役目
短編4つ目です
そこは前後左右上下全てが白い光を淡く放っていました。
発光しているために影が出来ません。
影が出来ないので地に足が着いているのに空中に浮かんでいる様な錯覚に陥ります。
その人は辺りを見渡しています。
なかなかの胆力の持ち主です。
こんな何にもない広さも分からない場所でパニックにもならないのですから。
その人は歩き出しました。
向かう先には白以外の色が見えます。
ここからでは遠すぎて、それが何なのか判断がつきません。
比較対照が無いので、どれだけの距離が有るのかも分かりませ。
此処で立ち尽くしていても仕方無いので、そこへ向かうのは懸命な判断だと思います。
どれだけ歩いたでしょうか。
一向にそこに近付いている気がしません。
そもそも白一色の空間です。
自分が進んでいるのかも疑問に思ってしまいそうです。
更に歩き続け、それが何なのか判別のつく距離まで来ました。
それはテーブルの様です。
そしてテーブルに添え置かれている椅子には誰か座って居ます。
テーブルに近付いていみると、人影は少女でした。
「ここにお客様なんて珍しいわね」
「・・・・・・・?」
「ここ?ここは虚無よ」
「・・?」
おや?
少女の声しか聞こえません。
ここまで歩いて来たこの人も確かに喋っています。
しかし声が聞こえません。
どうなっているのでしょうか。
「そう、虚無。全てが生まれ全てが帰って来る所」
「・・」
「ところで、あなたの名前は何て言うの?」
「・・***・」
「そう、***って言うのね。それは本当にあなたの名前なの?」
「・?・・・・・」
「本当に本当?ここに来る時に誰かに別の名前を付けられたりしなかった?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「あなたがそう思い込んでるだけじゃないの」
「・・・・・・・」
「何で言い切れるの?ここに来るまでずっと意識はあったの?」
「・・・・・・・・・・・」
「ここは虚無よ。あなたは元居た所で消滅して此処へ来たのかも知れないのよ?それでも自信を持って言えるの?」
「・・?・・・・・・・・・・・・」
「そう」
「・・・・・・・・・・・・・・?」
「私?私はここが出来た時からここに居るは」
「・・・・・・・・・?」
「私はね、ここで生まれた物を見送り、ここに帰って来た物を迎えるのが役目なのよ。それと・・・」
「・・・?」
「形が在るままに返って来たものの処遇を決めるのも役目よ」
「・・・・・・・・?」
「そう・・・あなたの処遇も決めなければならないのよ」
「・・・・・・・?」
少女は問い掛けに即答はせずにジッとみています。
何を考え込んでいるのでしょうか?
傍目には値踏みをしている様にも見えます。
「ねぇ?もう一度聞くわよ。あなたの名前は***なのね」
「・・・・・・・・?」
「これは凄く重要な事なの。だから答えて、本当の本当に***なのね」
「・・・***・・・・」
「そう・・・そうなのね」
そう言うと少女は俯いてしまいました。
どうしたのでしょうか?
何か問題でもあったのでしょうか?
違いました。
何も問題は無い様です。
少女は俯いて口角を上げてほくそ笑んでいました。
「そうか。・・・なのだな、ならばうぬが真名は妾が貰い受けようぞ。うぬが真名は今この時より妾の物じゃ。うぬはここでの命が尽きるまで妾の僕となりて仕えるのじゃ」
その人は驚愕しました。
そして徐に跪きました。
下僕となった瞬間です。
この人の名前は***ではなかったのでしょうか?
名前は***でした。
生を受け生まれ出た時に親より名付けられた名前でした。
では何故屈伏してしまったのでしょうか?
それは・・・
再三に渡る質問で。
自分の言葉を。
自分の記憶を。
果ては自分の存在に自信が持てなくなっていたのです。
なので少女に真名を奪われたと言う事を本気にしてしまったのでした。
もっと自分を信じる信念が有れば違う結果になった事でしょう。
「そこのあなた?」
!!!!!
私の存在を感知したのでしょうか?
「あなたは私と同種同格みたいね。だからどうする事もできないわね」
間違い有りません。
感知しています。
そして・・・
同種?
同格?
そうなのですか?
「そうだ!ねぇ、あなたの役目は見て回る事でしょう?ならたまにここへ来て見た事の話をしてくれませんこと?新しい下僕も手には入ったしティータイムの用意なら迅速にできましてよ」
私は。
あらゆる世界の。
あらゆる場所の
事象を見て回るのが役目・・・
見た事を話すのは役目ではないのですが・・・
話す相手が居ても良いのではないでしょうか。
「本当?ありがとう。あなたがここで話すのが少しでも楽しくなるように頑張ってみるわね」
私は事象を見て回るのが役目。
世界を渡り。
時間を跨ぎ。
見て回るのが役目。
ここ、虚無で虚無の主に話す時間はタップリとあります。
虚無の主は私の話を聞いて反応を示すでしょうか?
少し楽しみです。
変な会話文になってしまいましたが、一応意図があってこうなりました。