第一章【前】
屋敷は洋館だが、その老人は着物姿だった。
大柄ではないのだが、静かな迫力と言うか威圧感がある。もっとも、それは当然だ。小田源蔵――彼は大企業・小田グループの総裁なのだから。
「初めまして、お祖父さん」
そんな老人に、知愛は頭を下げた。ポニーテールにした長い髪が、その動きにあわせて揺れる。
祖父に「初めまして」と言うのも変な話だが、事実なので仕方がない。
外国で暮らしていたせいもあるが、知愛の本当の両親は小さい頃に亡くなっている。だから、祖父のことも昔、母から話を聞いたことがあるだけだ。
両親は失ったけれど、知愛は寂しくなかった。義父と、家族同然の仲間達がいたからである。もっとも義父の死によって、彼女は一人日本に来ることになったのだけれど――。
「似ておるな……真紀に」
母の名を口にされて、知愛はハッと顔を上げた。
黒髪に縁取られた白い肌。大きな黒い瞳――確かに、彼女は母親似だ。小柄なところも含めて、母を知る者には瓜二つだと言われる。
そんな知愛を、源蔵がジッと見つめる。孫娘に笑顔一つないのはどうかと思うが、一方で仕方ないとも思う。
母は、駆け落ち同然に家を出て亡くなったのだから。
幸か不幸か祖父はそれ以上、母のことには触れなかった。
しかし代わりに告げられた内容に、知愛は大きく目を見開いた。
「彼らは、お前の婚約者候補だ……高校を卒業したら、この中の一人と結婚して貰う」
「えっ?」
「可哀想だよなぁ? 呼び戻されたと思ったら、爺さんの駒にされちまうなんて」
そう知愛に話しかけてきたのは、最初に彼女に声をかけてきた少年だった。そして知愛の返事を待たずに顎を掴み、クイッと持ち上げる。
「俺は、天海豪……外国帰りのお嬢ちゃんには、総理大臣の息子って言えばいいか? ちょっとガキっぽいが、まあ、見た目は合格だ」
「……天海、さん」
「おいおい、未来の旦那に他人行儀だな。豪って呼べよ……爺さん、親父とのパイプラインが欲しいなら、しっかり躾とけよな?」
「だーかーらっ、まだ豪のって決まった訳じゃないだろって!」
「どわっ……瑛!」
一方的に話を進める豪に、背後から黒髪の少年が抱き着く。
おかげで豪の手が離れ、首が楽になったのに知愛はホッと息を吐いた。そして瑛と呼ばれた少年を見ると先程同様、ニッと目を細めて笑いかけてきた。
「俺は、日下瑛。警視総監の息子だから、安心して守られていいよ……よろしくね、知愛ちゃん」
一見、気さくだが知愛はやはり先程同様に胡散臭いと思った。多分、目が笑っていないせいだろう。
「僕も、自己紹介しますね……初めまして、空閑克己です。二人に倣うなら『医者の息子です』でしょうか?」
身を屈め、そう自己紹介したのは先程の優しそうな少年だった。
彼は、瑛と違って本当に笑っている。そして、豪とは違って礼儀正しい――ただし、二人に皮肉めいたことを言う辺り、大人しいだけのお坊ちゃまではなさそうだが。
(まあ、空閑病院の息子さんですからね)
日本屈指の大病院に、総理大臣と警視総監の息子。
確かに傍から見ると、祖父が権力者にすり寄っているように見えるだろう。駆け落ちした母の代わりに、と言う考え方も出来る。
……だが、しかし。
「お祖父さんを馬鹿にする方と、結婚なんて出来ません」
「なっ……お前、話聞いてたのか!?」
「だから、これからお祖父さんに話を聞くんです。あなたからの話だけで、理解出来る訳ありませんから」
そう言って頭を下げた知愛に、グッと豪が言葉を詰まらせた。
成り行きを見守っていた二人も、小さな少女の思いがけない反撃に驚いている。
「知愛、許してやれ。天海の坊達もお前同様、わざと怒らせて反応を見たかったのだろう」
「お祖父さん……」
「そんなところもそっくりだな」
今まで黙っていた源蔵が、知愛を宥めるように言う。
相変わらず笑顔はないが、何かを――おそらく母を思い出し、双眸が細められたのに知愛は笑みを浮かべた。
……少年達が、我知らず見惚れるような笑みを。




