第十一章【前】
……現総理大臣・天海勇治が、狙撃された。
幸い弾は外れたか、それは彼が賛同した他国への経済制裁に対する脅迫、あるいは報復と思われた。
「某国からの圧力か」
「国内の過激派では?」
賛同したこと自体は、以前からニュースで流れていたが――皮肉にも、その一発の銃弾により人々の注目を集めることになった。
……この時はまだ、誰も気づいていなかった。
国の代表に対する狙撃が、単なる『陽動』だったと言うことに。
「結局は『風が吹けば、桶屋が儲かる』だけど……どうせなら『バタフライエフェクト』の方が良いよな?」
『マスター?』
後部座席で、笑いながらそんなことを呟いた男に、運転をしていた黒人の男が声をかけた。日本語が解らない彼に聞き取れたのは『バタフライエフェクト』だけだ。
『んっ? あぁ、日本にも似たような意味のことわざがあるって話だよ、マックス』
そんな男――マックスに、今度は流暢な英語で男が説明する。
こちらの男は、顔の彫りこそ深いが日本人だ。二十歳後半に見えるが、実際は二十歳のマックスより二十歳近く上である。
癖のある黒髪。大きな黒い瞳が、バックミラー越しにマックスを見つめてきた。
『蝶は、日本語でオケヤと言うんですか?』
『ハハッ! 違う違う、蝶は『チョウ』。そして『オケヤ』は……』
そしてマックスの言葉に笑いながら、マスターは蝶についてと『オケヤ』の意味を話し出し。マックスは、その楽しげな声に耳を傾けながら目的地に向かって車を走らせた。
……これから、彼らには次の『仕事』が待っているのだ。
※
「あっ君!」
いつものように緊張感のない呼び方をし、けれどいつもとは違う硬い表情でSクラスに担任である唯が飛び込んできた。
「大変だよ、お父さんが狙撃されたって……今、部下の人が迎えに来たよ」
「……親父が?」
思いがけない言葉に青ざめるが、動揺は一瞬だった。席から立ち上がり、落ち着いた様子で帰り支度を始める。
「直接、電話が来ていないところを見ると無事なんですよね」
「えっ? うん。車を降りたところで撃たれたけど幸い、外れて車の窓ガラスが割れただけって……」
「じゃあ、万が一を考えての自宅待機ってとこか……悪い、そんな訳だから早退する。しばらく休むかもしれねぇわ」
唯に、そして知愛達にそう言うと豪はSクラスを出て行った。
そんな彼を、三人はしばし無言で見送ったが――やがて、瑛が我に返ったようにスマートフォンを取り出した。
「わ、もうネットニュースに載ってるや……某国からの警告かとか、不謹慎だけど映画みたいだよねー」
「確かに、銃の絡む事件って暴力団の抗争とかくらいですよね」
瑛と克己の言葉に、知愛はふと引っかかった。銃を法律で規制されている日本らしいと言えば、それまでだが。
(外したのなら国内の過激派か、最初から警告目的かと思いましたけど)
噂になっている某国、つまり他国の狙撃手のミスだとは思えなかった。相手は総理大臣である。銃に縁のないこの国ではだからこそ用心する為、失敗しては二度とチャンスは巡って来ないだろう。
しかし今日のような晴天の中、失敗するような腕しか持たない国内の過激派なら、むしろすぐに捕まっているだろうし。
警告目的ならこんな昼間ではなく朝か夜、そして自宅など比較的人気のない条件で行うのではないだろうか? すぐに、こうして騒ぎになるのだ。これでは「脅迫に屈するのか」と横槍が入るだろう。
(どうもチグハグ、なんですよね)
気にしすぎかと思いつつも、知愛は鞄から携帯電話を取り出した。
そしてメールを打つと、それをマークへと送信した。




