番狂わせ
「いよいよ、明日だな」
学園祭初日が終わり猛が自室に戻る頃には、日が沈み辺りは暗くなっていた。
「4ヶ月間死にものぐるいでトレーニングしたとはいえ、やっぱりマオたち司書組と俺には実力差がある」
猛はカバンをベットの上に置いた。
「その差を埋めるには……」
猛はベットに腰掛けた。
「飛び級してマオたちと同じレベルの環境に行かないと……そうなると」
猛は自分の右手を見つめた。
「今度は俺が守る番だ」
(浦和、見ていてくれ)
猛はタンスの上に飾ってある、ハワイへ行った時に撮ったマオ、ユウキ、晋二、遥そして自分の写る写真を見つめた。
9月12日 (土) 6時30分
「おはよう、待った?」
学生寮の出入り口前に到着したマオは、目の前に立っている1人の女子生徒へ声を掛ける。
「おはよう。うんん、そんな事ないよ」
ユウキはにっこりと笑って答える。
「ありがとう。行こうか」
「うん」
マオとユウキは、肩と肩が触れそうな距離を保ったまま学校へ向けて歩き出す。
「昨年もそうだったけど、天井を開けるだけでこうも印象が変わるなんて」
体育館4階の格技場へ入ったマオの頭上にある、天井が開かれ10000人の観客を収容可能な体育館5階の観客席と巨大なモニターが露わになっていた。
「まだ、2時間前なのにもう満席になってる」
ユウキは満席となった5階を見上げた。
「おはよ」
「おす」
マオとユウキの前方から晋二と猛が歩いて来る。
「おはよう」
マオは2人に向かって右手を挙げる。
「おはよう」
ユウキは平然と返した。
「初戦、頑張れよ」
どこか緊張した様子の猛にマオは話し掛ける。
「ああ、任せとけ」
猛は歯を見せて笑った。
(昨日もそうだったけど、妙に落ち着いてるな)
晋二は猛の表情に疑問を持った。
「猛、頑張ってね」
ユウキは両手を胸の前でぎゅっと握った。
「ありがとよ」
猛の口角が上がった。
「よぉ。久しぶりじゃねぇか」
マオたちの背後から低い男性の声が聞こえた。
「岸田先生!!!」
猛は、司書長の制服姿で骨折している左腕を肩から三角巾で吊るした岸田を見て目を輝かせた。
「俺はもう先生じゃねぇぞ」
髪型と体つきの変わった猛を見ても岸田は動じる事なく、笑顔を見せた。
「岸田司書長、なぜここに?」
マオは岸田に問い掛ける。
「あぁ、俺は夢図書館から来賓兼、実況解説者として呼ばれたんだ」
岸田は退屈そうに答えた。
「そうなんですね」
マオは納得したように頷く。
「まあ。優秀な生徒がいれば学校側に飛び級を提案する、スカウト目的でもあるがな」
岸田は右手で顎を触りながら話す。
「!!」
(飛び級)
猛の顔に闘志が浮かび上がる。
「んじゃ、俺は忙しいから行くぞ。頑張れよぉ」
岸田はあくびをしながら歩き出した。
「相変わらずだな。岸田先生」
猛は教師時代と何も変わらない岸田を見て嬉しそうに笑った。
「だね」
マオが猛に同意すると3人は顔を見合って笑い始めた。
「って、もうこんな時間か。さっさと着替えないと」
猛がスクリーンへ映し出された時計を見ると時刻は8時10分を回っていた。
「ほんとだ! ユウキ、着替え終わったら昨日メールした席に集合で」
マオは男性更衣室へ走りながらユウキに手を振る。
「わかった」
ユウキは手を振り返してから女子更衣室へ走り出す。
「ユウキはまだ来てないか」
「みたいだね」
特別筆頭司書長の制服姿のマオと、司書の制服姿の晋二は観客席の南側、最前列に座った。
「おまたせ」
5分後、司書の制服姿のユウキがマオの右隣へ座る。
「もうそろそろだね」
マオは右手のAMCで時刻を確認して、緊張した面持ちで話す。
「うん。猛、大丈夫かな」
ユウキは心配そうに誰もいない格技場を見る。
「ああ。でも、猛は本当に強くなったから」
晋二は頷く。
『お待たせして致しました!! 学園祭2日目にお越し頂き誠にありがとうございます! 私は3年Bクラス放送部の星野 未来と申します。本日のトーナメント戦の実況をさせて頂きます』
モニター上部の実況室に座る、茶色いセミロングにセーラー服姿の星野は元気の良い声で話した。
『そして!! 夢図書館図書館から来賓兼、実況解説者として岸田司書長にお越し頂いています!』
『あぁ〜 岸田だ。今日は司書のスカウトとしても来ているから、精一杯アピールしろよぉ』
岸田は退屈そうに答えた。
『岸田司書長ありがとうございます。それでは、本日のルールを確認しましょう。まず、創造する武器は相手に捻挫以上の負傷を負わせない物質に限る。勝敗は相手が負けを認めるか、審判が続行不能と判断した場合です。では、最初の試合は午前9時開始ですので、今しばらくお待ちください』
星野は弾むような口調で原稿を読み上げる。
「……」
猛は格技場へと続く薄暗い通路をゆっくりと歩いていた。
(今でも、考えちまう。あの時、俺が浦和に声を掛けていれば、俺が少しでも戦力になれば、少しは未来が変わっていたのかなって……あの日から出てくるのは後悔ばかりだ、だけどいつまでも立ち止まっているつもりはない)
猛は通路の最終部分で立ち止まる。
『さぁ、時刻は8時55分になりました。おおっと、北ゲートから我らが生徒会長の茂武 謙太が出て来ました』
星野は格技場へ向かって歩いて来る茂武を見つける。
「きゃーーーーー! 茂武サマ!!」
「会長!!!」
女子生徒たちは茂武を見て興奮し絶叫していた。
『昨年の学園祭で2年生ながらトーナメント戦を制し、一気に校内のトップに上り詰めた絶対王者。その実力は歴代最強の学生と言われた五島 麗花さんに匹敵するとも言われています』
「……」
(捻り潰してやる)
茂武は無言のまま格技場のフィールド中央に立った。
(今日俺は、やっと一歩を踏み出せる)
猛は薄暗い通路から、明るい格技場へと出た。
『こちらも、南ゲートから吉村 猛の登場です。2年Aクラスの首席にして、時期生徒会長候補の実力者です。これは、1回戦から白熱したバトルが期待できそうです」
「頑張れ猛!!」
晋二は大声で応援する。
「頑張れ!!」
マオも大声を出す。
「……」
ユウキは祈るように猛を見つめた。
「逃げなかったんだね。それだけでも、君はすごいよ」
(せいぜい、俺の引き立て役になれ)
フィールド中央で向かいあった茂武は、余裕が有り余った様子で話す。
「うるせぇよ」
猛は一蹴する。
「いいね! その威勢、気に入ったよ」
(潰してやる)
茂武は両手に鉄扇を創造し構えた。
「その減らず口を叩けなくしてやる」
猛は日本刀を創造し下段で構えた。
「では、ルールはさっき説明した通り。準備はいいかな」
2人の間に立つ審判の山井は、普段とは違い堂々としていた。
「……」
「……」
猛と茂武は無言のまま見合った。
「はじめ!!」
山井の掛け声と共に両者は一気に距離を縮める。
「おおおお」
猛は下段に構えていた日本刀を全力で振り上げる。
「……」
茂武は右手の鉄扇を閉じて日本刀を目掛けて振り下ろした。
鉄扇と日本刀が接触した瞬間、凄まじい金属音が鳴り響く。
(隙だらけだ)
茂武は左手の鉄扇を真横に振り抜く。
「!!」
猛は後方に距離を取りギリギリで躱す。
「おおお!」
「すげぇ!!」
「これが学年を代表する、生徒同士の戦い」
会場は2人の戦闘に湧いた。
(ほぉ。あの茂武の攻撃を躱すとはな。少しはやるようになったな。だが吉村、お前は既に大きなミスをしている)
実況席の岸田は真剣な表情で猛を見た。
(やっぱ、強いな)
猛は体制を立て直して茂武へ突っ込む。
(こいつ、学習能力あんのか? また、単調に攻めやがって、なめてんのか?)
茂武は両手の鉄扇を使い、まるで舞をしているかのように美しい動きで猛攻を仕掛ける。
「!!?」
(くそ、なんて手数だ)
猛は日本刀を使い攻撃を防ぐ。
「これは、吉村は厳しいな」
岸田は目を細める。
「たしかに、少し押され気味ですね」
星野は返す。
「茂武の武器はリーチは無いが、軽くスピードを生かした連続攻撃が可能だ。吉村の武器はリーチはあっても重く、茂武のようなスピードを重視するスタイルの相手には劣勢になる事が多い」
(創造する武器を間違えた? 吉村、お前がこんな簡単なミスをするとは思えないが)
岸田は右手で頰杖をついた。
「くっ!!」
茂武の攻撃が少しづつ猛の体に当たり始める。
(限界だな。まっ俺相手にここまで粘ったのは褒めてやる)
茂武は更に攻撃スピードを早めた。
「ぐっ!!」
茂武の鉄扇が腹部に直撃した猛は膝をつく。
「猛!!」
晋二は叫ぶ。
「!!」
マオは立ち上がり奥歯を噛み締める。
「避けて!!」
ユウキは叫ぶ。
「!!」
猛は日本刀を捨てて右方向へ飛んだ。
「武器を捨てたか、降参って事でいいかな?」
攻撃を躱された茂武はゆっくりと猛の方を向いた。
「まさか、俺はまだやる気満々だぞ」
猛はファイティングポーズをとった。
「はぁ〜 君ねえ、戦場で司書が武器を失うって事は死を意味するって、1年生の時に習わなかったの?」
茂武は下を向いてため息をついた。
「よそ見してんじゃねぇ!!」
猛の右ストレートが茂武の顔面を直撃した。
「がぁあああああ、てめぇ」
後方へ飛ばされた茂武は顔面を抑えて蹲る。
「たしかに、戦場で司書が武器を失う事は死を意味するって、学校では教わる。だけどな、俺はそんな事で自分の命を諦めたりしねぇ! もう、俺だけの命じゃねぇんだ!!」
(俺は浦和や工藤の分まで生きるんだ!)
猛は再び右ストレートを放つ。
「馬鹿が!! 丸腰で俺に勝てると思ってんか!!」
茂武は立ち上がり鉄扇を猛の右拳に向けて放つ。
「お前の拳はこれで粉々だ!」
茂武は不気味に笑った。
!?!!
茂武の鉄扇と猛の拳が接触した瞬間、激しい金属音が格技場に響き渡った。
「なっ?」
茂武は目を丸くする。
「お前が、長々と喋ってくれたおかげで、新しい武器が創造できた」
猛の両手にはメリケンサックが創造されていた。
「おい、マオあれ」
晋二は猛のメリケンサックを指差す。
「ああ! すごいよ猛!」
マオは口元を緩めた。
「!!」
(よかった)
ユウキは安心した様子で胸を撫で下ろす。
『おお! すごい!! いつの間にか吉村 猛の両手にメリケンサックが!!』
星野の驚いた声がスピーカー越しに聞こえる。
「こいつ、戦闘中に創造ができるようになっていたか!」
(なるほど、吉村は武器の創造をわざと間違えたのか。俺に戦いながらの創造をアピールする為に)
岸田は珍しく興奮した様子だった。
「新しい武器? それがどうした? お前程度の奴が俺に敵うわけねぇだろ!!」
怒りを露わにした茂武は急加速して猛の懐に入る。
(速い。でも、晋二ほどじゃない!)
猛は両手のメリケンサックを使い茂武の鉄扇と互角に戦っていく。
「くっ!? ふざけんじゃねぇ!!! こんな奴に!!」
茂武は顔を真っ赤にして激怒する。
「お前、さっきから素が出てるぞ」
猛の左ストレートが茂武の腹部を直撃する。
「ぐぅぅぅ。てめぇ」
茂武は苦痛に耐えながら一歩前に出る。
「あがあああああ!」
(ふざけんなっふざけんなっふざけんなぁぁぁぁ!!)
我を失った茂武は滅茶苦茶に攻撃を仕掛ける。
「……」
(自分が強いと思い込み、マオをいじめていた昔の自分を見ているようだ。なるほど、通りで弱かったわけだ)
過去に晋二と戦った時、全く攻撃が当たらなかった事を思い出した猛は、簡単そうに茂武の攻撃を避ける。
「なんだ? その弱腰は! 避けてばかりじゃ勝てねぇぞ!」
興奮しきっている茂武の口元からはよだれが垂れていた。
「いや。もう、終わりだ」
猛は先ほど捨てた日本刀を足を使って拾い上げ、右手で持ち下から振り上げた。
「がっ????」
(なぜ、さっき捨てた刀があるんだ?)
猛の攻撃を受けた茂武は両膝をついて倒れた。
「そこまで! 勝者、吉村 猛」
山井が試合を止める。
『なっなんと!! 大方の予想を覆し勝者は吉村 猛だぁ! 今回のトーナメント戦は波乱の予感がします』
星野の実況が響く。
(吉村は刀を捨てたように見せ茂武の頭から刀の存在を消した。激昂し我を忘れた茂武を落とした刀の近くへと誘導し攻撃した。心理戦でも吉村は茂武を完璧に上回っていたか)
岸田はニヤリと笑った。
「おおおお!」
「あの、茂武会長に勝った!!」
会場は番狂わせに騒めいた。
「俺が刀の方へ誘導していた事にすら気づかない程、怒りに我を忘れていたのが、お前の敗因だ」
猛は茂武に背中を向けたまま話した。
「……ざけんじゃねぇ」
「?」
茂武のかすれるように小さい声が背後から聞こえ、猛は振り向く。
「ふざけんじゃねぇ!!!」
茂武は猛の頭部を鉄扇で殴った。
「ぐっ」
猛は頭部から血を流しその場に蹲る。
「「猛ぅぅ!!」」
マオとユウキは叫ぶ。
「あいつ!!」
晋二は激怒し立ち上がった。
「待て晋二」
マオは晋二の後を追った。
「……」
ユウキも晋二を追った。
「俺がこんな雑魚に負けるわけがないんだ! 俺は、俺はぁぁぁぁ!」
茂武は動けない猛に追撃をするべく歩き始める。
「茂武!! 何やってるんだ」
「やめろ」
「落ち着け!」
3人の教師が茂武を取り押さえる。
「離せ!! 俺を誰だと思ってんだ!! 離せ役立たずがぁ!!」
茂武は子供のように暴れた。
!!!?
突然、鳴り響いた銃声と共に茂武の足元の床にヒビが入る。
「!? あぁぁぁ」
暴れていた茂武の顔は青ざめ声にならない声を出した。
「はぁー」
右手にコンバットマグナムを持った岸田は、怒りの感情を抑えるように息を吐いた。
「……呆れた。お前に何も言う気になれねぇよ。ただ一つ、もうここにお前の居場所はない」
岸田は茂武を睨みつけた。
「は!?」
茂武は慌てて周りを見る。
「えっ茂武サマが……」
「うそ、あんな人だったの」
「正直、見損なったわ」
観客席は騒然とし、茂武に対し白い目が向けられていた。
「……俺は……」
茂武は自分のした事の重大さに気づき、力なく項垂れた。
「行くぞ」
茂武は教師に両肩を担がれトボトボと格技場を後にした。
「猛!」
「猛!!」
マオと晋二はタンカに乗せられた猛の下へ走って来た。
「少し油断しちまった」
猛は笑顔を作る。
「……」
ユウキは心配そうに運ばれる猛を見る。
その後、負傷した猛は医務室へ運ばれた。
「くっ!!」
医務室の前で晋二は落ち着きのない様子で、廊下を行ったり来たりしていた。
「……」
マオはベンチに座り眉間にシワを寄せていた。
「……」
ユウキは下を向いたまま動かない。
「よっ!」
20分後、頭に包帯を巻いた猛が医務室から出て来た。
「猛! 大丈夫なのか?」
晋二は目を見開いて猛の前に出た。
「ああ! 医者からのお墨付きをもらった! もう大丈夫だ!」
猛は右手でOKサインを作った。
「はぁ〜 よかった」
マオは安堵した。
「うん」
ユウキは胸を撫で下ろす。
「でも、無理しないでよ」
晋二は念を押した。
「分かってるよ! って、そろそろマオの出番じゃないか?」
猛は生徒手帳を見て話す。
「あっ本当だ。次の試合か。ごめん、行って来るよ」
マオは創造免許証でトーナメント表を確認して、格技場へ向かって走り出した。
「頑張れよ!」
「頑張れ!」
晋二と猛はマオに手を振った。
「おお!」
マオは手を振り返す。
「ユウキ、声掛けなくてよかったのか?」
猛は右隣で立っているユウキに問い掛ける。
「うん。戦う前のマオに頑張ってなんて言えない。いつも、マオは無理しちゃうから」
ユウキは少し悲しそうな顔をした。
「あっ……」
(そうだよな。誰も、好きな人が傷付くところなんて見たくないよな。それにマオの左腕は……)
マオの左腕の事を知っている猛は、歯切れの悪い返事をする。




