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paradox (パラドックス)  作者: ナカヤ ダイト
道化の楽園(サーカス)編 〜マグニチュード〜
47/55

確震

「失礼するよ」

 ノックと同時にマオたちのいる会議へ、無表情の砂田が白衣姿で入ってきた。

「砂田先生!」

 マオは砂田の顔を見て明るい声を出す。

「しばらくぶりですね瑠垣君。ランクSとの戦闘ご苦労様でした」

 表情一つ変えない砂田は、棒読みで返す。


「さすが、時間通りだな」

 岸田は壁に設置された時計を確認した。

「ああ。事態は急を要する」

 砂田は言葉とは裏腹に冷静だった。


「邪魔するぞ」

 砂田の背後から夢図書館の総館長である相川 きずくが神妙な面持ちで入ってくる。

「パパ」

 ユウキは座っていたソファーから立ち上がる。

「ユウキ、久しぶりだね」

 ユウキの顔を見た瞬間、築の表情が柔くなった。


「砂田。築さんがここまで来るってのは、かなりマズイ事か?」

 岸田は築の姿を見て深刻な表情になる。

「ああ。事態は一刻の猶予も許してはくれない」

 築はその場にいる全員に聞こえるように話した。

「さあ。準備をしてくれ」

「はい」

「はい」

 築が声を掛けると砂田と学子は部屋を暗転させ、天井からスクリーンを下ろし、プロジェクターを起動させた。


「まずは、こちらをご覧ください」

 学子はスクリーンに映し出された、円グラフと棒グラフと表が混在する画面を上部からレーザーポインタで示した。

「日付? 震度? これは地震のデータですか?」

 マオはスクリーンを食い入るように見つめてから話した。

「そうです。これは本日より直近1年以内に起こった、震度1以上の地震の震度、マグニチュード、震源の情報を詳細にまとめた物です」

 学子はレーザーポインタに付いたボタンを操作して、スクリーンに映し出されたデータをスクロールさせていく。


「やっぱり、今年の2月から地震、多いなぁ」

 太郎は写し出されたデータを見ながら何気なく呟く。

「今、鈴木君の言った通り今年の2月1日から、本日9月15日までに起こった震度1以上の地震の回数は8945回です。ここ10年間の2月から9月までの平均と比べると7倍以上の回数です。この地震の多さもそうですが、今回は」

「こっこれは……」

 砂田の棒読みの声は、岸田の恐れが入り混じった声で遮られる。

「この8945回の地震の内7割りに及ぶ6251回の地震の震源が、地上から3m以内でした。いくら地震の多い日本とはいえ、この震源の浅さの地震がここまで多発するのは異常です」

 砂田は棒読みのまま、メガネを右手人差し指で持ち上げた。


「そこで夢図書館は、研究者を総動員してこの異常な地震について調査しました」

 学子はレーザーポインタに付いてるボタンを押した。

「これは震源となった箇所を地図で示した物です」

 スクリーンに日本地図が映し出され、地震の発生した箇所に小さな赤いドットが表示された。


「……」

 日本地図の各地に地震が起こった事を示す赤いドットが付き、マオたちはスクリーンをまじまじと見た。

「一見こうして見ますと、地震は日本各地で満遍なく観測されています。ですが……」

 砂田が学子の顔を見ると、学子はレーザーポインタを操作した。

「震源が地上3m以内で発生した地震のマーキングの色を変更しました」

 砂田は緊張したように話す。

 学子が操作した直後、震源が地上3m以内で発生した箇所のドットが赤から黄色へと変化し、茨城県鹿嶋市から大分県大分市を結ぶ1本のラインとなった。

「おい……待てよ」

 岸田は目を丸くする。

「震源が地上3m以内で発生した地震の9割が、日本最大級の活断層である中央構造線上で発生していました」

 砂田の額に薄っすら汗が光る。

「このあまりにも不自然な地震が、人為的に起こされた可能性が高いと判断し、さらなる調査を行いました」

 砂田が話し終え合図を送ると、学子はレーザーポインタを操作した。

「僅かにですが、中央構造線付近で地殻変動が起こっています。もし、この地震が人為的なモノだった場合。犯人の狙いは徐々に地殻変動を起こし、中央構造線を動かす事だと思われます」

 学子はレーザーポインタを使いながら地層の断面図を説明した。

「もし、その中央構造線が動いた場合、どうなるんですか?」

 晋二が恐る恐る質問した。

「夢図書館本部・東京・名古屋・大阪といった日本の心臓部とも言える機能を担った都市は、余す事なく中央構造線上にあります。もし、その中央構造線が動くような事があれば、日本は致命的な損害を受け国としての機能を失います。また、夢図書館本部ここには、世界中に夢粉ゆめを拡散させる為の装置である狭間があります。その狭間が破壊されるような事があれば……」

 砂田は口をつぐむ。


「人類は夢粉ゆめを失う」

 築は沈黙を破った。

「砂田、今のペースで地震が起こったとして。中央構造線が動くまでに、どれぐらいの時間がある?」

 岸田は眉間にシワを寄せながら話した。

「もし仮に今のペースで地震が起こったとして、中央構造線が動くのは、約2年後になる」

 砂田は棒読みで即答した。


「なんだ、まだ2年もあるのか」

 猛は安心したように口を開く。

「その2年の間に犯人を叩けば良いんですね」

 司は表情を明るくさせ頷く。


「そう呑気にしている暇はありませんよ」

 砂田の声が安堵の雰囲気を切り裂く。

「これを見てください」

 そう言って学子はレーザーポインタを操作した。


「先ほど私は震源が地上3m以内で発生した地震の9割が中央構造線上にあると言いましたが、残りの1割の方に緊急を要する問題があったのです」

 砂田はスクリーン上の地図を拡大した。

「富士山?」

 富士山周辺を囲む様にして、震源が地上3m以内で地震が発生した事を示す黄色ドットがまばらに並ぶ地図を見て、ユウキは首を傾げた。

「たしかに、今のペースで地震が起こり続けた場合、中央構造線が動くまでに計算上では2年の猶予があります。ですが、それを大幅に短縮させる方法があるのです」

 砂田は汗で滑ったメガネを右手人差し指で持ち上げる。

「富士山の噴火!?」

 マオは目を見開いた。

「その通りです。地殻変動の起こっている今、富士山の噴火が起これば、ほぼ確実に中央構造線が動きます。もはやこの地震は、誰かが意図して起こしたものである他に考えられません」

 砂田は声を強くした。


「ちょっと待って下さい。おかしいですよ。地震を人為的に起こすなんて、核爆弾でも使っているんですか? それと、70年前に発生した南海トラフの東海地震でも噴火しなかった富士山が、人為的に起こされた地震なんかで噴火するはずが……」

 司は顔中に汗をかき表情は焦っていた。

「富士山周辺で発生している地震は、地中深くを流れるマグナの流れを変化させるよにピンポイントで狙われ発生しています。それに、核を使わなくても、地震を起こす可能性を持つ存在を立花君は既に知っているはずです」

「……そんな事って!!」

 砂田の返答に、司の脳裏に最悪な答えが思い浮かび、それをかき消すようにして声を荒げる。

「たしかに、マグマの流れを完璧に読みピンポイントで地震を発生させる。これを実行する事は、今の人間の科学力では不可能です。ですから、敵側の個体に我々よりも知能と知性に優れたモノがいる事は、ほぼ確実です」

 砂田は悔しそうに答える。

「そんな……」

 司はかすれたような声を出し項垂れる。


「犯人は地震を起こすだけの力と、地中のマグマの流れを読み切る程の演算能力を持ち、夢図書館がその機能を失っても得をする存在」

 岸田は顎に左手を当てる。

「地震を起こしているのは、道化の楽園(サーカス)……」

 マオは静かに呟いた。

「はい。その可能性が濃厚です」

 砂田は静かに頷いた。


「………」

 その場にいる誰もが絶句した。



「レイ、瑠垣 マオの力について再計算ができたよ」

 薄暗い空間の中、万年筆で羊皮紙に計算式を書き込んでいたフルの手が止まった。

「思ったより早かったね」

 消え入りそうな声のレイは感心したように口を開く。

「瑠垣 マオはたしかに僕の計算を超えた強さだったけど、エンとの戦いで得た新たな情報を踏まえて再計算した結果、paradoxシステム フェイズ(ツー)道化の腕(マジックアーム)が瑠垣 マオの限界みたい」

 フルは自信満々に言い切った。

「……そうなんだね。理由を聞いてもいいかな?」

 レイは優しく笑った。

「それはね。圧縮率が100%になっちゃたからだよ」

 フルはドヤ顔で答えた。

「…………!? なるほど! 瑠垣 マオの左腕の圧縮率が100%になった事によって、これ以上の能力強化ができないと言うか事か」

 レイは少し考える素振りを見せてから話し出す。

「そう! 圧縮率の限界は100%だから、理論上の限界値に達した瑠垣 マオには可能性が残されていないって事!」

 フルは計算式の書かれた羊皮紙をレイの前で開いて見せた。

「なるほど。次の作戦にオールとエルを送り込もうと思っているんだけど、戦力的には十分かな?」

 レイは試すようにしてフルに問い掛けた。

「うん! 問題ないよ。ランクSが2人掛なら、いくら武器を使えるようになったところで瑠垣 マオも所詮人間、体力の限界が来るからね」

 フルは新しい羊皮紙に万年筆で瞬時に計算式を書き、レイの問いに答えた。


「わかった。ありがとうフル」

 レイはにこやかに話すと、後方へ振り向き歩き出した。

「……」

「……」

 青い執事服のシンと、茶色いスーツに同色のチェスターコートを着たゴートは無言でレイの後を付いて行く。


「最後のチャンスでしたが残念ですね」

 100mほど歩いた所でシンはため息混じりに話す。

「まあ、仕方ないよ」

 レイは低く冷たい声で答える。

「ですが、これでハッキリとしました。フルはparadoxの絡む計算をする事が出来ないと」

 シンはクスリと笑った。

「そうだね。今思えば工藤 正輝を利用した学校襲撃から、フルの計算は狂い初めていたからね」

 レイは口角を上げた。

「ですが、それすらもレイ様の予想の範囲内。まさかフルの計算の狂いを逆手に取りparadoxの引き継ぎ者を割り出されるとは」

 シンは尊敬の眼差しをレイに向けた。

「だけど、引き継ぎ者である瑠垣 マオは、今や我々の脅威となる程の力を得てしまった。しかも、瑠垣 マオはまだ力を隠している。それが何なのか分かるまでは、どうしても後手に回ってしまうよ」

 レイは楽しそうに笑った。


(エンの崩壊から周囲を守った力の事か?)

 ゴートの声がレイとシンの脳内に直接聞こえる。

「そう。あの時、瑠垣 マオは確実に別の力を使った」

 レイは平然と答える。

「あの時エンが目を瞑らなければ、人間如きの猿知恵でレイ様をわすらわせる事など」

 シンは殺意のこもった声で何もない空間を睨みつける。

「まあ、そんなかっかしないで。不幸中の幸いではあるけど瑠垣 マオは、強力な力を手にすればするほど()()から遠ざかる結果になっている。どんなに強い力を手にしたところで、()()に辿りつかない限り、我々が本当の意味で敗北する事はないよ」

 レイは笑みを交えて話した。

「すみません……」

 シンは下を向く。

「今の瑠垣 マオは我々に対抗する為の力のみを追い求めている。しかし、paradoxは力を得る為の道具ではない。瑠垣 マオは大切なものを守ろうとすればするほど、()()とは真逆の方向へ進んでしまう。なんと哀れな存在だ。せっかく選択権を持っているのに」

 レイは冷たい表情と声で話した。



「地震を起こした犯人は、ランクSが率いる夢獣ピエロの集団、道化の楽園(サーカス)である事が確実視された」

 沈黙する会議室に築の声が響いた。

「それを踏まえ、今から作戦を言い渡す」

 築は立ち上がり、マオたちの正面に立った。

「瑠垣特別筆頭司書長がランクSエンを討伐した直後に起こった、震度4の地震。それにより、富士山内部にあるマグマ溜りが肥大し、火口が4cm広がり噴火警戒レベルが3に達した。先ほどから砂田が言っている通り事態は一刻の猶予もない」

 築がそう告げると、その場にいる全員の表情が引き締まる。


「瑠垣特別筆頭司書長には、ただちに富士山へ向かってもらい待機、ランクS及びランクBが出現したら応戦をしてもらう。なお、今回の作戦は瑠垣特別筆頭司書長のみの出撃とする」

「はい」

 築が苦い表情で作戦を伝え終えると、マオは即座に返事をした。

「相川総館長」

 ユウキは立ち上がった。

「何かな? 相川司書」

 築は厳しい声で答える。

「瑠垣特別筆頭司書長、単独でこの作戦を?」

 ユウキは目を丸くしていた。

「先ほど言った通りだ。今回は瑠垣単独で出撃してもらう」

 築は表情を変えなかった。

「待ってください。理由を聞かせてください。マオだけにそんな危険な事……納得できません」

 涙目のユウキは顔を真っ赤にして話す。

「そうです。なんでマオだけが!?」

 晋二も立ち上がる。

「俺も納得できません」

「太郎と同じ意見はシャクですが、俺もです」

 太郎と司も立ち上がった。

「……」

 猛も怒りを秘めた表情で立ち上がった。


「儂もこんな事はしたくない。だが、今回の作戦はただ敵を討伐するのではない、富士山という巨大な山を守りながら戦う事が求められる。もし儂らが付いて行ったところで、足手まといになる可能性が高過ぎる。瑠垣が仲間を見捨てられる人間かどうかはテメェらが一番よく分かってるはずだ。それに、どこに現れるか分からないランクSを対処できるのは、結晶タイプ特有の夢粉ゆめを可視する目と、夢獣化ピエロかによって身体能力を強化する事を合わせ持つ瑠垣だけだ。もし、この作戦が失敗すれば人類は夢獣ピエロに対抗する手段を断たれてしまう……それだけはなんとしてでも避けなければいけない……」

 築は悔しさから唇を出血するほど強く噛んでいた。

「パパ……」

 ユウキは築の泣き顔とも見える悔しそうな表情を見て下を向く。

「……」

 立ち上がっていた猛たちもゆっくりと腰を下ろした。

「くっ……」

(教え子の瑠垣だけに、危ない役目を背負わせなければいけないなんて……俺にランクSと戦うだけの力があれば)

 岸田は右手を握り締め、肩をプルプルと震わせていた。


「みんな、心配してくれてありがとうございます。でも俺は、もう二度と大切な人がいなくならないように、この力を手にしました。ランクSと戦う役目は俺が全て引き受けます」

 マオは座っていたソファーから立ち上がり、その場にいる全ての人間の顔を見渡すように話した。



 鈴木班の会議室での作戦ミーティングが終わった直後、マオは築に総館長室へ呼び出された。

「失礼します」

 マオは右手でノックをして扉を開ける。

「お疲れ様」

 Yシャツ姿の築は広い室内の中心に位置する机の上で、コーヒーをドリップしていた。

「瑠垣君は、コーヒーは好きかな?」

 築は、円錐型のフィルターに入ったコーヒー豆にステンレスケトルで、円を描くような手つきで熱湯を注いでいた。

「はい、好きです」

 マオはコーヒーの芳醇な香りにつられ、普段は滅多に飲まないコーヒーを好物として認識してしまった。

「ふふふ。もう少し待っていれば最高の一杯をご馳走しよう」

 築は優しく笑いながら丁寧にコーヒーを抽出した。

「ありがとうございます」

 マオは築の熟練のバリスタのような手捌きに思わず見惚れていた。


「お待ちどう」

 築は純白のソーサーの上に乗せられた、湯気の立つ純白のコーヒーカップをマオの目の前に置いた。

「いただきます」

 今まで嗅いだ事のない上品な香りに釣られ、高温のコーヒーに唇を付ける。

「おいしい……」

 コーヒーを一口飲んだ瞬間、マオは脳内でコメントを考えるより早く『おいしい』という言葉が意図せずに口から出た。

「それは何よりだ」

 築は満足そうに笑ってコーヒーカップを口に付ける。


「学園祭での事は聞いたよ。ユウキと恋人になったんだってな」

 築は何気ない様子で話した。

「!! ぶっ!! ゲホッゲホッ」

 マオは築の突然の言葉に驚き、コーヒーが気管支に入りせる。

「そんなに慌てなくてもいいよ。儂は君を尋問するつもりはない。ただ、礼を言いたかっただけだ」

 築はコーヒーカップを机の上に置いた。

「ユウキは、幼くして結晶タイプの創造をした事から世界中で注目され、特別カリキュラムで勉学及び司書なる為の訓練を受けていた。それが原因で一般的な子供の様に、自由に友達を作り楽しく遊ぶ事が出来ななかった。儂も任務で傍にいてあげられる時間が少なかった事も相まって、ユウキは自分の思いや考えを他人に伝える事が出来なくなってしまった。そんな中、ユウキに声を掛けてくれたのは当時司書長になったばかりだった五島 麗華だった。五島の優しさにユウキも少しづつ笑顔を取り戻していき、徐々に自己表現をするようになっていた。そんな中、任務中に五島が殉職し、唯一の友を失ったユウキは心を閉ざしてしまった。人と極度に親密になる事を恐れ、人の思いが分かっているにもかかわらず、分からないふりをするようになった。笑顔を完全に失い、自ら言葉を発する事はなくなってしまった。儂は悔やんだ、なぜユウキともっと一緒にいてあげる事が出来なかったのか。なぜ、もっとユウキに愛をあげる事が出来なかったのかと。気付いた時は既に遅かった。ユウキはこのままずっと笑わないのか…… このままずっと、心を閉ざしたままなのか…… 儂は自分を呪ったよ」

 築は怒りで震える声で話す。

「……」

 マオは真剣な表現で聞いていた。

「そんなユウキが学校に通いたいと言い出した時は、本当に嬉しかった。しかし、それと同時に怖かった。もしユウキが受け入れられなかったら。もしユウキが理解されなかったら。だが、それは取り越し苦労だった。転入後の事は岸田から聞いていた。ユウキは良き友に恵まれ、楽しそうに学校生活を送っていると。儂は、これでユウキは笑顔を取り戻せると思った。だが、その友人の1人が例の事件で亡くなってしまった事を聞いた時、もうユウキは立ち直れないのではないかと恐怖した。儂はまた重要な時に、ユウキの傍にいる事が出来ないと自分の無力さを改めて痛感した。だが、ユウキが心を再び閉ざす事はなかった。それは瑠垣君が、ユウキを近くで支えてくれたおかげだ。君がユウキと出逢ってくれた事、ユウキを見つけくれた事、何よりユウキを好きになってくれてありがとう。儂はその事に礼を言いたかったんだ」

 築は深々と頭を下げた。

「総館長!? やめてください」

 マオは慌てて築に駆け寄る。

「儂は今、夢図書館の総館長としてではなく、相川 ユウキの父親として頭を下げている」

 築は頭を下げたままだった。

「俺もあの事件の後は、立ち直れそうもないぐらいのショックを受けました。その時、ユウキが支えてくれたから今の俺がいるんです。俺もユウキに助けられたんです」

 マオは心からの思いを言葉にした。

「ありがとう」

 頭を上げた築は噛み締めるように話した。

「あんな作戦を命じておいて言えた事ではないが、無事に生きて帰ってきてくれ頼む」

 築はマオの目を見て話した。

「はい! ユウキを残して逝けませんから」

 マオはしっかりした口調で答える。



「着替えよし! 洗面用具よし!」

 マオは夢図書館構成員寮の自室で、大きめのショルダーバッグに遠征に必要な道具をしまっていた。

「……」

「ん?」

 後方で静かに開いたドアにマオは振り返る。

「ユウキ」

 開いたドアの向こう側で、ユウキは顔を下に向けながら立っていた。

「……」

 ユウキは無言のまま動かなかった。

「どうし!!!!」

 マオが笑顔で口を開いた瞬間、ユウキはマオに抱きつき顔をマオの胸に埋めた。

「マオ、ごめんなさい。このままでいさせて」

 ユウキは涙声で懇願する。

「ごめん。また、心配掛けちゃったね」

 マオはユウキの頭に右手を優しく乗せた。

「お願い。お願いだから遠くに行かないで」

 ユウキは泣いていた。

「ああ、俺はどこにも行かないよ。ずっとユウキと一緒だ。約束したじゃん!」

 マオは優しく笑う。

「うん。もう無理しないでなんて言わない。だけど、自分の事も大切にして。絶対に無茶はしないで」

 ユウキはマオの胸から顔を離し、涙で潤んだ瞳で見上げる。

「ありがとう、帰ってきたらデート行こ。まだ、俺たち恋人らしい事してないからさ」

「うん!」

 マオが笑いながら話すと、ユウキも笑顔になった。



 夢図書館本部1階にある格納庫でヘリコプターに乗り込んだマオは、半開きのドアから右手を挙げる。

「行ってこいよ」

「気をつけろよ」

 太郎と司が声を掛ける。

「マオ、無理すんなよ」

「何かあったらすぐに連絡してね」

 猛と晋二も声を掛ける。

「瑠垣君、異変があったらインカムで教えるからね」

 学子が心配そうな顔で話す。

「頼んだぞ」

 岸田は託すような強い目で話す。

「はい!」

 マオは笑顔で答える。


「マオ……いってらっしゃい」

「うん、行ってきます」

 ユウキとマオは、穏やかな表情で言葉を交わした。


 マオを乗せたヘリコプターは富士山を目指し飛び立った。

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