転入生
「入ってこい」
生徒から見て右側のスライドドアに向かって岸田は話し掛ける。
「はい」
「……はい」
男女の返事と共にドアが開き制服姿の2人が教室に入ってきて、岸田が立っている教卓付近まで歩いてくる。
「…………ええーーーーーぇ!!」
教室に入った男女2人を見た生徒たちは一瞬時間が止まったとも思える沈黙をしてから、再び教室内は混乱する。
「岸田先生、転入生って現役の司書なんですか?」
衝撃のあまり口を開けない生徒が多い中で、正輝は岸田に恐る恐る質問をした。
「そうだ、最年少司書コンビの五木晋二と 相川ユウキ。知っての通り、お前らと同い年だ。昨年の推薦入学試験で学生を通り越して司書になっているが、通常の学校生活をしたいとこの2人から要望があった。有能な司書がクラスにいれば良い刺激になって、お前らでも少しはマシになるだろうと夢図書館が判断した事で今回の転入が実現した。まあ、2人は任務優先だから授業に出られない事も多いがな。五木、相川まずは自己紹介しろ」
動揺している正輝を見た岸田はニヤリと笑みを浮かべて両腕を組む。
転入生の男子生徒は一歩前へ出た。
「初めまして五木晋二です。まだまだ、学校には不慣れですが、よろしくお願いします」
晋二は爽やかな笑顔で話した。
「カッコいい!」
「背高いー!」
教室内の女子生徒の多くは晋二に見惚れていた。
―――五木晋二 身長177cm 体重68kg 20cmほどの青い髪をセンター分けにしている。
着痩せしているが筋肉質な体つき、昨年の推薦入学試験で学生を飛び越え司書になった最年少司書の1人、容姿端麗で性格はストイック―――
晋二と入れ替わるようにして、今度は転入生の女子生徒が一歩前へ出る。
「……相川ユウキ……よろしくお願いします」
無表情であるものの小さく整った顔立ちのユウキは感情の無い冷たい声で話した。
「ユウキちゃんマジ天使な件」
ニヤけた男子生徒が心の声を口にする。
「TVによく出ている相川ユウキだよね。本物!? 超かわいい! モデルみたい」
テンションの上がった女子生徒の声が聞こえた。
―――相川ユウキ 身長162cm 体重45kg 雪のように白い肌で綺麗な銀髪のセミロング、大きな目をしているが表情は無く、ミステリアスな雰囲気で非常に細い体つきが特徴。(胸はかなり小さい)
夢図書館の現総館長である相川 築の1人娘にして、世界的にも希少な力を持つ4歳の天才少女としてTVのニュースにも取り上げられた有名人、昨年の推薦入学試験を受け当然の如く司書となった、五木晋二と同じ最年少司書の1人―――
「んじゃ、お前らも自己紹介な」
転入生2人の自己紹介が終わると岸田は退屈そうな声で話す。
「吉村猛だ、よろしくぅ」
猛が自己紹介を終え椅子に座る。
「ふぁ〜ぁ 五木と相川は、後ろの空いてる席に適当に座れ」
出席番号が最後の猛が自己紹介を終えると、あくび混じりに岸田が晋二とユウキに指示を出す。
「はい」
「……はい」
晋二とユウキの2人は返事をして、教室の真ん中の最後列の空席へ着席した。
2人の着席を確認した岸田は手帳を見ながら今後の予定を再び話し始める。
「じゃあ、始業式は体育館の1階だからな間違えるなよ。始業式が終わったら、昼飯食って測定室に13時20分までに来い、遅れたら退学にするからな。じゃあ解散!!」
そう言い残すと岸田は右手で頭を掻きながら教卓から離れる。
岸田が教室のスライドドアを閉めるとクラスの生徒たちは体育館への移動を始めた。
教室から体育館へ移動する為、廊下を歩いているマオに1人の男子生徒が話し掛けてきた。
「瑠垣君だよね? 噂は、岸田司書長じゃなかった。先生から聞いているよ!」
自己紹介と同様に爽やかな笑顔で話す晋二。
「そうなんですね。多分、悪い噂だと思うので聞かないようにしますよ」
マオは平然と返す。
「いや、面白い生徒がいるって言ってたよ。俺にもいい刺激になるから、一緒に授業を受けさせたいともね」
晋二は笑みを崩さないまま話した。
「五木君と相川さんは、通常の学校生活をしたいと希望を出したのでは?」
予想外の答えを返した晋二にマオは少し驚いた顔をした。
「そうだよ。実は前々から学校生活をしたいと希望は出していたんだけど、なかなか夢図書館の偉い人たちが許可を出してくれなくて。緊急の任務はどうするのか?とか言って。だけど岸田先生が、どうにか偉い人たちを説得してくれて、2年生になるタイミングでようやく夢図書館から派遣って形で転入させてもらえたんだ! 任務優先だけどね。岸田先生から学校の様子とか聞いていたから楽しみだったし、やっぱり、今しかできない青春をしたくてね!」
晋二は先ほどのまでの笑顔から少し真剣な表情をして話したが最後に満面の笑みを見せる。
「そうなんですね」
(岸田先生は口こそ悪いけど、ちゃんと生徒の事を思ってくれる良い先生なんだよな……もし、岸田先生がいなければ、俺は進級するどころではなかった。)
マオは納得した様子で頷く。
始業式でも校長から晋二とユウキの紹介が行われ当然の如く体育館は混乱状態となった。
始業式も終わり昼休み。
教室に戻ったマオにお腹に手を当て空腹のアピールをしている正輝が近付く。
「マオ〜 購買行こうぜ」
「うん」
教室の後方を向いたまま落ち着いた様子でマオは返事をする。
「どうした?」
その姿に疑問を持った正輝はマオに問い掛ける。
「あれ見てよ、すごい人」
正輝の問いに対しマオは左手の人差し指を自分の視線の先へ小さく指差して落ち着いた様子で答える。
「あ〜〜 転入生の2人かぁ〜 」
正輝がマオの指差した方向を見ると、そこには20人ほどの人集りが出来ていて、その中心にいる人物が視界に入ると納得したように頷いた。
「さっき、五木と話していたけど何を話してたの?」
体育館への移動中にマオが晋二と話す姿を見ていた正輝は興味深そうに質問する。
「別に変わった事じゃないよ。よろしくってぐらい」
「へ〜ぇ」
会話の内容を聞き出す事を諦めた正輝はやる気の無い返事を返す。
人集りの中では。
「五木君、お昼はどうするの? お弁当? 学食? 購買? もし良かったら私たちと一緒に食べない?」
10人ぐらいの女子生徒が目をギラギラさせながら晋二の周りを囲んで話し掛けている。
「相川さん! 学校案内しようか? ついでに、お昼もどう?」
10人ぐらいの鼻息が荒い男子生徒に囲まれたユウキが晋二と同様に質問責めになっている。
「……五木」
ユウキはそんな事を全く気にした様子もなく無表情のまま小さな声で晋二の左袖を引っ張りながら話し掛ける。
「ちょっと、ごめんね。」
申し訳なさそうに女子生徒の話を中断すると、背後にいるユウキの方を向く。
「どうしたのユウキ?」
「……ゴハンどこ?」
晋二の問い掛けにユウキは無表情のまま話す。
「了解!」
周りの状況が全く頭に入っていなかったユウキの超マイペースな発言だったが、晋二は気にした様子もなく返事をする。
「え〜と……あっいた! ちょっと、瑠垣君!!」
笑顔で答えると晋二は教室内をぐるりと見渡して、マオの名前を大声で呼ぶ。
「!? へっ?」
突然、自分の名前を呼ばれ反応が遅れたマオは間抜けな声で返事をしてしまう。
「マオ、呼ばれてるぞ」
「うっうん……」
正輝は笑いながらマオの背中を右手の手の平で叩く。
(俺に、なんのようだろ?)
マオは人集りの中心にいる晋二の真正面へ移動した。
「どうしました?」
マオは先ほどの動揺から落ち着きを取り戻した様子で話す。
「ごめんね。俺とユウキ昼飯に行きたいんだけど、ご覧の通り、あまりごちゃごちゃした場所は苦手で」
晋二はマオに耳打ちをする。
「分かりました。ちょっと廊下へ出ましょう」
マオは、頷き少し周りを見渡してから耳打ちで晋二に返事をする。
「OK!!」
晋二から耳打ちで答えが返ってくる。
晋二はさっきまで話していたクラスメイトの方へ振り返る。
「あっっ」
次に晋二が何をするか分かったマオは慌てて晋二を止めようとする。
「ごめんね、俺とユウキなんだけど先に瑠垣君と、お昼を食べる約束していて」
しかし間に合わず晋二は話し始める。
「えっ?」
「え〜〜瑠垣? やめた方がいいよ。ちょっと変わってるし私たちと食べた方が絶対に楽しいよ」
晋二の一言で教室中はざわめき、1人の女子生徒が口を開いた。
(なに? この空気?)
晋二は、この状況と女子生徒の発言が理解できずに笑顔だった表情は疑問を持った表情へ変わる。
そこへ1人の男子生徒が話に割って入る。
「そうだぜ〜 五木に相川。転入したばかりで知らないと思うが、そこの瑠垣マオって奴は教師にゴマすって超難関の夢図書館高等専門学校へ奇跡的な入学をしたんだ。しかも去年成績の学科は中の下で実技は、いつも学年最低クラスの司書としての才能が全く無いのに、また教師にゴマすって進級してやがる。しかも、こいつよりも成績の良い奴が進級できずに退学になっているのにだ。岸田の、お気に入りかなんか知らねぇが俺は、こんな奴は絶対に認めねぇ」
教室中に響く声で猛が話すと、教室のいたるところからクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「吉村ぁ お前、また適当な事を言って」
正輝は怒りを露わに猛の前へ歩いてくる。
「工藤〜 お前も、せっかく才能があるんだから。こんな奴といたら、お前の評価まで下がっちまうぜ」
猛は全く悪びれる様子もなく若干の笑みを浮かべた。
「ふざけるなよ。マオは俺の友達だ!!」
その一言に正輝の顔は更に怒りの色が強くなり口調も荒くなる。
「馬鹿なヤツ」
猛が正輝を馬鹿にしたように見下ろす。
「んだと?」
正輝は猛を下から睨みあげる。
「………」
その時、猛の暴言を聞いていた晋二が真顔で猛の前へ出ようとするがマオは晋二の右肩を引っ張り止める。
「瑠垣君は、それでいいの?」
晋二は少し怒った様子でマオを見る。
「うん。いつもの事ですから」
マオは平然とした様子で返事をする。
「ありがと正輝、大丈夫だから」
そして、マオは正輝に声を掛ける。
「マオ?」
正輝は納得し切れない様子でマオを見る。
「ゴメンね」
マオは俯い小さな声で話す。
「工藤君だったよね。俺たちって転入初日で学校の事が全然分からないんだ。もしよければだけど、お昼食べれる場所まで案内してよ、ついでに学校も案内してもらえないかな?」
申し訳なさそうな顔で正輝に謝るマオの姿を見た晋二は、少し考えてから笑顔で正輝に話し掛ける。
「いいよ! 友達も一緒だけどいいかな?」
晋二の一言で、その意図を察した正輝は笑みを浮かべた。
「是非!」
晋二は、この日1番の爽やかな笑顔で答える。
「えっ……………」
正輝と晋二のやり取りに教室は沈黙し、猛は驚いた表情で固まった。
晋二の会話を黙って聞いていた? ユウキを連れ4人は教室を出る。
「瑠垣君、普段は昼食どうしてるの?」
教室を出てすぐの廊下を歩きながら晋二は話を再開させる。
「俺たちは、購買で何か買って教室で食べる事が多いですね」
若干の笑みを浮かべているマオは少し嬉しそうに答える。
「さっきの今で教室はね」
その答えに、バツの悪そうな様子の晋二。
「マオ、なんで止めたんだ?」
まだ、怒っている様子の正輝。
「吉村のあれは今に始まった事じゃないし、進級して早々に問題もマズイと思ったから」
マオは平然と答える。
「でも、さっきのあれは何だい?夢図書館高等専門学校は、完全実力主義だから首脳陣にいくら媚を売っても、認められる才能や実力が無ければ進級は愚か入学すら出来ないのに」
マオの話しに晋二は少し不満そうな顔になった。
「さっきはありがとうございます。入試は一般で勉強を頑張って入学したのですが、才能が無いのは本当なんです。だから、ああ言われても仕方ないんですよ」
晋二の話にマオは少し嬉しそうな表情をする。
「そうかい? まあ、瑠垣君がそう言うならいいんだけど」
マオの言葉に晋二は疑うような口調になった。
「うん。昼食の話に戻りますが学食だと人が多く混乱して、落ち着いて食べられないので無理そうです」
マオは誤魔化すように話題を変える。
「なら、あの場所だな」
少しだけ機嫌の直った様子の正輝。
「そうだね。丁度、今月は担当って話してたし」
マオは正輝の一言で行き先が分かった様子。
「……?」
マオと正輝のやり取りが分からない晋二は沈黙した。
「……ゴハンは?」
話を聞いていたのか聞いていないのか分からないユウキは無表情のまま小首を傾げた。
マオたちは本館1階の購買で昼食を購入し6階建の部室が並ぶ北館4階、新聞部の部室前に到着する。
「お〜い、遥いるか?」
正輝は部室の扉に向かって話し掛けると、返事の代わりにドアノブが回り扉が内側へ開く。
「えっ!? マオくんは、分かるけど転入生の五木晋二くんに相川ユウキさん!? 何でここに??」
扉の右側付近に設置された1人用のパソコン机で作業中の遥がキャスター付の椅子を移動させて扉を開け出迎えると驚いた様子で口を開く。
「教室が転入生で、お祭り騒ぎになって落ち着いて昼ごはんを食べれそうにないから連れて来た」
マオが冷静に状況説明をする。
「連れて来たって、こんな超有名人2人が急に来ても何も用意してないよ」
説明を聞いた遥は更に慌てた。
「何の用意なんだか。ダメなのか?」
その様子を見て正輝は少し呆れ顔になる。
「ダメじゃないけど、むしろウェルカムだけど」
遥は少し拗ねた様子で口を尖らせて20畳の部室の真ん中にある椅子が左右に6脚ずつ合計12脚が並ぶ会議机を指差した。
会議机のドア正面方向にマオと正輝が、ドアに背を向け晋二とユウキが向かい合う形で座った。
既に、昼食を取り終えていた遥はマオたちに背を向けデスクトップパソコンで作業を再開した。
「瑠垣君と工藤君は新聞部なのかい?」
晋二は、この状況を見て質問をする。
「違いますよ。新聞部の遥とは友達で、よく正輝とここに来てダベっているんです」
平然とマオが答える。
「人の部室でねぇ〜 こっちは真面目に活動中なのにね〜」
会話を聞いていた遥はデスクトップパソコンの方を向いたまま、少し嫌味を含んだ口調で話した。
「悪かったな。今度から差し入れのお菓子持って来ないから」
正輝は少し意地悪そうに笑った。
「本当〜に、ごめんなさい! 私が記事の担当の時にはどうぞ、お菓子を持参でお越し下さいませ〜」
遥は椅子を回転させて正輝の方を向いて慌った様子で両手を合わせた。
「ふははは、調子がいいやつ」
あまりの心変わりの早さに呆れた正輝は笑い出す。
「あはは、 すごく仲良しだね! たしか浦和さんだったけ? 急押しかけてごめんね。迷惑かける代わりと言ってはなんだけど、俺にできる事があれば言ってね!」
晋二は3人のやり取りを見るてクスリと笑う。
「えっ!? じゃあ、じゃあ取材させて!!」
目をキラキラと輝かせた遥は電光石火の速さで晋二の右隣まで移動した。
「お前、いきなり」
正輝は、ため息をついた。
「私が新聞部! ここは新聞部の部室で、最年少司書の電撃転入生がここに2人もいれば、やる事は一つ! 取材or取材!!」
遥は大きく胸を張って、えいえいおーと言わんばかりに右拳を天へ突き上げる。
「テンション高いな」
その遥の姿にマオは感心した様子。
「これでテンション上がらなかったら図書専新聞部の部員じゃない!!」
腰に両手を当てエッヘン、という感じの遥。
「お前なぁ、教室で質問攻めになっていた2人をせっかくここまで連れて来たのに、ここでも質問責にする気か?」
まだ呆れた様子の正輝は言い返す。
「もちろん今は、お昼食べるだけだよ! 新聞部はローテーションで記事書くし、私は4月号の担当で5月頭に4月号を発行するスケジュールだから取材は再来週ぐらいで大丈夫なのです! それに今日は、この後すぐに基礎測定があるし、来週から始まる実戦の授業があるから取材は、その後の方が良い記事になると思うんだぁ〜♩」
遥は小さい手をイヤイヤと横に振る。
「授業をネタにする気かよ」
焼きそばパンを頬張りながら正輝はツッコミを入れる。
「君たちは本当に仲がいいんだね! 俺は幼少の時から司書になるように親に育てたから同年代の友達っていないんだ。だから、こういうのに憧れて」
晋二も買ってきた鮭おにぎりの包装を開けながら笑顔で話す。
「相川さんは、特別なカリキュラムで幼少から学習しているのはテレビ番組を見て知っていましたが、五木君も? 通常の義務教育を受けたのでは?」
晋二の言葉に疑問を持ったマオは食べていたカツサンドを机の上に置き質問をする。
「あ〜 それね。うちの親って夢図書館の構成員なんだ。親父が夢粉エネルギー実用の研究者で母親は夢粉を医療に使う実験をしていたんだけど、母親は俺が3歳の頃に研究中の事故で亡くなって。それから、親父が母親の分もしっかりしなくちゃって言い出してね。小学校は家庭教師、中学は通信教育で空いた時間には親父から夢粉への知識やら創造の訓練やらでね。夢図書館高校専門学校に入学できたら、やっと普通の学校生活ができると思ったら、入学試験でまさか司書になっちゃうなんて。しかも、構成員で同い年はユウキだけだし」
その質問に晋二は少し真顔になる。
「……私じゃ不満?」
クリームパンを食べていたユウキが挨拶の時と同様に無表情のまま小さく冷たい声で話した。
「喋った!?」
急に会話へ入ったユウキにびっくりした遥が思わず心の声を口にしてしまう。
「いやいや、不満じゃないよ! ユウキと話すの面白いし任務でも頼りになるし!」
晋二は慌てた口調で話す。
「……面白い?」
言葉の意味を理解出来なかったのかユウキは首を傾げている。
「五木君、すみません。変な事聞いてしまって」
マオは申し訳なさそうに声を小さくした。
「大丈夫、大丈夫!! それに敬語じゃなくてもいいよ! 同い年で同じクラスで、しかも一緒に飯食ってるし、もう友達じゃん!」
「ああ、よろしく五木君」
晋二の言葉でマオは少し笑顔になった。
「晋二でいいよ!」
「じゃ晋二、俺もマオで」
「私も遥でいいよ〜♪ 晋二君にユウキちゃん」
マオと晋二の流れに乗るようにして遥も右手でVサインを作った。
「よろしく遥!」
晋二も笑顔でVサインを作った。
「…………」
「あれ? いきなり馴れ馴れしかったかな? ごめんね〜」
無反応で何かを考えている表情のユウキを見た遥は申し訳なさそうに両手を合わせた。
「……私の話って変? 面白いって何?」
全く話を聞いていなっかた、ユウキのトンチンカンな質問に場の空気が少し止まった。
「ユウキ……その話は、もう終わったよ」
晋二はユウキの右肩にそっと左手を乗せ悲しそうな顔をした。
「ぶっははははっっ」
マオはツボに入った様子で珍しく大笑いをした。
「あははは、お腹痛い!!」
同じくツボに入った遥も笑いこけて、部室はマオと遥の笑いに包まれた。
「???ん??」
まだユウキは現状をよく理解していない様子で周りをキョロキョロと見て、頭にはてなマークを浮かべている。
「ユウキ!そういう所だ!」
再び晋二はユウキの右肩にそっと左手を乗せて今度は笑顔で話す。
「ん?……??ん」
やっぱ状況を理解していないユウキ。
「あはははは」
再び部室はマオと遥の笑いに包まれた。
「私、遥! ユウキちゃんって呼んでもいい?」
笑い過ぎで目尻に涙を浮かべながら遥は再びユウキに話し掛ける。
「……別に構わない。遥」
ユウキは小さく頷く。
「ユウキちゃんかわいい〜! クロワッサン好きなの?」
いつのまにか、手の中のクリームパンがクロワッサンに変わっていたユウキ。
「甘いのは好き。クロワッサンはサクサクとした食感と甘過ぎない上品な味わいが絶妙でクリームパンは濃厚なクリームが大好き」
それまでの無口な印象的が打ち消されるぐらい饒舌に話すユウキ。
(めちゃくちゃ喋った?!)
心の声がシンクロするマオと遥。
マオの視界に隣で座っている正輝が入った。
正輝の顔は表情がなく、暗い雰囲気を帯びている印象を受けた。
「正輝、大丈夫か? 体調悪いの?」
マオは心配した様子で話し掛ける。
「あ〜悪い、昨日遅くまで漫画読んでて。久しぶりに読むと止まらなくなって」
マオが話すと正輝は、すぐに笑顔を作った。
「分かる〜」
正輝がいつも表情に戻るとマオは安心する。
「それね! 続きが気になって読み耽ると、いつのまにか朝って事、結構あるよ」
マオが同意すると晋二は目をキラキラさせて会話に入ってきた。
「そうだよね! 本当に、あの時って時間が飛んだって思うぐらい早いよね」
晋二が会話に入って来ると正輝の表情は笑顔を保っているが、その顔には少し影があるようにマオは感じた。
「確かに!」
正輝が答えるとテンションが上がっている晋二は少し大きめの声で。
「晋二って漫画読むの? 意外だね」
晋二の様子を見てマオは目を丸くして質問をする。
「いやいや漫画は大好きだよ! 今まで身近に話せる人がいなかったから本当に嬉しいよ!!」
テンションの上がり続ける晋二は右手を横にふった。
「学校から電車で2駅離れた場所に漫太郎って漫画喫茶店があるんだ。よくマオくんと正輝と一緒に行くんだけどね。そこのチョコバナナクレープがすごく美味しんんだよ! 今度の休日にみんなで行こうよ!」
遥も会話に入ってくる。
「……それは興味深い!」
勢いよく会話に飛び込んだユウキはチョコバナナクレープに興味深々な様子。
「休日に同級生と遊びに!? 空想の世界の出来事だけだと思っていたよ!」
「大げさだなぁ〜」
更に目を輝かせて話して感動している晋二を見て遥は笑いながら。
(転入初日からペラペラ。マオと遥も俺たちは1年間の付き合いなのに、なんで扱いが俺と同じなんだよ。しかも漫太郎は俺達の思い出の場所だろ)
正輝は再び無表情になっていた。
「そうだね漫太郎なら漫画の量もすごいし! ご飯も美味しいし、丁度いいよね正輝?」
遥の提案にマオもテンションが上がっている。
「……」
正輝は真顔のまま応答がない。
「正輝?」
反応のない正輝にマオは不安そうな声で話す。
「そうだね! 漫太郎なら漫画読まない人も楽しめるし」
正輝は我に返り笑顔を作る。
「やっぱり、どこか調子が」
1年生からの友達で、いつも正輝といたマオには、やはりそれが作り笑いと分かってしまい心配そうする。
昼休みの終わりを告げる時計の鐘が学校中に響き渡った。
「大丈夫だよ。本当に寝不足なだけだから」
ゴミを片付け始める正輝は、また作り笑いをする。
「だったらいいけど」
深く追求をする事をやめたマオ。
お昼は、お開きとなり午後の基礎測定を行う為、5階建体育館3階の測定室へ向かう。
この時、もう少し正輝の変化に敏感になっていていたらと思わない日はない。