ずっと隣に
いつも、ありがとうございます!
更新をさせていただきました。
乱暴に閉められたドアの音が鳴り響いた。
「はぁはぁはぁ」
校舎から学生寮までの長い道のりを疾走したユウキは、自室の玄関で息を切らせていた。
「うっうぅぅ」
ユウキの目に溢れていた涙は堰を切ったように流れ出した。
「うっっっうっっ」
(マオが……遠くに行っちゃうよ……)
ユウキはその場で泣き崩れた。
時間は遡り、20分前。
(マオと話したい。マオが私の事をどう思っているのか知りたい。マオと一緒にいたい)
演劇練習が終わり下校時刻となった教室で、ユウキはカバンを持って立ち上がった。
(私がほんの少し勇気を出せばマオと話せる……いつまでも逃げちゃダメだよね)
ユウキはカバンの手持ち部分を力強く握り、緊張した様子で歩き出す。
「夢姫一緒に帰ろう」
マオは神妙な面持ちで口を開いた。
「……?」
(マオから仁科院さんに声を掛けた?)
マオに向かって一歩踏み出したところで、ユウキの足が止まってしまう。
「……? はい、喜んで!」
夢姫は心からの笑顔を見せて返事をした。
「ありがとう」
マオと夢姫は仲良く並んで歩き出す。
「…………」
ユウキは呆然と立ち尽くした。
(マオと仁科院さんはもう……)
ユウキの視界が歪み、瞳に猛烈な熱さを感じた。
「!!」
ユウキは周りに悟られないように静かに教室を出ると、マオと夢姫が下りた階段とは別の階段へ向かい走り出した。
「はぁはぁはぁ」
マオたちよりも早く昇降口に着いたユウキは、目に溜まった涙が落ちないように必死に走った。
「はぁはぁ」
ユウキは扉を乱暴に開け閉めし自室に入った。
(仁科院さんの言う通り、私が卑怯で中途半端だからマオは……王子様役を辞退して、仁科院さんを選んだんだ)
自分を卑下し続けるユウキの両目から、ぼろぼろと涙が零れる。
「うっぅぅぅ」
ユウキはしばらく動く事ができなかった。
「……ただいま」
自室に戻ったマオはカバンをテーブルの近くに置き、ベットに腰掛けた。
「……」
(俺がもっと自分の事を理解していれば、夢姫を傷付ける事をしなくて済んだんだ。夢姫の気持ちに気付けなかったなんて、本当に最低な男だ……)
マオは自分の気持ちを理解できていなかった事を悔いた。
(そんな俺にユウキが振り向いてくれるのか? 俺なんかがユウキを幸せに出来るのか?)
マオは右手を頭に当て考え込む。
(『マオ、少しは自分の気持ちも考えろよ。手遅れになるぞ』)
ふとマオの頭に猛の言葉が過ぎる。
(いや、違う…………俺は、つくづく最低な男だ。振り向いてくれるかとか、幸せに出来るかとか。俺はユウキの事を考えるふりして、自分の本心と向き合っていなかったんだ……俺はユウキが好きだ。だけど同時に、誰にも取られたくない、俺とずっと一緒にいてほしいと思っている。俺はこの欲望を醜いものと決めつけ、無意識のうちに蓋をしていたんだ。だけど、これも俺の本心。ユウキを振り向かせたい、ユウキを幸せにしたい、ユウキとずっと一緒にいたい。この気持ちは嘘偽りのない俺だけの想いだ……)
マオはベットに体をあずけた。
「はぁー」
自室に帰って来た夢姫はため息ついた。
「……」
夢姫は、いつも学校から帰って来ると真っ先に、紅茶を淹れティータイムを楽しんでいたが、今日はカバンを無造作に置き椅子に腰掛けた。
「やはり、負けてしまいましたわ」
さっきまで潤んでたいた夢姫の瞳はすっかり乾き、寂しげな表情をしていた。
「夏休み後半から学校に御戻りになった、マオ様と相川さんの恋人のように仲睦まじい様子を見て流石に落ち込みましたが、御二人がまだ恋人同士ではない事が分かり、あたくしにもチャンスが有ると思いましたわ。しかし、マオ様の心に付け入る隙はありませんでしたわ。無自覚ではあったものの1人の女性を一途に愛していましたわ。さすが、あたくしが好きになった殿方、本当に素敵な方ですわ」
夢姫は寂しそうに両手を見る。
(その愛を、あたくしだけに向けて頂けたら、どれだけ幸せだったのでしょう……)
夢姫の瞳に再び涙が溜まっていく。
「ぐず……うっ……」
(やっぱり、悔しいですわね……)
夢姫は声を押し殺して静かに泣いた。
9月8日 (火) 5時10分
「……」
ユウキは無言のまま洗面台の前に立った。
(ひどい顔……)
夜中も涙が止まらなかったユウキの目は真っ赤に腫れ上がり、寝不足から両目にクマができていた。
(マオとどう接すればいいのか分からない……マオに嫌われたくないよ……)
ユウキは目を伏せた。
「……」
登校をする為、学生寮の出入り口に下りたマオは集合場所に誰もいない事を確認した。
(行くか)
マオは1人、学校に向けて歩き出した。
「……」
登校中の会話は当然なくマオは無言のまま教室に入った。
「おす」
「おはよう」
教室の教卓付近で演劇の台本を片手に打ち合わせをしている男女6人のグループの中から、猛と晋二がマオに手を振る。
「おはよう」
マオは手を振り返すと席に着いた。
(あれ? まだユウキがいない? もうすぐ先生が来る時間なのに)
マオは教室中を見渡しユウキを探すが見つからなかった。
「おはようございます」
しばらくして夢姫が教室に入り、若干気まずそうにマオの隣の席へ座った。
「おはよう」
マオは平然と答える。
「皆さん、おはようございます」
8時丁度になると担任の山井が教室へ入り朝のホームルームが始まる。
「えーぇっと。今日ですが、相川ユウキさんが体調不良で遅刻すると連絡が入っています。今週の金曜日から、いよいよ学園祭が始まります。改めて確認しますが1日目は各クラスの出し物、2日目は司書課の生徒2・3年生の合同トーナメント戦があります。トーナメントの組み合わせ発表は1日目の昼休み体育館前で行われますので、必ず確認をしてください。連絡事項は以上です」
山井は控えめに告げると教室を後にした。
(ユウキ、昨日から様子がおかしかったけど体調が悪かったのか)
マオは心配そうに誰も座っていないユウキの席を見た。
午前中の授業はユウキの事が気になり、全く頭に入らなかったマオはどこか上の空だった。
昼休み。
(まだ、ユウキは来ないのか……)
マオは席を立ち猛と晋二の下へ向かった。
「お昼どうする?」
マオは縦に並んで座っている猛と晋二に問い掛けた。
「あれ? 今日は仁科院と一緒じゃないのか?」
猛が目を丸くする。
「いつもみたいに弁当を作ってきてるんじゃないか?」
晋二は疑問を持った様子だった。
「まぁちょっと。色々あってね」
(いくら猛と晋二でも昨日の事は話せないからな)
マオは苦笑いで答えを濁した。
「ふぅーん、そっか。じゃあ久々に飯行くか」
猛は深く追求しない様子で席から立ち上がり購買を目指して歩き出した。
「ほんと、マオと昼飯行くの久しぶりだな」
晋二は猛の後に続いた。
「ありがとう」
マオも歩き出した。
3人は購買でそれぞれに昼食を購入し、昼休みで人気の少ない教室へ戻って来た。
「いただきます」
マオはコロッケパンの包装を開けて一口食べた。
「いよいよ今週かぁ〜学園祭」
猛は疲労困憊の様子で焼きそばパンを頬張る。
「猛はクラス委員兼、実行委員だからね。ここ数日は朝早くて帰りが遅いしね」
晋二は苦笑いを浮かべながら鮭おにぎりの包装を開ける。
「そういえば、晋二も実行委員の仕事手伝ってるんだよね?」
マオは右隣に座る晋二の方に首を向けた。
「そうだよ。せっかく学校に通えるんだし学生らしい事をしたかったから、無理言って手伝わせてもらってるんだ」
晋二は嬉しそうに答える。
「でも、晋二がいるおかげで助かってるよ。書類整理とか予算書作ったりとか、晋二の事務処理スキルは先輩も評価してるし」
猛は感心したように話す。
「あはは、ありがとう。昔から親父にこき使われてね。細かい事務仕事には少し自信があるんだ」
晋二は控えめに答えた。
「へぇ〜。意外な特技だね」
マオはペットボトルに入った麦茶を飲んだ。
3人が何気ない会話をしていると教室のスライドドアが音を立てて開いた。
「ユウキ!!」
マオはカバンを右肩に掛け無表情で教室に入ったユウキを見て慌てて席を立つ。
「ユウキ、体は大丈夫?」
マオはユウキのそばまで駆け寄り心配そうに話し掛けた。
「……大丈夫。少し頭痛がしただけ」
ユウキは無表情のまま冷たい声で返す。
「? そうか、大丈夫ならいいけど」
(あれ? なんだこの違和感)
マオは感情を失ったような無表情さと、相手を拒むような冷たい声で話すユウキに違和感を感じる。
「あっええっと」
(ユウキになんて話していいか、言葉が思いつかない)
表情1つ変えないユウキにマオはたじろぐ。
「……どいて」
ユウキは冷たく言い放った。
「あっああ。ごめん」
ユウキの前に立ち行く手を塞いでいたマオは横に逸れる。
「……」
ユウキは無言で席に着くと、誰も近付かせないと言わんばかりに読書を始めた。
(……今、ユウキに避けられたよな)
ユウキの露骨な態度に、マオは目に見えて落ち込んだ様子。
「……」
「……」
猛と晋二はマオの様子を食い入るように見ていた。
昼休みが終わり演劇練習がスタートした。
(やっぱり、このシーンは何度見ても辛いな。王子様役を辞退しておいて本当、勝手な考えだよな……)
照明機器を操作するマオは、ガラス越しに行われている演劇のクライマックスシーンの練習で、王子様役の晋二に白雪姫役のユウキが、お姫様抱っこをされながら愛を誓う姿を複雑な顔で見ていた。
「……」
(マオ。もしかしてお前は、自分の気持ちに気付いたのか?)
辛さが表情に滲み出し、右手の拳に力が入っているマオを見た猛は察した。
演劇練習が終わり下校時間になった。
「ユウキ」
「……なに?」
緊張した様子のマオはユウキと下校する為に声を掛けた。
「よかったら、そのっ……」
(ユウキの顔見たら、頭が真っ白に……あれ? なんて言おうとしたっけ?)
マオは極度の緊張からパニックを起こす。
「…………」
ユウキは無言のまま表情を全く変えずにマオの顔を覗き込む。
「ごめん、なんでもない」
(……間違いない俺、ユウキに避けられてる)
マオは怖じけづいたように一歩後ろへ下がった。
「……そう」
ユウキは冷たい声で言い残しマオの横を通り過ぎた。
「これで、いいの……」
自室に戻って来たユウキはセイラー服のままベットに寝そべった。
(マオは仁科院さんを選んだ。だけど私はマオの事が好き。マオが大好きだから、誰よりも幸せになってほしい。私が近くにいたら仁科院さんとマオの邪魔になってしまうから、私はマオと距離を取るんだ。大好きな人を幸せに出来ない事は辛いけど、マオが幸せになるなら私は何でもする…………ねえ、本当にこれでいいんだよね?)
ユウキの視界が溢れた涙で歪み始める。
(…………そばにいたいよ……マオ)
ユウキは両目から一筋の涙を流し、瞳を閉じた。
(まさか、俺がここまで意気地なしだとは思わなかった。ユウキの顔を見て何も話せなくなるなんて)
自室に戻ったマオは落胆しきっていた。
(それにしても、俺ってユウキに嫌われるような事をしたっけ? 勘違いか? でも今日のユウキは俺を避けているようにしか見えなかった……くそっ。なにがどうなっているんだ)
マオは右手を頭に当てた。
翌日もマオはユウキに話し掛けようと試みるものの、ユウキの他人行儀な態度と冷たい声の前に上手く話を切り出す事が出来ず、そのままズルズルと時が進み学園祭当日を迎えてしまった。
9月11日 (金) AM6時10分
夢図書館高等専門学校の敷地内は華やかに飾り付けられ、校舎周辺に立ち並ぶ生徒運営の露店、学園祭独特の浮き足立った雰囲気が学校敷地内のいたる所から感じ取れた。
「おーい。テーブルこっち」
「ガムテープある?」
「テントの足持って」
いつもなら誰も学校にいない時間だが学園祭の準備の為、多くの生徒が忙しなく飛び回っていた。
「……」
(とうとう学園祭か。結局、今日までユウキと、まともに話せなかった)
ここ最近の睡眠がままならないマオは、肉体的にも精神的にも疲労困憊だった。
教室に荷物を置き、体育館の4階へ向かった。
「おはよう」
マオは、歌舞伎舞台のように広いステージ上の人集りにいる猛と晋二に声を掛けた。
「おす」
夏服姿の猛が返事をする。
「おはよう、マオ」
中世時代の王族のような、青と金色を基調とした煌びやかな姿の晋二が手を振る。
「晋二、似合ってるよ」
マオは王子様の衣装を着た晋二の頭からつま先までを見た。
「ありがとう。いよいよ本番だね」
晋二は少し緊張した様子だった。
「楽に行こうぜ、王子様!」
猛は晋二の右肩を思いっきり叩いた。
「いてて。ああ、わかってる」
晋二は笑顔で答える。
「きゃーーーかわいい!」
「うわ! 超キレイ!!」
マオたちの10mほど前方で10人の女子生徒が集まり騒然としていた。
「ありがとう、変じゃないかな?」
頭に銀のティアラを乗せ、純白のドレスに身を包んだユウキは、まるでウエディングドレスを着た花嫁のようだった。
「うんん! 全然! すごく似合ってるよ」
「本当! 本物のお姫様みたい」
女子生徒たちは口々に絶賛する。
「……ありがとう」
ユウキは顔を少し赤く染めて返す。
「……」
(すごく綺麗だ)
マオはユウキに見惚れて茫然と立ち尽くす。
「おお! ユウキすげーー似合ってるぞ」
マオの様子を見ていた猛はユウキに向かって歩き出す。
「うん! 似合ってる」
晋二も猛に続く。
「ありがとう!」
ユウキは、はにかんだ。
「……ユウキ、すごく綺麗だよ」
2人に遅れてマオもユウキの前に立った。
「!?ぇ…………ありがとう」
ユウキは、ほんの一瞬だけだったが嬉しそうな顔をしたが、すぐに無愛想な無表情になってしまう。
「……」
(やっぱり今日もダメか)
マオは目に見えて落ち込んだ。
「……」
「……」
猛と晋二はマオとユウキの様子を複雑な表情で見ていた。
「皆さん、おはようございます。今日は学園祭本番です! 今までの練習の成果を十分に発揮してください。2Aクラスの演劇は、昨日のくじ引きでトップバッターになりましたが、これはチャンスです! スタートダッシュを決め最優秀賞を取りましょう!」
山井はいつになくテンションが高く声を張っていた。
「おお!」
「はい!」
クラスメイトは元気に答えた。
「おい、みんな超満員だ! 1000人ぐらいいそう」
ステージと客席を遮るカーテンの隙間から客席の様子を見た男子生徒が嬉しそうに話す。
「この学校の生徒以外の人も見に来るからね」
女子生徒が緊張した様子で返す。
「おし! いいか、さっき山井先生が言った通り、スタートダッシュを決めて勢いで一気に勝負を決めよう」
クラスメイトが円陣を組んでいる中、中心にいる猛は真剣な表情で話した。
「「「おおお!!」」」
クラスメイトは大声で答えた。
『それでは、2年Aクラスの白雪姫です』
女子生徒のアナウンスが体育館内に響くとカーテンが開いた。
「昔とある王国の王様と妃様との間に娘が生まれました。雪のように白い肌をしている事から白雪姫と名付けられ、それはそれは大切に育てられました」
暗いステージに女子生徒のナレーションが入る。
「しかし、3人の幸せは長くは続きませんでした。白雪姫が3歳になる頃、病魔に侵された妃様は幼い白雪姫と王様を残してこの世を去りました。それから、2年の時が経ち王様は新しいお妃様を迎えました。そのお妃様は魔法の鏡を持っており、毎日お城の地下室で魔法の鏡にこう話し掛けました」
ナレーションが止まり、舞台が明るくなる。
「鏡よ鏡、世界で最も美しいのは誰?」
お妃様役の夢姫は身の丈ほどある大きな鏡に向かって、両手を広げ鏡に話し掛ける。
「それはお妃様です」
魔法の鏡は低い男性の声で返す。
「それは当然の事ですわ! おほほほほ!」
お妃様は高笑いをし、舞台は暗転する。
「それから、10年の月日が流れ白雪姫は、他国の貴族や王族に目をつけられるほど美しい女性へと成長していました」
再びナレーションが入る。
「まあ! このお花キレイ!! わぁ! 鳥さんが枝に止まっているわ!」
スポットライトに当てられた白雪姫役のユウキは、品のある笑顔で全身を大きく使いセリフを表現した。
「あの人、綺麗〜」
「あれ、相川ユウキか!?」
「かわいい」
ユウキが登場すると客席からため息混じりの声が聞こえる。
「今日もお妃様は鏡に問い掛けます」
ナレーションが入る。
「鏡よ鏡、世界で最も美しいのは誰?」
お妃様が鏡に問い掛ける。
「最も美しい方。それは……白雪姫さまです」
鏡は答えた。
「え? いつから、この鏡は冗談を覚えたのかしら? 正直に答えなさい! この世で最も美しいのは誰?」
お妃様は怒りを抑えながら話した。
「それは白雪姫さまです。お妃様は世界で2番目に美しい方です」
鏡は平然と答えた。
「何故ですの!!! あんな小娘にわたしくしは!!! 絶対に許しませんわ!」
激怒したお妃様は後方へ歩き出した。
「この国1番の狩人を呼びなさい」
お妃様は家来を乱暴に呼びつけ命令を出した。
「はい! ただ今」
怯えた様子の家来はすぐにこの国1番の狩人を呼んだ。
「お前、命令です。白雪姫を殺して心臓を持って来なさい。方法は貴方に任せます」
お妃様は冷酷な目と声で狩人に命令を出した。
「それは……私に13歳の少女を殺せと言うのですか?」
狩人は狼狽えた。
「わたくしの命令に背くのですか? では、貴方は死刑です」
お妃様は思い通りにならない狩人を睨みつけた。
「……はい。分かりました。白雪姫を殺します」
狩人は肩を落とし舞台が暗転する。
「そしてある日。狩りの勉強という名目で白雪姫を王城から連れ出した狩人は、馬車で森の中を彷徨っていました」
ナレーションが入り舞台が明るくなる。
「まあ! 初めて森に入りましたわ! 狩人さま、ありがとうございます」
白雪姫は薄暗い森の中で太陽のように笑う。
「……」
狩人は下を向いたまま何も言わない。
「あれは、キツネですか?」
白雪姫は木の間を指差した。
「……」
狩人は反応しない。
「狩人さま、大丈夫ですか? 体調が優れないのですか?」
白雪姫は心配そうに狩人の顔を覗き込む。
「できない……できない! こんなに優しい姫を殺すなんて私には出来ない!!」
両手で頭を抱えた狩人が苦しそうに話した。
「え!?」
白雪姫は突然の事に驚愕する。
「落ち着いて聞いて下さい。お妃様は私に貴女を殺すように命じました。ここで私が見逃しても城にいる限り、いつか貴女はお妃様に殺されてしまう。お逃げください」
狩人はそう言って白雪姫を馬車から降ろした。
「お母様が私を?」
白雪姫は恐怖した。
「はい、貴女の美しさを妬んでの事です」
狩人は苦しそうに答える。
「私を救ってくださり、ありがとうございます」
白雪姫は森の奥へと逃げた。
演劇はスムーズに進行していき終盤を迎えた。
「…………」
音響兼照明室ではマオが慣れた手つきで照明機器を操作していた。
(やっぱり落ち着かないな)
マオは、魔法で老婆に化けたお妃様が白雪姫に毒リンゴを食べさせるシーンを見て表情を暗くする。
(白雪姫の衣装、ウエディングドレスみたいで綺麗だよな)
マオの視線は無意識のうちにユウキに向いてしまう。
(もすぐ、あのシーンか……)
マオの頭に白雪姫とキスをする王子様の映像が流れる。
(あの衣装で、あんなにお大勢の人の前でユウキは愛を誓うのか……なんか、このままユウキが遠くに行ってしまいそうな気がする……いやだ!! そんなの嫌だ!!)
マオの両手が小刻みに震える。
「……行って来いよ」
猛は何気ない様子で呟いた。
「え?」
マオは聞き返す。
「始めての練習の時から、お前このシーンになると辛そうな顔してるじゃん」
猛は音量調整のつまみを回しながら話す。
「俺、王子様役を辞退したんだぞ。今更、都合が良いと思われるよ……それにクラスのみんなに迷惑が」
「いい加減にしろよ!!」
マオが話し終える前に猛が大声を出した。
「マオ、お前。また逃げるのか? これはお前の事なんだぞ! 言ったよな、少しは自分の気持ちも考えろって。優しいだけじゃ人は幸せにならないって。今更、都合がいいと思われる? 誰かに迷惑がかかる? だから僕は出来ませんでした。ふざけんな!! 他人を使って言い訳を美化しやがって、そこにお前の気持ちはあんのかよ! お前のそれは優しさじゃない、自分を正当化する為のエゴだ! 今、動かなかったら多分お前は一生後悔する。行けよ! ユウキの事が好きなんだろう!!」
猛はヘッドホンを力一杯握りしめてマオに感情を曝け出した。
「……ありがとう。迷惑掛けるよ、ごめん」
マオは腹を決めた。
「ああ、行って来い! 俺たちは仲間で親友だ迷惑ぐらい思いっきり掛けろってんだ」
猛は歯を見せて笑う。
「本当にありがとう」
マオは走り出した。
「はぁはぁ!」
全力疾走するマオは、舞台袖まで回り込んだ。
「え? 瑠垣くん?」
「どうしてココに?」
クラスメイトは走り行くマオを唖然とした様子で見ていた。
「おお、白雪姫よ。なぜ、こんな事に……」
王子様役の晋二は、棺の中で横たわる白雪姫を見て膝をつく。
「毒リンゴを悪い魔女に食べさせられたのです」
小人役の男子生徒が返す。
「そんな……こんなに心が優しく、美しい方をなぜ……」
王子様は嘆くように話した。
「……」
7人の小人は俯く。
「せめて、安らかに眠ってください」
王子様は白雪姫の顔に自分の顔を近づけようと立て膝をついた。
「待ってくれ!!!」
突然、マオの叫び声が響く。
「え? マオ?!」
王子様役の晋二は、いきなりのマオの登場に目を丸くする。
(……マオ? どうしてここに?)
ユウキは棺の中で目を閉じたままだった。
「はぁはぁ……初めて演劇の練習をした時、ユウキと晋二が幸せそうに愛を誓う演技を見て、胸が痛かった。だけど、どうして痛かったのかその時の俺には分からなかった)
マオは絞り出すように話す。
「私、瑠垣くんを止めてくる」
「なんだよ、せっかく上手くいってたのに滅茶苦茶にしやがって」
「俺も行く」
3人の生徒がマオを止めようと舞台に向かって歩き出す。
「お待ちください」
「どいて、仁科院さん」
夢姫は3人の生徒の前に立ち塞がった。
「退きませんわ。今、止めてしまえば取り返しのつかない事になってしまいますわ」
(マオ様、ファイトですわ!)
夢姫は必死になって生徒を食い止める。
「それから俺は考えた。何日も何日もずっと考えた。そして1つだけ分かった事がある。ふぅーーー」
マオは1回大きく息を吐いた。
「演技だって分かってる。台本に書いてある事だって分かってる。だけど、ユウキが俺以外の誰かと愛を誓うなんて、たとえそれが演技だとしても嫌だ。そう自分が思っている事が分かったんだ」
マオは真剣な表情で話す。
「!!」
マオの発言に驚いたユウキは棺から立ち上がる。
「うそ……だってマオは仁科院さんと」
動揺したユウキの瞳が小刻みに震える。
「嘘じゃないよ……ユウキが普段あまり話さないのは、他人の事をしっかり考えて言葉を選んでいるから。甘いものをよく食べるのは、大切な思い出を守る為。ユウキは、いつも俺の味方だった。遥と正輝を失って落ち込んだ俺を助ける為に、自分の心の傷を開いて話をしてくれた。そんな不器用で優しいユウキに、俺は知らず知らずのうちに惹かれていた。気がついたらユウキの事が好きになっていたんだ」
マオは決意に満ちた表情で話す。
「!! うっぅぅ……マオ……」
(マオはずっと私を見ていてくれたんだ)
マオの気持ちが本物と分かったユウキの目から涙が溢れそうになる。
「俺はユウキが好きだ。ずっと俺の隣で笑っていてほしい」
マオは微笑んだ。
「はい。私もマオが好き、大好き。私をずっとマオの隣にいさせてください」
ユウキは大粒の涙をぼろぼろと零した。
「ユウキ!!」
マオはユウキに駆け寄って思いっきり抱きしめる。
「マオ」
ユウキは優しく微笑みマオの背中に両手を回した。
最後までありがとうございます!
次回更新は3月7日です。




