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女神の声  作者: 渡里あずま


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第八章【後】

 ……世の中には、相手とまるで話が通じない場合がある。価値観など、考え方の違いでそのすれ違いは起こる。

 だが、と知愛は思った。

(この人は、違う)

 彩乃は、己の価値観を押しつけている『のではない』。克己が傷つくと理解した上で、言っているのだ。

(ごめんなさい、克己君)

 本来、部外者である知愛がしゃしゃり出る問題ではないのかもしれない。

 しかし、うたた寝の時や屋上での辛そうな表情を見た彼女には、どうしても放っておけなかった。


「ええ、克己君は本当に立派です」


 それ故、知愛は克己の前に出てそう言って――驚く気配を感じながらも、言葉を続けた。


「私『も』彼の夢をお聞きしました……素晴らしいこころざしだと思います。出来る限り、応援するつもりです」


 豪や瑛が、どこまで知っているかは解らない。

 だから、明確には言葉にしなかったが――目の前の相手には、通じたようである。笑みが消えたのが、その証拠だ。

(そうです。その調子で、私に矛先を向けて下さい)

 克己は、将来の夢を口にすることには躊躇したが、夢自体を諦めはしなかった。それこそが、彼が本気である証なのだから――彩乃に、傷つけられる理由はどこにもない。


「……驚いた。克己はまだ、寝ぼけたことを言ってるの? しかもあなたは、それを応援してるですって?」

「はい、その通りです」

「呆れた。これだから、世間知らずは困るわ」


 先程とは違う、明らかに棘のある言葉に豪達が眉を寄せる。

 それらを目線で制し、彩乃に笑いかけると――キッと睨まれ、次いで彼女はその鋭い視線を潤へと向けた。


「さっきの話、乗ってあげる……実行委員さん? あなたはわたしとあの娘を、ミスコンで勝負させたいのよね?」

「……じゃあ」

「審査課題は、いつも通りでしょ? いいわよ、やってあげる……じゃあ、ごきげんよう」


 どうやら彩乃は、ミスコンで知愛を叩きのめすことにしたらしい。不敵な笑みを浮かべ、悠然とした足取りでSクラスを後にした。

(そうなると、私も参加ですか……それにしても)

 そこまで考えて、知愛はふと引っかかった。


「あの……審査課題って、何をするんですか?」


 料理、はお嬢様では必須ではないだろう。そうなると、水着――はないにしても、ドレスアップでもするのだろうか?

 首を傾げた知愛に、潤が予想外の内容を口にした。


「楽器演奏よ、良家の子女の嗜みだからね」

「えっ……」

「さっきの左京さきょうさんは、バイオリンが得意よ。あとはピアノとか、変わり種でお琴とか」


 そこまで答えたところで、今度は潤が首を傾げた。目の前で、知愛が「えっ」と言う口の形のまま固まったからである。


「神崎さん?」

「……ん」

「えっ?」

「私、楽器弾けません」


 ……庶民としては、さほど珍しいことではないのだが。

 次の瞬間、知愛は豪達からひどくギョッとした顔で見られてしまった。



「ごめんなさい、神崎さん……私、気づかないうちにこの学校に毒されてたみたい」

「そんな、謝らないで下さい。確かに祖父はすごいですが、私は単なる一般人なので」


 一同の中で、最初に我に返ったのは潤だった。申し訳なさそうに言われ、知愛は慌てて手を振った。

(射撃や格闘技は習いましたけど、まさかミスコンでは披露出来ませんよね)

 ファーザーに、ピアノを教えて貰えば良かった。そうは思うが、今更後悔しても遅い。


「それに、勝つことが目的ではないので」


 今回、口を出したのもミスコンに参加することにしたのも、彩乃の攻撃の矛先を自分に向けさせる為だ。つまりは、知愛が負ければ全て丸く収まるのである。


「……知愛さん、初めから負けるつもりだったんですか?」


 そんな知愛に、責めるような言葉と眼差しが投げかけられる。

 それが普段、温厚な克己からだったので豪達は驚いたが――知愛は、むしろ笑みすら浮かべて答えを返した。


「つもり、はないですよ。出来る限りは頑張ります。そうじゃないと彼女にも、克己さんにも失礼ですからね」

「知愛さん……」


 克己の表情が和らいだのを見て、知愛は笑みを深める。だが、場こそ和んだがミスコンの問題が解決した訳ではない。


「でも、どうするの知愛ちゃん? まさか、トライアングルって訳にもいかないし」

「……用意、出来なくはないけど」

「お前ら、落ち着け」


 真面目にふざけたことを言う瑛と、生真面目に悩む潤を、たまらず豪がたしなめる。

 一方、笑顔のままの知愛は唇に指を当て、一同に悪戯っぽく言うのだった。


「コンテストでのお楽しみ、です」

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