第七章【中】
「おはようございます」
「……おはよう、ございます」
「もうすぐ、豪君達も帰って来ますね……私、お茶の準備しますね」
目を開けた克己の視線の先で、歌っていたのは知愛だった。
しかし彼が目を覚ましたのを見ると、彼女はピタリと歌うのをやめてしまった。そして照れたように笑うと、ごまかすようにキッチンスペースへと向かう。
「ちょっと、昔を思い出しました」
そう言った知愛の過去を、聞きたいと思ったのは夢のせいだろう。だが、一方的に聞く訳にも――と克己が躊躇していると、聞き慣れた足音が近づいてきた。
「しつこいぞ、貴様っ!」
「女の子は、もっと控えめな方がいいと思うよー」
「実行委員に、男も女も関係ないわっ」
そして豪や瑛と共に現れた少女に、克己と知愛は目を見張った。
※
ヘアバンドで全開にされた額。眼鏡をかけているせいもあり、真面目な印象を受ける。
(だけど、この人……)
「ケチケチしなくても、いいじゃない! 一人くらい参加しても、減らないってばっ」
「いや、物理的に減るだろうが!?」
「そーそー、俺ら今日まで忙しかったんだからさー。明日からの本番くらい、楽させてよー」
「却下よ!」
真面目さ故かどうかは不明だが、豪達に対してズバズバ物を言っている。もしかして、彼ら以上の名家の令嬢だったりするのだろうか?
「逆ですよ」
「……えっ?」
「五十嵐潤さん。彼女は、二年の……いえ、当校唯一の特待生です」
考えていたことが、顔に出ていたのだろう。しかし、克己から教えて貰った内容に、知愛は大きく目を見開いた。
「特待生さん……」
ポツリ、と落ちた呟きに一同の視線が集中する。
そんな中、知愛はその目をキラキラと輝かせていた――言葉は悪いが、つまりは庶民。少なくとも、他のご令嬢達よりは話が合いそうだ。
「あの、初めまして。神崎知愛と申します」
とは言え、話せるようになるかどうかは相手あっての話である。
それ故にキチンと名乗り、頭を下げると――クスクス、と言う笑い声が聞こえてきた。
「五十嵐潤、よろしくね」
顔を上げ、笑っているのを見て嫌われなかったようだとホッとする。
そんな知愛の反応に、潤はニンマリ人の悪い笑みを浮かべ――クルリ、と豪達に向き直った。
「食堂で会長達がデレてるの見て、悪い子じゃないとは思ったけど……こんな逸品、どうして紹介してくれないのよ!?」
「……そう言う反応をすると、思ったからだ」
「知愛ちゃんも、駄目だよー」
「独占禁止! ミスターも大切だけど、今年は絶対的エースが卒業して初のミスコンなんだからっ」
「……っ!」
それは一瞬のことだったので、言い合いをする三人は気づかなかった。
(克己君……?)
しかし、隣にいた知愛だけは克己が息を呑んだのに気づき――咄嗟に、この場にいてはいけないと思った。
「それじゃあ、今度は私達が見回り行って来ますね」
「は? おい?」
「知愛ちゃん?」
「えっ……あのっ」
それ故、知愛は克己の手を取ってSクラスを後にした。そんな彼女の突然の行動に、豪達がそれぞれ驚きの声を上げる。
「何だ……五十嵐に、妬いたのか?」
「違うと思うわよ、バ会長」
そして共にSクラスに残された潤は、勘違いしかけた豪をバッサリ切り捨てたのだった。
「難しいお話は豪君達にお任せして、私達は休憩しましょう……でも、食堂だとゆっくり出来ませんかね?」
「……あの」
一方、廊下に出た知愛はこれからどこに行くべきか悩んでいた。と、そんな彼女に手を引かれた克己が声をかけてくる。
それに足を止め、振り返ると――真剣な表情をした克己が、口を開いた。
「少し暑いですけど……屋上に、行きませんか? お話したいことがあるんです」
※
清琳学園には、自動販売機がほとんどない。名家の出である生徒達は手軽さではなく質を求める為、飲み物が欲しければ食堂に向かうのだ。
そんな名門校唯一の自動販売機は、屋上にある。
一般の生徒には開放していないが、生徒会の面々は利用出来る場所――その息抜きのお供として、自動販売機は今日もひっそり活動していた。
「はい」
「……ありがとう、ございます」
万能な学生証は、そんな自動販売機にも有効である。
知愛の分の飲み物も買った克己に一瞬、知愛は申し訳なさそうな顔をした。だが、そこで食い下がらず素直に受け取ってくれたのに、克己は内心、ホッとする。
「克己君も、自動販売機とか使うんですね?」
「そうですね、便利ですから」
知愛にはそう答えたが、実はあまりここには来たことがなかった。以前は豪がよく、女生徒達を連れ込んでいたからだ。
しかし、知愛を好きになってから――そして、彼女のある行動によって豪は変わった。




