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paradox (パラドックス)  作者: ナカヤ ダイト
voice編
10/55

決断

 1年前 4月18日(木)


 マオは1人で登校し教室に入ると、自分の席で漫画を読んでいた。

 幼少時代から積極的にコミュニケーションを取るタイプでないマオは夢図書館高等専門学校に入学しても友達が1人もいなかった。


「何あいつ、いつも1人でなんか読んでるよ」

「うわぁ、本見ながら笑ってる」

「え〜 キモいんですけど〜」

「工藤はどう? あいつ変だよね」

 7人ぐらいの男女はマオに聞こえるように悪口を言っていた。

「えっああ」

(いつも机で本読んでるけど、あいつが話したところ見た事ないな)

 正輝はマオの事を不思議そうに見てた。


 入学式から2週間が経ちクラス内の人間関係はある程度構築され、クラスメイトとの交流を一切しないマオはクラス内で浮いた存在になっていた。


「……」

 放課後、無言のまま下を向いたマオが下校しようと下駄箱に向かっていた。

「おーい」

 マオは後方から1人の男子生徒に話し掛けられた。

「何ですか?」

 振り向いたマオは冷たく返す。

「お前は、たしか?」

「瑠垣です」

 名前が出てこない正輝にマオは目を細める。

「そう瑠垣! お前っていつも1人だよな」

「それが、どうかしましたか?」

 マオは再び冷たく返す。


(おぉ怖ぇーー、ダメだこいつ友達ができないタイプのヤツだ)

 正輝はあからさまな態度のマオに後ずさりする。

「『ヨシコイ』好きなのか?」

(これ言ってダメなら、やーめよ)

「えっ!?」

 話すのを諦めかけた正輝の問い掛けに、マオは驚いたように反応した。


「俺もこの漫画大好きなんだ! 瑠垣が教室でいつもなんか読んでるから、気になって後ろから見たら『ヨシコイ』だったからビックリしたよ」

(おーぉ、食いついた! やっぱり瑠垣は漫画好きか!)

「覗いたんですか?」

 マオはジト目で正輝を見る。

「ごめんごめん、でも嬉しかった! ここに入学してから『ヨシコイ』はおろか漫画の話をできる人が全くいなくて」

 正輝は右手をマオの目の前に差し出す。

「俺は、工藤正輝。瑠垣、お前は夢図書館高等専門学校(ここ)で最初に見つけた漫画友達だ!」

「はぁ……」

(こういう熱苦しいタイプは苦手なんだけどな)

 マオが正輝と握手する。




「2人の遺体を運び出す」

 校舎南館5階、第3実験準備室前の廊下で岸田は悔しさに滲んだ声でマオに2人の死を告げた。


「えっ………」

 マオは岸田の言葉の意味が理解できずに呆然と立ち尽くす。

「……く………」

 岸田は悔しさから奥歯を噛み締める。

「いや……いやいや、そんな、おかしいですよ……遥は今朝一緒に登校して、1時間ぐらい前までは元気に笑っていて……正輝だって30分ぐらい前には意識があって俺と話したんですよ。この2人はさっきまで生きてたんだぁ!!」

 マオは寒気を感じ立ちくらみを起こしながら大声を出した。


「瑠垣、お前が司書になりたいなら、これだけは絶対に覚悟しておけ……さっきまで隣で笑っていた人間も、大切な友人も、昨日まで一緒にいた仲間たちも、恋人でさえ、たった1回の任務で失う事がある。それが現実だ」

 岸田は感情を押し殺し努めて冷静な口調でマオを諭した。

「……」

 マオは膝から崩れて落ちた。


「遥ーーぁ! 工藤ーーぅ!」

 現場に晋二が到着した。


「!?っ」

 晋二は血まみれで倒れる正輝と遥の惨状を目の当たりにして絶望的な表情をする。

「五木」

 岸田が晋二に話し掛ける。

「はい」

 晋二は無理をして声を張る。

「医療班に連絡しろ、2人の遺体を運び出せと」

 岸田は晋二に背を向けながら冷たい声で命令を出した。

「っく……了解……しました」

 カラ元気を保てなかった晋二は力のない返事をした。


「はるかーーーーぁ」

 晋二に遅れてユウキも現場に到着する。

「岸田! お前には立場がぁ……」

 続けて到着した雹丸は岸田の身勝手な行動を注意しようとしたが、正輝と遥の悲惨な姿を見て話すのをやめた。

「あかん、これは」

 崩巌も表情を曇らせる。


「はるか、はるか、はるか」

 ユウキは遥の肩を両手で持ち揺さぶるが、遥の首は力なく揺れるだけだった。

「うそ……いや……」

 ユウキは顔面蒼白になり遥から後ずさる。

「はぁ……はぁ…はぁ」

 ユウキの呼吸が荒くなる。

(いや……また、こんなの……いや)

 ユウキの脳内に遥と同じように倒れている女性の映像が映る。

「はぁ…はぁ……れいか?」

「?! まずい、相川しっかりしろ!!」

 ユウキの変化に気付いた岸田が叫んで走り出す。


「いやーーーーーーーーーーーーーーぁ」


 ユウキは絶叫すると、その場に倒れた。

「相川ちゃん!」

「相川!」

「ユウキ」

 崩巌、雹丸、晋二も倒れたユウキに向かい走った。



 校舎はまもなく封鎖され、生徒たちは寮へ緊急帰宅させられた。


「すまねぇ、本当にすまねぇ」

 長机を挟んでマオの正面に座る猛が両手で頭を抑えながら話した。

「……………」

 マオは下を向いたまま何も言い返せなかった。


 職員室横の会議室に事件対策本部が設置され、マオと猛は岸田と晋二の(はか)らいで職員室正面の進路指導室に待機させてもらっていた。


「よっ」

 司書の制服姿の晋二が進路指導室に入ってくる。

「……………」

 マオはチラッと晋二の方も見たがすぐに(うつむ)いてしまう。

「………」

 晋二は無言でマオから左に1席横に空けて座る。

「俺、本当は見てたんだ……浦和が工藤の後を追い掛けて教室から出るの。俺、ハワイで浦和の(こと)を応援するって言ったから……あいつらの邪魔をしないようにって……まさかこんな事に……」

 猛は頭を抱えたまま話す。

「仕方ないよ。誰にだって、こんな事を予測できない」

 晋二は優しく猛に返す。

「俺のせいだ……」

 猛は今にも泣き出しそうな声で話す。


「初めて……できた友達だったんだ」

 下を向いていたマオが(おもむろ)に口を開いた。

「俺、中学までは、うまく他人とコミュニケーションが取れなくて、ここに入学しても同じだった、けれど正輝と遥は俺と友達になってくれて……俺がクラスで邪魔者扱いされてもずっと…友達でいてくれたんだ……」

 マオの顔は涙こそ出ていないものの、泣いているような印象を2人に与えた。


「マオ……んぐっううう」

 猛の目から涙が溢れ出す。


 進路指導室のドアがゆっくりと開いた。


「邪魔するぞ」

 厳しい表情の岸田が入ってきた。

「たった今、医師の診断の基、浦和遥と工藤正輝の死亡が確認された」

「……………」

「……………」

 岸田が冷静に発した一言でマオと晋二は下を向いて何も言わなくなった。

「ううううっうわぁーーーーぁ、すまねぇっっっ本当にすまねぇぇぇぇ」

 猛はその場に(うずくま)り泣き崩れた。



 明かりのついていない暗い自室にマオは帰ってきた。


「……」

 無言のままマオはベットに倒れ込む。



 同時刻

 事件対策本部では全教員と岸田を含む3人の司書長、夢図書館から派遣された3人のオペレーター、砂田を含む5人の研究者が5列のスクール型に並んだ机に座っていた。


「お疲れ様」

 夢図書館副総監長の竹宮が入室し岸田たちの席の前に立った。


「死亡者2人と軽症だが怪我人が5名。今回の事件は、夢図書館の名誉と信用を大きく落とす大失態だ。処分は追って話すが、まずはこれを見てもらう」

 竹宮から見て後方の岸田たちから見て前方にある巨大な液晶パネルを指差すと映像が映し出された。


「工藤!?」

 驚いた岸田が席を立ち上がった。

「座れ岸田司書長、オペレーターに監視カメラの映像を解析してもらった。事件発生現場である南館第3実験準備室、そこの鍵を開けて夢獣(ピエロ)を校舎内に解き放ったのは2年Aクラスの工藤正輝である事が判明した」

 竹宮がそう告げると室内は騒然とする。


(まさか、そんな事って……)

 ショックを受けた岸田が唖然と映像を見ている。

「しかし問題はそこではない」

 竹宮が話を続けると室内の人間の視線は再び竹宮に戻る。


「なぜ学生である工藤正輝が鍵を持っていたかだ。ドアを開けた工藤正輝の様子から見てもドアの向こうに何があるか知らなかった事が分かる。そこでだ、この部屋の担当教員は誰かな?」

「……はい」

 若い男性教員が恐る恐る手を挙げた。

「確か、鍵は担当教員が静脈認証付きの金庫で厳重に保管する事が規則だ。なのになぜ学生が鍵を持っていたのか説明してくれないか?」

 竹宮が男性教員を睨みつける。

「そっそれは、私も分からないんです。急に金庫からスペアの鍵がなくなって、探していたらこんな事態に」

 男性教員は冷や汗をかきながら状況を説明する。

「鍵は金庫にきちんと保管していたと?」

 竹宮は疑いの目をもって再度睨みつける。

「はい……厳重に保管していました」

 男性教員は下を向きながら答える。

「金庫で管理していれば、君にしか鍵の取り出しはできなかったはずだが」

「そっそれが本当に金庫から勝手に!!」

 男性教員は必死に無実を訴える。

「君の研究テーマはたしか、夢獣(ピエロ)の生体だったな。夢図書館の研究員はサンプル申請すれば夢獣(ピエロ)を所持できるから怪しまれないし教師である君は工藤正輝に鍵を渡し時間を指定してドアを開けさせる事もできる。あの数の夢獣(ピエロ)をどこで手に入れたかまでは分からないが君が」


「違う! 僕は何も知らない!! 鍵は盗まれたんだぁ!!」

 竹宮の話が終わる前に必死の形相(ぎょうそう)で否定をする男性教員。

「盗まれた? 念の為に鍵に付着した指紋とDNA鑑定をしてもらったが、工藤正輝と君の情報しか出てこなかった」

「知らない!! 僕は何も知らない!!」

 右手を真横に振る男性教員。

「後は警察にゆっくり聞いてもらう」

 竹宮が話し終えると部屋に4人の警察が入り男性教員の腕を掴む。

「来い!」

「離せ!! 僕は何もしていない!!」

「暴れるな」

 暴れる男性教員は警察に連れて行かれた。


「まったく、構成員からこんな不祥事が出るとは、その他の処分だが、本日付で校長を解雇。2Aクラス担任の岸田剛司書長の教員権限を今月末で取り消し、来月から再び本部で活動をしてもらう」

「………」

 無言のまま下を向く50代後半の小太りな校長。

「おい、ちょっと待て!」

 納得のいかない岸田は席を立ち上がった。

「司書長の権限を取り消されないだけ、ありがたいと思え、お前に処分を課す理由はこれだけじゃない! これを見ろ!」

 竹宮が再び液晶パネルを指差す。


「はぁ?!」

「なっなんだ、これは?」

「何が起こっている?」

 先ほど以上に騒然とする室内。

「大量のランクCが1体も残っていなかった理由がこれ?」

「こんなん、見たことあらへんわぁ」

 雹丸と崩巌は驚愕の表情を浮かべる。


 液晶パネルには瞬間創造(ソニック)と並外れた反射神経で大量の夢獣(ピエロ)を倒していくマオの姿が写し出された。


「っち」

 映像を見た岸田は舌打ちをする。

「私も始めて見た時は本当に驚いた。夢図書館で才能ある人間を何人も見てきたが、彼ほどの逸材(いつざい)を見た事がない、この学生は誰か紹介してくれないかな岸田()()

 嫌味を含んだ口調で竹宮が岸田に質問した。

「瑠垣マオ、俺の担任するクラスの生徒だ」

 岸田は竹宮から目を背け答える。

「ほぉ〜 岸田()()は瑠垣マオの実力を知っていたのかな?」

「知っていた……」

「なるほどぉ〜 私が見るに彼は既に学生の域を超え司書レベルの実力だと思うが、君には彼がまだ学生レベルだと?」

「……そうだ」

 更にバカにしたような口調で話す竹宮に岸田は悔しそうに答える。


「すみません、発言の許可を」

 手を挙げた砂田が棒読みで竹宮に話し掛ける。

「ん? わかった。許可しよう」

 竹宮が答える。

「瑠垣マオについてですが、今年4月の基礎測定で圧縮率が17%と低く現段階で司書への飛び級は不可と岸田と私は判断していました」

 砂田は棒読みで話す。

「確かに、武器の破損状態を見ても圧縮率が低く事は分かるが、さすがに17%の武器で65%以上のランクCを倒すのは無理だと思うがね」

 竹宮は砂田に反論する。

「それは私も分かりかねます。ですから瑠垣マオを調べる許可を私に頂けませんか?」

 砂田は頭を下げる。

「なるほど面白い、分かった、瑠垣マオを調べる事を許可しよう。だが、この場にいる全員の目の前でだ」

 竹宮は疑い深い目つきで砂田と岸田を見る。

「分かりました」

 砂田は再び頭を下げ竹宮の要求を受け入れる。

(そうか、砂田はわざと瑠垣の使用率の事を隠し、自分以外の研究者が瑠垣を調べないように先手を打ったのか)

 岸田は砂田の意図を理解した。

「では明日の午前10時に、この場所で瑠垣マオの測定を行う」

 最後に竹宮がそう告げると会議は終了し、それぞれに会議室から出た。


「ふぅ」

 星空の下、岸田が学校屋上で缶コーヒーを一口飲んで一息をつく。

「初めて見たよ。お前が他人の口から麗花(れいか)の名前を聞いて暴れなかったところを」

 左隣に立っている雹丸が落ち着いた様子で話す。

「ふん、何年前の話をしているんだか」

 呆れたように岸田が返す。

「それだけ歳をとったって事だな俺たちも」

 雹丸は笑いながら右手に持っていたコーヒーを飲んだ。



 5月8日(金) 午前6時22分



「……地震? 最近多いな……」

 一睡もできなかったマオは僅かな揺れを感じ取った。


 ♬〜♬〜


 間もなくしてマオの携帯電話が鳴る。

(どうせ地震速報だろ)

 マオは携帯を確認しなかった。


 昨日の事件で2週間の休校を余儀なくされた夢図書館高等専門学校。


 通常なら起床する時間だが何もやる気の起こらないマオはベットに横たわったまま動こうとしなかった。


 ♬〜♬〜


 携帯が今度は電話の着信を知らせる。

(電話? 誰だ?)

 マオが枕元の携帯に手を伸ばし画面を見る。

(晋二?)

 着信は晋二からでマオは通話をタップした。

「おはようマオ、今日なんだけど午前9時に保健室に来れないか」

 元気のない声で晋二が話す。

「うん、大丈夫……」

 マオも元気のない声で返事をする。

「わかった。待ってる」

「うん」

 晋二との通話が終わったマオは体を洗うためにシャワーへ向かう。


「………」

 体を洗い終え、学生用の任務服に着替えたマオは朝食を摂らないまま、カーテンを閉め切った暗い部屋で呆然と時間が過ぎるのを待った。



 8時55分

 マオが晋二と約束した保健室前に到着すると、既に入り口付近で晋二が立っていた。


「おはよ、早かったね」

 司書の制服姿の晋二は目の下にクマをつくりマオに話し掛けた。

「おはよう晋二、寝てない?」

 マオも返事をするが疲労困憊(ひろうこんぱい)の様子の晋二を気遣う。

「お前もだろ、酷い顔だ」

「だったらお互い様だね」

 晋二が少し笑いながら冗談ぽく話すと、マオも少し笑って返す。

「じゃあ入って」

「うん」

 晋二が扉を開け2人は保健室に入った。


「ユウキ……」

「あれから眠ったままなんだ」

 ベットに横たわるユウキの右手は点滴がつながれ一定のリズムで呼吸をしていた。

「医者は今起き上がっても不思議じゃないと言っているけど」

 晋二が心配そうにユウキを見つめながら話す。

「うん」

 弱々しく横たわるユウキの姿にショックを受けたマオは頷く事しかできなかった。


「俺さ、親父が研究者だからユウキとは6歳ぐらいから面識があって。昨年は一緒に司書になったから結構長い時間ユウキを見てきたんだ」

「うん」

「ほんと、昔から無表情で愛想がなくて何を考えてるか分からないけど、夢図書館高等専門学校ここに入学してか、あんなに笑って楽しそうなユウキを見るのは初めてだった」

「うん」

「それなのに……それなのに、こんなのって、あんまりじゃないか!! せっかく…せっかくできた友達が……俺だって……俺だって……本当にこの1ヶ月間が楽しくて……くっううううっ……このままずっと続くと思っていた……うううっうう……」

(守れなかった。俺たちが側にいながら守れなかった……)

 晋二は感情を堪えきれず涙を流し2人を守れなかった事への悔しさから拳強く握り閉めて肩を震わせていた。

「晋二……お前は……」

 マオは悲しみに耐える為、目線を晋二から外した。


 幼い頃から構成員になるべくして親に育てられたユウキと晋二、初めて通った学校で初めて、できた同い年の友達を本当に大切に思っていた。

 その友達を司書という立場にいながら守れなかった晋二とユウキの心は深く傷ついていた。


 保健室の扉が開く。


「ここにいたのか瑠垣、心配したぞ携帯電話に連絡しても繋がらなかったからな」

 司書長の制服姿の岸田が頭を掻きながら入ってくる。

 岸田の無精髭は更に長くなり顔色も良さそうではない。


「すみません、携帯を部屋に置いて来てしまい」

「いいさ、呼び出すのはこっちの都合だからな」

 申し訳なさそうに謝るマオに岸田は優しく答える。

「時間が無く説明ができない。悪いが俺に付いて来い」

「わかりました」

 マオは岸田の急な要求を了承する。

「それと五木、今日は休んでろ」

「えっ何故ですか? まだ働けます」

 晋二は慌てた様子で岸田に返す。

「バーカ! 働き過ぎだ。休むのも司書の任務だ、そんな顔のお前に命令なんてできるか。ここは先輩や俺を頼れ」

 岸田は最後に笑みを見せ優しく晋二を気遣う。

「すみません……」

 晋二は岸田の優しさに何も言い返せなかった。

「よし、じゃあ付いて来い」

「はい」

 マオと岸田が保健室から出る。

(優しさが何でこんなに辛いのかな……)

 保健室に残った晋二は下を向いた。


「急に悪いな」

 廊下を歩きながら岸田がマオに話し掛ける。

「だっ大丈夫です」

 マオは少し驚きながらも返事をする。

「部屋に入ったら指示通りにすれば問題ない」

「はい」

 2人は事件対策本部である会議室前に到着する。

「お前は絶対に守る」

「?」

 岸田が扉を開ける瞬間に小声で発した言葉をマオは聞き取る事ができなかった。


 2人が会議室に入ると横に並ぶ5個の机、その上には7台のデスクトップパソコンとビデオデッキのような測定器が12台が置かれ、机の前は横15m 縦10mほどのスペースがあり、机の向こう側には全教員、白衣、司書の合計27人が立っていた。


「失礼します」

 マオが緊張した様子で中に入ると岸田は机の向こう側に行ってしまった。

「集まったか」

 ダークスーツを着た男が前に出てくる。

「瑠垣君、私は夢図書館副総館長の竹宮陣だ。よろしく」

 竹宮がニッコリ笑ってマオに話し掛ける。

「はじめまして瑠垣マオです。よろしくお願いします」

 マオは竹宮の名前を聞き更に緊張して様子で返す。


「まぁ、そんなに固くならなくてよ、君の昨日の活躍を見せてもらったよ。素晴らしい才能だ! 我々夢図書館とすれば、今すぐにでも君を司書として迎え入れたい。だが、君の力は分からない事が多い、我々もそんな得体も知れない物に命は預けられない、だから今日は君の実力をこの目でしっかりと見たいと思ってね」

(こいつ今、瑠垣を物と言わなかったか? やっぱり竹宮(こいつ)は構成員の事を駒としか考えていない)

 後方にいる岸田は前方の竹宮を睨みつける。


「…………」

 マオはいきなりの事で返事ができず固まってしまった。

「見せてくれるよね?」

 表情のない冷たい目で竹宮が再度問い返す。

「はい」

 マオは目を丸くして答える。

「じゃあ、始めなさい」

「了解しました」

 竹宮が椅子に座ると白衣を着た男が前に出てきた。

「瑠垣君の測定は私が担当するよ」

「砂田先生」

 いつも通り棒読みの砂田の姿を見たマオは安心した表情になった。

「では最初に創造スピードから測定をする。生徒手帳を」

「はい」

 マオが砂田に生徒手帳を渡すと、砂田は生徒手帳をパソコンに差し込み処理を終えマオに返す。

「では始めるよ」

 砂田がそう話すと他の研究者がそれぞれパソコンや測定器の前に立つ。

「お願いします」

 マオは後方へ5m下がると学生服の袖を七部袖の高さまでたくし上げる。


 パソコンの画面にはロングブレード、短剣、レイピアが写し出されマオが創造する。

「0.001秒です」

 砂田がマオの結果を告げる。

「おぉ、これは興味深い」

「昨日のは合成映像ではなかったな……」

 驚きに満ちる会議室。

「ふふふ」

 竹宮は不敵な笑みを浮かべる。

「なんと言うか、すごいなお前の教え子は」

「生で見ると、ほんま恐ろしいやっちゃな」

 雹丸と崩巌は目を丸くして岸田に話し掛ける。

「ああ」

 岸田は悲しそうに返した。

「次は圧縮率を測定する」

 砂田が次の項目を指示する。

「はい」

 マオは返事をして日本刀を創造した。

「18%」

 砂田が結果を告げる。

「本当に20%以下だ」

「これでどうやって夢獣(ピエロ)を倒したのか?」

「ますます興味深い」

 また室内が騒めく。


「ここで2つの可能性があります」

 砂田が大きな声で話すと全員の視線は砂田に集まる。

「話せ」

 竹宮が冷たい声で話す。

「現在の瑠垣マオの圧縮率ではランクCを一撃で倒す事は理論上不可能です。考えられる可能性は瑠垣マオの筋力が著しく強いか、彼に使用率が存在するかのどちらかです」


 !??!!


 砂田の発言に室内が騒々しくなる。

「そんなバカな! 人間には使用率が存在しませんよ」

「彼は筋力だけで夢獣(ピエロ)を倒せるほどの身体つきに見えない」

「まともな考えではない!」

 口々に意見を述べる構成員たち。

「黙れ、では君たちは彼の創造スピードを説明できるのか? まずは砂田君の実験を見てみたい」

 竹宮の一言で静かになる会議室。

(実験だと? こいつは瑠垣の事を何だと思ってるんだ?)

 岸田はまた竹宮を睨む。


「では、まず筋力の可能性を……崩巌司書長」

「ウチ?」

 砂田に呼ばれた崩巌は、やる気のなさそうに前に出る。

「瑠垣君と崩巌司書長には武器なしの組手をしていただきます」

「はあ?」

 目が点になる崩巌。

「たしかに崩巌司書長なら適人だ」

「ああ、夢図書館最強の格闘家だからな」

「これなら、瑠垣の力量を測れる」

 砂田の意見に賛同する構成員たち。

「やれ」

 竹宮が口を開く。


「はぁーぁ、しゃーないなぁ〜」

 諦めたようにため息を吐く崩巌。

「よろしくお願いします」

「ほな、気いつけてなぁ」

 マオと崩巌が向かい合い言葉を交わした瞬間。

「!?く」

 マオの頭を目掛けて崩巌の左回し蹴りが空を切る。

「ほぉ〜 避けたなぁ〜」

 驚く崩巌。

「ほな」

 すかさず崩巌は右手で正拳突きをするがマオはそれを避ける。

(速い、これが司書長クラス)

 マオは後方へ距離を取る。


(すごいな、あの子。崩巌の攻撃を初見で避けた)

 雹丸がマオの身のこなしに驚く。


「やめたわぁ、本気でいったる」

 崩巌の目つきが変わり膝を少し曲げる。

「!?!!」

 崩巌は先ほどとは比べ物にならない速さで右回し蹴りを放つ、マオはギリギリで避ける。

「まだまだ、いくでぇ!」

 崩巌は間髪入れずに右足でかかと落としを仕掛ける。

「くっ」

(すごい、(かわ)すので精一杯だ)

 崩巌の右足はマオの髪をかすめる。


「ほお、あの崩巌の足技を」

「あの数の夢獣(ピエロ)を倒しただけの事はある」

 驚く構成員たち。

「くふふふ」

 竹宮はマオを見て不気味に笑う。


 その後も崩巌は圧倒的な速さで攻撃を続ける。

「避けるのは、ほんまにうまいなぁ〜」

 マオは紙一重で(かわ)していた。

「隙ありや!」

 マオの腹部に崩巌の右回し蹴りめり込む。

「ぐっふ」

 マオは呼吸ができない苦しさで膝をつく。

「ほな、さいならぁ」

 マオの顔面を狙って飛んでくる右足。

(まだだ)

 無我夢中のマオは低い姿勢のまま崩巌の懐に入り左ストレートを放つ。


 マオの左ストレートは崩巌の顔面を捉えたが崩巌は一歩も動かなかった。

「ほお」

 竹宮が思わず口を開く。


「ぶっふ! ふはははは」

 崩巌が急に大笑いをする。

「すみません」

 我に返ったマオが慌てて謝る。

「ええんよ、久々やなぁ、まともにパンチもろうたわ〜」

 崩巌は笑みを浮かべたままだった。

「気に入ったぁ! ウチの弟子になりぃ」

「え?」

 急に弟子の勧誘をされたマオは目を丸くする。


「下がれ崩巌、結果は見ての通り瑠垣マオは筋力だけでランクCを倒す事は不可能だ」

「え〜 ちょっと待ってぇな」

 勧誘を竹宮に邪魔された崩巌が言い返す。

「下がれ」

 竹宮は崩巌をギロリと睨みつける。

「すんません」

 崩巌が渋々下がる。


「では続いて、使用率の測定に入ります」

 砂田の一言で室内の注目は再びマオに集まる。

「では武器を創造してください」

 砂田の指示でマオは左腕にロングブレードを創造した。

「使用率の測定は瑠垣君に、これを切ってもらいます」

 砂田は透明度の高い水晶のようなもので出来た細長い棒を取り出した。

「昨日、相川ユウキが創造した檻の一部です。これなら強度も問題ありません……雹丸司書長」

「今度は俺か?」

 砂田に呼ばれた雹丸は前に出る。

「雹丸司書長がこの結晶で出来た棒を持ち、瑠垣君はそれに攻撃をする。簡単な方法です」

 砂田は測定方法を説明する。

「わかった」

 雹丸は頷いた。

「お願いします」

 マオは雹丸に一礼をしてロングブレードを構えた。

「遠慮はいらないからね! 思いっきりだよ!」

 笑顔で雹丸が棒を両手で構える。

「いきます」

 マオが左手のロングブレードを振り下ろす。


 棒と接触した瞬間、高い音を立ててロングブレードが砕け散った。

「おお?!」

 雹丸は予想以上の衝撃に驚き尻餅をつく。

(なんだ今の攻撃の重さは? 崩巌を殴った時には、それほど力は強いとは思えなかったが)

 笑顔だった雹丸の表情は真顔になっていた。


「使用率25%」

 棒読みの砂田が結果を告げる。

「はぁあ? 25%?」

「本当に人間が使用率を持っているなんて」

 今日1番の騒がしさに見舞われる会議室。


(瑠垣の使用率が上がっている? 何故だ?)

 岸田は目を細める。


 騒がしい室内で座っていた竹宮が立ち上がって拍手をしていた。

「素晴らしい! 素晴らしいよ瑠垣君!」

 竹宮の行動に静まり返る会議室。


「瑠垣君、君を本日付けで司書に飛び級させたと思う、異論のある者はいるか?」

 竹宮の問いかけに沈黙を保つ会議室。

「決まりだ、それから」

「すみません、少し待って下さい」

 竹宮の話の途中でマオが口を開く。

「どうした? 何か不満でも?」

 竹宮が不思議そうな顔をする。

「少し考える時間を頂いても、よろしいですか?」

「何故だ? 何故に戸惑う? 君は司書になりたくて夢図書館高等専門学校(ここ)に入学したのだろう? このチャンスに何故悩む?」

 張り詰めた表情のマオに少し不機嫌そうな竹宮。


「少しは瑠垣の気持ちも考えろ! 昨日親友を失ったばかりだぞ!!」

 岸田が怒号をあげる。

「貴様ーーぁ、口の利き方に気をつけろ岸田!!」

 竹宮は後方にいる岸田の方を振り向き激怒する。

「副総館長、少し」

「なんだ!!」

 男性構成員が耳打ちをすると竹宮は周囲を見渡す。

「うう」

 周囲の構成員たちは竹宮の強引な言動を冷めた目で見ていた。

「ここは少し待った方が良いと思います」

 再度、耳打ちをする男性構成員。

「仕方ない1日だけ待つ、明日の17時までに答えを出せ瑠垣マオ!」

 周囲の冷たい視線に焦った竹宮は譲歩した。

「ありがとうございます。すみません、1つお願いをしてもいいですか?」

 マオは一礼し、お礼を言うと1つ要求をした。




 16時20分


 自室に戻ったマオはそのままベットに倒れ込み、昨日からの疲労のせいか一瞬で眠りについた。


 ♬〜♬〜


 暗く静かな部屋でマオの携帯電話がメールの受信を知らせた。

「うぅーん。誰?」

 眠気まなこのマオは携帯電話を確認する。

(晋二?)

 送り主は晋二で文面はたった1行だった。


 ユウキが目を覚ました。


「えっ!?」

 マオはテーブルに置いたある物をポケットにしまうと急いで校舎の保健室へ走った。


「はぁはぁはぁ」

 息を切らせながらマオは保健室に到着する。

「ユウキ?」

 声が大きくならないように注意してマオは保健室へ入った。

「ああ……」

 保健室には上半身が裸で女性構成員にタオルで体を拭いてもらっているユウキがいた。

「……ノックして」

 真っ白い肌、小さい胸を隠しながらユウキが小さく呟く。


 状況は側から見れば半裸の少女を襲おうとする息の荒いコスプレ男子。


「いつまで見ているのかな〜?」

 不機嫌そうな女性構成員がマオを睨む。

「すっすみませんでしたーー」

 マオは電光石火の速さで廊下に出た。


「おまたせ、変態さん!」

「すみません」

 15分ぐらいして女性構成員が部屋から出ると、マオは急いで中に入った。


「さっきは、ごめん」

 マオは勢いよく頭を下げる。

「……別にいい、ここ座って」

 ピンク色のパジャマに着替えたユウキがベットの隣に置いてある椅子を指差した。

「ありがとう」

 マオが椅子に座る。

「あれ、晋二は?」

 マオはユウキが目覚めた事を知らせてくれた晋二がいない事を不思議に思った。

「……コンビニに行くって出て行った」

 無表情のユウキが答える。

「そっか」

(晋二のやつユウキにお菓子を買ってくるつもりか、だけどコンビニのある学生寮ですれ違わなかったな)

 保健室は沈黙する。


「……遥は?」

 沈黙を切り裂くようにユウキは遥の事を聞く。

「!? 昨日、遥と正輝は亡くなったよ」

 マオは(うつむ)いて答える。

「……そう…」

 マオの弱々しい声にユウキも下を向く。

「そうだこれ、遥の通学カバンに付いてたの、今日お願いしてもらってきた」

 マオは任務服のポケットからテディベアのストラップを出してユウキに手渡した。

「……スフィーちゃん………」

 ユウキはストラップを見て声を震わせる。


 初めてマオたちと遊びに行った日、ボーリングの景品でもらった遥とお揃いのストラップ。


「うっうう。はるか、ふっううう、はるか、はるかぁ」

 ユウキはボロボロと涙を流し泣き始める。

「ごめん、俺もう行く」

(しまった、今渡すべきでは)

 マオは後悔して保健室から出ようとする。


「ううっう……待って………」

 涙声のユウキはマオを止めた。

「…………」

 マオは無言で椅子に座り直しユウキが落ち着くのを待った。


「……聞いてほしい事があるの…」

 泣き止んだユウキは、いつもとは違う優しい口調で口を開いた。

「うん」

 マオは頷いた。

「……昔ね…初めて私の友達になってくれた人がいたの……」

「うん」

「……4歳で結晶の創造をした私は夢図書館に閉じ込められたの……」

「え?」

 マオはユウキの言葉に驚く。

「……うんん、あの時の私は閉じ込められたと思ったのか……構成員のみんなは任務や研究で忙しいし、私はママがいないし……パパは相手してくれないし…私はいつも1人だった……そんな中、声を掛けてくれた人がいるの」

「うん」

「……五島ごとう麗花れいかって知ってる?」

「知ってるよ。すごい有名人だからね」

 ユウキの質問にマオは冷静に答える。



 ―――五島麗花 故人 日本で2人目に確認された結晶タイプ ―――



「……その頃の私は特別な力なんていらない……テレビで見るような普通の家族みたいに過ごしたいと思っていたから、結晶タイプの才能が恨めしく思えて……自分が大嫌いで……そんな時に麗花は私にこう言ったの」


 12年前

「ね、見てユウキちゃん! ほら、綺麗でしょ〜」

 綺麗な黒髪のロングで胸の大きい、司書長の制服姿の女性が両手の中に透明度の高く宝石のように輝く結晶で出来た丸い石をユウキに見せた。


「わぁー きれーーぃ」

 白いワンピース姿の幼いユウキは自分の目線までしゃがんで両手を広げる女性に笑顔を見せる。

「笑うと可愛いなぁ〜もう! ユウキちゃんはコレと同じ事ができるのよ!」

「えー ほんとうに?」

 笑顔で話す女性に疑問を投げかけるユウキ。

「練習すればね! 今度お姉ちゃんとやってみよう!」

「うん!」



「……それから麗花と仲良くなるまでに時間は掛からなかった……麗花は任務から帰って来ると、いつも私の相手をしてくれて……でもそれは長くは続かなかった」

 ユウキの声は暗いトーンになった。

「……任務中の事故で原因は不明……次の長期休暇に私と一緒に出かける約束をして、帰ってきた麗花は冷たく動かなかった……」

 ユウキは膝下に乗せた自分の両手を見つめながら話した。

「……」

 マオは何も言い返せずユウキの顔を見た。

「……なんで、私が大切だと思えば思うほどみんな離れて行っちゃうのかな?」

 ユウキは少し声を震わせながら感情を吐露する。

「ユウキ、なんで今その話を? そんな話しは辛過ぎるよ……」

 話の意図が見えないマオはユウキに質問する。

「……だってマオが辛そうな顔をしているから」

「え?」

 マオは予想外のユウキの返事に驚く。

「……私、麗花がいなくなった時に涙が出なかった。人って本当に辛くて辛くて、どうしようもないぐらい悲しい事があると涙が出ない……マオは今そんな顔をしている」

「はっ!?」

(自分も辛いはずなのに、思い出したくもないのに)

 友達の死に直面し倒れるほど傷ついたユウキが、過去の心の傷を開いてまでマオを心配した。


 その優しさにマオの頭の中では昨年、邪魔者扱いされていたクラスの中で唯一優しく接してくれた正輝と遥の事がフラッシュバックする。


「お〜い、新刊買ってきたぜ! 読も!」

(正輝……)


「おい、見ろよこの写真! この壁全部が漫画だぜ〜 夏休み行くか! 店の名前は漫太郎?」

(正輝……)


「おいこれって、ビルの間に家が……マオお前、先入れよ! なんか怖いぞこの店」

「いらっしゃいませ〜 って正輝?」

「遥、お前そんな格好で何やってんだよ?」

「こっちの人は、たしか?」

「瑠垣マオ! 俺の友達だ!!」

「マオ君ね! 私は遥、よろしく! あとバイトの事は秘密にして下さい、お願いします」

(正輝……遥……)


「よ〜し! マオ、遥! 春休みの予定を作ったぞ〜 これで遊び倒すぞ!! おお!」

「おお! ってほら、マオくんも一緒に!! おおーー!」

「おっおお〜」

(まさき……はるか……)


「やっべ〜 宿題忘れてたーーぁ! タイムリミットは残り19時間!!」

「も〜ぉ、正輝のバカーーぁ、なんで宿題忘れて予定立てるの!! ほら、マオくんからも何か言ってよ」

「ふっあははははは」

「もうなんでマオくん笑ってるの! あはははは! マオくんの顔面白い!」

「本当だマオの顔が、ぶははははは」


「うううっく、まさき。うぐうっっ、はるか。ううぐううく」

 マオは2人の名前を呼びながら静かに涙を流した。

「……辛い時には泣いてもいいんだよ。1人でずっと我慢してたんだよね」

 ユウキも目に涙を溜めながら下を向いて泣くマオの頭を優しく撫でた。

「くうううっぐ、まさきぃはるかぁ」

 マオはユウキの布団に(ひたい)をつけて泣き崩れた。


「ぐっっうう」

 暗い廊下、保健室の扉の横で壁にもたれかかり晋二は右手で目を覆い隠し声を殺して泣いていた。


 しばらくして落ち着いたマオは何かを決心したような強い顔つきになる。

「ユウキ、俺は司書になるよ」

「……うん」

 マオの言葉の意味が理解できたユウキは笑顔で頷いた。



「お待たせユウキ、プリンとケーキ買ってきたよ〜」

 目をパンパンに腫らした晋二が元気に部屋に入る。

「……五木、遅い」

 ちょっと不機嫌そうなユウキ。

「ごめんごめん! ちょっと隣町のコンビニまで行っててね! キャンペーンのシールを集めてるんだ」

 晋二は笑って自慢気にシールを見せる。

「なんだよそれ」

「……ぷ」

「ふふっ」

 マオは笑いながらツッコミを入れると3人は笑顔になるのだった。

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