第十三章【前】
同年代の子供より、多少は力を持っているのだろうが――それでも、攫わせたのは圭威にとっては『ただのガキ』だ。
(見た目だけだと、知愛の方が小さいし弱いけどな?)
だが、彼女はこんなガキとは違う。そもそも攫われないだろうが、仮に何かあっても戦う意志も術もある。
……そう、知愛は自分と『同じ』存在なのだから。
「圭威さん、そんな言い方はやめて下さい」
そう思っていたら、当の本人の声がした。我知らず、頬を緩めながら顔を上げると――その視線の先には知愛と、戦場でいつも番犬のように付き従っている、黒髪の男がいた。
「知愛? 一人で来るように、言ったよな?」
「申し訳ありません……ですが、ルーが手を出さなければ同じですよね?」
「確かにな」
悪びれずそう言うと、知愛は傍らの男に目を向けた。瞬間、灰色の目でひどく忌々しそうに睨まれるが――それは無視して、知愛に頷いてみせる。
「……バレても、良いのか?」
「バレないと、そもそも助けに来られません」
「ハッ!」
我ながら意地の悪い圭威の質問に、知愛はキッパリと答えてナイフを構えた。そして、攫ってきた子供が息を呑むのに、目を上げて。
「豪君、心配してくれてありがとうございます……あなたは、私が助けます」
そう言って、微笑みかけると――刹那、その笑みを消して再び圭威へと向き直った。
圭威は知愛に合わせるのに、腰のナイフを抜いて構えた。
そして一歩踏み出して、ルーと呼ばれた男が銃口をこちらに向けるのではなく、攫ってきた子供へと駆け出すのを見てたまらず笑いが出た。
「……ハハッ!」
笑いながら知愛へと突進し、振り上げたナイフの刃を一気に降ろす。
自重でより重くなったそれを知愛は腰を落とし、左手でさばいたかと思うと右手のナイフで突き上げてきた。
その反撃を体をひねってかわしつつ、蹴りをくり出す。
それを知愛もまた、振り上げた左足で受けて――身長や体格差をスピードや反射神経で補い、自分と互角に戦う少女に圭威は口を開いた。
「安心した……鈍って(なまって)たら、どうしてやろうかと思ってた」
ナイフファイトと言うが、フィクションのようにナイフ『だけ』で戦うものではない。現実では今の彼らのように、ナイフの持ち手以外の手足を攻防の中で使っていく。
「戦場に行かなくても、鍛練は出来ます」
「逆だろう? 鍛練をしないと、不安でたまらなくなるんだ。戦場に戻りたくて」
「いいえ?」
均衡を維持したまま、むしろ不思議そうに答えを返してきた知愛に、思わず笑みがこぼれた。確かに自分も、彼女がそんなタイプだとは思っていない。
「残念だな……いっそ、それくらい壊れていたら良かったのに」
「圭威さん?」
「戦場でしか、生きられなければ良かったのに」
そう思ってしまうくらい、この少女の戦う姿は美しいのだ――圭威が、わざわざこんな島国にまで乗り込むくらいに。
指示を出し、兵士達の救いになる声だけではない。彼女はこうして、テロリストである自分とも互角に戦える。まあ、そもそも圭威は弱いものには全く魅力を感じないのだが。
(気に入ったのは、尾灯親子くらいだ)
あいにく、知愛の義父である尾灯は亡くなってしまったが――だからこそ尚のこと、この少女まで失いたくない。
「……じゃあ、圭威さんはこうしてまた、私と戦えれば満足ですか?」
「っ!」
「おいっ」
『チア!?』
望んだ言葉が引き出せたのに、圭威はたまらず口の端を上げた。誘拐したガキと知愛の犬が制止の声を上げたが、知ったことか。
「お前が、俺と一緒に来るのが一番だが……まあ、そうだな」
「待てよ、知愛っ」
『誰が行かせるか!』
「豪君、ルー」
圭威の言葉にいきり立つ二人を、今度は知愛が止める。それから、大きな黒い瞳で圭威を見つめて知愛は続けた。
「ただし、もう豪君達を巻き込まないで下さい……今度したら、私は二度とあなたとは戦わない。いえ、物理的に戦えないようにします」
「……知愛?」
「死ぬことは出来ませんが……両目が見えなくなれば、戦場には戻れませんよね?」
「「「っ!?」」」
淡々と言われた内容に、その場に居合わせた者達――不覚にも圭威自身も、絶句した。




