第五章【中】
……まあ、そんな訳で。
トップを殴られ、突進してくるチームの面々に知愛は容赦なくメリケンサック付きの拳を奮った。そして、呆然と自分を見つめる瑛に対して口を開いた。
「嫌なんです」
「……知愛ちゃん?」
「瑛君は、殴られて終わらせようとしてましたけど……瑛君が良くても、私は嫌です。もっと、自分を大切にして下さい」
「……っ!」
『お願い』をされたことは、今までたくさんある。
けれどそれは大小の差こそあれ、相手にメリットがあるものばかりだ。そう、太一が瑛に声をかけたのでさえ、彼に興味を持ったからこそ――その興味を満たすと言う、メリットが存在する。知愛のそれは、綺麗事を通りすぎて、アガペー(無償の愛)だ。
「知愛ちゃんに、何の得もないでしょう? 俺が、自分を大切にしても」
「ありますよ……私は、瑛君を守りたいんですから。大切な人が傷つくのは、嫌ですよ」
「……守りたい?」
「ええ、女だからって皆が守られたい訳じゃないんです」
あっさりとんでもないことを言うと、知愛はポニーテールにした黒髪を揺らしながらまた襲いかかる少年の拳を避け、一撃で殴り倒した。
確かにこれだけ強ければ、守られる必要はないだろう。瑛の言っていたことは相当、的外れだったと言う訳だ。
(うっわ……俺ってば、恥ずかしい奴!)
もっとも、瑛の胸が高鳴っていたのは別の理由だった。
……もしかしたら、知愛は自分の求めていたものを与えてくれるかもしれない。
そう思ったからこそ、周りに太一達チームの面々がいるのにも構わず、瑛は声を張り上げた。
「俺が、何も出来なくても……何もあげられなくても! それでも、本当に君は俺を守るのっ!?」
警視総監の息子であり、普段、飄々とした彼らしくない台詞に、知愛以外がどよめいた。
一方、知愛はと言うと――軽く見張った目を、ふ、と細めて頷いたのだった。
「守ります。私も同じですから」
「……えっ?」
「両親を失って、独りになった私を義父さんが助けてくれました……誰か、いるんです。見返りを求めず、愛して守ってくれる人は必ずいるんですよ」
「っ!」
静かな、静かな声――だがそれは、向けられた微笑みと共に瑛の心を鷲掴みにした。
※
瑛は、父の――警視総監の、本当の息子ではない。
豪も愛人の子であるが、瑛はそもそも血の繋がり自体がないのだ。総監になる前、父が担当した事件の、犯人の息子が瑛なのである。
「血が繋がってなくても、お前は私の息子だ」
父は、そう言ってくれる。子供を生めなかった母も、瑛を可愛がってくれる。
だが、瑛は両親に素直に甘えることが出来なかった。
(本当にそう思ってるのなら、どうして俺が養子だって言わないの?)
それは、瑛が強盗犯の息子だと知られたくないからではないか。
言いふらすことではないし、瑛の為かもしれないが――そんなささいなことが、どうしても引っかかって。両親の愛情を、無条件に信じることが出来なかった。
だから瑛は、ずっと求めていた。学園だけではなく、夜の街にくり出してずっとずっと探していた。
両親の代わりに、自分に無償の愛情を与えてくれる存在を――本当は野良犬である瑛を、受け入れてくれる存在を。
「……惚れた」
ぽつり、と呟いたのは、瑛――ではなかった。
初っ端に知愛に殴り飛ばされ、チームの面々を騒然とさせた赤髪の少年。
殴られた頬を押さえ、その傷よりも髪よりも顔を赤くして――太一は、きょとんとする知愛の前で膝を折り、その頭を下げた。
「その強さ、美しさ……惚れました、姉御! 俺を弟子にして下さいっ」
「なっ……太一っ?」
「「「総長っ!?」」」
いきなり、とんでもないことを言い出した太一に瑛だけではなく、チーム一同がギョッとする。
そんな太一の前にしゃがみ込み、小首を傾げて知愛は尋ねた。
「もし、あなたを弟子にしたら……瑛君と喧嘩しないでくれますか?」




