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3

そして次の日、最早弟子とは言えなくなった三人の妹と俺は街の外、普段は誰も来ないような森の中の開けた場所に来ていた。街の外は魔物や魔獣が出やすいのだが、それはあくまで夜の話であり昼間はエンカウントしないことが多い。それにエンカウントしてももうこの子達の相手じゃないだろう。間違いなく彼女達はこの国でも五本の指に入るくらいの実力者だ。


「今日は君たちに俺と模擬戦をしてもらう」


「え、模擬戦?」


「そう模擬戦だ。本気で来て欲しい。そうだ、もし勝てたらご褒美をあげよう。何でも一つ俺にお願いできる権利だ」


「え! それ本当! 言ったかんな、兄貴! 負けてから嘘でしたじゃ通らねーぞ!」


「あぁ、もちろん嘘じゃない。俺がお前達に嘘を吐いたことがあったか?」


「そうだね、兄ちゃんがボクたちに嘘をついたことなんてなかったよね」


「うん、だから本気で来てな。よし、じゃあ最初はシャルからね」


純金のような綺麗な金髪を持つ少女に木刀を投げ渡す。俺が剣術を教えた少女であり、今では魔法すら切り裂く少女だ。


「え、私が最初!? えーと、ルールは?」


真っ白い絹のような肌が少しだけ慌てたのか赤く染まる。


「なんでもありだ。斬撃とばしも魔法を切るのもあり、その代わり俺も魔法を使わせてもらうけどね」


「うん、頑張るよ!」


そう微笑みながら彼女は俺の前に立った。その微笑みはまるで天使のようだった。


そうそう、今更だけどシャルは魔法は使えない。いや、正確には肉体強化の魔法しか教えていない。だから、普通に火の玉飛ばしたり電撃飛ばしたりすることは出来ない。だから、俺はそこをついて魔法で攻撃しようと思う。


「お前ら、シャルの斬撃には注意しろよ」


「あぁ、分かってるって。シャルの斬撃はシールドさえ真っ二つだからな。俺もまだ死にたくねーぜ!」


せこいとは言わせないぜ。木刀の斬撃で魔法をぶった切れる奴なんてきっと今の王国にも五人といないんだろうからな。



「それじゃあシャル始めようか。この棒が落ちたら、始めようか」


まずは一戦目だ。









「ま、参りました……」


後ろから木刀をうなじに突きつけるとシャルはペタンと座り木刀を置いた。辺りを見渡せば木は酷いくらいに切り刻まれ、地面にもカマイタチが這った後のような切り口が多数ある。たった、一分にも満たない戦闘なのに酷い有様だ。


「おーい、お前ら生きてるか?」


「あぁ、どうにかな! たっく、シャルの姉貴バカみたいに斬撃飛ばしすぎだよ! 死ぬかと思ったぜ」


「ボクなんてアウトドア系だから避けるだけで戦闘見れなかったよ。でも、ちゃんと見ても姉ちゃんの動きが速すぎて見えなかったと思うけど……」


「うぅ、ごめんね皆」


「シャルはあれだな。視覚と魔力探知に頼りすぎだな。何も知らない相手ならそれでいいが、知っている相手だと今みたいに魔力で人形作られて裏をかかれるぞ」


とは言っても俺もあれがなければかなりヤバかった。少しだけ斬撃で切れた前髪を触る。下手をすれば頭までパッツンだったとは冷や汗が止まらない。


「はーい。次からはもっと別のものも含めて攻撃します」


「うん、それでいい。さて、次はティナとシャイロか」


そう言って二人を見つめる。


「あれ、兄貴。今回は二人でいいのか?」


赤い髪を後ろでポニーテールにくくっている犬歯が特徴的な女の子、ティナが意外そうに言った。


「ボクとティナを二人相手にすると?」


銀髪を肩甲骨辺りまで伸ばした少女、シャイロが不満げに言う。肌は白く月明かりの下で見るとその銀髪も合間ってこの世のものとは思えない美しさを見せる。


「あぁ、お前たちはもともとツーマンセルじゃないと本気になれないだろう?」


彼女達は同い年で初めに模擬戦をしたシャルの一つ下で俺の二つ下に当たる。彼女達にはお互いに魔法と法術を教えてある。もちろん、二人とも俺よりも遥かに才能がある。何と言ってもレベル4の魔術を使えるくらいだからな。


え、レベル4の凄さが分からないって?


うーん、なんと言ったらいいんだろうな。レベル3の魔術を使えれば魔術の才能があると言われる。レベル4を使えるとなれば三十年に一人とか四十年に一人の天才と言われるレベルだ。ちなみにレベル4の魔術を二つ使えれば二つ名がもらえるらしい。俺には一生縁がない話だ。


「それじゃあ早速はじめようか。この木が落ちたらスタートな」


まぁ、この二人に関してはそこまで心配していない。いくら彼女達が優秀でも魔術と言うものには詠唱がいる。もちろん、彼女は天才だ。だからこそ、無音詠唱も出来るのだが、まだ精度が足りない。


悪いが今回は本気だ。


魔術師を倒す時の基本は簡単だ。唱えられる前にやれ。


なぁ、単純明快だろ?














「ちょっと、兄貴せこいだろ! それ!」


「ボクも少しせこいと思うな!」


「何を言ってるんだ。戦闘において向こうが待ってくれるなんて言うことはないんだぞ!」


「だからと言ってさっきのシャルの姉貴との戦闘時にかかっていた肉体強化の魔法をそのまま継続してるなんてありなのかよ!」


「そうだよ、兄ちゃん! 卑怯だよ!」


「それなら模擬戦前に解いてるのか確認してないお前らが甘いし、それと悔しかったら、もう少し肉弾戦のスキルも上げとくんだな」


わっはっはっはっはー!と悪役のような高笑いをしておくことも忘れない。純粋な戦闘は強くても足元を掬われたのなら意味はないのだ。ちなみにかかった時間は一秒と少しだ。


一戦前に行ったシャルと模擬戦で唱えていた肉体強化魔法を継続させ続けていた俺は開始直後に二人に急接近して喉元に木刀を突きつけた。ただ、それだけだ。文字通り瞬殺と言ってもいいだろう。大人気ない? せこい? なんとでも言えばいいさ。勝ったものが正義である。生き残らないと何にも残らないのさ。


「さてとよし最後だ。シャル、ティナ、シャイロ。今度はスリーマンセルで来い。お兄ちゃんが相手してやろう」


「いいの、お兄ちゃん。三人で?」


「あぁ、勿論」


「賭けは今も継続中だよな、兄貴?」


「あぁ、勿論」


「言い訳は聞かないよ、兄ちゃん?」


「あぁ、勿論」


それじゃあ、始めようか。この日最後の模擬戦であり、俺たちの最後の模擬戦を。

















「あぁ、完敗だ」


そう言って木刀を放り投げる。目の間には木刀をもったシャル。後ろには詠唱を唱え終えたシャイロ。そして上、木の上にも同じく詠唱を唱え終えたティナ。後者の二人に関しては魔力の感覚からしてレベル4の魔術でも唱えていたみたいだ。


おいおい、人間倒すレベルから魔獣を倒すレベルに魔術のランクが上がっているぞ。俺は魔王かなにかかよ。苦笑いと冷や汗が止まらない。


「やったぁああああ! お兄ちゃんにかった!」


そう言って瞬間にシャルの姿が消えた。そして、ぼふっといった衝撃が胸にかかる。


「おい、シャル離れろよ」


「いいじゃん、お兄ちゃん! お兄ちゃんは負けたんだから私たちの捕虜なんだよ!」


少し乱暴に抱きついてたシャルを離そうとするもビクともしない。そもそもすでにシャルは俺よりも気の使い方も魔力の使い方もうまいのだ。強化されれば振りほどくことなんて不可能だ。


「ってたく、誰が捕虜だよ」


頭を撫でてやれば、えへへー、と目を細めるシャル。何と無く猫に似ているなこいつ。


「あぁー、シャルが抜け駆けしてる!」


「姉ちゃんズルい!」


そんなティナとシャイロの声がしたと思えば、今度は背中に二つの衝撃が走った。


「お前ら、暑苦しいから離れろよ」


「えぇー、シャルだけズルい! 俺も撫でて撫でて!」


「そうだよ! 兄ちゃん! ボクも撫でてよ!」


「はいはい、わかったわかった」


可愛い妹だろ? なに少しくらい自慢してもいいじゃないか。妹を自慢出来るのは兄の特権だ。なら、俺はそれを躊躇なく使わせてもらう。


まぁ、この時までは俺も平穏だったというわけだ。これだけ覚えて置いてくれたらいい。







その日の夕食は豪華だった。普段は滅多に食えない肉や魚。そして高級食材の米までが食卓に並んでいた。


「うぁー! やっぱり、豪華だね! 私も頑張って料理お手伝いしたんだよ! だってお兄ちゃんの誕生日だしっ!」


目を細めながら猫のようにシャルは笑った。そう今日この日は俺がプリーストに拾われた日だった。もとより、この世界に誕生日なんてなかった俺はその日を誕生日にした。


ケーキなんて買えないけど、普段よりも格段に豪華な夕食を食べながら食卓はいつもより笑顔が溢れていた。その笑顔を見るたびに俺の決断は間違っていなかったと思える。そうそれでいいのだ。これが俺“らしい”。


楽しかった夕食が終わり皆で後片付けをした後だった。


「ねぇ、お兄ちゃん! 何と今年は私たちからプレゼントがあるんだ!」


シャルが唐突に目を輝かせながら言った。


「まぁ、兄貴のためじゃないけどよ。シャルがどうしてもって言うから……」


ティナがそっぽを向いて言う。その頬は少しだけ赤らんでいた。


「はいはい、ティナはこういう時だけ、照れないの。一番乗り気だったくせに……」


そんなティナをからかうシャイロ。


「う、うるせーよ! 別にた、たまにはいいかなって思っただけだよ!」


そうやって顔を赤らめているところを見るとまだまだ年相応の子供なんだなぁと実感する。なんだかんだ実力はバカみたいに高いが、まだ彼女達は年端もいかない少女なのだ。感情を隠すのはまだまだ苦手なんだろう。


「あれれ、ティナって率先してやろうって言ってなかったっけ?」


「そうそう! そうだよね、姉ちゃん!」


「がああああああ、シャルの姉貴もシャイロもうるせーよ! いいじゃねーか、兄貴のためなんだし!」


「あっ、ようやく素直になった! 可愛いなティナちゃんはっ!」


「こら、姉貴やめろって! 髪が乱れるって!」


「あ、姉ちゃんずるい! 私もティナちゃんと遊びのー!」


そう、それでいい。そうやって真っ直ぐに伸びていってもらえばいいい。それを促すのが俺たち大人の役目だ。


「こらこら、そうティナで遊ぶなって!」


そのうち怒って魔法を飛ばすぞティナのやつ。この前協会の扉焦がしたシスターに怒られたのを反省してないのだろうか。


「うん! 分かった! じゃあ、お兄ちゃんと遊ぶっ!」


そう言って目にも止まらぬスピードで抱きついてくるシャル。俺が怪我しないように気でガードしてくれるのは嬉しいが完全に才能の無駄遣いだ。


「こらっ! シャルの姉貴! 抜け駆けは良くないぞっ!……いやいや、そうじゃなくてだな! ほら、プレゼント渡さないとだな、ほら、もう夜も遅いし」


「やっぱりティナちゃん可愛い!」


「ちょっと、シャイロ離れろ! 暑いって!」


まだ二人でじゃれあっている姉妹をよそにシャルはそうだねと、俺の胸にうずめていた顔を上げる。こうも満面の笑みだと、変な道への一歩を踏み出しそうで怖い。ある意味娘のように思っていた子がここまで大きくなるなんて女の子って成長早いなぁ。唯一、安心なのは身長だけは未だに俺の方が高いと言うことである。前世の小さい頃と顔も変わっていないし、このまま行けば身長もまた伸びるはずだ。


「ねぇ、ティナちゃん、シャイロちゃん。お兄ちゃんにプレゼント渡そうよ!」


「あぁ、そうだな!」


「うん、そうだね!」


シャルは俺から離れて一歩後ろに下がる。そして、ポケットの中からそれを取り出すとそれをティナに渡した。


「私たち皆で作ったんだけどね、ティナちゃんが一番頑張ったからティナちゃんが渡すべきだと思うの!」


ティナはそれを受け取るとぶっきらぼうに顔を赤らめながらこちらに手を伸ばす。


「ほら、一応いつも世話になってるからな。……その、あれだ。これからも宜しくってやつだ!」


「これは……ありがとう。皆、一生大事にするよ!」


渡されたのは木の指輪。何の変哲もない恐らく庭に生えていた木で作った指輪だった。しかし、木には何もないが、この指輪なぜか魔力を感じる。


「これはね、私が大まかな形で切って、シャイロちゃんが模様を考えてティナちゃんが彫ったの!」


「うん、ボクが法術のあらゆる本を調べて考えた模様なんだ! きっと、兄ちゃんの力になるよ!」


そうか、そうだったか。シャイロちゃんが考えた模様なんだ。だから、魔力を感じるわけか。なるほど、俺には本当に出来た妹達だ。


「ありがとう、皆」


右手の左指につけた後、もう一度お礼の言葉を言う。本当は何度言っても足りないくらいだ。


「えへへっ! どういたしましてっ!」


「まぁ、兄貴が気に入ってくれれば良かったけどよ……」


「うんうん、兄ちゃん似合ってる!」


星空の下、彼女達は確かに笑ってくれてたんだ。俺にはもうそれだけで十分だった。


その日の夜、寝る前の話だ。向日葵の家となっている教会は狭いため、寝室は子供部屋でひとくくりにされている。古い二段ベッドが二つ寝室にはあった。その内の一つ、下段で横になっていた俺は上のシャルから声をかけられた。


「ねぇ、お兄ちゃん起きてる?」


「あぁ、なんだ?」


「ねぇ、一緒に寝ていい?」


「お前、昨日までは一人で寝てただろ?」


「うー、いいじゃん。昨日はシャイロちゃんがお兄ちゃんのベッドで寝てたし、一昨日は、ティナちゃんが寝てた。じゃあ、今日は私の番だよね!」


いや、その理論はおかしい。懐いてくれているのは嬉しいがもうそろそろ一人で寝れないとまずいだろ色々。


なんてセリフを勿論妹に甘い俺が言えるはずもなく、何か断りの言葉を考えている間にシャルは音も立てずに二段ベッドから飛び降り、俺の布団へと入ってきた。


えへへっ、と笑うその顔を見れば何も言えなくなり、ただ勝手にしろとだけ言って置いた。


「えへへっ! お兄ちゃん大好きだよっ!」


そう笑いながら片腕に抱きついてくる妹。猫みたいで可愛い限りだ。もし、尻尾なんか生えていたらブンブン振れているに違いない。


「ねぇ、お兄ちゃん」


シャルは腕に顔をうずめたまま上を向かずに喋る。


「ん、なんだ?」


「あのね、今日の模擬戦のご褒美覚えてる?」


「あぁ、もちろん覚えてるよ」


「あの話なんだけどね。ティナちゃんとシャイロちゃんと話し合ったの。でね、私たち一回はお兄ちゃんに負けているから、三人で一つのお願いにしようって言うことにしたの……」


これはある意味で予定外だった。ティナとかシャル辺りは喜んで何か言ってきそうだったのだが。まさか、三人で一個のお願いとくるとはね。


「それで三人で話し合ってお兄ちゃんにもあんまり負担にならないようにって考えたんだけど、これしかないなって思ったの!」


「……」


「お兄ちゃんへのお願いはね。




――――明日も一緒に訓練してくれることっ!」


その言葉に俺は、力強く頷いた。


“なにいってんだよ、今更当たり前の話するなって!”


これが俺が今までに彼女達に対してついた最初で最後の嘘だった。


去り際に俺は彼女達の枕元に前金でもらったお金で買ったブレスレットを置いていった。約束を守れなったお詫びとして……。









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