襲撃
「もぉ〜 エンは我儘には困ったよ」
薄暗い空間でフルは、万年筆を右手に持ちながら、不満に満ちた様子で頰を膨らませていた。
「ワタシは、ワタシの力で無益な殺生はしたくはない。それよりも、本当にこの日時なら我々の目的と関係のない者に危害が加わらんのだな?」
エンは袴の襟元を両手で引っ張った。
「任せてよ。僕の計算は狂わない」
フルは胸を張った。
「信用する」
エンは弓矢を持って立ち上がる。
「エン。頼んだよ」
エンの後方から消え入りそうな声が聞こえた。
「分かっている。だが、勘違いするな。ワタシはワタシの目的を果たす為に手を貸している。ただそれだけの関係だ」
エンは後方で立っているレイの目を見た。
「大丈夫。君は君の為に動けばいい。それが結構、俺の為になるから」
レイは薄っすらと笑みを浮かべた。
「食えんやつだ。行くぞ」
エンは2体の人形の夢獣を引き連れて歩き出した。
「………」
(麗花さんの結晶の操り人形 か。マオ、猛、ユウキはあの日から確実に一歩を踏み出してる。俺だけが、立ち止まったままだ)
晋二は、先ほどまでマオとユウキの試合が映し出されていた、選手控え室のモニターを見ながら下唇を噛んだ。
「俺も前に進まなくちゃ!」
晋二はゆっくりと息を吐いた。
『さあ!! トーナメント戦も残すところ1試合。五木 晋二と瑠垣 マオの決勝戦が間も無く始まります』
星野の声が響き渡る。
「お疲れ。惜しかったな」
猛は、右隣の席に座ったユウキに話し掛けた。
「ありがとう。でも、全然おしくないかな」
ユウキは平然と返した。
「ん? 結構いい線いってたと思ったけど?」
猛は顎に手を当てる。
「うんん。もしマオが本気を出していたら、私は何も出来ずに負けていたよ」
ユウキはフィールドを見つめながら答える。
「?」
猛はユウキの言葉の意味を理解していなかった。
『おおっと! 両者がそれぞれゲートから出て来ました!』
マオと晋二は無言のまま、フィールド中央に進んだ。
「マオ。手加減はいらないよ」
晋二の目はいつもよりも殺気立っていた。
「もちろん。いい試合にしよう」
マオは向かい合った晋二に笑い掛ける。
「準備はいいね」
晋二が両手に短剣を創造したのを確認して山井は声を掛ける。
「……」
「……」
両者は無言のまま頷く。
「はじめ!!」
山井は声高らかに試合を開始させた。
「最初から全力で行くぞ!!!」
晋二は両手を胸の前でクロスさせ、マオに向かって加速した。
「瞬間創造」
マオは、右手にロングブレードを創造し。
「っ!!」
晋二の交差する短剣が振り切られる前に、短剣と短剣の間にロングブレードを振り下ろされた。
「はあああ!」
晋二は膝を曲げ低い体勢を取り、マオの腹部に頭突きをした。
「ぐっ」
マオは尻餅を付いた。
「!!!」
晋二はマオに馬乗りになり、両手の短剣をマオの顔目掛けて振り下ろす。
「……」
マオは冷静に晋二を分析し、隙だらけになった晋二の背中を右膝で強打した。
「がっ!?」
晋二は苦痛に顔を歪めながら前方に飛ばされる。
『すっすごい戦いです。これが、司書の戦い!! 2人の実力は今、完全に拮抗しています!!』
「さすが現役司書だな!」
「ライバル対決激アツだな!」
星野の実況で観客席のボルテージが更に上がる。
「……」
(五木。何か吹っ切れた見たいに、大胆な攻め方だな。ここ最近で感じていた迷いが消えている。だが同時に、もがき苦しんでいるようにも見える)
岸田は頭に手を置いた。
「!!っ」
晋二はゆらりと立ち上がった。
「ふざけんなぁ!!!!!!」
晋二は怒りで顔を歪ませながら叫んだ。
「?」
立ち上がったマオの動きが止まる。
「俺、言ったよね。手加減はいらないって。やっぱりあれか? 俺は本気を出す価値がないって言う事か?」
晋二はマオを睨む。
「俺は、そんなつもりじゃ……」
マオの言葉が詰まる。
「言い方を変えるよ。いつまでも遥たちの事を引きずっている俺なんかに、本気を出すに値しないって事か?」
晋二は右足を一歩前に出す。
「俺は、たしかにあの日から立ち止まったままで、今も動き出せてない。だけど、エルと戦った時のマオとユウキや猛の試合を見て、俺も前に進まなくちゃいけないって思ったんだ!! こんな、手を抜かれた試合に勝ったって意味がないんだ! 実力が拮抗してる? ライバル同士? 違う!!! マオは、強いんだ! 俺は、マオの強さに触れれば成長できると思ったんだ!
お願いだ、本気を出してくれ!!」
晋二はマオの目を見た。
「構えて」
マオは、特別筆頭司書長の制服の左肩に付けられたファスナーを下ろした。
「!?」
マオの鋭い眼光に一瞬電気が走ったような衝撃を受けた晋二は、咄嗟に両手の短剣を構える。
「paradoxシステム フェイズ1 夢獣化」
マオは小さい声で呟いた。
「え?マオの左腕が……」
猛は、マオが創造した左腕を見て目を丸くする。
「しっかり見ててね。あれがマオに背負わせてしまった力」
ユウキは悲しそうな目で猛を見る。
「ユウキ……」
猛はユウキの出す深刻な空気を読みとった。
「おい、なんだあれ?」
「あいつって、任務中の事故で左腕失ったって聞いたぞ」
観客席に座る人間の注文はマオの左腕に集まった。
「ありがとう。来い!!」
晋二は短剣を持つ両手に力を入れる。
「……」
マオは左手を顔の付近に挙げた瞬間、人知を超えた一瞬よりも短い刹那で急加速し晋二の目に前に移動しながら、左拳を晋二の顔数ミリ手前で寸止めした。
「マオ、ありがとう。やっぱり何もできなかった……」
晋二の両手から短剣が力無く滑り落ちた。
「しっ試合終了……勝者……瑠垣 マオ……」
山井は結果を棒読みで告げた。
『ここで試合終了……今年のトーナメント戦チャンピオンは、2年Aクラスの瑠垣 マオです……』
星野の声は呆気に取られた様子で感情がなかった。
「…………」
「ぁぁぁ」
マオの夢獣化に、観客席は静まり返る。
「ユウキ、マオは一体?」
唖然とした猛の声のトーンは落ちていた。
「マオはいつもだって、私たちを守る事だけを考えているの……」
ユウキを下を向いたまま動きを止めた。
「……」
(マオはいつだって自分の事より他人優先だ……クッソ!! アイツは何もかも背負い過ぎだ!)
猛は自分の無力さを噛み締めた。
「ふん。あれが、体育館で。あの3つ連なった塔が校舎か」
エンは夢図書館高等専門学校付近の高山の山頂から、校舎を見渡していた。
「ワタシは瑠垣 マオを待ち構える。フルの作戦通りお前たちは、他の司書の足止めを。けっして、司書以外の関係のない人間を殺すでないぞ」
エンは弓矢を構えた。
「わかりました。エン様」
エージェントのような黒いスーツを着た、長身で見た目が30前半ほどの男型の夢獣は感情のない虚ろな目をしていた。
「はい」
浴衣を着た小柄で20代中盤に見える女性型の夢獣も、虚ろな目をしていた。
「……」
エンは矢を引いて、校舎北館を狙い放った。
「わぁあああ!!」
「なんだ? 地震か??」
突然の地響きにフィールドのある体育館4階と5階は騒然とした。
「崩巌司書長!!」
夢図書館本部、メインモニター室でデスクトップパソコンを操作していた、学子は慌てた様子で近くにいた太郎を呼ぶ。
「どないした?」
崩巌は学子の背後から画面を覗き込む。
「学校にランクS1体とランクA2体の反応が……」
学子は青ざめた顔で話す。
「なんやて? すぐに剛と瑠垣に連絡を!」
崩巌は目を見開いた。
「はい!!」
学子は右耳に付けたインカムのマイクを口元に近付けた。
「岸田司書長! 瑠垣特別筆頭司書長!!」
突然の地響きに体育館内がパニックになる中、岸田、マオ、ユウキ、晋二のインカムに学子の声が聞こえた。
「松下さん? 何があったんですか?」
マオはインカムに右手を当てた。
「よかった無事なんだね! 今、学校正門付近にランクS1体とランクA2体が出現しました。校舎北館が破壊された事から3体とも武装している可能性が高いと思われます」
学子は冷静に現状を告げた。
「え? わかりました」
マオは頷いた。
「瑠垣!!」
岸田はマオの元へ疾走した。
「岸田司書長」
マオは近づいて来る岸田を見た。
「岸田司書長これって?」
晋二の目は泳いでいた。
「はぁはぁ」
ユウキは息を切らせながらマオたちのいるフィールドへ到着した。
「時間がない。瑠垣、現時点を持ってお前を司書長と同等の権利を有する者とする。ランクSに関しての戦闘は、お前に一任する」
岸田は右手にコンバットマグナムを創造した。
「はい!」
マオの両手に力を入れる。
「2体のランクAが二手に分かれました。片方は学生寮へ、もう片方は体育館へ向かっています。ランクSは依然として正門付近にいます」
学子の声がインカムから聞こえる。
「わかった。相川! 五木! お前らは学生寮へ向かえ。今のお前らなら武装したランクA相手でも引けを取らない。俺は外に出てもう1体のランクAを迎え撃つ。瑠垣、お前はランクSに集中しろ」
岸田は骨折した左腕をぶら下げた三角巾を見た。
「はい」
ユウキは即答した。
「……はい」
晋二は覚悟を決めてから頷く。
「わかりました」
マオは頷いた。
「行くぞ!」
岸田を先頭に4人の司書は体育館から出る。
「松下! 今すぐ場内アナウンスで状況を伝えろ」
岸田はインカムに手を当てた。
「はい」
『落ち着いてください』
観客席のオーロラビジョンに学子の顔が写し出される。
「え?」
「……」
会場の注目はオーロラビジョンに集まる。
『現在、学校敷地内に武装したランクAが3体、出現しました。討伐には岸田司書長、瑠垣特別筆頭司書長、相川司書、五木司書が向かいました。皆様は体育館内にて避難をしてください』
学子がアナウンスを終えると、会場は一瞬静まった後に多少の騒めきを見せ沈黙をした。
「マオ……ユウキ……晋二」
ただ1人、猛だけ席を立った。
「瑠垣! 念には念だ、体育館全体を結晶のドームで覆え! 責任は俺が持つ」
岸田は立ち止まりマオの目を見る。
「はい。瞬間創造!」
マオは振り向き体育館の方を見た。
「さすがに一瞬だな」
岸田は巨大な体育館を覆うドームを見て笑う。
「ここからは別行動だ。命の保証はない。だが、死ぬな!!」
岸田は3人を睨んだ。
「!!」
4人は別々に走った。
「もうすぐ、学生寮だ!」
晋二は走りながら後方にいるユウキに話し掛ける。
「うん」
ユウキは結晶で出来た槍を両手で握る。
!!!!
「わぁ!?」
「きゃっ!!」
半円型のエネルギーの塊がユウキと晋二を襲う。
ユウキと晋二の間には、地面が抉られたような跡が残っていた。
「司書長ではなく。相川 ユウキと五木 晋二……どうやら、私はハズレを引いたみたい」
浴衣を着た女型の夢獣は退屈そうに薙刀を構えていた。
「ランクA」
晋二は目の前の夢獣を睨む。
「……」
ユウキは無言のまま
槍を構えた。
「私は、二。覚える必要はないよ。どうせ死ぬから」
二は薙刀を振りかざした。
「来たな」
岸田は体育館前に来たダークスーツ姿の青年を仁王立ちで迎える。
「その服は司書長か。アタリだが手負いのようだな」
ダークスーツ姿の青年は三角巾で吊られた岸田の左腕を見る。
「たしかに片手しか使えないが、貴様を相手にするぐらいはできる」
岸田はコンバットマグナムを構えた。
「それは無理だ。貴様は、この一に殺される運命だ司書長」
一はスーツのジャケットから、ワルサーP99を二丁取り出し両手に装備した。
「なっ!? 銃だと?」
岸田の表情が険しくなる。
(あれが、ランクAの夢獣)
全生徒が体育館で避難する中、ただ1人で抜け出した猛は岸田の後を追っていた。
「……」
(正門が見えてきた。あれがランクS、女?)
マオの視界に正門の真正面に立ったエンを確認した。
「お主が瑠垣 マオか?」
エンは目の前に立ったマオを見て話す。
「そうだ。お前は?」
マオは冷静に返す。
「ワタシは、道化の楽園が1人 エン。正々堂々と押して参る」
エンが持っていた弓矢を捨てた瞬間、自分の身長ほどの刀が目の前に出現した。
「ハズレ?」
ユウキは、つまらなさそうに自身を見つめる二を見た。
「そう、ハズレ。本当は司書長がよかったのに」
二は、ため息混じりに薙刀を下段に構える。
「五木」
ユウキは、頰から一筋の汗を流した。
「ああ。このランクA強い!」
晋二は、二から溢れ出る異様な空気を感じ取り、表情を固くする。
「お話はここまで。じゃあ死んで」
二は、光がなく冷たい目をして薙刀を振り上げた。
「来る!!」
ユウキは槍を構え、左に飛ぶ。
「おお!」
晋二も低い姿勢をとり右に飛んだ。
二の放ったエネルギーの塊は、ユウキと晋二の間を地面を抉りながら通過する。
「また避けた! さっきのはマグレじゃなかったんだね」
二は、若干目を見開いてユウキに向かってゆっくりと歩き出す。
「今!!」
「うおおお!」
ユウキの合図と同時に晋二は、二の薙刀に向かって突撃する。
「!?」
二は、攻撃をしようとするが薙刀を振り切る前に、晋二の2本の短剣によって攻撃を止められる。
「!!」
晋二は突然、短剣を下ろし二の右傍に飛び込む。
「え?」
薙刀を遮っていた短剣が無くなり、力を入れていた二の薙刀は振り下ろされ、エネルギーの塊は誰もいない前方に向かって発射される。
「……」
ユウキは、二の薙刀を槍で突く。
「くっ!?」
二の薙刀は粉々に砕けた。
「よし!!」
晋二はガッツポーズをした。
「もう、あなたに武器は無い。おしまい」
ユウキは間髪入れずに二の胸部を槍で突こうとする。
「へぇ」
二は浴衣の帯を解き、脱いだ浴衣でユウキの視界を遮った。
「!?」
ユウキの槍は浴衣を突き破るが、二を捉える事が出来なかった。
「ユウキ! 危ない!!」
「はっ!?」
晋二が叫んだ瞬間、レイザービームのようなエネルギー砲がユウキ目掛けて飛んでくる。
「……」
ユウキは槍を捨て、右方向へと飛んだ。
「ありがとう。五木」
ギリギリのタイミングでエネルギー砲を避けたユウキはすぐに立ち上がる。
「さっきはハズレなんて言ってごめんね。貴方たち、強いんだね」
浴衣の下に着ていた黒のライダースーツに身を包んだ二は、6発オートマチックのベレッタ ナノを右手に装備していた。
「銃かよ。どうなってるんだ!?」
晋二は二のベレッタ ナノを見て驚きを隠せない様子。
「……五木!」
ユウキは少し考えたあとに晋二を呼んだ。
「どうしたの?」
晋二は短剣を構えた状態で返事をした。
「7秒だけ時間を稼いで」
ユウキは、冷静に話した。
「……!? わかった!!」
晋二はユウキの考えている事を理解した様子。
(まさか、ただの司書相手に銃を使う事になるなんて)
二、ユウキと晋二に向かって走り出す。
「!!」
晋二は右手の短剣を二に向かって投擲する。
「……」
二は、首だけを動かして簡単そうに短剣を避ける。
「!!!」
二の死角となった足元に潜り込んでいた晋二は、二の顎を狙い両手で持った短剣を振り上げる。
「なめないで」
二は、ベレッタ ナノで晋二の後頭部を強打する。
「がっ!!」
晋二は激痛に顔を歪め、地面に這いつくばる。
「まずは1人」
二は、ベレッタ ナノの銃口を晋二の後頭部に向ける。
「五木!!」
ユウキは悲鳴にも似た叫び声を上げる。
「創造に集中しろぉ!」
晋二はユウキに向かって怒鳴った。
「……!?」
ユウキは目を瞑り集中した。
「お前も、俺をなめすぎだ!!」
晋二は左手の短剣を二の顔面目掛けて投擲した。
「がぁあああああああああ!!!」
右目に短剣が刺さり、二は左手で顔の右側を抑えながら後方によろめいた。
「よくも! よくも! よくもぉ!!!」
右目に刺さった短剣を引き抜いた二の顔の右側には無数のヒビが入っていた。
「はっ!?」
結晶で出来た人形が両手に持ったランスで二を攻撃する。
「くっ!!」
二は、後方にジャンプしランスを避けた。
「これは一体?」
二は、突如出現した結晶で出来た人形を見て目を丸くする。
「早かったね」
晋二はゆっくりと体を起こした。
「ありがとう」
ユウキは晋二に微笑んだ。
「これは、結晶の操り人形 」
ユウキは二の方を向き直した。
「そんな、木偶人形なんか!」
二はユウキに向かってベレッタ ナノの銃口を向ける。
「結晶の操り人形 !」
ユウキは、二の放ったエネルギーをまとった銃弾を結晶の操り人形 を盾にして防ぐ。
「硬い!?」
強力なエネルギーをまとっているはずの銃弾が直撃したにもかかわらず、無傷の結晶の操り人形 に二は驚愕する。
「あたなに、結晶の操り人形 は砕けない」
ユウキは、二を真っ直ぐな目で見た。
「くっ」
二は、2発連続で結晶の操り人形 に向かって銃弾を放った。
「……」
ユウキは、2体の結晶の操り人形 を動かして銃弾を防ぐ。
「……」
二の顔に恐怖の色が浮かぶ。
「っそんな」
二は、ユウキから後ずさりする。
「結晶の操り人形 」
ユウキは、ランスを持った結晶の操り人形 を二に向かって動かす。
「っ!? 速い?」
二は、結晶の操り人形 の速度に反応しきれずベレッタ ナノを破壊され後方に飛ばされる。
「聞いてない! 聞いてない! ただの司書がこんな」
二は泣き叫ぶ。
「がっ」
結晶の操り人形 のランスに胸部を突き刺された二は、砂の城が崩れるように消えていく。
「ふぅ」
二を倒したユウキは1回息を吐いた。
「すごいよユウキ! ランクAを単独で」
晋二はユウキに駆け寄る。
「うんん。五木が敵を引き付けてくれたからだよ。結晶の操り人形 は、操作に強靭な集中力が必要なの。今の私では、操作をしながらその場から動く事は出来ない。麗花みたいに結晶の操り人形 を操作しながら、私自身も戦えるようにならないとね」
ユウキは苦笑いした。
「……いや。すごいよ本当」
(俺も、成長しないとマオやユウキ、猛に差を広げられてしまう)
晋二は、小刻みに頷いた。
「五木、マオのところに」
「ああ!」
ユウキと晋二は正門に向かって走った。
「ぐっ。はぁはぁはぁ」
岸田は、肩を大きく上下させ息を切らせていた。
「つまらんな」
一は、右手に持ったワルサーP99の銃口を岸田に向けた。
(っち。こいつ実践慣れしてやがる。銃の腕前もそうだが動きの一つ一つが訓練によって洗礼された軍人のようだ。片手しか使えない、動きが制限された状態では少し厳しいが。まだ、活路はある)
左腕を骨折し右腕だけで戦う岸田は劣勢だった。
「退屈だ。終わらそう」
一は、引き金を引いた。
(俺は、すでに6発の銃弾を撃った。アイツはまだ、俺の自動装填を知らない。これが、最初で最後のチャンスだ)
岸田は、左方向に飛び込んだ。
「つっ」
銃弾にまとったエネルギーが岸田の右足をかすめる。
(強い。これがランクA……あの岸田先生が)
猛は右足を負傷し、地面に横たわる岸田を見て表情が曇る。
「!!」
岸田は、瞬時に上半身を起こしコンバットマグナムで1発撃つ。
「ふっ」
一は、嘲笑うように口角を上げ一歩右横に移動して銃弾を避けた。
「なっ!?」
(何故だ? もしかしてコイツ、俺の銃に弾が入っている事を知って)
岸田は、開いた口が塞がらない。
「自動装填。貴様は弾切れがない事は、アージンと戦った時のデータで知っている」
一は、岸田を見下ろした。
(築さんは夢獣に、独自の意思疎通の手段があると言っていたが、ジュリビア帝国で戦ったランクAは倒している。なのに、俺の情報が伝わっているだと?)
岸田は額にシワを寄せる。
(このままだと、岸田先生が殺される)
猛は一歩踏み出そうとする。
(!? 今の俺が行ったところで、岸田先生を助ける事が出来るのか?)
猛は踏み出した左足を見下ろす。
(……浦和、ダメだよな俺。またこんな事考えて。助けられるじゃないよな。何も出来ずに後悔するのはもう嫌だ。だから、この4ヶ月間、俺は死にものぐるいで頑張ったんだ!)
今は亡き遥の笑顔が脳裏を過ぎった猛は、右手にコルト・ガバメントを創造した。
「1つだけ、教えろ。お前らの指示者は誰だ?」
死を覚悟した岸田は、インカムを通話モードにして話した。
「ふっ。この世界の可能性を正す存在だ。我々は、取り出される事を望んでいた訳ではない」
一の言葉には僅かに怒りが込められていた。
「取り出す?」
岸田は呟いた。
「話は終わりだ」
一は、銃を岸田の頭部に向ける。
「誰だ!?」
真横から飛んできた銃弾が顔の前を通過し、一は辺りを見回す。
「次は当てるぞ」
猛は、コルト・ガバメントを一に向けたまま歩き出した。
「!!」
猛に気を取られ隙の出来た一にすかさず岸田は、腹部を狙いコンバットマグナムで1発放つ。
「くっ!!」
反応の遅れた一は、体を左方向へ倒すが岸田の放った銃弾が右脇腹をかすめる。
「あの服は、まさか学生か?」
一は、地面に倒れながら猛の存在を確認する。
「吉村!! てめぇ、なんでこんな所にいるんだ!!」
負傷している右足を無理に動かして猛の近くまで走った岸田は、怒号を上げた。
「すみません!! ですが、あのままでは岸田先生は確実にランクAに殺されていました。俺はもう、何も出来ずに大切な人を失うのは嫌なんです!」
猛は大声で岸田に言い返した。
「……ふっ。言うようになったな。まっお前の言う通りだ。ありがとうよ」
岸田は、少し笑うとゆっくりと起き上がる一の方を見た。
「吉村。お前が来ても正直、戦況は厳しいままだが新しい活路が見えた」
岸田はコンバットマグナムを持つ右手に力を入れ、猛に作戦内容を伝える。
「あとは、お前が俺を信じて動くだけだ」
岸田は、猛に背を向けたまま話す。
「はい! 岸田先生を信じます!」
猛は即答した。
「ふっ。行くぞ!」
岸田と猛は、一を囲むように真逆の方向へ走り出した。
「二手に分かれたか」
一は右足を負傷し動きの鈍った岸田に狙いを定めた。
「よそ見してんじゃねぇ!」
猛は3発連続で銃弾を放つ。
「?」
(この学生、銃の扱いが不慣れなのか?)
狙いのずれた銃弾は、一の前方を通過した。
「まだだ!」
猛は続け様に3発の銃弾を放った。
「単調な狙いだ」
頭部を目掛けて飛んでくる銃弾を、一はワルサーP99から1発のエネルギーをまとった銃弾を放ち粉砕した。
「わぁ」
猛はしゃがみ込み、エネルギーをまとった銃弾を凌ぐ。
「……」
岸田は一の膝下を狙いコンバットマグナムで2発の銃弾を放つ。
「小癪な」
一は、エネルギーをまとって銃弾を1発放ち銃弾を粉砕する。
「がぁぁあああ」
右足を負傷した岸田は、一の攻撃を避けきれず、爆風で右横に飛ばされる。
「!!」
猛は、方向転換し一に向かって走り出した。
「血迷ったか?」
(この学生は7発全て撃ち切った。自動装填を使える人間は、瑠垣 マオと岸田 剛のみ)
エンに学生を殺さないように命じられていた一は、猛の右足に銃口を向けた。
(命は取らないが、右足は貰うぞ)
一は引き金に指を置く。
!?!?
「なに? 何故、お前の銃に弾が??」
額を猛の放った銃弾で撃ち抜かれた一は、膝から崩れて落ちる。
「自動装填だ。遠距離では成功率がかなり低いがな」
岸田は、仰向けの状態で口を開いた。
「なんだと、貴様はその位置から学生の銃に直接、銃弾を創造したというのか?」
一ゆっくりと消えていく。
「岸田先生!!」
猛は岸田の下へ走る。
「大丈夫だ。だが、少し休ませてくれ」
岸田は、息を切らせながら話した。
「はい」
猛は大きく頷く。
「吉村。本当に強くなったな。お前が自分を責め続ける気持ち、俺にも昔似たような経験があってな。だから、お前がどれだけ努力したのかも、どれだけ自分の力不足を呪ったのかもわかる。お前は強い司書になれる」
岸田は上半身だけ起こして、猛に微笑んだ。
「っっはい!! っっっく。ありがとう……ございます」
猛の両目から涙が溢れて出し、その場に蹲った。