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向日葵の家。
ここが俺がプリーストに拾われて来た孤児院の名前だった。いや、孤児院と言っても孤児数は俺を含めて四人、それに大人もプリーストとその娘さんのシスター リサの二人だけ。合計でも六人ばかりの小さな孤児院だった。
もはや、孤児院と言っていいのかも分からない家族のような関係。場所は、スラム街と市民街の中間に位置する寂れた教会で参拝にくる人なんかいなかった。
目が覚めると腹の痛みも引いて、すこぶる体調は良かった。後から聞いた話によるとプリーストは文字通り昔は僧侶だったらしく、回復系の魔法を唱えることができるらしい。全盛期の魔力はないにしても子供の軽い病気を治すことなんてわけないよと彼は笑う。その白髪の横顔は今は亡き、前世の祖父を思い起こした。
この時食べた野菜スープと硬いパンの味は一生忘れないだろう。味付けなんてされていないスープに噛み切れないレベルに硬いパン。前世を知っている分どう見たって最悪の食事。でも、前世から見てもそれはとてもとて温かかった。泣きながら食べる俺をプリーストは優しく抱きしめてくれた。
あぁ、やっぱり人生捨てたんもんじゃないな……。この時は素直にそう思えた。こんなにいい人もいるなら中々どうしてこの第7世界も捨てたもんじゃないみたいだ。
この向日葵の家の子供達は俺を除くと子供達はみんな女の子で俺よりも歳が一歳から二歳ほど下の子たちだった。何と無く心情的には妹よりも娘ができたような形に近かった。三人とも今から思い返しても可愛らしい容姿をしていて、なぜか知らないがすぐに懐いてくれた。子供が好きな俺としては非常に嬉しい限りだ。結局、前世では子供が出来ないまま死んでしまったし……。まぁ、今は俺も子供だけどな。
どうせ、思春期になれば、キモい、死ねば? と言われる運命にあることはわかっている。お兄ちゃん! とか にぃに! とか 兄さん! とか言ってくれるのも今だけだと分かっている。だけど、いつか兄離れする時が来るとしてもお兄ちゃんは妹を可愛がるものなのだ。
なんて、そんなこんなで向日葵の家に転がり込んで生活をしていた俺なのだが、もちろんただ遊んでいたわけではない。流石にあの食事を見ればこの家の経済状況なんて一目瞭然だ。だからこそ、出来る限りの手伝いをして出来る限り自分を磨いた。
朝早くに仕事へといくプリーストを見送った後はシスターと一緒に畑を耕し、昼間は妹達と遊び、夜はシスターに魔法を、プリーストに法術を習った。寝る前に時間は文字を覚えるために費やし、余った時間は剣術に充てたり体を鍛えたりした。
あぁ、魔法とか法術とかってよく分からないって? 分かりやすく説明すれば魔法っていうのは某RPGで言えば黒魔法のことを指すと思ってもらえばいい。つまり、攻撃的な魔法だな。そして、法術とは某RPGで言えば白魔法。いわゆる回復系の魔法だ。厳密に言えば少し違うし、魔法や法術の中にも古代魔法、禁術、補助魔法……とか色々と分類があるのだが、今はまだそこまでは説明しなくていいだろう。必要があればまたさせてもらう。
とりあえず魔法に関しては異世界に来たからにはと意気込んでやってみた。未だに初めて魔法が成功した時の感動は忘れられん。まぁ、魔法に関しては魔力はバカみたいにあったのだが、如何せん才能が人並みだったようでそこそこで終わった。(のちに会う使い魔からはポンコツ油田呼ばわりだ)
そして、剣術だが完全に独学だ。教会にある古ぼけた色々な剣術指南書を読みこみミックスさせて、さらに俺の理論を詰め込んだオリジナル。最終的には一番多く使うことになる剣術だが、始まりは本当に見切り発車だったなぁ、と今思い返せば思う。
五歳児にとっては多少ハードだったかもしれないが、ここは平和の国日本ではない。第7世界だ。いつ何があるか分からない世界、だからこそ、俺はある意味で生を感じられた。
まぁ、そんなこんなで七年の歳月が過ぎたわけだ。俺は十二歳になり、妹達は十一歳から十歳になった。妹達の可愛さや綺麗さはあの時から順調に伸びていき、今では前世でみたそこらのアイドルよりもよっぽど綺麗に可愛くなっていた。それにまだ嬉しいことに俺に懐いており、抱きついて来たり、一緒に布団に入って寝たりしてくる。娘のような妹だ、兄ごころと言うか親心としては非常に嬉しいのだが、それもきっと後、二三年の話だろう。今はまだ役得を十分に感じていた。
あぁ、そうそう魔法や法術の腕に関してだが、早い時から習っていた反動か、すっかり魔法に関してはシスター同じレベルになっていた。まぁ、シスターも学園に行かずに独学に近い覚え方だったようなため一般の魔導師レベルらしい。で、法術の方も人並みには出来るようになった。まぁ、人並みといってもプリーストに比べれば足下にも及ばないんだけどね。法術の方はともかく、魔法は一般の魔導師レベルでもこの歳で成れたのなら、将来は大魔導士にでもなれるかと期待したのだが、どうやら新しい魔法や法術をこれ以上使えるようにはならないようで、無駄に知識ばかりが増えていくだけで終わった。どうやら、俺の魔法と法術は十二歳の時で頭打ちだったようだ。世間の評価は中の下。無駄に知識がある一般的な魔術師。……なんとも中途半端な俺“らしい”評価である。
ならば、剣術はどうか、と言われればこれもまた微妙で稽古として教会にあった少し重目の木刀で素振りと型を一通りやったのみで、実戦の機会と言えばシスターや妹達目当てでプリーストがいない時にちょっかいをかけてくる馬鹿どもをそこらの木で俺が作成した木刀で追い払うくらいしかなかった。もちろん、マジもんの光物なんか持ったこともない。どちらにしろ、強いかと言われれば首をひねるレベルだ。それでも、日頃から走りこみ、筋トレ、素振りを行っていたおかげかこの歳にしては十分すぎるほどの筋肉があった。前世の俺からすればあり得ないほどの筋肉質だ。
そんなこんなでも、平和に暮らしていた時だった。
プリーストが倒れた。街中で流行っている流行病だった。空気感染はせず、感染した人間の血液から移るこの病は何かの突拍子でプリーストを蝕み。そして、そのまま帰らぬ人となった。
自分が死んだとき以上に神様を呪ったね。なんで俺じゃないんだ。なんで俺は法術を使えないんだってね。
流行病を治すにはレベル4の法術を使えなければいけない。俺が使える法術はレベル2が精一杯、レベル3以上は家系や才能といった生まれつきのものがいる。凡人の俺には無理だった。結局、異世界に来てまでも俺は大切な人を一人も守れなかった。何とも、情けなく、何とも俺“らしい”結果だった。シスターと泣く妹達と一緒に教会の木の下にプリーストを埋葬しながら俺は柄にもなくそう考え、心傷にふけっていた。
今、思えばそれからだっただろうか。ただでさえ甘えて懐いていた妹達が依存に近くなるくらいに俺に懐くようになったのは……。
プリーストがなくなった次の日の朝、妹達三人にお願いをされた。土下座で。
ある金髪の少女は「お兄ちゃん、私強くなりたいんです! 皆を救えるように! 守れるように! だから、剣術を教えてください!」
ある赤髪の少女は「兄貴、俺に魔法を教えてくれないか? 身にかかる火の粉は自分で払えるようになりたいんだ! もう、兄貴の後ろで守られるのはごめんだ。これからは、俺が兄貴を守る!」
ある銀髪の少女は「にいちゃん、ボクに法術を教えてくれないかな? もう、誰も目の前で誰も死なせたくない! 怪我も病気も全てを治せるようになりたいんだ!」
と、色々と考えて寝るのが遅くなりボーッと寝ぼけ眼の俺にそう言って頭を下げたのだった。
これはある意味でも願ったり叶ったりだ。どの道、この子達は自分で自分の身を守れるようにならないといけない。いつまでも俺がそばに入れるとは限らないのだ。
人は意外と簡単に死ぬ。
そのことが一番分っているのは他でもない俺だけだ。他の誰でもない、一度死んだ俺だからこそ分かることなのだ。
だからこそ、彼女達には強くなってもらわないといけない、俺がいなくなっても済むように。可愛く美しい彼女達のことだ、きっと身に降りかかる火の粉は多いだろう。だからこそ強くなってもらわないと困る。
しかし、俺の魔法の腕や法術の腕はあくまで人並み。中の下が精一杯だ。そして剣術に限っては独学で作り上げた自己流で、強くなる保証はどこにもない、それでもいいのかと問いかければ彼女達は勿論と顔を下げたまま声を揃えた。
それから時間を見つけては彼女達に剣術や魔法、法術を教えたわけだが、彼女達は天才だった。
どんどんとスポンジのように覚えていった。始めてたった二ヶ月で俺と追いつき、次の二ヶ月で俺を追い抜いていた。
特に魔法や法術に関して言えば俺は初めの二ヶ月しか教えることはなく、それ以降は知識を教えるだけしか出来なかった。俺には出来ないレベル3の魔法や法術を彼女達は平気で出来るのだ。もう、読み漁ってきた本での知識を教えるのだけしか出来ない。何も役にたっていないとはこのことだ。
剣術に関して言えば、型を覚えれば後はひたすら素振りや筋トレの反復練習だ。継続は力なり。努力とは続けることに意味があるのだ。もちろん、彼女も天才であり、俺なんか軽々と抜いていった。途中から木刀から斬撃を飛ばしたり、岩を切り裂いたりしていた。いや、木刀だよ、それ。
そんなこんなで彼女達を鍛え始めて半年たったある時、俺は深夜シスターの部屋を訪れ、兼ねての計画を実行する旨を伝えた。
「それは、いけません!」
「シスター。でも、そうは言ってもいられないんです。彼女達には才能があるんです、これが一番彼女たちのためなのは分かっているでしょ」
「でも、しかし!それでは残されたあの子たちはどうするんですか」
「一時期寂しい思いをするだけですよ。すぐに忘れます。俺はこの通り冒険者になろうにも歳が足りません。だから、こうするのが一番良いんです」
「ダメです! なんなら私が体を売って」
「シスター!! 分かってください! そんなんじゃ何も変わらないんです! 彼女達には親が必要だ! 必要なのは兄じゃない! 親だ! プリースト亡き今、貴方しかいないんです!」
そんな感じで堂々巡りがあった後結局シスターが折れる形となった。今から思い直しても、これが一番正しかったと胸を張って言えるね。