど、研究者の高宮たかみや真斗まさとが開発した夢粉(ゆめ)のおかげで、資源不足は補われたんだ。けど、化石燃料はそうはいかなかった。燃料として使うには分子構造を理解していなければ創造ができないから、ごく(わず)かな人間しか創造できなかったし圧縮率に個人差があるから、世界で必要な量を創造で補う事は不可能だったんだ。そこで存在そのものがエネルギーである夢粉(ゆめ)から、なんとかしてエネルギーを取り出して実用化できないか、世界的なプロジェクトが発足し、親父はその一員だったんだ」

 晋二が少し自慢げに話す。

「すごい! すごい! すごい! それって世界を救った内の1人って事だよね!私が生まれる前だったけど、本当にすごいニュースになったんだよね?」

 遥は興奮した様子で前に出る。


「確かに! 中学の教科書でも乗ってるプロジェクトだけど、実際どうやってエネルギーを取り出してるの?」

 マオも興味津々と質問する。


「…………ええっと、夢粉(ゆめ)はエネルギーを持っているけど燃えないんだ、人が吸い込んでも健康被害も無いし。夢粉(ゆめ)自体がエネルギーだって事は分かっていたんだけど、創造する以外での使い道がなかった。未知のエネルギーみたいな実在しない物資は創造できなかったからね。そこで親父たちのプロジェクトは、まず夢粉(ゆめ)そのもの研究をしたんだけど、夢粉(ゆめ)が何で出来ているのか、なぜイメージしただけで創造ができるのか、それすら分からなくて。そこから何年も経過をして、やっと夢粉(ゆめ)が熱を発する瞬間があるって事を見つけたんだ」

 晋二は少し考えるよに間を取ってから答える。

夢粉(ゆめ)って本当に何で出来ているか分からないんだ。都市伝説か何かと思っていたのに、それで熱を発する瞬間って?」

 遥が晋二に問い掛ける。


「創造をした瞬間に夢粉(ゆめ)は一瞬だけ熱を発する。だったら創造した物資を元の夢粉(ゆめ)に分解すると事ができれば、熱、つまりエネルギーを生み出せる事が分かったんだ。そこからは物資を分解する研究を続け5年の歳月を掛けて分解に成功し、自動で創造した物資を分解してエネルギー活用をする『夢粉(ゆめ)のエンジン』の開発に成功したんだ。エンジンの燃料は創造に失敗した物資や損傷した廃材で分解された夢粉(ゆめ)だけを排出するから、無限のエネルギーにして超エコだしね」

 晋二は誇らしげに話した。

「随分、詳しいんだな?」

 正輝は素っ気なく話す。

「あはは、親父がいつも自慢してくるから、覚えちゃって」

 晋二は嬉しそうに笑う。

「……あっ、電車」

 近付いてくる電車をユウキが見つけ一同は乗り込む。




 夢図書館高等専門学校前駅から東に2駅、約15分間、電車に乗ると高層ビルが立ち並ぶ、まさに都会という言葉が似合う街並みが窓から見えた。


「はーい、ここで降りて! 駅は広いから、はぐれないようにしっかり付いてきてね!」

 遥を先頭に駅南口から外に出ると西へ10分ほど歩いた所で止まる。


「なかなか、雰囲気あるね」

 周りのビルとのアンバランスな雰囲気に圧倒された様子の晋二が呟く。


「こんにちは〜 店長〜」

 遥は元気よくOPENとフダの掛かった扉を開ける。

「いらっしゃ、おお〜 遥ちゃん。久しぶりじゃのぉ」

 室内なのに黒のティアドロップのサングラスを掛けたスキンヘッドの頭にピンク色の派手な柄の半袖ポロシャツと半ズボンのデニム姿の小さいおじいさんが笑顔で迎えた。

「うん! 久しぶり! 正亀(しょうかめ)店長!」

 遥は右手を小さく振る。

「マオくんと正輝くんも久しぶりじゃのぉ」

 正亀は見た目とは裏腹に優しい口調で話す。

「どうも」

 正輝は人懐っこい笑顔で答える。

「ご無沙汰です」

 マオは会釈をする。



 ―――正亀 恒太郎(つねたろう) 78歳 身長150cm 体重50kg 喫茶店、漫太郎の店長、常に優しく雰囲気を醸し出している―――



「そこのお2人は、どちらさんかのぉ」

 正亀が興味深そうに晋二とユウキを見つめる。

「転入生の五木晋二くんと相川ユウキちゃんだよ」

「ほお〜」

 遥から名前を聞いた正亀は2人の顔を見て少し考える。

「ほおおお?! あの相川ユウキかい? それに世界記録保持者の五木晋二くんかい〜」

 正亀のテンションが上がる。

「握手して、くれんかのぉ」

 正亀は両手を前に出す。

「ええ、大丈夫ですよ」

 晋二は快く握手を受け入れる。

「………」

 ユウキは無表情のまま右手を出す。

「ありがとね」

 正亀は両手で晋二、ユウキの右手を包み込む。

「汚い店ですまんが、ど〜ぞ」

 正亀はマオたちを店の中に入れる。


 マオたちは正亀が案内したカウンター前の6人掛けのテーブルに座る。


「すごい漫画の量だね!! 壁が漫画で出来ている見たい」

 壁1面に漫画がびっしりと並ぶ店内に晋二は周りをキョロキョロ見渡した。

「五木くん、相川さん、すまんのぉ、もしよければこれにサインしてくれんじゃろうか? お店に飾りたいんじゃ〜」

 色紙とサインペンを持った正亀がカウンター奥から歩いてくる。

「いいですよ!」

「……構わない」

 サインの要求を晋二は笑顔でユウキは無表情で了承する。

「ありがと、ここに漫太郎さんへって、書いてくれんかのぉ」

「えっええ」

 注文を付ける正亀に少し苦笑いを浮かべた晋二はサインを書き終え手渡す。

「五木くん、本当にありがとう。申し訳ないねぇ」

「………はい」

 晋二に続いてサインを書き終えたユウキも正亀へ手渡す。

「おおおお〜 有名人が、お店に来てサインをしてもらう、創業当時の夢が叶ったわい」

 正亀は感動して涙を流している。

「店長、夢が叶ったのは分かったんだけど、お冷とメニュー持ってきてもらってもいいですか?」

 笑みを浮かべているものの呆れた様子の遥が話す。

「おおっと、ごめんね〜 今までこんな有名人がお店に来なかったから舞い上がってしまってのぉ」

 正亀はキッチンへ向かう。


「さっきは、取り乱してすまんのぉ、サインのお礼も兼ねて今日の代金はいらないからね〜」

 正亀は、お盆にメニューとお冷を乗せて戻ってくと右手でグーサインを作る。

「店長〜 太っ腹!! でも、お店的には大丈夫?」

 遥は喜んだが最後に心配そうな表情を見せた。

「普段、客いないのに大丈夫なんですか?」

 お昼時にもかかわらずガラガラの店内を見て正輝は呆れたように話す。

「ほぉほぉほぉ、そんなの心配しなくても大丈夫じゃよ。年金制度は破産したが、年寄りにも少しは格好を付けさせてくんかのぉ」

 正亀は笑いながら話す。


「……チョコバナナクレープとストレートティーをホット」

 マイペースなユウキは注文をする。

「ほお! いきなりチョコバナナクレープを注文するとは、さすが司書はお目が高いのぉ」

 正亀が感心した様子で話す。

「……遥が美味しいって言ったらから、昨日から楽しみにしていた」

 無表情のユウキが答える。

「ありがとう、遥ちゃん。漫太郎を宣伝してくれて。また、バイトに戻ってきてくれればワシも嬉しいんじゃが」

「だから、校則でバイト禁止なんですって」

 高いテンションで遥のバイト復帰を懇願(こんがん)する正亀に遥は呆れ気味に返す。

「さっきも気になったんだけど、なんで遥は校則を破ってまでバイトしていたの?」

 疑問を持った晋二は遥に質問をする。

「お前、バカか? それぐらいの理由があるからに決まってんだろ」

 いきなり怒った正輝は晋二に大きな声を出す。


「ごめん。無神経だった」

 晋二は慌てる。

「ありがとう正輝。でも、もう大丈夫、バイトしていたのは弟の入院費を稼ぐ為だったんだ」

 遥は微笑む。

「えっ……」

 予想外の回答に晋二はショックを受ける。

「昔から体弱かったんだ〜 それが去年の夏ぐらいから酷くなっちゃってね。それに夢図書館高等学校の一般入試からの入学生って、学費がすごく高いの。弟の入院費と私の学費で両親がとっても苦労してるのは知っていたから、少しでも足しになればと思って勝手にバイトを始めたんだ」

 遥は笑顔のまま少し下を向いて話す。

「ごめん。今、バイトしてないって事は弟さんは元気になったんだよね!」

 晋二は場を明るくさせようと必死になる。

「お前」

 正輝が晋二を睨みつける。

「それが去年の冬にね。病気と必死に戦ったんだけど……ね」

「ごめん、俺また……」

 遥の一言で弟の死を察し地雷を踏んでしまった事に気付いた晋二は申し訳なさそうに暗い表情をする。

「こっちこそ、ごめんね。今はもう大丈夫だから!! よ〜し!!!」

 遥はそう言って両手をパンと叩く。

「店長〜! チョコバナナクレープとアイスコーヒー、お願いしまーす」

 遥が元気よく注文する。

「俺は、クラブハウスサンドとホットコーヒー」

 マオも遥に続いて注文する。

「ミックスピザMサイズとゼロコーラ」

 正輝も注文をする。

「ええっと、俺は……このオムライスとホットコーヒーで」

 最後に晋二が注文した。

「はい。かしこまりました」

 優しい声で返事をした正亀はキッチンへ入って行った。



「確か、マオくんと初めて話したのもココだったよね!」

 料理を待っている間に遥はおもむろに口を開く。

「そうだね、正輝と偶然入った喫茶店がココだったから」

 マオが懐かしそうに答える。

「あの時はびっくりしたよ。店に入っていきなりウエイトレス姿の遥が出てくるから」

 正輝は思い出すようにして話す。

「私の方がびっくりだったよ。正輝とマオくんが仲よかったって知らなかったし。バイトがばれて退学になると思ったしね」

 遥は笑って話す。

「確かに、あの時の遥の顔は面白かった」

 マオが茶化す。

「も〜、本当にあの時は、私オワッタって思っちゃったんだから〜」

 遥は頰を膨らませる。

「そこから、3人は友達に?」

 3人の会話を聞いていた晋二は遥に質問をする。

「そうだよ。正輝は幼馴染で仲良かったけど、マオくんとは教室で話した事がなかったから。あの時に正輝とココに来てくれなかったら、友達になれなかったよね」

 遥は笑顔で答える。


「お待ちどお様。まずはチョコバナナクレープじゃ」

 正亀は皿をテーブルへ置く。

「おお……すごい……このクレープ巻かれていない!?」

 広がったままのクレープ生地に、たっぷりの生クリームとチョコレート、バニラとチョコのアイスとカットされたバナナが芸術的な配置で並んでいる皿の中を見て珍しくテンションが高いユウキ。


「食べて……いい?」

 待ちきれない様子のユウキが口を開く。

「いいよ」

 遥が優しく笑って答える。

 ユウキはナイフで切ったクレープをフォークで口に運ぶ。

「……美味しい、生クリームもチョコレートも甘過ぎず、生地に塩が入っているから飽きがこない。このアイスクリームも塩が入っている」

 ユウキはまるでグルメリポーターのようなコメントをする。

「ほぉほぉほぉ、喜んでくれて何よりじゃい」

 正亀は満足そうに笑う。



 全ての品がテーブルへ並び正亀が再びキッチンへと戻ると、全員が早めの昼食を摂る。


「うまっ」

 オムライスを食べた晋二が思わず口を開く。

「ここ、なんでも美味しいんだ。その割に値段も安いし」

 マオが平然と返す。

「それなのに、お客さん少ないよな、こんなに美味しいのに」

 晋二はオムライスを見つめながら話す。

「多分、周りの環境と店のギャップだよね。俺と正輝も始めて入る時は、かなり勇気が必要だったよ」

「それ分かる。俺も1人なら多分入らないな」

 晋二は納得したように頷く。

「‥‥‥」

(本当になんなんだコイツ。人の心が分からないのか?やっぱりコイツは俺たちの事をバカにしてやがる)

 会話をしているマオと晋二の横で正輝は無言でピザを口に運ぶ。


「よし!みんな食べ終わったから、バスに乗ってモールシティーに行こーう!」

 食事を終えると遥は立ち上がる。

「年寄りの店じゃが、また来てくれ〜」

 正亀は優しい口調で話す。

「ご馳走さま」

 マオたちは漫太郎から出る。


「俺、これで帰るわ〜」

 バス停に向かっている最中に正輝が口を開く。

「ええ? なんで?」

 心配そうに遥が問い掛ける。

「この後、用事あるんだ。もう帰らないと」

 正輝はそう言い残すと逆方向へ歩いて行った。

「昨日から、どうしたんだろ?正輝」

 心配そうにマオが話す。

「さっきの俺の失言が気に入らなかったのかな? だったら申し訳ないよ」

 落ち込んだ様子の晋二が話す。

「大丈夫! 大丈夫! あんな事で怒るような性格じゃないから」

 遥が晋二を励ます。

「やっぱり体調が悪いのに無理して来てくれたかも」

 マオは更に心配そうに話す。

「うん」

 遥は心配そうに正輝の歩いて行った方向を見る。


 マオたちがバス停に着くと、すぐにバスが到着し一同は乗り込んだ。

 バスは7分ほど走ると、モールシティー前のバス停に止まる。


「……大きい」

 バスを降りたユウキは思わず口を開く。

「確かに、夢図書館の本部と同じくらい大きいかも」

 晋二もモールシティーの大きさに圧倒されていた。

「ここで別行動にします! 私はユウキちゃんと洋服を見てくるから、マオくんと晋二君は申し訳ないけど時間潰してて」

 遥は元気よく右手をピンと挙げる。

「そうだね、俺もシューズ見たいし。それで、どこ集合にする?」

「16時半にボーリング場前で」

 マオの質問に遥は答える。

「了解!!」

 マオが左手でOKサインを出す。


 会話が終わるとマオと晋二、遥とユウキに分かれてモールシティーへ入っていった。


 遥とユウキはエスカレーターを上って2階の可愛い女性服が多く置いてあるお店に入る。

「ユウキちゃんはスタイルがいいから、なんでも似合うと思うけど。これ着てみて!」

 遥はユウキにフリルの付いたノースリーブの白いワンピースを渡し試着室へ案内した。


 数分後。

「……着てみた」

 ユウキが試着室のカーテンを開ける。

「……本当にキレイ。モデルみたい」

 きめの細い肌に輝くような銀髪、細く真っ白な手足のユウキに見惚れる遥。

「ちょっと、ユウキちゃんこれも着てみて!」

 そう言って遥はグレーのセーターに青いミディアム丈スカートをユウキに渡した。


 数分後。

「……どう?」

 無表情のユウキがカーテンを開ける。

「かわいい〜あとは、これも」

「???」

 鼻息の荒い遥にユウキは状況を理解できず頭にはてなマークを浮かべていた。

「……まだ」

 その後も次々と服を試着させられたユウキは疲れた様子で呟く。

「何言ってるの? ユウキちゃん。まだまだこれからだよ〜」

「……」

(……今の遥がコワイ)

 目をハートにして近付いてくる遥にユウキは恐怖を感じた。



 16時30分、約束の時間通りにボウリング場まで来たマオと晋二。

「あれ、ユウキたちは?」

 晋二が誰もいない集合場所を見回す。

「本当だ。遥が時間通りに来ないのは珍しいな。少し待ってみるか」

 マオが平然に答える。

「そうだね」

 マオと晋二は2人を待つ事にした。


「さすがに遅くないか?」

 そこから20分が過ぎたところで晋二がマオに話し掛ける。

「そうだね、どうしたんだろ?」

 マオも次第に心配になっていく。

「もしかして、これが迷子ってやつか? こんな人が多くて大きい所だから迷ったかもしれない」

 慌てる晋二。

「いやいや、ユウキだけならともかく何回も来ている遥が一緒なら大丈夫だよ」

「もし、ユウキが遥と(はぐ)れたら?」

 晋二が深刻そうな表情をする。

「……………電話! 電話だ! 遥に電話しないと」

 珍しく焦ったマオは携帯電話を取り出し遥に電話を掛けようとする。

「ゴメンね〜 遅くなっちゃった」

 前方から遥の声が聞こえる。

「よかった、無事でぇ……」

 遥とユウキが小走りで近付いてくるが大量の買い物袋を見たマオは絶句をした。


「すごい荷物だね!」

 晋二が驚いたように話す。

「ユウキちゃん本当にすごいんだよ。着る服が全て似合っちゃうの」

 興奮した遥。

「それ全部でいくらしたんだよ?すごい量だけど」

 マオが大量の買い物袋を凝視する。

「……全て私が買った……遥が選んでくれたから」

 無表情で答えるユウキ。


「これ、全部ユウキの服か?」

 驚いたマオはユウキに聞き返す。

「……そう、任務の報酬……全然使っていなかったし……遥が似合うって言ってくれたから」

 少し顔を赤らめたユウキが話す。

「ユウキちゃん、本当にかわいい〜」

 遥の目が再びハートになっていた。


「……あれ何?」

 目線を上に上げたままのユウキが呟くと目線の先には1枚のチラシが貼ってあり『コラボ期間限定!!1投目でストライクを出した全員にスフィーちゃんストラップをプレゼント!!』ボウリング場のキャンペーンチラシが貼ってあった。

「懐かしいな。昔流行ったなぁ、このクマ」

 マオがチラシを見上げて話す。

「……クマじゃない。スフィーちゃんは、今なお根強い人気を持っているキャラクター」

 目をキラキラと輝かせたユウキが反論する。

「ユウキちゃん、あれ欲しいの?」

 遥がユウキに問い掛ける。

「……うん」

 ユウキは小さく頷いた。

「でも、条件厳しいよね。チラシ見ると1投目のストライク取るしか方法ないし、それにユウキってボウリングってやった事あるか?」

 貼ってあるチラシを見た晋二がユウキに問いかける。

「……やったことない……でも、ボーリングは知っている……地質検査」

「………………」

 無表情のユウキの一言にマオたちの周囲の空気が一瞬止まる。


「ぶっふ」

 晋二が吹き出した。

「あははは、地質検査って……ブッファ」

 爆笑したマオは下を向いて震えている。

「あっははははは、ユウキちゃんやめて。あははは、呼吸が、呼吸ができない〜」

 遥はゲラゲラ笑ってお腹を抑えてた。

「?ん???」

 ユウキは状況が分からず首を傾げていた。

「マオ、いいんじゃないかな?まだ時間もあるし、ボウリングしていかないか?」

「俺は大丈夫だよ」

 晋二の提案にマオは賛成する。

「私もOK〜 ボウリング久しぶりだよ〜」

 遥は右腕に力こぶを作る。


 マオたちは階段を上がってボウリング場へ入った。


 マオたちがボウリング場へ入るとボールがピンを倒す気持ちのいい音が聞こえてきた。


「……これがボウリング」

 ユウキが呟く。

「そうだよ、あそこに10本ピンが立ってるでしょ、それに向かってボールを転がして何本倒すか競うの」

「……うん」

 遥が説明するとユウキは小さく頷いた。

「まずは、受付をしよう」

 マオがそう言うと一同は受付を済ませてシューズとボールを借りて6番レーンに集まった。

「せっかくだから、勝負しようよ〜」

 ボールを持った遥が元気よく話す。

「いいね! チームはどうする?」

 晋二が同意して聞き返す。

「さっきの買い物チームで、私とユウキちゃん、マオくんと晋二君だよ」

「了解」

 マオが答えると、遥は機会に全員の名前を打ち込んでゲームをスタートする。


「……よいしょ」

 1投目を投げるユウキが前へ出る。

「ここの穴に指を入れて、後ろに手を引いて投げるの」

「……分かった」

 遥の大雑把な説明で理解した? 様子のユウキ。

「で、1回で全部倒したらストライクだからね!」

「……スフィーちゃんのストラップ!」

 ユウキの目に力が入り投球モーションへ入り投げる。


「えっ? 嘘」

 驚いたマオが口を開く。

 ユウキの投げたボールは真ん中のピンをしっかり捉え10本のピンを全て倒した。

「おめでとうございます!! 1投目でストライクを出されましたので景品のスフィーちゃんストラップです」

 小走りで近付いた店員がそう言ってユウキにストラップを渡す。

「かわいい」

 いつも無表情のユウキが笑った。

(笑った)

 マオと晋二の心の声がシンクロする。

「ストラップかわいい〜! 私も欲しい〜」

 ユウキのストラップを見た遥はそう言って、ボールを持ちレーンに立つ。

「よ〜し、私もストラップ!!」

 遥が投球モーションに入り、ピン目掛けてボールを投げた。


「おい、嘘だろ?」

 遥の投げたボールも10本のピンを全て倒すと、晋二は信じられない様子で口を開く。

「やった〜」

 両手を挙げて喜ぶ遥。


「おめでとうございます! お客様も1投目でストライクを達成されましたので、景品のスフィーちゃんストラップです!」

 店員が遥に景品のスフィーちゃんストラップを渡す。

「かわいい! これで、ユウキちゃんとお揃いだね!」

 そう言ってユウキの持っているストラップの横に、遥は自分のストラップを近付けて笑顔で話す。

「……かわいい」

 再びユウキが笑う。


「マオ。俺たちも負けてられないぞ!」

「そっそうだね、やってやるよ!」

 女子2人の連続ストライクに闘志を燃やすマオと晋二だったが。

 

「うっぅ」

「あっぁ」

 勢いよくボールを投げたマオと晋二だったが、晋二はガター、マオは2ピンを倒しただけになってしまい情けない声を出していた。

「マオ! 俺たちはここからだ!」

「おーし!! 巻き返してやる」

 更に気合を入れるマオと晋二だったが、ゲームの結果は遥とユウキのチームが498点、マオと晋二チームは210点、マオたちは惨敗した。


「バカな。なぜユウキがここまで上手い?」

 膝をつきながら項垂れる晋二。

「……真ん中を狙って転がすだけ、晋二たちは余分な力が入り過ぎ」

 ユウキのクールなツッコミ。

「グッフォ」

 晋二はトドメを刺されたように倒れ込む。

「正輝と初めて来た時もそうだったけど、遥もボウリング上手いね」

 平然とマオが話す。

「あの時は正輝もいたよね」

 元気な遥だったが正輝の事を口にした瞬間に表情は曇ってしまった。

「何やってんだろ、あいつ」

 マオも寂しそうに呟いた。

「よし! みんな写真撮ろ!」

 両手をパンと叩くといつも通りの笑顔になった遥が全員に提案する。

「いいね。なんか青春って感じがする!」

 さっきまで項垂れていた晋二は、遥の提案にノリノリだった。

「ちょっと、店員さ〜ん」

 遥が店員を呼ぶと近くにいた若い男性店員が近付いてくる。

「写真撮って下さい!」

 遥は自分の携帯電話を渡す。


 ストラップを掲げた遥とユウキが前で近付いて中腰になると、マオと晋二はその後ろへピースサインで立つ。

「はーい、笑って下さい。はい、チーズ」

 店員の掛け声と共にシャッター音とフラッシュが()かれた。

「ありがとうございます」

 そう言って携帯電話を店員から受け取る遥。

「みんなには、後で送るね!」

(正輝もいれば……)

 撮れた写真を確認して微笑んだ遥は少し寂しそうだった。


 ボウリング場を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。

「……今日はすごく……楽しかった」

 バス停までの帰り道を歩いているとユウキが呟く。

「笑った?」

 ユウキの今日1番の笑顔に遥は一瞬驚いたが、すぐに笑顔になる。

「私も楽しかった〜 また、来ようね!」

「うん……また行きたい。ありがとう遥!」

 ユウキは笑顔のまま答える、遥たちはユウキの曇りのない笑顔に経つ時間を忘れ見入ってしまった。


 帰りの電車の中でユウキの創造免許証が振動する。

「……??」

 ユウキが画面を確認すると、先ほど撮った写真と短い文が遥から送られていた。


 文面には。


 今日も楽しかったね〜

 私が、また来ようねって言った時に笑顔でまた行きたい。って言ってくれて本当〜に嬉しかったんだよ!

 ユウキちゃんと友達になれてよかった〜。


(麗花(れいか)。私、1人でも友達できたよ)

 遥の真っ直ぐな気持ちの文面を見てユウキは少し微笑むと、両手で創造免許証を持ち胸へ押し当てた。



 時間は(さかのぼ)り13時40分

 マオたちと離れてた正輝は学校正門前の駅に戻って来た、言い訳にした用事も本当は無く、あまり過ぎた時間を潰すようにして駅付近の裏路地を歩いている。


「あれ? こんな所にコーヒーショップ?」

 薄暗く人通りも無い、そんな商売をするには場違いな立地に、ひっそりとコバルトブルーの塗装が剥げかかった洋風木造建築に『like truth』と書かれた看板、店の外からでも漂うコーヒーの香りにつられ正輝扉の前に立つ。


「OPENって書いてある」

 正輝は扉に掛かっている札を確認して中に入る。


「いらっしゃいませ。おや、初めてのお客様ですね」

 ウェーブの掛かったセミロングヘアの金髪、黒縁ラウンド型のメガネ、白のYシャツの上には黒いエプロンと黒いスラックスに茶色い革靴、肌は透き通るように白い長身男性がコップを白いタオルで拭きながら迎える。


「いい雰囲気」

 一帯がコーヒーの香りに包まれた木造の店内は照明の暗さと相まってテーブルや壁は濡れたように(つや)を出し、蓄音機からはジャズが流れていた。


「お褒めにあずかり、ありがとうございます」

 店員が会釈して出迎える。

「俺、未成年ですけど大丈夫ですか?」

 店内を見てバーと勘違いをした正輝が質問する。

「ええ、大丈夫ですよ。当店はバーを改造した喫茶店でして。どうぞ」

「じゃあ」

 上品な笑顔の店員に正輝は言われるがままカウンター前の4人掛けテーブルへ座りメニューを見る。

(結構メニューはあるんだな)

 メニューの多さに驚く正輝。


「冷たいのでお気をつけて下さい」

 上品な立ち振る舞いでお冷を持ってくる店員。

(そこは、お熱いのでじゃないのか?)

 正輝は心の中でツッコミを入れる。

「アメリカンコーヒーでお願いします」

 正輝はとりあえずコーヒーを注文する。

「かしこまりました」

 店員はそう告げカウンターへ入って行く。


(本当にいい雰囲気)

 正輝が落ち着いた店内を見渡している。

「お待たせ致しました」

 しばらくすると店員はコーヒーカップの乗ったソーサーを物音1つさせずにテーブルへ置いた。

「ごゆっくりと」

 店員は一礼をして再びカウンターへと入っていった。

「美味しい」

 正輝はコーヒーを一口飲むと思わず口を開いてしまった。


「……」

(俺はマオの1番の友達だと思っていた。けれどそうではなかった。いつも通りマオが嫌われて俺が庇って、遥と一緒に飯食って遊んで、それが楽しかったのに、なぜ、この日常が壊れた。誰のせいだ?マオか?遥か?俺か?違う、あの転校生2人だ。あいつらが偽善者ヅラしてマオに優しくして遥までも、五木晋二。あいつは俺からマオと遥を奪うつもりか?俺が遥をどう思っているか分かっていて、マオに優しくしたのか?なぜマオと遥は今までいた時間が俺よりも短いあいつらを選んだんだ? なぜ俺は捨てられた。仲間はずれだ。俺はナカマハズレダ……………)

 落ち着いた雰囲気の中、正輝は考える。

「お客様? どうかされました?」

「うわあぁ」

 心配そうに正輝の顔を覗き込む店員に正輝は驚き椅子から落ちそうになる。

「近いですよ」

 正輝が怒る。

「申し訳ございません。考え込んだまま長い時間が経ちましたので」

「え?」

 正輝が時計を見ると17時10分を指していた。

「こんなに時間が経っていたなんて」

「時間を忘れて落ち着くのは人間には必要です」

 店員は新しいコーヒーを正輝の前に置く。

「頼んでいませんよ」

 正輝が不機嫌そうに言う。

「これはサービスです。先ほど驚かせてしまいましたし、私のコーヒーを美味しいと言ってくれたお礼です」

 店員は優しく微笑む。

「ありがとうございます」

 そう言ってコーヒーを飲む。

「やっぱり、美味しい」

 正輝は満足した様子。

「それは何よりです」


「ありがとうございました。お代は?」

 正輝はコーヒーを飲み終える。

「420円です」

 居心地の良さに笑顔になった正輝は携帯電話をレジにタッチして、お代を払い店から出る。

「また、起こし下さい」

 店員は笑顔を浮かべ一礼をして正輝を見送る。


「あっすみません。ぼーっと歩いて来たので道が分からないです」

 苦笑いを浮かべた正輝が引き返して店員へ問い掛ける。

「どちらですか?」

 店員が上品に聞き返す。

「夢図書館高等専門学校です」

「でしたら、お店を出て右方向に進み、路地を抜けて交差点の信号を左に曲がりますと正門前へ出ますよ」

 店員の丁寧な説明をする。

「学校から近いですね。また寄っても大丈夫ですか?」

「ええ。もちろんです。当店は基本は年中無休ですが、気まぐれ休みで営業しています。それでもよろしければいつでも起こし下さい」

 店員は再度一礼をする。

(変なお店)

 店から出た正輝は笑顔でそう思った。

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