第九章【後】
考えてみれば知愛も、そして彩乃も参加させるくらいである。潤からは、笑顔でのサムズアップが返された。
(ルーも、楽器弾いてないですけど……まあ、弾けませんけど)
そして場の盛り上がりからすると一目瞭然だが一応、念の為、投票の集計が行われている。コンテストの結果が出るまでは、参加者は自由に過ごせるのだが。
『ルー? そろそろ降りてもいいですか?』
『……やだ』
コンテストの後、知愛はファーザーとマークにも会うことが出来た。
克己が気を利かせてくれたので、知愛は三人を連れてSクラスへと戻って来たのだが――ルーが、知愛を膝に乗せたまま離してくれない。
『重いでしょう?』
『ううん、チアは羽根みたいに軽いから』
『相変わらず、チア絡みだと喋るよなー?』
『……全くです。いい加減にしなさい、ルー? チア補充はもう、十分でしょう?』
英語で会話を交わす知愛達を、豪達は少し離れたところから眺めていた。
親の知り合いで、家族同然の付き合いだと聞いている。
しかし、親と言うのには三人とも若い。一番年長者である金髪の男性――ファーザーも、三十路ではなさそうだ。
「何つーか……無駄に、美形揃いだよな?」
「うんうん、あのマークって人はちょっと癒し系だけどー」
「……あの、豪さん達がそれを言っちゃあ」
十分、美形である豪と瑛の棚上げ発言に、克己が困ったように言った――その時である。
「彩乃さん……」
「……おめでとう」
先程同様、唐突にSクラスに現れた彩乃に気づき、知愛が声を上げる。
先程とは異なり、それだけを言うと彩乃は踵を返した。着ていた上着の裾が、その動きに合わせて揺れる。
「待って下さい……っ」
「知愛さん……彩乃さん!」
すると、今までの攻防が嘘のように知愛はルーの膝の上から降り、立ち去る彩乃の後を――そして、そんな彼女の後を克己が追いかけて行った。
「……何でだ?」
「ルーは、チアが本当に望むことは止めません。それくらい、彼はチアを愛しているのです」
いきなり、会話に参加してきた相手――ファーザーに、豪と瑛は目を見張った。
「日本語、話せる……んですか?」
「ああ、私だけですけどね。チアの故郷の言葉ですから」
にこにこ、にこにこ。
ゆるやかに波打つ金髪と緑眼の持ち主が、瑛のぎこちない敬語よりもよっぽど流暢に、日本語を話している。違和感ありまくりだったが、続けられた言葉に豪はつ、と眉を寄せた。
「結果的には良かったですよ。これから日本で暮らすのに、誰も話せないと大変ですから」
「そんなに簡単に日本に来て、仕事は大丈夫なんですか?」
当然の疑問を口にした豪に、けれどファーザーは不思議な反応をした。
軽く目を見開いた後、不意ににっこりと笑ったのだ。
「少し前に、チアから手紙を貰ったんですよ」
「手紙?」
「はい。婚約者が三人出来たと……驚いたが、これでビトーの遺言を果たせると」
そこで一旦、言葉を切ると。
輝くばかりの笑顔のまま、ファーザーは言ったのである。
「冗談じゃないと思いましたよ。チアが決めたのならともかく、何も知らない平和ボケしたガキどもに、彼女をかっ攫われるなんて……それなら、私も遠慮はしません。チアは、私が幸せにします」
『……チアは、俺の』
再び野生の勘が働いたのか、日本語を理解していない筈のルーが、ファーザーの後ろから参加してくる。
『あ、俺は単なる知り合いだからなー。巻き込まないでくれよー』
そしてやはり日本語は解らない筈の、瑛曰く癒し系のマークが笑顔で手を振りながら言う――何と言うか、この手のやり取りに対する慣れを感じた。
(まあ、俺様が惚れるくらいの女だしな)
そう納得をし、豪は本人知らず唇の端を上げる。それは、隣にいた瑛も同様だった。
「臨むところだ」
「俺も、負けないからね」
……こうして、知愛の知らないところで戦いの火蓋は切られたのである。
※
「あ……左京さん!」
「……何よ、謝らせないと気が済まない?」
追いかけてきた知愛に、軽く目を見張り――すぐに眉をひそめ、呆れたように言う。
そんな彩乃に、知愛は首を横に振って見せた。
「違います。むしろ、謝るのは私の方です」
「えっ?」
「知愛さん?」
知愛の言葉に彩乃と、追いついた克己が声を上げる。
「左京さん、申し訳ありません」
「何……」
「私は、傷つけられた克己君側に立ってしか、考えていませんでした」
無自覚に、あるいは悪意を持って人を傷つける相手なら先程、あのような言葉は出ない。たとえ高いプライド故だとしても、だ。
そうすると、今までは解らなかった『答え』が見えた。
「あなたは、傷つけてでも克己君を止めたかった。彼に、苦労をさせたくなかったんですよね?」




