多重結界(シェルター)
いつもお世話になります。
更新ができました!
来週も頑張って更新します!
「うそでしょ……3人の司書長が…こんな簡単に……」
本部メインモニター室にいる学子の右耳に付けられたインカムから、エルに為す術もなく倒されていく司書長たちの声が聞こえてくる。
「圧縮率が95%!? そんな夢獣なんて聞いた事ないよ……」
学子はデスクトップパソコンに写し出されたエルの圧縮率を確認して困惑する。
「未知の夢獣の関連情報は? 何か手掛かりになりそうな研究結果は?」
学子は懸命にパソコンを操作し未知の夢獣に関連する情報を調べる。
「なんで? なんで? 情報が全く無いよ……早くしないと太郎くんが、みんなが殺されちゃう……」
学子の目に涙が溜まっていく。
「分からない、分からないよ……」
学子は俯き、声を押し殺して泣き出した。
「今、ジュリビア帝国に到着した。岸田たちはまだいるか?」
突然、学子のインカムに夢図書館の構成員と思われる男性から通信が入る。
「!?ッッ 助けて下さい!! 司書長たちが!! みんなが!!」
声の主が誰だか分かった学子は、縋るような思いで助けを求める。
「既に奴らは動き出していたか。落ち着け、君がどんなに慌ててもこの事態は解決しない」
学子の様子から何かを感じ取った男性は、優しい声で学子を諭す。
「はい。ふぅーーーぅ」
学子は左袖で涙を拭き、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「よし、岸田たちの位置情報を儂に送ってくれ」
「了解しました」
学子はパソコンを操作して男性にマオたちの位置情報を送信した。
「来たか……」
エルは目の前に立ったマオを見る。
「何が目的だ? どうして俺の名前を?」
マオはエルが醸し出す強烈なプレッシャーに耐えながら口を開く。
「俺は、俺が本気になれる強い存在を探している。お前の名は、シンから聞いた……」
エルはボクシングのファイティングポーズを取りながら答える。
「シン!?」
(間違いない、ジュリビア城で俺が見たのはシンだ!)
マオは皇室で見た男をシンだと断定した。
「かかってこい……」
エルは両膝を軽く曲げる。
「瞬間創造!!」
(この夢獣に小細工なんて通用しない。だったら正面から切り捨てる!)
マオは左手に創造したロングブレードを両手で持ちエルに振りかざしながら走る。
「……」
エルは左ジャブを放ち、マオの振り下ろしたロングブレードを粉砕する。
「ぐぅがぁ」
マオは左ジャブの猛烈な衝撃で地面を削るように10mほど吹き飛ばされる。
「くぅッッ 瞬間創造!!」
(動きが速すぎて捉えきれない。次は、逆にワンテンポ遅らせて相手の攻撃を見切ってから一撃を入れる)
痛みに耐え起き上がったマオは左手にロングブレードを創造して再びエルに突進する。
「……」
(少し間合いを変えてきたか。だが、遅すぎて丸見えだ……)
エルはマオのタイミングを変えた攻撃に完璧な反応をして、左ジャブを放ちマオのロングブレードを破壊する。
「ぐぅぅぅ」
マオは再び地面を削るようにして吹き飛ばされる。
「くぅ痛っっ はぁっはぁはぁ、まだだ、瞬間創造!!」
(攻撃のタイミングと角度を変えても全く意味がないのか)
頭から血を流したマオは左手に日本刀を創造し、三度エルに突進する。
「……マオが…マオが死んじゃう」
ユウキは目を潤ませながら、エルに立ち向かい続けるマオを見る。
「瑠垣!!」
(くそっ!! 体が動かない、俺の腰抜けが!)
恐怖で体が動かない太郎は自分の無力さから奥歯を噛み締める。
「……早く助けに行かないと……マオが」
ユウキはマオを助けようと一歩前に出る。
「相川、司書長でも全く歯が立たなかったんだぞ……俺たちに何ができる?」
司は諦めたように目線を左方向に外す。
「……なんで……ですか? ねぇ五木、マオを助けに行こ……私は、もう友達を失うのは嫌……五木もそうだよね?」
ユウキは縋るように晋二を見る。
「ぐっうぅぅ 無理だっっ! 俺たちはここで死ぬんだ」
(俺はまた何もできない……ごめんマオ、本当にごめん)
晋二は泣きながらユウキの申し出を断る。
「……私は、1人でも行く」
ユウキはたった1人、マオの元へ走り出す。
(ユウキ、待って! 俺も!!)
晋二は心の叫びを口に出せず、走り行くユウキの背中を見ながら呆然と立ち尽くす。
「がぁああ」
マオは地面を削るように吹き飛ばされた。
(体が…動け! 動け!)
エルに立ち向かう事8回、マオは遂に起き上がれなくなった。
「つまらない……」
エルは倒れているマオに向かってゆっくりと歩いていく。
「はぁ はぁ はぁ」
苦痛から呼吸のリズムが崩れたマオは、やっとの思いで上半身を起こす。
「もしかしたらと思ったが。少し力が強いだけで、他の人間と同じだ……お前に少しでも期待したのが間違いだった……」
エルは退屈そうにマオを見下ろす。
「くっ」
(あの時の景色だ。ランクBの崩壊に耐えた結晶を創造した時に見えた、あの靄のかかった景色が見えれば)
マオは必死に両目を凝らすが、視界に変化は起こらない。
「死ね……」
エルはマオに右ストレートを放った。
「!?」
エルの右ストレートはマオを覆うようにして創造された透明なドームに阻まれた。
「……私が守る」
マオの後方で立っているユウキは右手に結晶で出来た槍を持ち、空いた左手を前に突き出していた。
「ユウキ」
マオは、かすれた力の無い声でユウキの名前を呼ぶ。
「……マオ、この中なら安全」
ユウキはマオを見て微笑む。
「結晶タイプか……」
エルはボクシングのファイティングポーズから右腕を後方へ引いた。
「拳が光って? まずい!!」
エルの右の拳に集まり始めたエネルギーが怪しげな光を放ち、マオの顔が青ざめる。
「邪魔をするな……」
エルはエネルギーをまとった右ストレートを結晶のドームに打ち込むと、圧縮率96%のドームは粉々に砕け散った。
「……そんな」
ユウキは、粉雪のようにキラキラと光って落ちてくるドームの残骸を茫然と見ている。
「ユウキ逃げろ!!」
マオがユウキに向かってパンチングモーションに入ったエルを見て叫ぶ。
「きゃぁ!!」
エルが左ジャブを放った瞬間、ユウキは咄嗟に持っていた槍でガードするが、衝撃に負け10m 後方へ吹き飛ばされる。
「ユウキ!!」
マオは飛ばされたユウキを見て叫ぶ。
「邪魔をするなら、お前を先に殺す……」
エルは倒れているユウキを狙い、右の拳にエネルギーを溜めていく。
「うぅぅ」
ユウキは身体中に走る激痛に耐えながら起き上がった。
「ユウキ!! 早く逃げろぉ!!」
マオはユウキに向かって叫ぶ。
(あっ! スフィーちゃんが)
ユウキが立ち上がった瞬間、自分の足元に落ちた2つのテディベアのストラップが視界に入った。
ユウキがマオたちと初めて遊びに行った日、ボーリングの景品でもらった遥とお揃いのストラップ、遥の死後ユウキは遥のストラップと自分のストラップの2つを肌に離さず持ち歩いていた。
(……遥!)
ユウキはしゃがみ込みストラップを拾う。
「ユウキ何をして!?」
マオは突然しゃがみ込んだユウキを見て焦る。
「…………」
エルの拳にエネルギーが溜まっていく。
「あああああ!」
マオは絶叫し、言う事を聞かない体を無理に立ち上がらせると、残る全ての力を振り絞りユウキに向かって走り出す。
「消えろ……」
エルの放った右ストレートと共に、強力なエネルギーの塊がレーザー砲のように放たれる。
「……遥…………はっ!?」
ユウキはストラップを拾い上げ安堵したのも束の間、回避不可能な距離まで迫ったエネルギーの塊が、まるでスローモーションのように視界に入った。
「間に合え!!!」
マオは頭から飛び込み左手でユウキを突き飛ばす。
エルの放ったエネルギーの塊はマオの左腕を巻き込んで、マオとユウキの間を通過した。
「……マオ?」
マオに突き飛ばされたユウキが起き上がり前を見ると、うつ伏せになっているマオの姿があった。
「マオ!! はッ!?」
マオの右隣まで近付いたユウキの顔から血の気が引ける。
(マオの腕が……)
ユウキの目に左腕を肩から失い大量に血を流して倒れているマオの姿が映った。
「ねぇ……マオ……」
(私のせいだ、私がストラップを拾わなければ)
両目に涙を溜めたユウキは、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「順番が変わったが次はお前だ、結晶タイプ……」
ユウキの目の前に立ったエルは右の拳を握る。
「!?」
ユウキはマオを守るようにして両手を大きく横に広げ、エルに立ちはだかる。
(ごめんね。マオ……本当にごめんね)
ユウキは両目から涙をぼろぼろと零しがらエルを睨みつける。
「…………」
「その怪我でなぜ立ち上がれる? 瑠垣マオ……」
エルは無言のままゆらりと立ち上がるマオを見て目を細める。
「……マオ………?」
ユウキは異様な雰囲気で立ち上がり、下を向いたままエルの前へと歩いていくマオを茫然と眺める。
「その飾りは何の真似だ?」
エルの前に立ち塞がったマオには、周りが黄緑色に光る直径30cmの黒いリングが、失った左肩を通すように浮かんでいた。
「…………」
マオは無言のまま力無く下を向いていた。
「意識が無いのか?」
エルはマオに向かってボクシングのファイティングポーズを取る。
「やめてぇーーぇ!」
ユウキは悲痛に叫ぶ。
「!?」
(なんだ……動けない?)
突然、エルの動きがぴたりと止まる。
(俺が震えている? なんだこの感情は?)
自身の右足が細かく震え、身に覚えのない寒気にエルは困惑していた。
(俺は、この死にかけている人間に恐怖を感じているのか? いや違う。俺は悲しかったんだ、ようやく本気で戦えると思っていたのに……)
エルは右足の震えを力ずくで抑え、右ストレートを繰り出した。
「!?」
エルの右ストレートはマオに届く直前で再び透明なドームに阻まれた。
(私、今なにも創造していない……)
ドームの中で立ち尽くすユウキは、突然出現したドームに目を丸くする。
「硬い……」
エルは両手の拳にエネルギーをまとわせパンチを連打する。
「鬱陶しい……」
エルがエネルギーをまとったパンチを4発ほど打ち込むとドームの表面が壊れるが、ミルフィーユのように何層にも重ねられたドームが次々と浮かび上がってくる。
(この創造ってまさか!?)
ユウキの表情が若干明るくなる。
「無駄だ、儂の多重結界は、圧縮率100%の結晶で出来たシールドがいく層にも重なった夢図書館最強の盾だ。今のテメェには壊せんよ」
エルから見て右方向から歩いてくる50代後半に見える角刈り銀髪頭の男は、ズタズタに破れた白金の装飾の入った漆黒のナポレオンコートに、同色のパンツ姿で咥え煙草をしていた。
「……パパ」
ユウキは安堵し一筋の涙を流す。
「おい、あれって」
司は、咥え煙草の男を見て思わず口を開く。
「相川 築総館長……」
太郎が築を見て徐に口を開く。
―――相川 築 身長174cm 体重74kg 55歳 結晶タイプ、ユウキの父親にして夢図書館の総館長であり、世界で唯一100%の圧縮率で創造ができる存在。創造スピードは4.5秒―――
「久しぶりだねユウキ。パパが来たから、もう大丈夫だよ」
築はユウキにそっと微笑むとエルの方向へと向き直す。
「テメェ、儂の可愛い娘を泣かせたな? 絶対に許さんぞ」
築はエルを睨みつける。
「こんなもの……」
エルは右の拳にエネルギーを溜め始める。
(直ちに戦いを中止して下さい)
「何故だシン?」
エルの脳内に突然シンの声が聞こえた。
(レイ様からの命令です。今すぐ戻りなさい)
シンは少し強めの口調で話す。
「わかった……」
エルは拳を下ろし、その場から消えた。
「逃げたか」
築は一瞬にして消えたエルに驚いた様子も無く、結晶で出来たアイスピックのような物を創造すると、ユウキとマオを覆っている多重結界に突き刺して破壊した。
「……」
左肩の黒いリングが消えたマオは糸の切れたマリオネットのように倒れる。
「いやぁ!!」
倒れたマオを見てユウキは泣き叫ぶ。
「テメェらぁ! ぼさっと突っ立ってないで負傷者を車に運べ!! 早くしないと全員死んでしまうぞ!!」
築は立ち尽くす太郎、司、晋二を一括した。
「はっはい」
晋二は急いで岸田の元へ向かう。
「はい!」
太郎は慌てた様子で雹丸の元へ走る。
「すみません……」
司は怯えた様子で崩巌の元へ走った。
「パパ、マオが死んじゃう……血がこんなに」
「しっかりしろユウキ! マオを運ぶぞ!」
泣き続けるユウキに築は少し強い口調で話す。
「……うん」
ユウキはコートの右袖で両目の涙を拭い立ち上がる。
世界でも有数の大国であるジュリビア帝国の歪みきった国政と、皇帝マルス・ジュリビア4世の夢図書館奇襲計画が明るみに出ると、世界中に大きな衝撃を与えた。
「あっ! 帰ってきた。おかえり〜」
エルが暗い空間に移動すると、幼い声の小さな人影が近付いてくる。
「フルか……」
エルの目の前までやってきた少年にも少女にも見える8歳ぐらいの子供は、薄い緑色のロングヘーアに黒いニット帽を被り、膝の見える水色のハーフパンツとピンクのTシャツ、丈が全く合っていないブカブカな白衣を着ていた。
「危なかったよ。あのまま止めなかったらエルは10秒後に瑠垣マオを殺していたからね」
フルは白衣の裾を引きずりながら胸を撫で下ろす。
「5秒もあればあの場にいる全員を殺せた。10秒も必要ない……」
エルは無表情のまま答える。
「いいや。僕の計算ではエルがあのまま攻撃を放つまでに3秒。攻撃を受けても多重結界は壊れず、再度攻撃の準備をして放つまでに5秒。それでも壊れない多重結界に、エルは武器の要求をして装備し多重結界を破壊して司書を皆殺しにするまでに2秒の合計10秒だね!!」
フルは自信満々に胸を張った。
「武器を使わないと壊せない?」
エルは少し不満そうに返す。
「うん! 僕の計算は外れないからね」
フルは両腕を組んで話す。
「…………」
エルは不服な様子でフルを見る。
「フルの言う通りですよ」
「シン……」
エルとフルの背後まで近づいたシンが会話に割って入る。
「エル、あなたの目の前に現れた男は相川 築、夢図書館の総館長です」
シンは右手人差し指でメガネを持ち上げる。
「あれが総館長か……たしか、圧縮率が100%と言っていたな……」
エルは後ろに振り返りシンの顔を見た。
「ええ、丸腰のあなたでは砕く事は不可能です。ところで瑠垣マオ君はどうでしたか?」
シンは口角を上げた。
「弱すぎる。お前は瑠垣マオを過大評価し過ぎだ……」
エルは少し不機嫌そうに答えた。
「本当に、それだけですか?」
シンは意味深に笑った。
「どういう意味だ……」
エルはシンを睨む。
「貴様の人の神経を逆撫でするような口の利き方は、非常に不快だ」
エルとフルの前方から若い女性の声が聞こえた。
「おや、珍しいですね。今、戻ったのですか?」
シンは前から歩いてくる、白い道着に黒い袴姿の女性に微笑みかける。
「その汚い薄ら笑いを止めよ。虫唾が走る」
シンの方へ歩きながら女性は一蹴した。
「やれやれ、私たちは行動の利害が一致した仲間ですよ。仲良くしましょう。エン」
シンは目の前に立った女性に向かって右手を差し伸べ握手を要求する。
「勘違いするな。ワタシはレイ殿の仲間にはなったが、貴様の仲間になったつもりは無いぞ」
長い髪を後ろ一本で縛り、170cm 以上のスレンダーな体躯で鋭い目つきのエンは、シンの差し出した右手を汚い物を見るような目で見た。
「手厳しいですね」
シンはエンに差し出した右手を下げる。
「みんな揃ったみたいだね」
突然、消え入りそうな声が暗い空間に響き渡る。
「レイ様」
シンは声のした方向へ跪く。
「いいよ。そんな畏まらなくて」
シンと同じ身長の20代後半に見えるレイと呼ばれた男性は、少し長めのウルフカットに整えられたプラチナブロンド、ノーネクタイで襟の立った白いYシャツと黒いスラックスに茶色の革靴、純白の膝丈トレンチコートはボタンが全て開けてあり、右手にタブレット端末を持って、ゆっくりとシンの目の前を通り過ぎる。
「…………」
上下グレーのスーツに赤いネクタイで茶色いチェスターコートを着たレイよりも5cmほど身長の低い40代前半に見える男性が、無言でレイの後を付いていく。
「かしこまりました」
シンはゆっくりと立ち上がる。
「よく集まってくれたね。嬉しいよ」
今にも消えてしまいそうな淡い雰囲気を身にまとったレイは、シン、エル、エン、フルの前方5mの位置に立った。
「…………」
茶色いチェスターコートの男はレイの右隣に無言で立った。
「あれ〜? ねぇねぇレイ、オールがいないよ」
フルは周りを見渡して首を傾げる。
「今から話す事は、既にオールへ伝えてあるよ。彼には大切な仕事があるからね」
レイは優しい笑みを浮かべる。
「ふぅ〜ん。そうなんだ!」
フルは納得した様子で傾げていた首を元の位置に戻す。
「話を戻すよ。まず」
レイが嬉しそうに口を開く。
「私は仲間外れですかぁ? ひどいですねぇ」
レイが話している最中に前方から男の声が聞こえた。
「ごめんね、すっかり忘れていたよ。町田幸光くん。いや、Dr.ジークと呼んだ方がいいのかな?」
レイは前方から歩いてくる町田を笑顔で迎えた。
「Dr.ジークなんて恥ずかしい呼ばれ方はもう嫌ですぅ。私は約束通り偽創造免許証を完成させましたぁ。あなたも約束通り夢粉の正体とparadoxが何なのかを私に教えて頂きますよぉ」
町田はスウェットのポケットに両手を入れたまま話す。
「勿論、それが我々への協力に対する報酬だったからね」
レイは笑顔で答える。
!?!!
「町田幸光さん、今なんと?」
(私はレイ様からparadoxについて、イレギュラーな創造のできる人間と聞いていただけで、詳しい事を教えていただいた事がありませんでした。それをこの人間は……)
シンは目を見開き珍しく動揺した様子だった。
「そうそう、レイは昔からparadoxがどうとか話してたけど実際なんなの?」
フルは興味深かそうにレイの顔を見上げる。
「……」
エルは興味が無さそうな顔をする。
「レイ殿はparadoxがあればワタシの望みが叶うと言ったから協力した。だが、ワタシも得体の知れぬ物の為に、これ以上の協力はできぬ。そろそろ説明をしてもらえぬか?」
エンは神妙な面持ちでレイに問い掛ける。
「うん、今日みんなに集まってもらった目的は、我々の目標であるparadoxについて説明する事がメインだけど。まず、先につなげたい事があるんだ。テスト段階だった偽創造免許証が完成したよ。これで武器や夢獣の安定供給が可能になった。これもシンが666人の協力者を連れてきてくれたおかげだよ」
レイがシンに微笑む。
「滅相もございません。私はレイ様の理想に少しでも近付けるように動いたまでです」
恐縮したレイは深々と頭を下げる。
「私の偽創造免許証も褒めてもらいですねぇ。夢図書館に創造履歴が残らない事は最早当たり前で、どんな人間が使用しても圧縮率が75%を超える、世紀の大発明なんですよぉ」
町田は不満そうに話す。
「そうだね。元々は私の理論だったけど。よく形にする事ができたね」
レイは町田に微笑む。
「夢粉の研究をする者にとって、あなたに褒められる事以上の喜びはありませんからねぇ。素直に嬉しいですよぉ」
町田はにやける。
「でも、今回のMVPはエルかな」
レイは消え入りそうな声で話した。
「俺が何をした?」
エルは目を細める。
「エルは、覚醒のきっかけを作ってくれたんだよ」
レイは右手に持っていたタブレット端末を顔の高さまで持ち上げる。
「?」
エルはレイの言っている事が理解できていない様子。
「このタブレットは、ゴートの力を使って君たちの見た物がリアルタイムで写し出されるようになっているんだ。勿論、君たちが私の与えた仕事をしている時じゃないと見れないって制約を付けたから安心してね。これを使ってエルと瑠垣マオの戦いを見させてもらったよ。そして見つけたんだparadoxを」
レイは真剣な表情になった。
「!?」
レイの一言で、その場の空気が一気に緊張する。
「paradoxとは人間ではなく物なんですか?」
汗ばんだシンがレイに質問する。
「そうだね。でも、正確には195年前に作られた人工的なシステムだよ。瑠垣マオは、paradoxシステムの引き継ぎ者って事」
レイは影のある笑みを浮かべる。
「ほぉ〜 それはどんなシステムなんですかぁ? 何故、瑠垣マオなんですかぁ? 非常に気になりますぅ」
町田は、だらしなく垂れたヨダレを右袖で拭きながらレイに質問する。
「その説明をするには、まず夢粉がどのようにして生まれたかを先に説明しないといけないね………………」
レイは少し目線を上げて話し始める。
「エクセレーーーーーーーントッッッ!」
レイの話を聞き終わった町田は興奮のあまり失神した。
「がぁ……そんな……そんな物が……本当にそんな物が実在するなんて……」
シンは動揺から眼球が左右に揺れ、それを隠す為に右手で顔全体を覆った。
「たしかに、それがあればワタシの望みも叶う」
エンは少し考えて納得したように笑う。
「くだらん。結局、瑠垣マオが弱い事には変わりないのか……」
エルは後ろを振り向くと、そのまま歩いていってしまった。
「ですがレイ様。paradoxを覚醒させた瑠垣マオが万が一、答えに辿り着いてしまった場合はどうなさるおつもりですか?」
少し落ち着きを取り戻したシンがレイに質問する。
「もし、そうなってしまえば完全にお手上げだね。でも、そう遠くない将来、瑠垣マオは何らかの形でparadoxを覚醒させる。そこからは、彼が答えに辿り着く前に何としてでもparadoxを奪い取る。ただ、それだけだけだよ」
レイは楽しそうに笑った。