第三章【後】
「「「キャー!!」」」
「……知愛っ!」
周囲からの悲鳴と、駆けつけた豪の声が聞こえた。
そんな中、知愛もまた前へと出て――少女の攻撃を流しつつ腕をねじ上げ、取り出したボールペンを喉元へと突きつけた。
「これくらいのことで、刃物なんて持ち出しちゃ駄目ですよ」
「は、はいっ」
「私なんかに構ってないで、ご……天海君にアタックして下さい。そしたらちゃんと、応えてくれますよ」
相手がカッターを離したところで、知愛はボールペンを引いた。
そして、思いがけない展開に立ち尽くす豪に向かって「ね?」と笑顔を向けたのだった。
※
知愛の持っていたのは、普通のボールペンだった。猫のキャラクターがついたファンシーな物で、本来なら凶器になどならない。
しかし、頸動脈や目を狙えば十分、相手を倒せる。
手荷物検査もOKだと、ファーザーから渡されていたが――まさか転入早々、使うことになるとは思わなかった。
「お前、さっきの……」
「……えっ?」
日本の学校も油断ならない、とズレた感想を抱いていた知愛に、豪が声をかけてくる。
(お祖父さん、教えてないんでしょうか?)
だとしたら、自分が元傭兵だと言うことは黙っていよう。そう思った知愛は、にっこり笑って口を開いた。
「何ですか?」
「お前、俺の何を知ってるんだよ……あんな安請け合い、しやがって」
けれど、続けられた言葉は予想とは異なっていた。
おかげで最初、意味が解らなかったが少し考えて先程、ツインテールの少女に知愛が言ったことだと気づく。
「何勘違いしてるのか知らねぇけど、俺は」
「ご……天海君は良い人です」
「あぁ?」
「だって、私を助けに来てくれたじゃないですか」
そう言うと知愛は、ごまかす為ではなく感謝を込めて笑った。
そんな彼女に目を見張り、顔をしかめると――豪は知愛の髪の毛を、グシャグシャと乱暴に撫でた。
「天海君!?」
「聞こえねぇな。豪って呼べって言っただろ?」
「だ、だって、ファンクラブの皆さんが気にしますっ」
……撫でてみると、知愛の頭は見た目同様に小さかった。
だが、ツヤツヤした黒髪は手触りが良く、しばらく触り心地を堪能した後、豪は言った。
「豪って呼べよ……俺が、そう呼んで欲しいんだ」
彼の言葉に、知愛が普段以上に目を真ん丸くした。確かに我ながら、らしくない台詞である。
……だが、認めよう。
腹が立ったのは、気になったから。そして気になったのは、好きになったから。
この真っ直な眼差しや、媚びない態度に惹かれていたが――とどめは、先程の知愛の言葉だった。
「好きだから、こその不安なんでしょうけど……好きなら尚更、相手のことを信じなくては」
それは、豪の母親がよく口にしていた言葉と同じだったのだ。
「好きな人のことを、信じなくてどうするの?」
「信じられる人だから、好きになったのよ」
父の愛人だった母。
いつもそう言って笑っていた母は、本妻に息子がいない父に豪を預けて姿を消した。
……けれど、父は母がどこに行ったのかを教えてくれない。
だから、豪は約束したのだ――政治家となり、父の跡を継いだら母の行方を教えて貰うと。
その第一歩としてこの学校の生徒会長になり、学年首席をキープした。おかげで女には不自由しなかったが、母のように豪自身を見てくれる者はいなかった。
そんな中、豪は父から今回の許婚の話を聞かされた。
約束を果たすまでは父に逆らえないし、どうせ女なんて誰でも同じだと思ったから引き受けた――けれど。
「今は、信じただけで許してやる……いつか絶対、惚れさせてやるよ」
「……豪、君?」
許婚だからではなく、知愛だから――そう宣言した豪は、呼び方を戻した少女にニッと唇の端を上げた。




