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俺の理解が追いつかない競りが終わった後、俺は黒ずくめの男に拉致されるようにある部屋に連れて行かれた。


高級な絨毯が引かれ、豪華な内装がされたそこはどうやらVIPルームらしかった。腕をぐるぐる巻にされた俺が部屋に入ると、すでにそこではローブに仮面をした一人の人と奴隷オークションのオーナーが何やら契約を交わしていた。


「本当に5000万Gでいいのですか? はっきり言って私の目から見てもこの奴隷にそこまでの大金の意味はありません」


本当にはっきりと言ってくれるが、俺もそう思う。


「ええ、問題ない。そして、料金は確かにここに」


そう言ってローブの人影は布袋を取り出し中身を出す。ジャラジャラと出てくるそれは金貨。俺も初めてそんなに金額が並ぶ光景を見た。


しかし、何故だか俺にはこの人影が何処かソワソワしているように感じられた。


「分かりました。ですぎた真似をして申し訳ありません」


金貨を一枚一枚本物かどう見極め、数を数え終えると奴隷商は俺を押さえていた男二人に手を話すように告げた。


「では、こちらの書類にサインを。一応彼には通常の奴隷の枷の他に魔術に関してと使い魔に関しての枷もしてありますのでご安心してください」


「そう、分かった」


ローブの人影はそう抑揚のない声で言うと書類に血で凄い勢いでサインをする。おいおい、そんなに焦って何がしたいんだ。俺は逃げられんと言うのに……。


そんな呑気な考えをしていたときだった。頭が割れるように痛む。首や背中に彫られた奴隷としての枷が焼かれたように熱くなる。流れる汗、奥歯をぐっと噛み締めてこらえる。


何度やってもこればかりは慣れない。所有権が譲渡される際、奴隷にはとんでもない苦痛が訪れるのだ。


そんな痛みに俺が人知れず耐えている間に、どうやら一通りの契約が終わったらしく、ローブの人影は奴隷商と握手を交わしていた。


これで俺の所有権は無事にあの気のいい奴隷商からこの飼い主に移ったわけだ。


「さて、これが奴隷を縛る手錠や足枷の鍵になります。おかえりの際はご自宅まで護衛をおつけしましょうか?」


奴隷商が提案する。そりゃそうだ、この買い主はあれだけ高額の値で俺を買ってあの場では目立っているんだ。いくらローブと仮面でカモフラージュしているとは言え帰りに金目当てで襲われる可能性は否定出来ない。


利き手の潰れている俺では肉の壁になることは出来ても戦うことはちと厳しい。だからこの奴隷商の提案は半ば当然だと言える。


「べつに要らない。家に移転魔法陣描いてあるから魔法で帰る。その代わりここで唱えてもいい?」


彼女はその申し出を少し早口で断った。


「なるほど、魔導師様でいらっしゃいましたか。もちろん、ここで唱えてもらって構いません」


移転魔法。対象をあらかじめ書いてある移転魔法陣まで移動する魔法。


便利な魔法なのだが、色々と制約もある。


まず第一に移転魔法陣までに距離がありすぎると使えないし、詠唱にも普通に唱えたら一分以上もかかる、


そして第二にその移転魔法陣と同じ魔法陣を描いた紙か何かを媒体として必要とする。


日常生活においては使い勝手がいい魔法だが、戦闘であまり使うことが出来ない魔法だ。


ちなみに魔法のレベルは3であり、俺には使えない魔法だが魔術師の中では使える奴が多い、わりかしスタンダードな魔法だ。


「それじゃあ、もう行ってもいい?」


「ええ、契約はご終了です。またのお越しをお待ちしております」


ローブの人影はその言葉に頷いた後、俺の手錠や、足枷を鍵で開けた。その様子はやはり急いでいるように見えた。


人影は俺の手を掴むと部屋の中心にあった絨毯の上に立つ。白い傷一つない綺麗な手だった。なんだか俺の泥だらけで真っ黒な手が恥ずかしくなり、振りほどこうとしたのだが、巧妙な力加減がなされているらしく振りほどけることはなかった。結局なさるがままに絨毯の中央まで連れて来られた。何と無く手を握る手が強いのは気のせいだろうか。


絨毯の中心に立つと人影は詠唱もなしにローブの裾から魔法陣が描かれた紙を一枚取り出すと地面に落とした。


まさか、と俺が思う間も無く人影はこう言った。


「――――テレポート」


その言葉に反応するように紙に描かれた魔法陣はカーペット上に広がり、直径1mくらいの小さな円を作る。そして赤い模様が浮き上がった刹那、俺の世界は眩いばかりの光に覆われ、次の瞬間には全く違う部屋へとたどり着いた。














あの量の金貨を持っていることからしてただの魔術師だとは思っていなかったが、まさかレベル3のテレポートを無詠唱で使える、とんでもな魔術師だったとは思いもしなかった。


無詠唱。読んで字のごとく詠唱なしで魔術を使うことだ。聞くだけなら簡単だが、実際に行うのは相当に難しい。まず、その魔術の根本を理解して、その魔術をどのような魔力を込めれば良いのか理解する必要があるからだ。


レベル2までは出来る魔術師も多いと聞くがレベル3の無詠唱なんて聞いた試しがない。


あぁ、分かりにくいって。悪かったな説明が下手で。


まぁ、分かりやすく言うとだな、野球に例えるとこうだ。150kmの球を投げられる投げ方を理論的に理解してそれを実行するということだ。


要するにレベル3の無詠唱が出来る奴は150kmの球を投げられるくらい凄いってことだ。初めからそういえば良かったな、すまん。


こりゃ、騎士団に所属する魔導師か下手をすれば王宮魔術師団の方々かもしれん。とりあえず、めちゃくちゃ凄い人の可能性が出てきた。


そんなことを俺が普段使わない脳みそで考えていた時だった。ガバりと胸部に衝撃が走った。視界を少し落とせば黒いローブが見える。


どうやらご主人様がこちらにもたれかかってきているようだ。


どういうことだ、あれか魔力切れによる気絶か? 無詠唱は詠唱しない分多くの魔力を使うからそれも頷けれる。レベル3の無詠唱だとレベル4の魔法を二回唱えるくらいの魔力を消費してもおかしくない。いくら凄腕の魔術師といっても魔力切れになってもおかしくないだろう。


こういう時はどうすれば良いんだっけ、そう薬草で作ったスープが効くんだったな。でもとりあえず、寝かせるのが先決か。


混乱する俺をよそにご主人様は肩を震わせていた。どうやら気絶ではないみたいだ。


ほっ、と胸を撫で下ろした俺なのだが、次に聞こえたのはすすり泣く声。


無論、俺の胸元に寄りかかっている仮面の奥からだ。こうなってくると全く分からなくなってくる。


高額で買われたと思ったら、その買い主にいきなり泣かれるなんて、俺の悪すぎるスペック脳では現状を分かってはいるが理解はできない状況だ。


どうしたもんかとオロオロする俺を尻目にご主人様はローブと仮面を投げ捨てた。


「……金髪?」


現れたのは純金のように綺麗な金髪。肩甲骨付近まで伸ばされた金髪は癖の二文字を知らないかのようにまっすぐに伸びていた。


そして、彼女は顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃになった顔は、それでも十分に整っていた。いや、より正確に言うのなら、整いすぎていると言っても過言ではないだろう。


青い瞳が俺の視線と交差する。


その容姿に俺はもしかしての言葉を投げかける。


「奴隷の身ながら失礼申し上げますが、もしかしてシャルロット様でいらっしゃられいますか?」


気持ちわるい敬語で悪かったな。奴隷の枷がある以上、許可が出るまでは勝手に言葉が自身が知る最上級の敬語に変換されて出てくるんだ。似合わないのは重々承知だが、こればっかりはどうしようもない。


「――――お兄ちゃんっ!」


俺の問いに彼女はガバりと抱きつくことによって返した。


勢いに負けて倒れる俺。地面には奴隷オークションのViPルームで見たよりも何十倍も高級そうな純白の柔らかい絨毯が引いてあった。


彼女、シャルは倒れて絨毯に座っているような体勢の俺の胸に抱きつくと、再び泣きはじめた。


「シャルロット様、(わたくし)にこのように抱きつかれますと折角のお洋服やお身体が汚れてしまいますので、ご遠慮していただいた方が良いかと思われます」


何と言っても俺はしばらくろくに風呂にも入っていなければ服だっていつ洗濯をしたのか分からない布切れだ。


シャルの服装を見れば体と同じ純白のワンピースのような服を着ている。こんな格好で抱きつかれては汚れてしまう。


「嫌だ!」


シャルは俺の言葉に泣き声で短く、しかし大きな声量で拒否すると、さらに続けた。


「頭な撫でて!」


「い、いや、しかし!」


手を見れば煤や泥で真っ黒になった左手が見える。


「いいから撫でて!」


奴隷の枷がある限り、所有者に逆らえない。俺はシャルが泣き止むまで、大きくなった彼女の頭をあの時と同じように撫で続けた。


こうして俺とシャルは再会を果たした。あの時とは違い、兄と妹ではなく。


奴隷とそのご主人様として……。

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