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女神の声  作者: 渡里あずま


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第六章 ~幕間~

 傭兵を支えるのは案外、シンプルな存在だ。

 たとえば、故郷の家族や恋人の手紙や写真。あるいは昨日、仲間と交わした他愛のない約束。

 ささやかなそれらはだが、確実に死に近い傭兵達を生へと結び付ける。


“……ルー”


 彼にとってのそれは、ある少女の声だった。

 戦場で、彼女がいれば負け知らずだと――故に、勝利の女神だと噂された一人の少女。

 そんな彼女が、自分の名を呼んでくれることがルーを支える――いや、むしろ生かす『かて』となっていたのだ。

 ……それなのに、である。


(チアがいない)

(呼んでくれない、笑ってくれない)

(会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい)



「ルー? おい、いい加減出て来いって!」


 一日、自分の部屋に引きこもったまま出て来ない相手に、マークはため息をつきながら呼びかけ、数回ノックをした。

 ……返されるのは、沈黙のみ。

(むしろ、よくったと思うけどよ)

 傭兵仲間であるルーが、一ヶ月前に旅立った少女・チアに依存していたのは知っている。亡きリーダー・ビトーの遺言でなければ、そもそも送り出すことなど出来なかっただろう。


「ハンストなんて、チアにバレたら怒られるぞ?」

「……戻ってきてくれるなら、怒られてもいい」

「子供か!」


 ドアの向こうから返された言葉に、呆れながらもツッコミを入れる。やはり、少女の名前は効果覿面だ。

(とは言え、連れ戻す訳にもいかねぇしな)

 異名持ちの傭兵とは言え、チアはまだ十代の少女である。

 自分にとっても、妹のような少女だ。会えなくて淋しくないと言えば嘘になるが、だからこそ平和に幸せに暮らして欲しい。

(可哀想だが、ルーには諦めて貰わねぇと……食い物用意して、匂いで釣るか?)


「一応、ここはホテルの廊下ですよ。マーク?」


 ピザか、フライドチキンでも用意して――真面目に馬鹿なことを考えていたマークに、不意にかけられた声。

 心を読まれたこともだが、いつの間に背後を取られたのか。

全く気づかなかったことに内心、ヒヤリとしながらもマークはやれやれと言うように振り向いた。


「それが、元凶の台詞かよ。ファーザー……お前が手ぇ回したせいで、ルーが拗ねたんだろうが」

「私に黙って、パスポートを作ろうとするのが悪いんですよ」


 ぼやきに返されたのは、眩い金髪に縁取られた輝くばかりの笑顔だった。

 長髪を緩く束ね、緑の瞳を笑みに細めたこの男――ファーザーも、タイプは違うがルー同様、傭兵とは思えない程の美形だ。

 けれどビトーとチアがいない今、ファーザーは自分達傭兵チームのリーダーで。

 しかも引く手数多あまたなルーに恩を売るよりも、ファーザーの機嫌を損ねない方が選択されるような――つまりはそれくらい、自分達の『業界』では有名な男なのだ。

(……ん?)

 そこまで考えて、マークはふと引っかかった。

(何でこいつ、笑ってるんだ?)

 ファーザーの、見た目に反比例した腹黒さは知っている。そしてルー同様、彼がチアを溺愛していることも。

 ホテルの廊下とは言え、今、彼らの他には誰もいない。それ故、抜け駆けしようとしたルーに対して、ファーザーが笑顔で対応するなんてありえないのだ。


「……相変わらず、勘が良いですね。マーク?」

「嬉しくねぇ」


 本当に、全く嬉しくない。マイペース揃いの面々に囲まれて、身についた苦労症なのだから。

 もっとも、マークのそんな答えに動じることなく。

 むしろ、ますます笑顔を深めてファーザーは言ったのだった。


「日本に行きますよ」

「あぁ?」

「マンションを買いました。任務先のホテル住まいが常でしたけど、だからこそ拠点はどこでも良いでしょう? きっと、私達の女神は……チアは、喜んで来てくれますよ?」

「あー……まぁ、な?」


 ……ダダダッ、バタンッ!


「本当か……~っ!?」

「ええ。だから、今回のことはこれで勘弁してあげます」


 ファーザーの話を聞きつけた(まあ、わざと聞かせたんだろうが)ルーが、凄まじい勢いでドアを開けて尋ねてくる。

 そんな青年の額に、でこピンをお見舞いすると――痛みにうずくまるルーを見下ろし、ファーザーは笑顔でそう答えた。

(……悪い、チア。俺にはこれ以上、こいつらを止められん)

 一方、東の方向へ合掌していたマークはと言うと。

 愁傷な心の声とは裏腹に、その口の端は上がっており――彼なりに、この展開を面白がっていた。

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