第一章【後】
「真紀のことだ、お前の父親と結婚したことを最後まで後悔してなかったろう」
「……はい」
源蔵と二人きりになり、ソファで向き合いながら言われたことに、知愛は頷いた。
看護師だった母は、医者だった父と共に海外に行き、医療ボランティアをしていた。祖父の元にいれば、何不自由なく暮らせただろうが――母は、いつも笑っていた。
子供である知愛の前だからではなく、本当に幸せだったからだと思う。愛する家族と過ごし、仕事面でも充実していたのだから。
「だが、わしはずっと後悔していた」
しかし祖父の言葉に、知愛はハッと顔を上げた。
そんな彼女を真っ直に見つめて、源蔵は更に続ける。
「もっと、真紀を幸せに出来る男がいたんじゃないか……そう思ったから、お前の為に彼らを見つけた。とは言え、選ぶのはお前だがな」
「……いいんですか?」
「真紀そっくりのお前のことだ。無理矢理押し付けたら、家を飛び出すだろう?」
「はい」
即答した知愛に、祖父がやれやれと言うようにため息をついた。そんな源蔵に微笑んで、知愛は口を開いた。
「日本に行って、幸せになれ……そう義父さんに言われた時は、漠然とし過ぎてて途方にくれましたけと。お祖父さんのおかげで、目標が出来ました」
「知愛……」
「ただ、私はともかくあの方々は私でよろしいんでしょうか?」
そう言って、知愛は首を傾げて気になっていたことを口にした。
「父さんと母さんが死んだ後、私は義父さんに……尾灯賢吾に引き取られました」
「あぁ、おかげでお前を探すのに時間がかかった」
悔しそうに言われ、知愛は苦笑した。
確かに、両親が亡くなった時は情報が錯綜していた。その上、いくらその場にいたとは言え、赤の他人に引き取られては――むしろ、よく自分を見つけたと思う。流石、大企業の総裁だ。
「お祖父さんは、私のことを?」
「……こうして会っても、まだ信じられんがな」
「もっとムキムキだと思いましたか?」
そう言って力こぶを作るように腕を曲げると、困ったようにではあるが祖父は笑ってくれた。知愛は小柄な上、なかなか筋肉がつかない質なのだ。
……だが、そんな彼女はこの十年、戦場にいた。
比喩ではなく、傭兵だった義父と共に海外を渡り歩き、戦場を生き延びてきたのである。
※
「いやー、一本取られたねー、豪?」
「うるせぇよ」
からかってくる瑛に、豪は顔を顰めながら答えた。
源蔵と知愛が話している頃、三人は用意された車で帰路に着いていた。と、後部座席で二人に挟まれていた克己が口を開く。
「それにしても……彼女、僕らに対して『普通』なままでしたね」
その言葉に、豪と瑛は言い合いを止めた。
自惚れに聞こえるだろうが、彼らは家柄だけではなく見た目もそれぞれ極上品だ。だから、大抵の相手は赤くなったり緊張したりと、動揺しまくるのである。
「演技かもしれないよ? お嬢様としては、プライドが許さないのかも」
皮肉るように返したのは瑛だった。一見、気さくに『見せている』彼の本音に、克己がやれやれと肩を竦めたその時だ。
「本物か演技か、試してやろうぜ。ちょうど、おあつらえ向きなポジションが空いてるだろ?」
「りょーかい♪」
「解りました」
そう言って、豪が口の端を上げるのに――他の二人は、それぞれ頷いた。




