第四章【後】
外国のショートケーキは、スポンジではなくビスケットが土台になっている。だから日本の苺ショートを見せると、別物なので不思議そうな顔をされるそうだ。
(マナミやミカから聞いてたけど、こんなに喜んで貰えるとはな)
よく遊ぶ女の子達から、教わった知識が役に立った。
そんなことを思う瑛の目の前で、知愛はとても幸せそうに苺ショートを食べている。
「フワフワしっとりです~」
口いっぱいに頬張っている訳ではないが、その姿は瑛にハムスターを連想させた。
仮にも婚約者に抱く感想ではないかもしれないが、可愛いとは思うし今までつき合った娘達とは違うとも思う。
(何せ、あの豪を落とすくらいだしね)
来る者拒まずな瑛とは違い、豪は面倒を避ける為に後腐れのないタイプしか相手にしなかった。それも体のつき合い『のみ』だったので、知愛に告白したと聞いた時には耳を疑った。
(体型もだけど、遊べる子じゃないし)
成り上がりとは言え、知愛の祖父・源蔵の権力は無視出来ない。
最初は自分達に媚びない彼女に対しての興味からかと思ったが、遊び相手を整理したところを見ると本気なのだろう。
(だけど、ゴメンね。豪)
知愛は、瑛の探し求めているものを与えてくれるかもしれない。
そう思うと、たとえ豪の気持ちを知っていても――彼には、黙って諦めることなど出来ないのだ。
「俺ってさ、お買い得だと思わない?」
「えっ?」
「君に、楽しいことをたくさん教えてあげられる。絶対に苦労はさせないし、こう見えても強いから、守ってあげることも出来る」
そう言ってニコニコと笑う瑛に、知愛が大きな目を更に見張る。
だが、しかし。
少女の口から出た言葉に、今度は瑛が目を見張ることになった。
「お買い得って、得がないと一緒にいちゃいけないんですか?」
「……えっ?」
「美味しいケーキを教えてくれたのは、嬉しいですけど……私は、見返りが欲しくて瑛君といる訳じゃないですよ?」
困ったように言う知愛は、本気だった。
……けれど、瑛にはそれは恵まれた人間の、綺麗事にしか聞こえなかった。
「そっかぁ」
だから瑛はヘラリと笑って、一方的に知愛を見限った。
そしてケーキを食べ、紅茶を飲み終わるまで他愛のない世間話をし――二度と、口説き文句を口にしようとはしなかった。
※
「今日はありがとう、家まで送るねー」
とは言え、即、知愛を帰そうとしたのは彼女を見限ったからではない。ある理由の為、元々、ケーキを食べたらすぐに送るつもりだったのだ。
(……っと)
しかし、瑛は自分が思っていた以上に恨みを買っていたらしい。
個室を出て、車へと向かおうとした彼らの前に――高級ホテルには不似合いな、ガラの悪い少年達が現れたからだ。
「よぉ、アキ。探したぜぇ?」
「…………」
一歩、前に出て声をかけてきた赤い髪の少年に、瑛は無言で応えた。そして、少年達を追い払おうと動きかけたホテルの従業員達を、目線で制した。
(まぁ、悪いのは俺だし……尻拭いさせるのも、格好悪いし?)
そう、ここまでは瑛は呑気でいられたのだ。
……少年の一人が、知愛の肩に手を伸ばすまでは。
「この子は関係ないでしょ?」
静かな瑛の声は、けれどよく通った――何かを感じたのか、肩に触れる刹那、ビクッと動きを止めるくらいに。
だが、赤髪の少年は知愛を置いていくことを許さなかった。
「ユカリをあんなに泣かせておいて、その女は庇うのかよ……ついて来い。恨むなら、その女ったらしを恨むんだな」
勝ち誇ったように言われれば、逆らえない。大人しく自分が殴られれば、知愛には危害は加えられないだろう。
知愛とつき合うつもりはもうないし、こんなことになった以上、婚約破棄されても文句は言えない。
しかし、だからと言って知愛を見捨てるつもりもない。相手の執念を甘く見ていた自分が悪いのだ。巻き込んでしまったことへの、せめてもの償いである。
「……ごめんね、知愛ちゃん。俺が守るから、安心してね」
「瑛君……」
瑛の謝罪に、それ以上、知愛は何も言わなかった。ただ、その大きな黒い瞳でジッと彼を見つめるだけだった。
……瑛はそれを、恐怖故だと思った。
だから、彼女が泣きも騒ぎもしないことを不思議だとは思わなかった。




