第八章【前】
清琳学園には特待生制度がある。
しかし、なかなか利用する生徒はいなかった。試験や、常に上位三位以内をキープする難しさのせいもあるが――学校などを見て、うまく馴染めそうにないと気後れするからだ。
そんな中、ここ十数年では初めて入学して来たのが潤である。
当時の生徒会長は彼女を気遣い、ある提案をしたと言う。
「条件的に、試験免除は難しいですけれど……Sクラスに入りませんか?」
「せっかくですけど、お断りします」
先代の生徒会長は一見、楚々とした女生徒だった。
そんな彼女の笑顔での申し出を入学式前日、Sクラスに呼び出された潤は即、ぶった切った。
「生徒会メンバーは選挙じゃなく、生徒会の推薦で決まる。俺と瑛も、お披露目の打ち合わせで呼び出されてたが……あん時は、なぁ?」
「そーそー。副会長は固まるし、会長はむしろ潤ちゃんを気に入るし。当の潤ちゃんは、まるで動じてなかったけどねー」
瑛の言葉通り、淡々とした様子で潤は話を続けたと言う。
「母一人子一人なんで、ぶっちゃけ生活に余裕無いんです。ただ、母にはせめて高校は行くように言われてて……せっかく、学費を気にせず高校生活を過ごせるのに、生徒会に入ったら忙しそうじゃないですか? そう言うのは、皆さんにお任せします」
面白い、とは思ったが――忙しさを丸投げする女とは、恋愛など出来ない。
「だから知愛、妬く必要なんて全くないんだからな?」
「はぁ、えっと……はい」
昨日、克己と戻ってから何度となく聞かされた話に、知愛は素直に頷いた。
そして『そんなことよりも』気になることを、豪に尋ねた。
「あの、まずは無事に学園祭始まりましたけど……見に行ったり、しないんですか?」
「冗談。今回はウチの生徒だけじゃなく、他校の奴らも来てるんだぞ?」
「イベントだからって皆、気合い入ってるしねー。しかも今回、潤ちゃんも張り切ってるし」
「……五十嵐、さん?」
「昨日の、ミスコンの話ですか? 確かに、知愛さんが出たら盛り上がるでしょうけどね」
……昨日の話の流れからすると、件の『絶対的エース』が克己を否定した相手なんだろう。
自分から話題を振ったのにも驚いたが、潤が本気で知愛を出そうとしているらしいのも驚いた。
「私なんかじゃ、パセリ程度の彩りでしょうに」
「……あ?」
「えっ、知愛ちゃん、本気? まさかの無自覚?」
それ故、本音を口にしたら何故だか豪と瑛がギョッとする。
(そりゃあ、惚れた欲目かもしれませんが)
目が曇り過ぎて、審美観を損ねていたら大変だ。そう思った知愛は、二人に訴えることにした。
「私みたいなのがミスコンだなんて……やっぱり女性は胸ですよ、母性と包容力の象徴です!」
「って、待て待て待てっ」
「んー……いや、言いたいことは解るけど……知愛ちゃんの口から聞くと、何か複雑かなー?」
途端に焦ったように止められたり、渇いた笑いを向けられたのに知愛はキョトンとした。
「無自覚と言うより、基準が明確なんですね」
苦笑しながらの、克己の呟きに――知愛以外の二人は、大きく頷いた。
「安心して! 貧乳にもガッツリ需要はあるわ!」
意気揚々とした声が、一気に場の空気をぶった切る。
声の主は潤だった。その手にはクッキーなどの焼き菓子と、何故かタコ焼きがある。
「潤ちゃん、それどしたのー?」
「うちのクラスのよ。周りがお上品だから、むしろ目立って売れてるわ」
「え、タコ焼きってお店じゃなくても食べられるんですか?」
「神崎さん、ナイスリアクションありがとね」
知愛が、話にしか知らない食べ物に目を輝かせると、潤が笑顔で親指を立てた。一方、彼女が食べ物につられまくることを知っている豪は、片頬を引きつらせる。
「お前まで、餌付けかよ……」
「って言うか、常識? 当校の学園祭が初めてな神崎さんに対して、当然の気遣いじゃない? ま、私は他の用事も兼ねてだけど」
「…………あ」
瑛の声に、潤以外の面々が顔を上げ――Sクラス入口に立っている、一人の女性に気づいた。
以前、豪のファンクラブ会長に会った時も知愛は美しいと思った。顔もだが、高校生とは思えないスタイルの良さだったからである。
しかし今、目の前にいる女性は。
ふんわりとした明るい色のショートカットに、猫を思わせる大きな瞳。
ハッと目を惹く顔の下には、しっかり主張してくる豊かな膨らみがあり――男性陣曰く『基準が明確』な知愛に、圧倒的な存在感を与えてきた。
「……彩乃、さん」
そんな女性の名前を、克己が口にする。その呆然とした表情を見て、知愛は目の前の女性が昨日、彼が話していた人物だと気づいた。
(克己君とは、好みが合いそうですね)
あまり嬉しくないだろう感想を、知愛が抱いていると――当の彩乃が、その形の良い朱唇を開いた。
「実行委員さん? この娘が、わたしに変わるミス清琳なの?」
「ええ、そうですよ。見た目もですけど、小田グループの孫娘ですし……何より、Sクラス三人が彼女に夢中ですから」
「……ふぅ、ん」
「あの、五十嵐さん?」
そもそも一言も出るとは言っていないのに、何だか随分と大風呂敷を広げられている。
(それに、克己君は……私じゃなくて、彩乃さんを)
流石に、慌てた知愛だったが――続けられた彩乃の言葉に、大きく目を見開いた。
「じゃあ、克己はお利口になったのね。嬉しいわ、おめでとう」




