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日が落ち始めた空に漆黒の塊が浮かぶ。さきほどの白とは違い、黒く、暗い、クジラは、つんざく様な咆哮を上げると、優雅な動きで俺たちを見下ろす。顔の側面に三つずつ付いた黄色瞳と目線があった気がした。


『――かの魔王は世にも珍しい、対の魔王だ。鯨王ベルメオは二対で一つ魔王さ。気をつけなよ。さきほど、白いヤツは鯨王にとって言わば影のような存在だ。本体はこちら。この贋作がどこまでオリジナルに近いのかそれは分からない。分からないが、もしもオリジナルの能力を持ってるのなら、この贋作はさきほどの白い方と比べて耐性を持つ。この黒いやつにはもう、妹君の魔術でも、そしてあの剣術の極技でも、滅ぼすのは不可能だろね』


イフは何時もと変わらずマイペースな声で、まるでしがない世間話をするかのように笑う。


「これは、一体……?」


暴風で飛ばされた石か何かが額に合ったのだろう、軽く額から血を流しながらティナは空を見上げる。


シャルが抱えてくるときに帽子を何処かに落としたのか、ティナは帽子を被っていなかった。


「分からない……でも、あのデカい奴は滅ぼしたはず」


ティナの言葉に答えたのはシャイロだった。


「お兄ちゃん、何か分かる?」


「あぁ、どうやら、アイツが本体らしい」


正確にいうと、あいつ“も”本体という風に言った方が正しいんだろうが、細かい説明を今してもしょうがない。それに付け加えれば、時間もない。


「そんな……」


「と、言うことはさっきのデカブツと同じ飛んでも再生能力持ち?」


「おそらく」


ティナの言葉にうなずく。


「嘘でしょ……」


俺だって嘘だと思いたい。あれだけ苦労して倒したと思ったらまさかのエキストラステージ。もし、この世に神と言う存在がいるのなら、ふざけているのか? と、問いただしたい。


人生が簡単だなんて生まれてこの方、前の世界を含めても思ったことはない。思ったことはないが、ここまでハードだとも思っても見なかった。


――やばい。ヤばい。ヤバい。ヤバイ……。


先ほどから脳内の俺がひたすらに自身に対して警鐘を鳴らす。


今まで死にかけた体験は数多くある。魔物と対峙した体験も、魔獣と対峙した体験も数えきれない。しかし、ここまでやばいと感じた体験は、あの時以来だ。


東の空に浮かぶその姿はまるで、太陽までも食らいそうな大きさ。


そう、大きさも先ほどの奴とは比べ物にならない。


先ほどの白いクジラはせいぜい小学校のプール程度の大きさだったのに対して、こちらの黒い方は小学校の校庭の大きさとなっている。単純な目算でも倍以上。大きさも、威圧感も圧倒的だった。


「「来るっ!」」


そして、悪寒。――反射的に体が動く。


シャルと俺の声が重なる。


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッッッッ!!!!」


――刹那、空に浮かぶクジラは空中を尾で蹴ると、飛んでもないスピードでこちらに突っ込んできた。


「お兄ちゃんっ!」


反射的に回避行動をとっていた俺の腕をシャルは飛んでもない力で掴むと、次にティナとシャイロをもう一つの上で抱えるように掴み。そのまま駆ける。


どうにか奴の口に入るのだけは免れた俺たちが、見たものは奴が通った後の大きく抉れた地面だった。


まるで、スピードが違った。


奴のスピードは先ほどとは大違いだ。まるで、レベルが違う。どうやら、違う点は色や大きさだけではないようだ。


シャルは俺たち三人を抱えるとそのまま先ほどの戦闘で残っていた森に入り、しばらくジグザグと動くと俺たち三人を下す。


「三人とも無事?」


「どうにか、ね。正直姉貴が助けてくれなかったら、きっとアイツの胃の中だったぜ」


「ボクも姉ちゃんがいないと危なかったと思う」


「シャル、助かった。俺も無事だ」


「ふぅ、それは良かった」


シャルは一息、安堵の息をこぼすと、頭上を向く。木々の隙間からは漆黒のクジラが大きな大きな図体で空に浮かんでいる。


「とりあえず、ここまで入ればアイツからは見えないと思う」


この辺りの森は木々が密集していることもあり、空から見下ろす形になるアイツにとっては俺たちを発見しにくくなっているだろう。逆に俺たちにとってはデカいアイツは例え、木々越しでもはっきりと見える。


「しかし、見つかるのも時間の問題な気もする。アイツの動きからしてあのスピードで動き回れるんだ。森の全てを丸裸にするのもそこまで時間は要らないと思う」


俺はそこで、言葉止めると、三人に二つの提案を投げかけることにした。


「いま、俺たちが決めないといけないのはこれから先どうするかと言うことだ。まず、大きく分けて考えられるのは、逃げるか、戦うか、そのどちらかを決めよう」


――逃げる。


俺の中では大いにありな選択だ。そもそも、この場においては誰がどうみてもこれが模範解答だろう。この世界は漫画のような魔法と剣の世界だ。しかし、そこに生きる俺たちは漫画でも、アニメでもなく生きている。死んだらお終いだ。そして、目の前には強敵。対して俺たちは連戦となり、魔力も心もとない。逃げたって誰にも文句は言われないだろう。寧ろ褒められた行動とも言える。ここで死力を尽くし戦い、万が一のことがあったら……。


「俺的には逃げることを提案したい。シャルは兎も角、ティナやシャイロは魔力の総量も心もとないだろうし、王都まで逃げ切れば援軍も呼べる」


それに王都まで逃げ切れば援軍も呼べる。シャルたちがいくら凄腕の冒険者だとは言え、三人では出来ないこともある。しかし、人がいれば話は別だ。王都にはかの有名な剣聖だっているんだ。ここで俺たちが頑張る必要はない。


――だから。


だから、俺の提案に頷いてくれ。


「お兄ちゃん」


シャルは優しい声色でそう言うと、俺の手に黙って自分の手を合わせる。


「お兄ちゃんは優しいから、私たちのことを守ろうとしているのも、そしてその提案が模範解答だということも分かる」


――だったら……。


「――でも、ダメだよ。ここで私たちが逃げたら、この辺りの別の村や町が被害にあっちゃうかも知れない。それはダメだよ。私たちは、この村を守ることは出来なかった。だから、他の村を見捨てることなんて出来はしない。ここで逃げたら、それはもう私じゃなくなる。例えアイツを倒せなくても、足止めにしかならないかも知れないけど、それでも私は戦うよ。だから、逃げてお兄ちゃん。お兄ちゃんが王都で援軍を呼んでくれれば私たちも助かる」


そして、彼女は微笑んだ。


「だって、私は――勇者なんだから」


泥で汚れたその笑顔はとても眩しく神聖なものだった。


――あぁ畜生。やっぱりか……。


やっぱり、シャル(主人公)はこの決断に至るんだな。例え、それが無謀だと分かっていても、例えそれが希望のないことだとしても、彼女は絶対に自分の道を捨てない。


選べる選択肢の少ない世界で、時には間違え方しか選べない世界で、俺たち脇役がしょうがなく、間違え方を選んでいるその横で、彼女は自分にとっての正解を作り出す。


その姿はあまりにも、眩しくて、真っ直ぐで、そして美しかった。


これだけ派手にドンパチやっているとは言え、王国軍が気付くとも、国境の向こうの共和国側が気付くとも、どちらの確証もない。寧ろ、距離的に考えるとどちらとも気付かない可能性がほとんどだ。


でも、彼女は逃げずに戦うと言う。


その先に絶望しかなくとも、彼女はそれを諦めない。


「どうする? とりあえず、どうにかしないとだけど、もう、オレはさっきのような魔術は無理だぞ」


ティナは血の付いた額を拭いながらそう言った。そう表情には疲労の色がしっかりと見えた。


「ごめん、私ももう無理かな……」


ティナの横でその額の傷を癒すシャイロもそうだ。疲労困憊といった感じだ。健気に振る舞っているように見えるが魔力はもう少ないのだろう。恐らく、もうレベル4の魔術をうつのは無理なはずだ。


「……どうすれば」


シャルはそう言うと、視線を落とし、手に持つ剣をギュッと握った。


どうしようもなかった。例え攻撃しても、あの凄まじいまでの回復力で再生される。さきほど同じように滅ぼそうと思ってもティナとシャイロの魔力はすでに空に等しく、レベル4の魔法を期待することはできない。


――こうなったら……。


シャルがそう小さく口を開いた。


「お兄ちゃん、ティナちゃん、シャイロちゃん、一か八かもう一度あの剣技をアイツに当ててみるよ」

「あぁ、現状それしかないしな」


「どうにかして、アイツの意識を引くからその間にお願い!」


シャルの言葉に、ティナとシャイロの二人はそう返す。


そう、これは一か八かの賭け。あの至高の剣術をもってあの鯨王を滅ぼせるかの賭け。先ほどは失敗した。しかし、今度は綺麗さっぱり滅ぼせるかもしれない。イフは言った。『お見事、人の身でありながらその威力天晴だ。聖剣でその力を百パーセント引き出せば、そこいらの魔王ですら一撃で滅ぼしかねない威力だ』と。


つまり、シャルのあの剣技で魔王は滅ぼせるはずだ。


しかし、部の悪い賭けでもある。先ほど、白い方の鯨王を滅ぼすことに失敗しているのだ。今度は更に大きく、さらに早い、黒の鯨王。その全てを滅ぼせる保証はどこにもない。


でも、もうこれしか手段がない。


――もしも、ダメなら……。


「お兄ちゃん……」


シャルの声がした。


「なんだ?」


「お兄ちゃんは、私の横にいて。お兄ちゃんが隣にいてくれたら大丈夫なような気がするの」


その顔はとても真剣な顔だった。


「分かった」


その表情に俺はただそう言うしかなかった。






















「いくよ!」


シャルのその言葉が合図だった。


ティナとシャイロが二手に分かれて走り出す。二人が森の中に消えて暫く、すると鯨王の左右から挟み込むようにして空を飛ぶ二人の姿が目に入った。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!」


鯨王が二人を見て吠える。咆哮が空気を揺らし、木々が派手に揺れた。何もかもがさきほどの白い鯨王とは段違いだった。


シャルはその咆哮を聞くと目を閉じる。


ただ集中して何かを唱える。


「―――――」


その言葉に同調するようにシャルから溢れて出たマナや気が手に持つ剣に集中していく。淡く光を帯びていくその姿はまるで伝説の聖人のようだった。


『マナと気の圧縮……見事だね。ここまでの才能を持った人間は久しぶりにみた』


淡々とまるで誰かに説明するかのようにイフは言う。


空中では鯨王の気を引くためにティナとシャイロの二人が鯨王の目の前を高速で飛び回る。難しい魔力制御をよくやるものだ。流石は二つ名持ちだ。


――でも。


様子がおかしい。鯨王は一つ咆哮を上げたっきり動こうとしない。まるで、ティナとシャイロが見えていないかのように静かに空に浮かんでいた。


――これは一体……。


俺の動揺を他所にシャルの剣技は完成していく。圧縮された気とマナは徐々に光を強める。まるで風のようにシャルの持つ剣の周りをくるくると回る。


光が強くなる。


その時だった。鯨王の瞳がこちらを向いた。黄金に輝く三つの瞳と視線が交差した。


――バレた。


しかし、俺の動揺を他所に鯨王は何もしない。ゆっくりただ空中を舞い、俺とシャルを見下ろすだけだ。


「こっちを向けよ! クソ野郎!」


空中を飛び回るティナの手から火の玉が打ち出される。手のひらサイズのそれは鯨王の顔面に着弾したが、ただそれだけだった。傷一つ負ったような痕跡はない。


鯨王は攻撃をうけたことをまるで気付いていないかのようにゆっくりと俺たちめがけて高度を落とす。そして口を大きく開けた。それはまるで笑っているかのようだった。


――それはまるでその剣技では自分が死なないと確信しているような笑みだった。


「――――」


シャルが目を開ける。先ほどからマナと気を凝縮したそれは眩しく粒子を放ち、直視できないほどにまでなっていた。そして、シャルを中心に巻き起こる疾風。


さきほども見たが、その中心に立つシャルは体中から溢れ出す光を一心に浴び、その姿はまるで物語に出てくる伝説の勇者そのものだった。


「これで終って!」


そして、本日二度目となる剣の絶技が繰り出される。凝縮圧縮されたマナが鯨王は飲み込む。第七世界において最強の剣技、完全に完成されていないとはいえ、その絶技は鯨王を切り裂くには十分な威力を持っていた“はず”だった。


――嘘だろ?


この言葉は誰が呟いたのだろうか。俺だった気もするし、ティナだったような気もする、いやもしかしたらシャイロだったかもしれないし、シャルだったような気もした。いや、その誰でもなく全員のかもしれない。


光が収まったその先にあったのは――――。


傷一つついていない鯨王の姿だった。


『だから言ったじゃないか。 「この黒い鯨王は、白い方と比べて耐性を持つ。この黒いやつにはもう、妹君の魔術でも、そしてあの剣術の極技も通用しない。滅ぼすのは不可能だろね」って』


イフの声がやけに耳に残った。


『奴を滅ぼしたいのなら、白い奴に使った技や魔術じゃだめだよ。それとはまったく別の方法で滅ぼさないと』


そう言ってイフは笑うのだった。


呆然と空を見上げる俺たちに鯨王はその巨体を素早く翻し、その大きな大きな尾を振り下ろすのだった。


地面を大きく揺らす一撃が降ってきた。


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