第五章【前】
瑛には、どうしても欲しいものがある。
それは家や、学校にいるだけでは見つからないものだったので、中学に入った頃から彼は夜の街へとやって来ていた。
「なぁ、お前、一人か?」
そんな瑛に声をかけてきた、赤毛の少年。
ナンパかよ、と思ったが妙に真っ直な目で見られて、咄嗟に口ごもった。そんな彼に一転、屈託のない笑顔を向けて少年は続けた。
「一人なら、俺達と遊ぼうぜ」
……それが、太一との出会いだった。
仲間と『BabyFace』というチームを作っていた太一と、警視総監の息子である瑛。環境だけではなく、見た目も性格も正反対だったが、とにかく一緒にいると楽だった。豪や克己とは違う意味で。
(俺の欲しいものじゃないけど)
これはこれでありかな、と思っていた――出会ってから三年、つい一ヶ月前に太一との日々は終わりを告げたけれど。
……いや、瑛が終わらせたのだ。
※
瑛と知愛が太一達の車で連れて来られたのは、チームがたまり場として使っているバーだった。
「おい、イチ……何だ、その娘は? 話が違うだろうが」
「マスターは、黙っててくれ……何もしねーよ、こっちにはな」
「って、お前……あー、ったく。睨むな睨むな。店のモン壊しやがったら、承知しねーからな」
だるそうにそう言って、三十前後の男――このバーの店長・唐澤が、カウンターから姿を消す。元々、昼間は営業時間外だが太一に店を貸すように言われたのだろう。
(マスターは、太一のおねだりに弱いからな……まあ、変なところに連れてかれるよりいいか)
ちなみに彼だけではなく、チームの皆も総長である太一(イチは愛称)に甘い。だからこそ、太一を『裏切った』瑛を血眼で探していて――こうして、思いつきで出かけた瑛を発見したという訳だ。
「言いたいことはあるか?」
そんなことを考えていた瑛に、太一が尋ねてくる。ちなみにその手は、知愛の肩に置かれたままだ。
今の瑛は、チームの面々に囲まれている。彼らをかい潜ること自体は可能だが、その間に知愛の身に何かあっては――そう思うと、行動することは出来なかった。
(まあ、悪いのは俺だしね)
ユカリとは太一の幼なじみの少女だ。彼らの間にあるのは恋愛感情ではなく、ほぼ家族愛だが――それが解っていて、自分は彼女とつき合って、別れたのだから。
「いいや? それより、早く終わらせてよ」
だから、瑛はそれだけ言うと床に膝をついて俯いた。
一瞬、太一が傷ついた表情をしたのが解ったけれど。その表情を見たくなかったから、今日まで逃げ回っていたけれど。
捕まった今となっては言葉通り、早く終わらせなければと思った。
「申し訳ありません」
そんな瑛の耳に、知愛の声が届いたのはその時だった。
「ぐっ……!」
「「「イチ!?」」」
「皆さんには、何か事情があるんでしょうが……やはり、多勢に無勢と言うのは、見逃せません」
顔を上げた瑛が見たのは、小柄な知愛によって太一が殴られ、呻き声を上げて床に転がったところだった。
そしてファイティングポーズを取り、チームの面々に向き合う少女の右手には――いつの間にか、メリケンサックが装着されていた。
※
重なった三つの輪を広げると、メリケンサックになる指輪――これは傭兵仲間だったルーが、知愛の誕生日プレゼントにくれた物だ。
「チアを守ってくれるように」
「ありがとうございます、ルー! 大切にしますねっ」
物騒な物を真顔で渡す青年と喜ぶ知愛を見て、マークとファーザーはため息をついたり苦笑したりしていた。もっとも、ボールペンで敵を倒す術を教えたファーザーには苦笑する資格はないと思う。




