第十章【前】
「あーやのツンデレに気づくなんて君、すごいね」
「「「っ!?」」」
不意に割り込んできた声に、三人は驚いて振り向いた。そして視線の先、声の主に目をやった。
(……あら?)
そこに立っていた少年を見て、知愛が最初に思ったのは「克己に似ている」と言うことだった。克己より少し背は低いが色素の薄い髪や目、そして顔立ちが本当によく似ている。
(お兄さん、でしょうか……いえ、確か克己君にはお姉さんしかいないって)
しかし、他人と言うには似すぎている。従兄だろうか、と知愛が首を傾げていると。
「姉さんっ!」
「律……どうして、ここに!?」
克己と彩乃が言ったのに、知愛は大きく目を見開いた。確かに細身で、声も高いけれど――申し訳ないが、姉だと聞いても美少年にしか見えない。
(お姉さん……お兄さんじゃなくて?)
そして疑問のまま、ジッと見つめる知愛を克己の姉・律は面白がるように見つめ返した。
「面白いね。あーやのツンデレは気づいたのに、私の性別には気づかないんだ?」
「姉さん、知愛さんはオモチャじゃありませんよ?」
「それよりまず、ツンデレを連呼しないで頂戴」
それぞれ好きなことを言う三人に、知愛は小首を傾げた。それから『この三人は目立ちすぎる』と結論を出した――すっかり、自分のことは棚に上げている。
「……あの、よければ場所を変えませんか?」
知愛の提案により、四人は屋上へとやって来た。それから扉を閉じたところで、まず彩乃が口を開いた。
「律? 今日は来ないって、言ってたわよね? 嘘だったの?」
「そう言ったらあーや、安心して来られるだろう? おかげでバイオリンも聞けたし、大成功♪」
「……もう、仕方ないわね」
全く悪びれていない相手に、彩乃はそれ以上は咎めなかった。成程、昔、マークに教えて貰った通りの『ツンデレ』だ、と知愛は妙な感心をした。
そんな中、彩乃が顔を上げた。考えていたことが顔に出たかと思った知愛だったが。彩乃が見たのは知愛ではなく、克己だった。
「……去年、父の会社が倒産しそうになったの」
「えっ?」
「外国の会社と合併して、何とか持ち直したけど。祖父は会長職から辞任したし、私は相手会社の息子と結婚することになったわ」
「なっ……彩乃さん!?」
「合意の上よ。嫌いな奴になんて指一本、触れられたくないわ」
あっさりととんでもないことを言われたのに驚き、咄嗟に詰め寄ろうとした克己を、凛とした声で制した。
……だが、その刹那。
不意にその眼差しが、ふ、と揺れた。
「わたしは運が良かったの。でも、あなたは? 家の後ろ盾を無くして、自分から苦労するなんて……そんな必要、ないのに」
「……彩乃さん」
「あなたは私にとって、本当の弟みたいに可愛くて。ずっと、笑っていて欲しかった……だからあの時、あなたを止めたことは後悔してない」
そこで、けど、と彩乃は言葉を続けた。
「あなたの笑顔を見られなくなったのは、少し堪えたわ……ねぇ、あの娘といたらあなたは笑える?」
「……えぇ。知愛さんは、僕『達』を変えてくれましたから」
「まぁ、女々しいわね。男なら、自分の色に染めなさいよ」
そう言って胸を反らした彩乃に、克己が軽く目を見張って――笑った。
そんな克己の笑顔に、彩乃は眩しそうに目を細めた。
「君のおかげで、あーやも素直になれたよ。ありがとう、知愛ちゃん」
二人のやり取りを見守っていた律が、ぽつりと呟く。
それにいえ、と答えると――二人から目を逸らさないまま、知愛は言葉を続けた。
「律さんは、本当に二人のことが好きなんですね」
好きは、解って――信じていると言い換えることも出来るかもしれない。
親友が弟の進路に口出しをした気持ちも、弟が夢を諦めないことも。理解していたからこそ、律は今のようにずっと二人を見守ってきたのだろう、と。
そう言った知愛に、律は軽く目を見張った。
そしてふ、と微笑むと知愛の頭を優しく撫でた。
「面白いって言うか、すごい娘なんだね。知愛ちゃんは」
……そんな律に、知愛もまた笑みを返した。




