短い夏休み 2
いつもありがとうございます!
予定より早く原稿が書けたので投稿します。
8月26日 (水) 8:30分
「お〜す」
夢図書館高等専門学校正門前に、白いポロシャツとジーンズ、白いスニーカーを履いた猛が到着した。
「おはよ」
黒いVネックのシャツにグレーの夏用カーディガンと茶色のパンツ、赤のラインが入った白いスニーカーを履いたマオが、右手を顔の付近まで上げる。
「おはよう! 今日も暑いねぇ」
ネイビーのTシャツにハーフ丈のジーンズ、サンダルを履いた晋二は、シャツの胸の当たりを右手で摘まんで、パタパタと扇いでいた。
「今日も35℃超えるってよ。あれ、ユウキは?」
猛は、ユウキを探すように辺りを見渡す。
「今この暑さなら、日中は更に暑くなりそうだね。ユウキはまだ来てないよ」
マオは冷静に返す。
「まだ集合時間前だけど、ユウキが1番最後になるなんて珍しいね」
晋二は左腕のACMを確認する。
「あっ! 来た!」
待つこと3分、後方からパタパタと走ってくるユウキをマオは見つける。
「はぁ、はぁっ遅くなって、ごめんなさい」
純白のノースリーブワンピースに、麦わら帽子を被ったユウキは息を切らせ膝に手をつく。
「まだ、約束の時間前だから大丈夫だよ。ユウキ、大丈夫?」
マオは息使いの荒いユウキの顔を心配そうに覗き込む。
「ありがとう、大丈夫だよ。服を選んでいたら遅くなって」
ユウキは申し訳なさそうな表情をして頭を上げた。
「あっ」
艶やかな銀髪に、キメが細かく透き通るように白い肌と、握れば折れてしまいそうな細く綺麗な手足、黄金比はこの為にあると思わせるほど整った顔立ちのユウキを、更に魅力的に見せる純白のワンピースと、あどけなさを演出する大きめの麦わら帽子、マオは思わず見惚れてしまい言葉を失った。
「なっ!?」
(あのユウキが服を選んでいた!? これは、いよいよ……)
以前、遥と遊びに行った際、学校指定ジャージで外出をしようとしていたユウキを知っている晋二は、開いた口が塞がらない。
(かっカワイイ)
猛もユウキの浮世離れした美しさに思わず見惚れる。
「マオ……どうかな? 変じゃない?」
何も言わないマオに、ユウキは不安そうに上目遣いで問い掛ける。
「あっああ! すごく似合ってるよ。本当に似合ってる」
マオは、恥ずかしさからユウキを直視できず視線を外す。
「ありがと」
(学子に電話して、よかった)
ユウキは満足した様子で微笑み、胸を撫で下ろす。
本日 5:00
(どうしよう、何を着て行ったらいいの?)
ユウキは、遥に選んでもらい購入した服をベットの上に並べて首を捻りながら唸っていた。
(朝?! もう時間が……)
ユウキは服選びに没頭していた為か、時間を忘れ窓を見ると薄っすらと明るくなっていた。
(全部、遥が選んでくれたけど。組み合わせが分からない……)
ユウキは頭から煙が出そうな程、考え込んでいた。
(多分、私の価値観はみんなとズレている。私が変な格好でマオと一緒にいたら、マオまで変な目で見られてしまう。それだけは絶対にダメ!)
ユウキは両手で頭を抱える。
(あ!)
何かを閃いたユウキは創造免許を操作して電話帳を開く。
(こんなに早い時間だけど、出てくれるかな?)
ユウキは創造免許証を左耳に当てる。
「もしもし、ユウちゃんどうしたの?」
2コールで学子が電話に出た。
「朝早くに、ごめんなさい。相談したい事があるの」
ユウキは申し訳なさそうに話す。
「気にしなくてもいいよ。それで、どうしたのかな?」
学子は優しく返す。
「友達と遊びに行くの。それで、服を選んでいたけど、何を着て行けばいいか分からなくて」
ユウキはしょんぼりした様子。
「もしかして、瑠垣君も一緒に行くの?」
「ええ!? うっうん」
学子の質問にユウキは動揺しアタフタする。
「もぉ〜ユウちゃんかわいい! 分かったわ! 学子お姉さんが一肌脱いであげる! そこにある服を全て写真に撮って私に送って!」
学子は元気よく答えた。
「うん」
赤面したユウキは、電話越しに小さく頷く。
結局、服が決まったのが午前7時になってしまい、それからシャワーを浴び準備をした結果、ユウキの到着は集合時間ギリギリになってしまった。
「ここって教会か?」
猛は赤煉瓦造りの教会を見上げる。
「うん、杜のあかり教会。任務でお世話になったの」
ユウキはそう言って門に付いているチャイムを鳴らす。
マオたちはユウキの希望で杜のあかり教会にやって来た。
「はい、どちら様ですか?」
60代後半に見える、穏やかな表情の痩せ細った神父が、教会の扉を開け出迎える。
「ああ! あの時の司書様ですね」
シスターの茉莉が神父の後方からひょっこりと顔を出す。
(!? すっごい美人!!)
猛は茉莉に釘付けになる。
「司書様でしたか。どうぞお入り下さい」
神父は門を開けマオたちを中に入れる。
「あ〜! マオちゃんだ!!」
「ほんとだぁ〜!」
狭間の中で3年という月日を過ごし、顔や体つきが変わったマオに何の迷いも無く子供たちは笑顔を向ける。
「あそんで〜!」
積み木で遊んでいた3人の元気な男の子がマオに飛び付く。
「久しぶり! 元気だったか?」
マオは無邪気な子供たちの頭を撫でる。
「晋二お兄さん!」
「お馬さんごっこぉ〜」
晋二は5人の子供に飛びつかれた。
「よ〜し! お馬さんだぞぉ〜!」
晋二は四つん這いになり子供たちを背中に乗せた。
「すごい人気だな、あの2人」
猛は子供と慣れた様子で遊ぶマオと晋二を見て感心する。
「ねぇねぇ」
3歳ぐらいの女の子が猛を見上げながらズボンを引っ張る。
「?」
猛はしゃがみんで、女の子の目線の高さに自分の目線を合わせる。
「えほん、よんで」
少し強張った様子で女の子は猛に1冊の絵本を手渡す。
「おう! いいよ」
猛は笑顔で答えて胡座をかいた。
「!!」
女の子は花が咲いたような笑顔を見せ、猛の膝の上に座った。
「おねえちゃん、おままごとしよ」
ユウキの目の前に4人の女の子が集まった。
「うん!」
ユウキは優しく頷く。
「こっちこっち〜」
4人の女の子はユウキの手を引き、台所セットのある方へ引っ張った。
「みんな、よかったわね。たくさん遊んでもらってね」
茉莉は嬉しそうにマオたちと遊ぶ子供を眺めていた。
午前中を遊び通した子供たちは昼食を摂り、マオたちが用意した布団で、お昼寝をはじめた。
「子供って意外と可愛いんだな」
猛は子供の寝顔を見ながら頷く。
「そうですよ。子供は天使ですから。ですが、ここにの子供は皆、親のいない孤児なのです。この子たちが幸せを掴む事が私の願いです」
茉莉は眠る子供たちに優しい眼差しを送る。
「猛、神父さんが呼んでるぞ」
7人掛けの丸いテーブルに座る晋二は猛を呼ぶ。
「おお、今行く!」
猛と茉莉はマオたちが座る丸いテーブルへ向かう。
「まずは、子供たちと遊んでくれて、ありがとうございます。私が神父の神田吉次です」
神父は頭を下げる。
「瑠垣マオです」
「五木晋二です」
「吉村猛です」
「相川ユウキです」
マオたちは腰の低い神父に、恐縮した様子で頭を下げる。
「君が瑠垣マオ君か、話は正輝君から聞いていたよ」
神父は悲しそうな表情で話した。
「やはり、あなたは正輝と遥の葬儀に参列されていた神父様でしたか」
マオは声のトーンを落とす。
「ああ、あの時の!」
晋二は合点がいった様子。
「って事は、工藤はここの孤児院の出身?」
猛は目を丸くする。
「そうです。工藤正輝君は、4歳から16歳までの12年をこの教会で過ごしました」
神父は懐かしむように話す。
「小さい時の工藤は、どんな子だったんですか?」
猛は興味本位で神父に問い掛けた。
「正輝君は親に酷い虐待を受けていてね。ここにやって来た当初は、全ての人間を敵だと決め付け心を閉ざし攻撃的な目をしていた」
「え!?」
神父の話にマオたちは驚愕する。
「だけどね。正輝君は誰よりも人の愛に飢え、誰よりも友達思いだった。だが、それを伝える為の手段を彼は知らなかった。心では思ってもいない事を言ったり、暴力で感情を訴えたり、彼の心は深く傷つき壊れかけていた。だが、彼は1人の女の子との出会いで救われた」
神父はコップに入った紅茶を一口飲む。
「その女の子って、もしかして……」
マオは暗い表情で話す。
「遥……」
ユウキは消え入りそうな声で呟く。
「そう、この教会の近所に住んでいた、浦和遥さんがここに遊びに来るようになったんだ。正輝君が入学式以来、登校を拒否していた小学校のプリントを遥さんが届けに来た事がきっかけだった。当初、正輝君は性格の明るい遥さんを毛嫌いして暴言を吐いていた。それでも毎日ここへプリントを届けに来る遥さんに、私は『いつも辛い思いをさせてしまってごめんね。プリントは私が学校へ取りに行くから。もう来なくていいよ』と伝えた。そうすると遥さんは『別にいいの! 私、正輝君とお友達になりたいし。正輝君が嘘を言っているのも分かってるから!』と返してくれた。彼女は、正輝君の本心を見ていてくれていた。そんな遥さんに正輝君は徐々に心を開いていき、やがて彼本来の友達思いで優しい性格を取り戻した。そして、小学3年生になる頃には一緒に登校するまでになった……」
神父の目に涙が浮かぶ。
「何故だ!! なぜ、あんな優しい子たちが死ななくてはいけない。やっと幸せへの道を歩み始めたばかりなのに。私は悔しくて悔しくて」
神父は右手で目を覆い、大粒の涙を零した。
「神父様、退院したばかりです。ご無理はいけません」
目尻に涙を浮かべた茉莉は神父の肩を抱く。
「すまない。少し休ませてもらうよ」
神父は茉莉に支えられて2階の寝室へ向かう。
「すみません。俺、余計な事を」
戻ってきた茉莉に猛は頭を下げる。
「いいのですよ。貴方たちは正輝君のお友達です。神父様もこのお話をするつもりでいたのです」
茉莉は優しく微笑む。
「神父様の体は、大丈夫なんですか?」
ユウキは心配した様子で問い掛ける。
「実は、正輝君と遥ちゃんの葬儀の後、ショックで倒れてしまって。体に異常は無いのですが、心に負った傷は、まだ癒えていません」
茉莉は目を伏せる。
「ただいま!」
元気な女の子の声が教会の出入り口から聞こえる。
「帰ってきたみたいですね。おかえりなさい、梨加ちゃん!」
茉莉は出入り口へと向かった。
「あ!」
茉莉に連れられて来た梨加はユウキと目が合う。
「こんには」
ユウキは梨加に優しく微笑む。
「……」
梨加は気まずそうに、モジモジして下を向く。
「ほら、梨加ちゃん。ちゃんと謝るんでしょ」
茉莉は梨加の耳元で囁く。
「うん……この前は酷い事を言って、ごめんなさい」
梨加は頷いてから、ユウキの目の前まで歩き頭を下げた。
「うんん。私も、気安く梨加ちゃんの気持ちが分かるなんて言ってしまって、ごめんなさい」
ユウキは椅子から立ち上がり、梨加の顔を見て謝った。
「えへへ」
「ふふふ」
梨加とユウキはお互いの顔を見てニッコリと笑った。
「オギャーーーーー!」
突然、赤子の泣き声がサイレンのように響き渡る。
「あら、目が覚めましたか」
茉莉は急いで壁際に置いてある、ベビーベッドに向かう。
「おしっこではないですね。お腹が空いたみたいですね」
茉莉は慣れた手つきでミルクを作る。
「この赤ちゃんは?」
ユウキは泣き叫ぶ生後2週間ぐらいの赤子を見る。
「2週間前、教会の前に『育児に疲れました。この子をよろしくお願いします』と書いてある置き手紙と一緒に……」
茉莉は辛そうな表情で答える。
「酷い事するな」
(世の中には、子供と一緒にいたくても、いれない人がいるのに……)
悠馬の事を思い出したマオは目を細める。
「かわいい」
ユウキは赤子の頰を右手で優しく触る。
「ミルクをあげてみますか?」
茉莉は人肌の温度に冷ました、ミルクの入った哺乳瓶をユウキに差し出す。
「えっ、いいんですか?」
ユウキは嬉しそうに返す。
「はい、まだ首が座っていないので、左肘で頭をしっかりと支えて下さい」
茉莉は赤子をユウキに手渡し、腕の位置を教える。
「こうですか?」
「そうです! 相川さん、抱っこ上手ですよ」
ユウキは、緊張した様子で赤子を抱っこする。
「では、飲ませてあげてください!」
茉莉は笑顔でユウキに哺乳瓶を手渡す。
「はい」
ユウキは慎重に哺乳瓶を赤子の口元に近付ける。
「あっ! 飲んだ」
ゆっくりとミルクを飲み始めた赤子を見てユウキは安堵する。
「すごいね。こんな汗かいて」
マオはユウキの隣に立った。
「マオ、見て。この子、私の顔を見てるよ」
汗をかき一生懸命ミルクを飲みながらも、目を必死に開いて自分を見る赤子にユウキは自然と優しい表情になっていく。
「本当だ」
マオは赤子の顔を覗き込む。
「かわいい」
まるで、我が子を愛するような眼差しのユウキは、母性に満ち溢れていた。
!!
(ユウキって、こんな優しい顔をするんだ。ずっと、この顔を見ていたい)
ユウキが赤子に向ける優しい眼差しを見た瞬間、マオの心臓が高鳴った。
「そうだね。本当にかわいいね」
マオはハンカチで汗まみれになった赤子の鼻と額を柔らかい手つきで拭う。
「ありがとう」
ユウキはマオの顔を見て微笑む。
「うん」
マオは父親のような優しい表情で頷く。
「あっ。ほら、笑ってるよ」
ユウキは赤子の表情の変化をマオに伝える。
「本当だ、ミルク飲みながら笑ってる」
依然として必死に哺乳瓶を咥える赤子だったが、その表情はマオとユウキの優しさが伝わったのか穏やかなものに変わっていた。
「ふふふ」
マオとユウキは互いの顔を見合って、赤子と同じ穏やかな笑みを浮かべる。
「なぁ」
2人の様子を見ていた猛は、晋二に耳打ちする。
「うん」
晋二は猛が次に何を言うのかを分かっているような様子で頷く。
「やっぱり、あの2人って」
猛は耳打ちしたまま話す。
「うん、間違いないね。お互い超奥手だから気付いていないみたいだけど」
晋二は猛に耳打ちで返す。
「だよな。てか、今のあいつら完全に夫婦だぞ」
猛は2人で赤子にミルクを与える、マオとユウキを見て嬉しそうに話す。
「ああ、でも。あの2人なら俺は全力で応援したい」
晋二は真剣な表情で返す。
「おう、俺もだ!」
猛と晋二は、赤子をあやすマオとユウキを見守った。
「ねえ、シスター。マオさんとユウキさんって、あの赤ちゃんのお父さんとお母さんなの?」
梨加は不思議そうに茉莉に問い掛ける。
「違いますよ。ですが、御二人の子供になられる方は、きっと沢山の幸福に恵まれる事でしょう」
茉莉はマオとユウキに祈りを捧げる。
「ありがとうございました。是非、またいらしてください」
教会の前で茉莉は、マオたちに頭を下げる。
「いえ、こちらこそありがとうございました。それと、連絡もせず急に来てしまってすみませんでした」
マオは茉莉に一礼をする。
「ユウキさん、また来てね」
梨加は人懐っこい笑顔でユウキに手を振る。
「うん、またね」
優しく微笑んだユウキは、梨加に手を振り返す。
「バイバイ!」
「また、あそんでね〜」
18人の教会の子供たちも見送りに来る。
「またね!」
マオたちは手を振って、杜のあかり教会を後にする。
「そうだ、マオ」
駅に向かう道中、晋二は歩みを止める。
「どうしたの?」
マオも歩みを止めて振り向く。
「モールシティー寄って行かね? 俺、買いたい物あるんだ」
「そうだね、まだ13時だし。みんなは、いい?」
晋二の提案に賛成したマオは、ユウキと猛に確認を取る。
「俺もいいぞ!」
「私も構わない」
猛とユウキが頷く。
「よし! 決まりだ!」
晋二を先頭に一同は駅へ向かう。
バスで50分の移動をして、マオたちはモールシティーに到着した。
「やっぱり大きいね」
ユウキは、巨大な総合娯楽施設であるモールシティーを見上げた。
「猛、悪けど俺とスポーツショップに付き合ってくれ」
晋二は猛に向かって両手を合わせ意味深にウィンクをする。
「構わんよ!」
(あ〜なるほどね)
猛は何かを察した様子で答える。
「スポーツショップなら俺も」
「てなわけで、ここからは別行動だ! 17時に、このバス停集合で」
晋二はマオの話を遮るように発言し、猛と足早にモールシティー内に入って行った。
「えっ?! 晋二? って行っちゃった」
「……」
マオとユウキの2人はその場に取り残された。
「まあ、集合時間と場所は決まってるから大丈夫か。じゃあ、俺たちも入ろうか」
「うん」
マオとユウキは2人並んでモールシティーへ入る。
「ドーナツ」
ユウキの目がキラキラと輝く。
モールシティーに入ってすぐ、ドーナツのチェーン店が全品100円セールを実施していた。
「そういえば、お昼食べてなかったよね。入ろ」
マオは右手のACMで時間を確認した。
「うん!」
ユウキは子供のように大きく頷いた。
「マオ、何か欲しいのが有ったら言ってね」
ユウキはトレイとトングを持ってマオの前に立った。
「ありがとう」
隻腕のマオを気遣って動くユウキに、マオは感謝した。
「じゃ、ベーコンマフィンとツナコーンマフィンをお願い」
30種類以上のドーナツが陳列された棚の中から、栄養バランスを考えてマオはユウキに希望を言う。
「はい!」
ユウキは嬉しそうに右手に持ったトングで棚から商品を取り出す。
「私は……」
ユウキは食い入るように棚を覗き込み、パイ系のドーナツとチョコレートでコーティングされたワッフル系のドーナツを取り出す。
マオとユウキは会計を済ませ、向かい合った2人掛けの席に座る。
「熱いから気をつけてね」
ユウキは、レジで注文したホットコーヒーをマオの目の前に置く。
「ありがとう」
マオとユウキは手を合わせて、テーブルの中央に置かれたトレイからドーナツを取り遅めの昼食を摂る。
「ユウキって、本当に甘いもの好きだよな」
食事を終えたマオは、ホットコーヒーを一口飲んでから話した。
「うん、昔ね。麗花が任務から帰って来ると、いつも私にお菓子を買ってきてくれたの。それが一番の楽しみだったから」
ユウキはストローの刺さったオレンジジュースを眺めながら悲しそうに答えた。
「そうだったんだ……ごめん」
麗花が既に亡くなっている事を知っていたマオは、地雷を踏んでしまった兵士のような顔をした。
「うんん。麗花は1人ぼっちだった私に声を掛けてくれて、私が寂しくならないようにいつも側にいてくれた。甘いものを食べると麗花の事を思い出して優しい気持ちになるの」
そう言ったユウキは、一切の迷いも曇りも無い表情だった。
「!!」
(そうか、ユウキは麗花さんとの思い出を忘れないように、甘い物を食べていたんだ)
マオは、ユウキが心の内を話してくれた事が純粋に嬉しかった。
「おい、結構いい雰囲気じゃないか」
晋二はサンドウィッチを頬張った。
「ああ、何を話しているか分からないけどな」
猛はカツサンドを右手に持っていた。
ドーナツ店の隣にある喫茶店で晋二と猛はマオたちから死角になる席に座り、2人の様子を伺っていた。
「あっ立ち上がった」
晋二は急いでサンドウィッチを完食して立ち上がる。
「おお、ちょっと待って」
猛は残ったカツサンドを一口で食べ右手で口元を抑えながら席を立った。
「やっぱり広いね。こうやって歩いてるだけで、いい運動になるよ」
マオは左隣を歩くユウキに話し掛ける。
「そうだね。服屋さんでも種類が沢山あるんだね」
ユウキは両脇に並ぶ店舗を物珍しそうに見ながら答えた。
「おい! あの子めっちゃかわいいじゃん」
「あれ、もしかして、相川ユウキか?」
「嘘!? 最年少司書の!? 隣にいるのは彼氏? 羨ましいな、おい」
周りのヒソヒソ話がマオに聞こえてくる。
「……」
(周りの背線が……)
幼少時代からTVに出る程の有名人で、どこにいても目立つ容姿の良さからユウキは道行く人の注目の的になり、マオは黙り込んでしまう。
「マオ?」
ユウキは心配そうにマオの顔を覗き込む。
「ああ、ごめん。なんでもないよ!」
マオは我に返った。
「やっぱり、2人とも超奥手だな」
マオとユウキの後方、30mの位置を尾行する晋二は呟く。
「だね。2人きりになれば手ぐらい握ると思ったが。まあ、マオとユウキらしいと言えばらしいが」
晋二の右隣を歩く猛が納得した様子で返す。
「ああ、でも今後の為に、今は我慢して2人の様子を見よう」
「そうだな」
晋二と猛は尾行を続ける。
「あっ」
何かを見つけた様子のユウキは、左横のアクセサリー店の前にあるガラスケースに向かって歩き出す。
「どうしたの?」
マオがユウキの後を追う。
「ペンギン、好きなの?」
マオがユウキの視線を追うと、ガラスケースに入ったシンプルなデザインのシルバーネックレス大小2つが置かれ、ペンダントトップにはシルバーの小さなペンギンが付いていた。
「うん。ペンギンは私の名前の由来だから」
ユウキはマオの顔を見て答える。
「? どういう事?」
マオは小首を傾げる。
「最初のペンギンって知ってる?」
ユウキはネックレスを見ながら問い掛けた。
「聞いた事があるぐらいかな」
マオもネックレスを見ながら答えた。
「野生のペンギンは生きていく為に、海に入り狩をしなければいけない。でも、海の中にはペンギンを捕食する天敵が待ち構えているかもしれない、そんな危険な海に最初に飛び込むペンギンは、恐怖に勝てる勇気を持っている。最初のペンギンのように、どんなに辛く困難な状況でも強く突き進める勇気がある子に育つように付けた名前だって、パパが言ってた」
ユウキは誇らしげに話した。
「じゃあ、ユウキはその通りに育ったんだね」
マオは優しい声で話す。
「え?」
ユウキは少し戸惑った様子。
「俺が初めてエルと戦った時、ユウキは真っ先に助けに来てくれた。あの時ユウキが来てくれなかったら、俺は間違いなくエルに殺されていた。ユウキが最初のペンギンと同じ勇気を持っていたから、俺は今ここにいられる。ユウキ、助けてくれてありがとう」
マオは、心からの感謝を笑顔に乗せてユウキを見つめた。
「……うん」
(ああ……私はマオの事が好きなんだ……こんなにも愛おしいんだ)
ユウキはマオの底なしの優しさに触れ一筋の涙を流した。
「ユウキ!? ごめん、そんなつもりじゃ」
(しまった。ユウキは俺の負った怪我を自分のせいだと思っているんだった)
ユウキの涙を見てマオは慌てる。
「うんん、違うの。マオの言葉が嬉しくて」
ユウキはハンカチを取り出し涙を拭き取った。
「待たせて、ごめん」
「遅くなって、ごめんなさい」
眩しい西日の中、マオとユウキが集合場所のバス停に到着した。
「いいよ。まだ5分前だし」
猛は携帯電話で時間を確認した。
「楽しかったか?」
右手に買い物袋をぶら下げた晋二は何故か嬉しそうな様子だった。
「ああ、楽しかったよ」
マオは笑顔で答える。
「うん、今日は色々なお店を回れたから」
西日のせいか、少し顔の赤いユウキは微笑む。
「そっか、丁度、バスも来た事だし、帰りますか!」
晋二を先頭に一同はバスに乗り込んだ。
バスの最後尾座席にユウキ、マオ、猛、晋二の順番で座った。
「?」
バスが走り出して5分が経過したところで、マオの右肩に何かが乗った。
(ユウキ?)
昨夜から服選びで一睡もしていないユウキは麦わら帽子を膝の上に乗せ、マオに寄りかかり寝息を立てていた。
(俺がユウキを守るんだ)
マオはユウキの寝顔を見て心に誓った。
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