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亀裂 3

「?ん」

 教室に戻って来たユウキを見てマオは首を傾げた。

(どうしたんだろ? 急に元気が無くなった?)

 表情に影があり、どこか寂しげな様子のユウキにマオは疑問を持つ。

「ユウ……」

 マオは立ち上がりユウキに声を掛けようとした瞬間、予鈴が学校中に響き渡った。

(次は昼休みだし、その時に話してみよう)

 マオは着席した。


 授業が終わり昼休み。


(どうしよう)

 ユウキはカバンの中を覗き込みながら気を落としていた。

(お弁当……)

 ユウキのカバンの中には大小2つの弁当箱が入っていた。

 夢姫アリスに対抗する為に、土日の殆どの時間を使い慣れない料理の練習をしてようやく作ったお弁当、当然マオと一緒に食べる事を目的としていたが、休み時間に夢姫アリスから言われた『貴女の好きは中途半端』との言葉がユウキをイスに縛り付けていた。

(頑張るんだ)

 勇気を振り絞りユウキは立ち上がる。


「マオ」

 ユウキはお弁当の入ったカバンを抱きかかえマオの前に立つ。

「ユウキ、丁度良かった」

 ユウキの事を心配していたマオはイスから立ち上がった。

「!?」

 マオが立ち上がった瞬間、ユウキは一歩後ろへ下がる。

「ユウキ?」

 マオは不思議そうな表情でユウキを見る。

(……怖い。マオの口から嫌いと言われるのが、マオに嫌われるのが……)

 ユウキの頭に最悪な結末が浮かび、顔から血の気が引ける。

「……ごめんなさい」

 ユウキはかすれるような声で話すと、何かから逃げ出すように教室から出て行った。

「え?」

 マオはユウキの言動が理解できず呆然と立ち尽くす。


「マオ様! 本日もお弁当を作ってまいりましたわ!」

(相川さん、逃げましたわね。これで、あたくしの勝ちですわ)

 夢姫アリスはぴょこんとマオの前に現れた。

「…………」

(ユウキ、一体どうしたんだろ?)

 マオは教室のスライドドアを見たままだった。

「マオ様?」

 夢姫アリスはマオを見上げる。

「……あっ!? ああ、ごめん。いつもありがとう」

(ユウキ……)

 我に返ったマオは夢姫アリスから弁当袋を受け取る。



 昼休みが終わり午後の授業時間となった。


「本日から演劇の練習を始める。今日はセリフを覚える為に、全体の流れに沿って1回通してみよう」

 教卓の後ろに立った猛が指示を出す。


 クラスの全員が立ち上がり、机を後方へ移動させ教室前方に広めのスペースを作った。


「昔とある王国の王様と妃様との間に娘が生まれました。雪のように白い肌をしている事から白雪姫と名付けられ、それはそれは大切に育てられました」

 ナレーションの女子生徒が舞台袖で台本を読み上げる。

「しかし、3人の幸せは長くは続きませんでした。白雪姫が3歳になる頃、病魔に侵された妃様は幼い白雪姫と王様を残してこの世を去りました。それから、2年の時が経ち王様は新しいお妃様を迎えました。そのお妃様は魔法の鏡を持っており、毎日お城の地下室で魔法の鏡にこう話し掛けました」

 ナレーションが止まる。


「鏡よ鏡、世界で最も美しいのは誰?」

 お妃様役の夢姫アリスは台本を持ったまま両手を広げ鏡に話し掛ける。

「それはお妃様です」

 魔法の鏡役の声の低い男子生徒が返す。

「それは当然の事ですわ! おほほほほ!」

 お妃様は高笑いをした。


(結構、ハマり役だ。すごく似合ってる)

 夢姫アリスの演技を見たクラスメイトの心の声はシンクロした。


「それから、10年の月日が流れ白雪姫は、他国の貴族や王族に目をつけられるほど美しい女性へと成長していました」

 再びナレーションが入る。

「まあ! このお花キレイ!! わぁ! 鳥さんが枝に止まっているわ!」

 白雪姫役のユウキは台本を持ちながら、品のある笑顔で全身を大きく使いセリフを表現した。


「!?」

(相川さんって、意外と演技派!?)

 普段のユウキからは想像も付かないような、元気いっぱいな声と可愛らしい仕草にその場にいた全員は呆気に取られていた。


(私が落ち込んでいるせいで、みんなに迷惑を掛けてはいけない。この事は私の自業自得だから)

 ユウキは全身全霊を掛けて白雪姫を演じる。


「今日もお妃様は鏡に問い掛けます」

 ナレーションが入る。

「鏡よ鏡、世界で最も美しいのは誰?」

 お妃様が鏡に問い掛ける。

「最も美しい方。それは……白雪姫さまです」

 鏡は答えた。

「え? この鏡は冗談を覚えたのかしら? 正直に答えなさい! この世で最も美しいのは誰?」

 お妃様は怒りを抑えながら話した。

「それは白雪姫さまです。お妃様は2番目に美しい」

 鏡は平然と答えた。

「何故ですの!!! あんな小娘にわたしくしは!!! 絶対に許しませんわ!」

 激怒したお妃様は後方へ歩き出した。



 そして、演劇練習はクライマックスへ。

「おお、白雪姫よ。なぜ、こんな事に」

 王子様役の晋二は台本を持ったまま、棺の中で横たわる白雪姫を見て膝をつく。

「毒リンゴを悪い魔女に食べさせられたのです」

 小人役の男子生徒が返す。

「そんな……こんなに心が優しく、美しい方をなぜ」

 王子様は嘆くように話した。

「……」

 7人の小人は俯く。

「せめて、安らかに眠ってください」

 王子様は白雪姫の顔に自分の顔を近づけキスをするフリをする。


「!?」

(この感覚は?)

 客席からの角度で見ると、晋二が棺に入ったユウキにキスをしているように見え、マオは心に鈍い痛みのような違和感を覚えた。


「……う? 王子様?」

 白雪姫は目を覚ました。

「姫!!」

 王子は白雪姫の肩を右手で抱え支える。

「私は、たしかリンゴを食べてそれで……」

 白雪姫は頭を抑えながら答える。

「奇跡だ! 王子様のキスで白雪姫が蘇った!」

 7人の小人が歓喜した。

「迎えに来ましたよ、白雪姫。私と結婚して妻になってください!」

 王子様はニッコリと笑う。

「はい! 喜んで」

 白雪姫は満面の笑みで返す。


「……」

(痛い……なんで?)

 マオは再び心に鈍い痛みを感じ、表情が暗くなった。

(……見たくない)

 マオは自然に下を向いた。

(マオ、お前やっぱり)

 猛はマオの変化に気付いた。


「それでは帰ろう! 私の城に、そして盛大に結婚式を挙げよう!」

「はい!」

 王子様は白雪姫をお姫さま抱っこして舞台の中心に立ち、2人は幸せそうに見つめ合った。


 クラスメイトから拍手が起こる。

「もう、これでいいんじゃない?」

「うんうん! みんな演技完璧だったよ! 特に相川さんと仁科院さん! 本当に女優さんみたいだったよ」

 クラスメイトは口々に感想を述べる。


「ありがとう」

 ユウキは照れたように答える。

「嬉しいですわ」

 夢姫アリスは胸を張る。


「じゃ、残り時間を細かい動きとセリフを覚える為に使ってくれ。音響担当と照明担当は、俺と一緒に体育館へ移動するから付いて来てくれ」

 猛の一言で4人の生徒が教室の外に出た。



「ここが音響室と照明操作室だ」

 猛はマオと共に体育館のステージの真向かいにある部屋に入った。

「ここは初めて入ったよ。それにしても本格的だね」

 マオはCDの収録スタジオのような室内に目を丸くする。

「俺はここで、擬音やBGM、マイクの音量を調整する。マオは俺の隣で照明の明るさや色を調整してくれ。使い方はマニュアルに載ってるから」

 猛はマオに薄い冊子を渡した。

「ありがとう」

 マオは受け取り、パラパラと捲る。

「これなら、なんとかなるかな?」

 マオは呟いた。

「このままで本当に、いいのか?」

 猛は小さな声で話す。

「?」

 マオは猛の声が聞き取れなかった。



 演劇練習が終わり下校時刻となった。


「ユウキ」

 席を立ったマオはユウキに向かって歩く。

「ユウキ?」

 ユウキは既に教室から出ていた様子で、席は誰も座っていなかった。


「マオ様! 御一緒に下校を」

 夢姫アリスはマオの右隣に立って。

「……あっあぁぁ。うん」

 マオは元気がなさそうに答えた。


「なあ、晋二」

 マオの様子を見ていた猛は口を開く。

「なに?」

 晋二は平然と返す。

「俺たち、余計な事したのかな?」

 猛は悔しそうに話す。

「良かれと思ってやった事が逆効果になって。結果としてユウキを傷付けた。俺たちは浅はかだった」

 猛は下唇を噛む。

「たしかに、俺たちは余計な事をしたし、仁科院の言っていた事は正論だったよ。だけど、今回の事で1番大切なのはマオの気持ちだと思うよ。今日のマオはユウキの事をかなり気にしていた。ここは俺たちがどうこう動くよりも、マオを信じて見守るべきだと俺は思うよ」

 晋二は真剣な表情で答える。

「そうだよな。ここはマオを信じよう」

 猛は頷いた。



「ただいま」

 部屋に戻って来たマオの表情は暗かった。

「……」

 下校中に夢姫アリスと話した事は一切頭に入っておらず、ユウキの悲しみに満ち溢れた表情だけが脳裏に焼き付いていた。

(俺はユウキを悲しませたくない。だけど、今日見せたユウキの顔……)

 マオはカバンを置きベットに座った。

(それと、演劇練習で感じた違和感。俺は何故、あのシーンを見た時に胸が痛かったのだろう?)

 マオはユウキと晋二が幸せそうに愛を誓うシーンを思い出し、再び胸に鈍い痛みを感じる。

(…………嫌だった。俺はあのシーンを見るのが本当に嫌だった。一体なぜ?)

 マオは右手を頭に当てて考えた。



 9月8日 (火)


「寝れなかった」

 一睡も出来なかったマオはベットの上で伸びをした。

「シャワー浴びないと」

 マオはバスタオルを右手で持ち浴室に入った。


「ん?」

 浴室から出たマオは、創造免許証がメールを受信していた事に気付く。

「晋二からか」

 メールの送り主は晋二で内容は。

 ごめん、今日から学園祭まで俺と猛、少し早く学校に行くから。マオはいつも通りでいいよ!


「了解」

 マオはそう返信した。


 ♬〜♬〜


「?」

 マオの創造免許証は再びメールを受信する。

「ユウキ!!」

 送り主を見たマオの表情が明るくなる。


 メールの内容は。

 おはよう。今日からしばらく一緒に登校できなくて。ごめんなさい。


「ユウキ……」

(俺、昨日から避けられてるのかな?)

 さっきまで明るかったマオの表情は一気に暗くなる。


 マオは身支度をして、誰も待っていない学生寮の出入り口にやって来た。

(さて、行きますか)

 マオは1人学校へ向かった。


「マオ様!」

 マオがしばらく歩いたところで後方から声を掛けられる。

夢姫アリス?」

 マオは後方から小走りで近付いてくる夢姫アリスを発見する。

「はぁはぁ、よかったですわ! 本日は御一人なのですね」

 夢姫アリスは息を整えてから話した。

「今日は、みんな忙しいみたい」

 マオは苦笑いをした。

「そうなのですね」

 夢姫アリスは頷いた。

「それよりも、大丈夫? 結構走ったよね」

 マオは心配そうに夢姫アリスを見る。

「ええ、大丈夫ですわ。あたくしはマオ様と御一緒に登校したいから、こうしているのですわ!」

 夢姫アリスは優しく笑った。

「そう……なんだね」

 マオは心に引っかかりを感じたまま、笑顔で答える。

「行きましょう!」

(昨日もそうですが、心ここにあらずですわね)

 夢姫アリスはにっこりと笑った。

「……うん」

 マオは夢姫アリスの後に付いて行く。


「おはよ、ユウキ」

 教室に入ったマオは先に登校していたユウキに話し掛ける。

「!? おはよう……ごめんなさい」

(なんて話せば、マオに嫌われないの? わからないよ)

 表情を暗くしたユウキは、視点を忙しなく上下左右に動かし、教室から出た。

「あっ……ユウキ……」

(やっぱり、避けられてる……)

 マオはユウキの背中を悲しそうに見た。

「……」

 夢姫アリスはマオの顔をまじまじと見ていた。


 その後もマオはユウキに話し掛けようとするが、辛く悲しそうな表情が目に浮かび行動に出せなかった。


「マオ様、御昼食にお弁当を作ってまいりましたわ」

 夢姫アリスは弁当袋の入ったカバンを持ちマオの前に立った。

「うん……いつもごめんね」

 マオは申し訳なさそうに返す。

「いいですわ! あたくしは、やりたい事をしておりますの」

 夢姫アリスはマオの右袖を引っ張り教室から連れ出した。



 マオと夢姫アリスは中庭のベンチにやって来た。

「マオ様、本日はハンバーグとポテトサラダですわ」

(登校で少し走りましたが、盛り付けは崩れてませんわね)

 夢姫アリスは弁当箱を開けた。

「すごいね。ありがと」

 マオは売り物のように綺麗に盛り付けられた弁当の中身を見て微笑む。

「はい!」

 夢姫アリスは嬉しそうに返す。

「いただきます」

 マオは両手を合わせて弁当を食べる。


「マオ様、学園祭の1日目ですが、御一緒に露店を回りませんか?」

 夢姫アリスは顔を赤くしてマオに提案した。

「……」

(ユウキ、今頃どうしているんだろう?)

 マオはユウキの事を考えており夢姫アリスの話を聞いていなかった。

「マオ様?」

 夢姫アリスはマオの顔を覗き込む。

「!! ごっごめん。聞いてなかった」

 我に返ったマオは正直に謝る。

「相川さんの事が気になりますか?」

 夢姫アリスおもむろに口を開いた。

「え?」

 図星のマオは表情が固まる。

「マオ様の表情を見ていれば分かりますわ。今日のマオ様はしきりに相川さんの方を見ていましたわ」

 夢姫アリスは落ち着いた雰囲気で話す。


「そっか……ごめんね。ユウキって、いつも俺を助けてくれるんだ、任務中もそうだけど、俺が困った時にいつも話を聞いてくれて背中を押してくれる。俺はそんなユウキが悲しむところを見たくない。そう思っていたけど、最近ユウキが見せる悲しそうな顔、それがどうしても気になって。話し掛けても避けられている感じがしてね」

 マオは苦笑いを交えつつ真剣に話した。

「……マオ様は、その原因を解決する為でしたら、何でもできますか?」

 夢姫アリスは何かを確かめるように問い掛けた。

「俺に出来る事なら、何でもするよ」

 マオは即答した。

「そうですか」

(マオ様は無自覚な様子ですが、既に相川さんの事が……)

 夢姫アリスはマオの様子から何かを察し表情を暗くした。


「話を聞いてくれてありがとう! 少し楽になったよ」

 マオは弱々しく笑った。

「マオ様のお役に立てたなら、嬉しいですわ!」

(あたくしは諦めませんわ)

 夢姫アリスは明るく振る舞った。



「今日は各自で個人練習をした後に1回通して練習をするよ」

 学園祭の準備に当てられる午後の授業で、教卓の後方に立つ猛が指示を出す。

「はーい」

 クラスメイトたちは、それぞれに台本を持ち動き出した。


「これが、照明の色で。このレバーが照明の角度を変えれる」

 マオはマニュアルを見ながら機械を操作する。

「マオ、そっち大丈夫か?」

 ヘッドホンを肩に掛けた猛が口を開く。

「なんとかね。問題は劇に合わせてタイミングよく照明を切り替えれるかだね」

 マオは少し安心した様子で答える。

「そうか……マオ、少しは自分の気持ちも考えろよ。手遅れになるぞ」

 猛は何気なく呟いた。

「? 俺の気持ち?」

 マオは首を傾げた。

「優しいだけじゃ、人は幸せにならないって事だ」

 猛はあえてマオの目を見ずに答える。

「あっあぁぁ」

(猛は何を言いたいんだろ?)

 マオは考えるように頷く。


(自分の気持ち? 俺は二度とユウキや友達が傷付いたり、悲しませないようにしたい。それだけだ……でも、猛は優しいだけじゃダメだって。考えれば考えるほど分からなくなる。だけど、もし我儘わがままを言っていいならユウキと話したい。ユウキの笑顔見たい……)

 マオは照明機器を触りながら考える。


 個人練習が終わり全体の通し練習になる。

 本番で使用する体育館4階のステージを使用しての練習、昨日まで持っていた台本を持って演技をする生徒は無く、より洗練された発音と動きのまま練習は進んでいった。

「……」

 マオも真剣な表情で照明を切り替えていく。


 そして、練習はクライマックスへ近づく。

(このシーンか)

 マオの心にモヤモヤとした感情が生まれる。


 王子様役の晋二は白雪姫役のユウキを抱きかかえ、キスのフリをする。


「!!」

(嫌だ……ユウキが誰かと……俺以外の誰かと……俺以外?)

 マオの肩がピクリと反応する。


 そして、王子様と白雪姫は愛を誓う。


(そうか……俺はユウキが俺以外の誰かと幸せになる事が、演技であっても嫌だったのか……俺はユウキの事が好きなんだ……)

 マオは悟りを開いたような穏やかな表情の中に悲しさを交えた目で演技をするユウキと晋二を見る。

「猛、ありがとう」

 マオは落ち着いた声で話す。

「ああ」

 マオの左隣に座る猛はステージの方を見ながら答える。



 演技練習が終わり放課後。


夢姫アリス、一緒に帰ろう」

 マオは初めて夢姫アリスを誘った。

「……? はい、喜んで」

(マオ様から、御声を掛けていただきましたわ)

 夢姫アリスは神妙な顔のマオを見て一瞬、戸惑ったがすぐに笑顔になった。



「嬉しいですわ! マオ様から下校に誘っていただけるなんて」

 マオの右隣を歩く夢姫アリスはご満悦だった。

夢姫アリス、本当に勝手な話だけど、明日から俺の分のお弁当は作らなくていいよ」

 マオは申し訳なさそうに話す。

「え?」

 夢姫アリスの歩みが止まる。

「どうしてですの」

 夢姫アリスは声のトーンを落とした。

「俺、ようやく自分の気持ちに気が付いたんだ。俺は今まで、友達や仲間が傷付かないようにしたいって思って生きてきた。それは、逃げだったんだ。友達の事を考える事に徹して自分の気持ちを偽り、友達から拒絶されたり嫌われる事を恐れて逃げていたんだ。だけど、このまま本当の自分を出さないと大切な物を失ってしまう、手遅れになってしまう。その事に気がついた時、俺はどうしても失いたくない人の顔が頭に浮かんだ。俺はその人の事が好きだ! だからこれ以上、夢姫アリスの好意は受け取れない、それは自分の気持ちを裏切る事になってしまうから。勝手な話で本当にごめん」

 マオは夢姫アリスに頭を下げた。

「それで、マオ様は幸せですの?」

 夢姫アリスは下を向いたまま問い掛ける。

「そうだよ」

 マオは、はっきりと答えた。

「マオ様が幸せでしたら、あたくしも嬉しいですわ! だって大好きな方ですから」

 夢姫アリスは笑った。

「最後に、1つだけよろしいでしょうか?」

「うん」

 夢姫アリスの問いにマオは頷く。

「先ほど申し上げた通り。あたくしは、マオを愛しておりますわ。お付き合いしてください」

 夢姫アリスはマオに右手を差し出した。

「ごめん、好きな人がいるんだ」

 マオは夢姫アリスの右手を取らなかった。

「答えていただいてありがとうございます。これで、心残りはありませんわ! 御幸せになってくださいませ、マオ様!」

 満面の笑みで夢姫アリスはそう言い残すと、潤んだ瞳を見られないように走り出した。

「ありがとう……」

 マオはしばらく立ち尽くした。

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