短い夏休み 1
翌日 AM8時30分。
「あ〜さっぱりした」
マオは夢図書館本部3階の各ジャンルの専門店が集う、巨大なモール街の床屋から出てきた。
「やっぱり、マオはその髪型だよな」
「……」
扉を開けたマオの目の前に、晋二とユウキが立っていた。
「もしかして、ずっと待っててくれたの?」
狭間に入っていた3年間、切られる事がなく30cm以上に伸びた髪を、元のショートカットに戻したマオは2人の顔を見て驚く。
「うん」
ユウキは小さく頷く。
「ああ……」
晋二はバツの悪そうな表情をして、歯切れの悪い返事をする。
「晋二?」
マオは首を傾げる。
「すまなかった!!」
突然、晋二は大声で叫びマオに頭を下げた。
「俺、マオがエルに立ち向かった時に怖くて何も出来なかった。ボロボロになるマオを見ても、死ぬのが怖くて動けなかった。遥や工藤君を失って絶対に次は友達を助けるって決めていたのに、俺は何も出来なかった……その左腕も……マオの失った3年という時間も俺のせいだ……」
晋二は後半涙声になりながらも、マオに自分の気持ちを必死になって伝えた。
「晋二、大丈夫だよエルは俺を狙ってたんだ。俺が戦うのは当然の事だよ。それよりも、晋二たちが無事でよかった……それにね。左腕を失ったからこそ、友達やみんなを守る力を得る事ができた。むしろ、失ってよかったと思ってるぐらいだよ」
マオは頭を下げ続ける晋二の左肩を優しく叩く。
「まだ、俺の事を友達って呼んでくれるのか?」
頭を上げた晋二の目は真っ赤に腫れていた。
「もちろん! 晋二・ユウキ・猛・正輝・遥は、いつまでも俺の大切な友達だ!」
マオは無邪気に笑う。
「ありがとう」
晋二は両目を瞑り両肩を震わせた。
「…………」
ユウキは顔を少し赤らめてマオを見つめていた。
「ユウキ?」
(顔が赤いけど、もしかして体調が悪いとか)
マオは心配そうにユウキの顔を覗き込む。
「やっぱり、マオは優しい…………その髪型すごく似合ってるよ」
ユウキは下を向いて恥ずかしそうに話した。
「あっっありがとう……」
マオも恥ずかしいそうに返した。
(……もしかて)
晋二は2人の様子を見てニヤける。
モール街を後にしたマオたち3人は、鈴木班の会議室へと向かう。
「すみません、遅くなりました」
マオを先頭に3人は会議室へ入る。
「大丈夫。まだ、みんな来てないよ」
学子が笑顔で迎える。
「それにしても、更にイケメンになっちゃって。このこのぉ〜」
学子は悪戯に笑い、マオの左脇腹を肘でグリグリと攻撃する。
「ええ? そんな」
マオは困った表情をしながらも抵抗しない。
「……む〜」
ユウキは不機嫌そうに口を尖らせた。
「どうしたのユウちゃん?」
学子はユウキの変化に気付き問い掛ける。
「……なんでもない」
ユウキは少し頰を膨らませて答えた。
「もしかしてヤキモチ?」
学子は曇りのない清々しい顔で問い掛ける。
「っっ!!!」
(なにこれ? 顔が熱い?)
ユウキの顔はボンと音を立てたように真っ赤になる。
「あは〜ぁ! ユウちゃん可愛い!!」
学子はユウキの表情から何かを感じ取ったのか和やかに笑った。
「それでね、瑠垣君。渡したい物があるんだけど」
学子はそう言って大きめの白い紙袋をマオに手渡す。
「これは?」
マオは紙袋をまじまじと見る。
「開けてみて」
学子は笑顔で答える。
「これは」
マオが紙袋を開けると、中から銀の装飾が施された黒いナポレオンコートと、同色のパンツが出てきた。
「これが特別筆頭司書長の制服だよ。左袖は戦闘の邪魔になるから無いデザインになっていて、夢獣化した時に左腕が出せるように、ファスナーがここに付いているから」
学子は制服の左肩部分から脇に掛けて伸びるファスナーを指さす。
「これは嬉しいですね。早速、着替えてきます」
マオは嬉しそうに制服を抱え、物陰に入った。
「どうですか?」
数分後、特別筆頭司書長の制服に着替えたマオは3人の前に出た。
「うん、似合ってるよ!」
学子は右手でOKサインを作ってマオに見せる。
「カッコいい! てか、班長を飛び越して司書長とか、やっぱマオはすごいや!」
晋二はマオの全身を見渡した。
「ランクSと戦闘になった時だけだよ。それ以外は何も変わらないからね」
マオは笑顔で返す。
「うん、似合ってる。呼び方はマオ特別筆頭司書長?」
ユウキは小首を傾げた。
「いや、今まで通りマオでお願いします」
マオは苦笑いした。
(そこは瑠垣特別筆頭司書長だろ!)
晋二は心の中でツッコミを入れる。
「わりいな。遅くなった」
太郎の声と共に扉が開いた。
「邪魔するぞ」
三角巾で左腕を吊るした岸田を先頭に太郎と司が会議室内に入り、全員は真ん中に机を挟む左右5人掛けの黒革ソファーに座った。
「これより、鈴木班の緊急会議を行う。でも、その前に」
ソファーに座った6人の前に太郎が立つ。
「瑠垣、本当に申し訳なかった。俺は班長という立場にいながら、目の前で傷つくお前を、エルにびびって助けに行く事すら出来なかった。絶望的な状況からも逃げずに立ち向かう瑠垣を見て、自分の弱さに気付けた。俺はお前のような司書になる為に心を入れ替える。許してくれなんて言わない。これからの行動で示していく」
太郎はマオに頭を下げた。
「俺も、太郎と同じだ。瑠垣に司書として1番大切な事を教えてもらった。俺もお前を目指す」
司も立ち上がり頭を下げる。
「太郎くん、司君……」
学子は涙ぐむ。
「頭を上げて下さい。俺は、みんなが無事でよかったと思っています。これでまた、みんなで同じ時間を過ごせます!」
立ち上がったマオは優しく笑った。
「ありがとう」
太郎と司は同時に返した。
「決まりだな」
岸田は徐に口を開く。
「?」
その場にいる全員が岸田に注目し、マオ、太郎、司はソファーに座り直す。
「鈴木班の解散を取り止めにする。鈴木と立花と五木がエルに立ち向かった事と、今のお前らの様子を見ていて気が変わった。本当に、いい班になったな」
岸田は感慨深そうに話した。
「え? それは」
太郎は唖然とする。
「よし!!」
司はガッツポーズをする。
「やった。やったよ!」
学子は嬉し涙を流した。
「じゃあ、もう一つ繋げたい事がある。瑠垣と五木と相川、お前らは2学期から学校へ行け」
岸田は両腕を組んだ。
「え? このタイミングで、ですか?」
マオは慌てた様子で立ち上がる。
「ああ。現在、オペレーターが総出でジュリビア帝国とランクSの調査をしているが、殆ど進展が無いのが現実だ。海外の支部にも応援申請を出すつもりだが、まだ調査には時間が掛かる、何せ証拠になる物や情報が、全くと言っていい程無い状態だからな。そこで一旦、3人を学校に戻す事が会議で決まった。だが、捜査に進展があった時点で呼び戻す。悔いがない学校生活を送るように」
岸田は真剣な表情で話した。
「はい!」
(猛、どうしてるかな?)
マオは嬉しそうに返事をした。
「!!」
ユウキの表情が明るくなる。
「ありがとうございます」
晋二は頭を下げた。
「出発は明日8月25日の午前8時だ、準備しておけ」
岸田は微笑んだ。
「できた!」
暗い空間の中でフルが伸びをする。
「おつかれ様。それで計算の結果は?」
レイはフルの後方まで歩いた。
「瑠垣マオは、たしかに強くなったけど、まだまだ僕らの脅威ではないかなぁ」
フルは座っていた椅子からぴょこんと飛び上がる。
「瑠垣マオは武器を持てないみたい」
「それは一体、どういう事ですか?」
フルの言葉にシンが聞き返す。
「瑠垣マオが左腕を創造してから身体能力は飛躍的に上昇したけど、空気中の夢粉エネルギーを使って攻撃していない事から、彼は口から体内に取り込んだ夢粉しかエネルギーとして使えないようだね」
フルは悪意のある笑みを浮かべる。
「なるほど。たしかに、瑠垣マオ君は直接的な攻撃しかしていませんでした」
シンは納得したように頷く。
「エルが苦戦したのは、エルが近接戦闘を得意にしているからだね。同じ土俵なら空気中の夢粉の流れを読めて、圧縮率の高い瑠垣マオの方が有利だからね」
フルは羊皮紙を読みながら答える。
「でしたら私が出向きましょうか?」
シンは前に乗り出す。
「……」
ゴートは無言のまま一歩前に出る。
「いや、シンやゴートが出る程ではないよ。今の瑠垣マオなら、エンが丁度いいかな」
「オレも、そいつと戦いたいぞぉ!!!」
フルの提案に身長が2mを優に越す、迷彩柄のパンツを履いたスキンヘッドで上半身裸の大男は勢いよく前に出る。
「オール。君には、まだ大切な仕事があるよ。なにせ、君の力は我々の保険だからね」
レイは前に右手をかざしオールの動きを制止させた。
「レイがそう言うなら仕方ないな! オレの力がそんなに必要か!アハハハ!」
オールは上機嫌になった。
「そうだよ」
レイは優しく答えると、オールは後方に戻った。
「私が向かうのは別に構わぬ。解せぬのは貴様が今、シンよりも私の方が弱いと言った事だ」
エンはフルを睨みつける。
「単純な戦闘技術だけだったら、エンの方が強いよ。だけど、シンにはアレがあるからね。エンが奥の手を使えば話は別だけど」
フルは両手を腰に当てて自信満々に答える。
「奥の手か……」
エンは黙り混む。
「じゃあ、次はエンに出てもらおう」
レイはエンに笑い掛ける。
「承知した」
エンは一礼をした。
「ところでエルは?」
フルは周りを見渡した。
「それが、出てこないんです。全くあの方は」
シンは不機嫌そうに答えた。
「いいよ。エルには申し訳ない事ばかりしているからね。それに、エルにも使い道がある」
レイの表情に影が入る。
「オールの力・エルのスピード・フルの演算能力・エンの間合・シンの目・ゴートの超能力。準備は万端だね」
レイは目の前に立つランクSたちを見渡す。
「でも、レイ。もう1人仲間がいるって言ってたけど、そいつって何処にいるの? 名前も聞いた事ないし、顔も見た事ないよ」
フルはレイの顔を見上げる。
「それは、もうすぐ分かるよ…………さあ、paradoxが覚醒し準備が整った! 我々、道化ノ楽園が夢を叶える時が、やってきたよ」
レイは両手を広げた。
マオたち3人を乗せた黒いSUVは、夢図書館高等専門学校正門前に到着した。
「なんか、久しぶりだな」
車から降りて荷物を下ろした、学生服姿の晋二は正門を見上げる。
「そうだね。3ヶ月ぶりだもんね」
学生服姿のマオは高ぶる気持ちを抑えながら話した。
「うん。やっと帰って来れた」
セーラー服姿のユウキは感慨深そうに正門から見える学校を見つめる。
「まずは寮へ行こう!」
マオを先頭にユウキと晋二は学生寮へ向かって歩き出した。
「ひとまず、荷物を部屋に置いて、またここに集合しよう。丁度12時だし、まずはお昼食べないとね」
学生寮1階ロビーでマオは創造免許を見ながら話す。
「賛成!」
晋二は右手でOKサインを作る。
「うん」
ユウキは頷き、3人はそれぞれに部屋に向かった。
「あれ? 意外と綺麗だ」
3ヶ月ぶりに戻ってきたマオの部屋は掃除がされていたのか綺麗な状態を保っていた。
「おっと。早く行かないとみんなを待たせちゃう」
部屋を見渡していたマオは、荷物を床に置き足早に外に出た。
「お待たせ」
マオが1階ロビーに戻ってくると、既にユウキと晋二は到着しておりマオに向かって右手を挙げた。
「人が少ないね」
ユウキは不思議そうに当たりを見てから、マオに話し掛ける。
「夏休みは、殆どの生徒が帰省しているからね。明後日ぐらいから戻ってくるはずだよ」
マオは優しく答える。
「そうなんだね」
ユウキも優しい声で返す。
「そんじゃ、飯行こう! フードコートでいいよね?」
晋二は2人の前に立ち提案する。
「うん!」
「うん」
マオとユウキは同時に頷く。
いつも混み合っているフードコートは、10人ほどの生徒が疎らに座り空席が目立っていた。
「本当に人が少ないんだね」
晋二は辺りを見渡した。
「この時期は、いつもそうだよ」
マオは平然と返す。
「もしかして、晋二とユウキか!?」
マオたちの後方から懐かしい声が聞こえる。
「えっ、もしかして……猛?」
勢いよく振り向いた晋二は、男子生徒の顔を見て疑問を持った表情に変わる。
「猛?」
ユウキは男子生徒の顔を見て首を傾げる。
「そうだ! 猛だよ!! 本当に久しぶりだな!!」
3人の目の前にツーブロックだった赤髪が坊主頭になり、体が一回り大きくなった、学校指定ジャージ姿の猛の姿があった。
「お前、もしかてマオか?」
猛は、身長が伸び大人びた顔立ちになったマオを見て驚愕する。
「うん。猛、雰囲気変わったね!」
マオも猛の姿を見て驚きを顔に出す。
「いやいや、マオには言われたくないよ! 3ヶ月で身長が滅茶苦茶伸びてるし、それに……」
猛はマオの薄い左袖を見て動きが止まる。
「任務で、ちょっとね」
マオは薄く潰れた左袖を見ながら笑って誤魔化した。
「……そうか。でも、マオたちの元気な姿を見れて嬉しいよ」
猛は深く追求しない様子で返した。
「猛も今から飯か?」
晋二は嬉しそうに問い掛ける。
「おう! トレーニングが終わったから、今から飯にするつもりだ」
猛は右腕でガッツポーズを作った。
「一緒に食べよ」
ユウキはニッコリと微笑んだ。
「おっおう」
(なんか、ユウキ変わった?)
猛は戸惑いながら頷く。
「ここで立ち話もアレだから、飯を買って席取りますか」
マオは近場にある4人掛けの席を指差した。
「そうだね」
晋二たちは頷き、それぞれにフードコート内に散らばった。
「よいしょ」
マオは焼き秋刀魚定食の乗ったお盆をテーブルに置いて座った。
「隣、いい?」
ユウキは少し緊張して様子でマオに問い掛ける。
「うん、いいよ」
マオも緊張した様子で答える。
「ありがとう」
ユウキはサンドウィッチとチョップドサラダと箸が乗ったお盆をテーブルに置き、マオの左隣に座った。
「お待たせ〜」
「お〜す」
晋二は味噌ラーメン、猛は塩ラーメンを持って一緒に帰ってきた。
「いただきます」
4人が座りマオの一言を合図に食事を始める。
「マオ」
嬉しそうに微笑んだユウキは、右手に箸を持ちマオの方を向いた。
「ん?」
マオは右手で箸を持ち焼き秋刀魚定食を食べていた。
「あ……なんでもない。ごめんね」
(そうだよね。狭間の中に3年もいたから、右手で箸を使えるようにも、なるよね)
ユウキは利き腕を失ったマオに料理を食べさせるつもりで箸をもらってきたが、右手で器用に箸を使うマオを見て残念そうに自分の箸を置いた。
「ん?」
マオはユウキの様子に疑問を持った様子。
「マオ、醤油いる?」
マオの醤油のかかっていない大根おろしを見てユウキは、醤油差しを右手で持った。
「ありがとう!」
(気を使わせちゃっているのかな)
マオは微笑んだ。
「うん」
(よかった。マオの役に立てた)
ユウキは顔を赤らめ安心した様子で、秋刀魚の上に乗った大根おろしに醤油をかける。
「おい、晋二」
猛はマオとユウキに聞こえないように晋二に耳打ちをした。
「うん?」
晋二は猛に顔を近づける。
「ユウキって少し変わった? なんていうか、前は刺々しくて話し掛けにくい印象だったけど。今は、柔くなって優しい感じになったっていうか」
猛は耳打ちをしたまま話す。
「ああ、たしかに変わったよな。マオのおかげっていうか何というか」
晋二も耳打ちで答えた。
「そうなんだ。てか、マオとユウキって凄くいい感じじゃないか?」
楽しそうに話すマオとユウキを見ながら、猛は更に質問した。
「俺もそれは気になってるんだ。もう少し2人の様子を見るつもり」
「そうだね」
猛と晋二は会話を終え、食事に戻る。
「猛は夏休み何やってたんだ?」
マオが猛に話し掛ける。
「俺か? 俺は、2学期にある学園祭の為にトレーニングをしていたよ」
「ああ、そういえば学園祭の季節だね。9月の11・12日だっけ?」
猛の答えにマオは思い出したように頷く。
「学園祭?」
晋二は猛に問い掛ける。
「?」
ユウキは会話の内容を分かっていない様子。
「そうか、晋二とユウキは初めてだから分からないか。夢図書館高等専門学校の学園祭は毎年9月の第2土曜日と日曜日の2日間開催されて、初日は各クラスの出し物をやって、2日目は司書課の生徒2・3年生混合のトーナメント戦をやるんだ。このトーナメント戦は夢図書館の司書長や重役も見に来るから、自分をアピールする良いチャンスになるんだ」
猛は拳を握り楽しそうに話した。
「それは、楽しみだね」
晋二は猛の顔を見て笑う。
「次は負けないよ」
猛は強い目で晋二を見る。
「出し物は何をやるの?」
ユウキは猛に問い掛ける。
「詳細は2学期始まってすぐのホームルームで話すんだけど、俺たち2年Aクラスは演劇をやるよ」
猛は笑って答える。
「演劇」
ユウキはそう呟いて頷いた。
食事を終え食器を片付けたマオたちは、座っていた席に戻る。
「もう、夏休みが6日しかないけど。どこか遊びに行かないか?」
猛は水の入ったコップを右手で持ち口を開いた。
「いいね!」
マオたちは猛の提案に賛成する。
「それで、どこか行きたい所あるか?」
猛は水を一口飲んでから話した。
「う〜ん」
晋二は両腕を組んで考え込む。
「そうだね〜」
マオも難しそうな表情をして考え込む。
「一つあるけど、いい?」
ユウキは控えめに口を開く。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次回投稿は2月11日の予定です!




