第十一章【中】
「おい、ファーザー。チアからメールー」
「……どうして彼女は、あなたの携帯にメールを送るんでしょう」
「そりゃあ、日本語だとお前の携帯じゃ文字化けするからだろ?」
メール画面を開いたまま、マークがパソコンに向かっていたファーザーのところに行くと、途端に不機嫌そうな表情が返された。
ファーザーも携帯電話は持っているし、メールも出来る。しかし海外製の携帯電話では当然、半角英数のみの対応なので全角かなの日本語ではうまく表示されないのだ。
ちなみにマークは、ゲームをやりたかったので日本製の携帯電話を持っている。ファーザーやルーも買おうとしたが、知愛に「無駄遣いしちゃ駄目ですよ?」と止められてしまった。
(話せるけど、書けないから練習したいって言ってたからな……本当、チアって真面目だよな)
とは言え、マークには日本語は解らないのでメールが来たらこうして、ファーザーに読んで貰う。手間はかかるが、好きな時にゲームをやりたいので携帯電話を渡す気はない。
「……やはり、気づきましたか」
「えっ?」
「チアからのメールです。『天海総理の狙撃を請け負ったのが誰か、調べて欲しい』と」
「……俺らの、知ってる奴?」
どうやらファーザーがパソコンに向かっていたのは、知愛から連絡が来る前に件の事件を調べていたかららしい。そうなると先程、不機嫌だったのはその結果のせいもあるのだろうか?
ちなみに、マーク達は文字通りの雇われ兵だ。時折、警護を依頼されることはあるが狙撃、あるいは暗殺は基本、受けない。
……だが、命をやり取りする場にいれば『そういう連中』の話を聞いたり、直に接することもあり。
(面倒な奴じゃなけりゃいいけど)
もっとも『職種』的には、爽やか好青年だと逆に怖い。マークの呑気な考えは、けれど次の瞬間に吹き飛んだ。
「『K』ですよ」
「なっ!?」
「……っ」
ファーザーがその名前を口にした途端、マークは絶句し、今までソファで眠っていた筈のルーが飛び起きた。
相変わらずの無言だが、ルーの灰色の目は完全に据わっている。
「……落ち着きなさい、ルー。まだ、チアからは指示が出ていません」
「…………」
「そうだぞ、ルー……とは言え、相手が相手だからな。準備はしておかないと」
ファーザーが制し、マークが宥めたところでルーはコクンと頷いた。
もっとも、それは『了解』の意味ではない。マークが口にした『準備』に対してだ。現にルーはソファから起き上がり、このマンションの部屋を買った時に用意した『武器庫』へと歩いて行った。
「あー……まぁ、相手はあの『死に神』だからな」
「私の落ち度です。国の代表とは言え、個人相手なのでノーマークでした……あのガキ共の平和ボケを、笑えませんね」
「ファーザーのせいじゃねぇよ。確かに、普通ならあいつが受ける仕事じゃない」
K――本名は、良知圭威と言う。日系ではなく日本人である彼は、けれどロンリーウルフ(個人のテロリスト)として有名だった。
そんな彼の『活動』をチアの義父である尾灯が、そして知愛自身が阻止したことがあった。
それ以来、Kは尾灯父子に執着を見せるようになった。厄介なのは他の者達のように改心するのではなく、逆に何かにつけて二人を引き込もうと絡んでくるようになったのである。ルーが敵視するのはその為だ。
……今回も、おそらくチアがいるからこそ日本までやって来たのだろう。
声に出さなかった続きは、けれどファーザーも同様だったのだろう。無言で頷くと、彼はマークの携帯電話でチアへの返信を打ち出した。
そんな仲間達の反応に、一つ息を吐くと――マークはおもむろにトレーナーを脱ぎ、いつでも出られるよう着替え出した。
※
「狙撃とか、親父、よっぽど恨まれてるんだな」
「総理は、この国の為に」
「解ってるって。少なくとも、矢萩さんには好かれてるしな」
……自宅に向かう車の、後部座席で。
ポツリ、と呟いたら途端に運転手――矢萩から、反論が返された。長年父に仕えており、豪のことも慈しんでくれている男だ。下手に逆らう気はないので、豪は笑って話を切り上げた。
「だけど矢萩さん、親父のとこに行かなくて良いのか?」
「総理は、安全なところにおられます。今は、運転手である私は必要あり……」
答える言葉が、途中で不自然に途切れた。
「矢萩さん?」
「……坊ちゃま」
返された声音も、硬い。そこで、豪もようやく異変に気づいた。
いつの間にか、彼らの乗る車はトラックに両側と背後を挟まれていた。
逃げようにも、前方から下がってきたトラックに阻まれてしまい。ブレーキをかけるしかなかった車に、屈強な男達――しかも、日本人ではなく外国人――が近づいてくる。
「坊ちゃま……お逃げ下さい!」
そう叫ぶと、矢萩は運転席から飛び出して男達へと突進した。
悔しいが、矢萩の行動を無駄にする訳にはいかない。そう思い、後部座席から飛び出した豪だったが、すぐに背後から腕を掴まれてしまった。
「触るなっ」
振り向き様に相手を殴ろうとするが、豪の拳はあっさりとかわされてしまう。
『はい、残念』
「……っ!」
『行くぞ。Kが待ってる』
刹那、鳩尾に拳を打ち込まれ、目の前が真っ暗になった豪の頭の上で、英語で笑いながらの会話が交わされる。
意識を手放す瞬間、最後に豪が見たのは地面に転がる矢萩の姿だった。




