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すみません、何度か考えたのですが、話の流れを考えるとこの話は分割するべきではないという結論に至りましたので一括で更新させていただきます。


普段より三倍程度文字数があります。

『鯨王 ベルメオ。間違いない胴体はかなり縮小されいるとはいえ、かの第三世界の魔王さ。滅ぼしたいのならその肉体を原子にいたるまでこの世から抹殺しないといけないよ』


それはまるで悪夢のように、そして絶望を体現するように、ゆっくりとそれでも確実に形作り始める。


「嘘だろ……」


思わず漏れたティナの呟きに全力で同意したい。胴体の全てを吹き飛ばしたにもかかわらず、空中に浮かんだ小さな肉片は徐々にその形を隆起させ、大きくなっていく。


先ほどまでとは違う点は先ほどまでは空中でジグソーパズルが組み合わさるように復活していたのに対して、今回は小さな肉片がまるで細胞分裂を繰り返すように段々と大きくなっている点だ。


『惜しかったね。この贋作が鯨王以外を模倣しているのだったら、きっと先ほどの一撃で決まっていただろう。人の身でありながらここまでの威力があるなんてね。第七世界は安泰だ』


「どうして……? シャルの一撃はアイツをこの世から消し去ったはずじゃ……」


俺のつぶやきに応えたのは、


『かの魔王を滅ぼすのに剣術はいささか不利だ。それこそ、第五世界の剣王でも持ってこない限り無理だね。言ったじゃないか、奴を滅ぼそうと思ったらその肉体を原子レベルで滅ぼさないといけない、と。妹君の剣術は確かに凄まじい。いくら贋作とはいえ肉体の殆どを滅ぼしただろう。でも、足りない、相性が悪すぎる。あのように吹き飛ばしたら、爆風に吹き飛ばされてどこかしらに生きている細胞が出てくる。たとえ一つの細胞であろうが、一つの肉片であろうが、それが残れば奴は何度でも復活する』


戦場に似つかわしくない落ち着いた声色。全くもっていつも通りの我が相棒はまるでお茶会でのくだらない雑談のように話す。


「んなシャルのあれがダメなら一体どうすればいいんだよ?」


『そこを考えるのはキミさ。何でボクがキミだけじゃなくて、妹君にまで力を貸さないといけないんだ。勘違いしているようだから言っておくが、ボクはキミさえ生きていればそれでいい。他の誰であろうと、それが王だろうが、貴族だろうが、勇者だろうが、キミの家族だろうが、関係ない。枷がとられた今、コイツを倒すだけならまだしも、戦闘を離脱するだけなら容易い。寧ろ、ボクにとってはありがたい』


「…………」


『まぁ、でも答えまでは教えなくとも、勿論キミの契約者として、キミの質問には誠心誠意を込めて答えよう。それくらいは約束する。それに今の状態を確認すると、キミの妹君三人なら方法次第であの贋作を滅ぼすことが出来るだろうね』


イフが嘘を言うことはない。彼女がこう言ったということは、やり方次第であのデカブツを葬れるということだ。


――そのために俺が出来ること。俺だけに出来ることは何か。


そう、まずは何よりも情報だ。


「おい、イフ。あれについて聞きたいことがある」


『あの贋作についてかい? なんだい?』


「お前はアイツについて何処まで分かるんだ?」


『ふむ、ボクが詳しいのはあの贋作のオリジナルの方。鯨王の方だ。あの贋作については殆ど何も知らない』


「じゃあ、アイツとそのオリジナルとの間にどんな違いがある?」


『まず大きさが段違いだね。オリジナルはこれの十倍以上はあるよ。そして、見た目はそこまで違いはない。まるで縮小サイズのオリジナルを見ているようだ。後は、オリジナルに比べて脆いね。オリジナルはレベル4の魔法なんかじゃかすり傷一つもつかなかった。ただ、再生能力に関していえば非常によく模倣しているみたいだね、本物と殆ど差異はないように感じる』


「まとめると本当によくできた贋物ってことでいいか?」


『うん、それでいいと思う』


さて、次に聞くべきことは――


俺が口を開こうとした時、俺の前方にいる妹たちに動きがあった。


肉片は徐々に大きくなっていき、今では2m程度の肉塊になっていた。


「くっ、どうする。今すぐに大魔術をぶち込む?」


「そうだね、あの状態で大魔術をあてられれば流石に……」


「うん、ティナちゃんお願い」


どうやらシャルたちは完全に再生する前にあの肉塊のまま滅ぼすつもりのようだ。ティナが魔力を練り始める。


「なぁ、あのままあの肉の塊を滅ぼしたとしてそれで終わるのか?」


『百パーセントなんていう事は無論ないんだけど、それに近い確率で無駄に終わるだろうね』


「ティナ! 少し待ってくれ!」


「――っ。どうしたんだ、兄貴!? どう考えても今が好機だろ!」


ティナが俺の言葉に反応して詠唱を止める。


「いいから少しだけ待ってくれ」


「でも、待ってたら復活しちゃう!」


「分かっているシャイロ。でも、少しだけ待ってほしい」


俺の言葉を受け、三姉妹のリーダー的存在であるシャルが一歩前に踏み出す。


「お兄ちゃん何か策があるの?」


「いや、今はまだない。でも、そいつに今魔術をぶち込んだところで、また回復するのは間違いない」


「それじゃあ何か策でも……?」


「いや、まだ何も思いついていない。でも、今魔術を打ち込んだところでまた再生するのは間違いないんだ」


シャイロの言葉に答えながら、なんて身勝手な奴なんだと自分で己の浅はかさを憎む。攻撃を止めておいて未だに策はない、しかもそれを一番戦えない奴隷である俺が言うのだから笑えない。


「その情報は何処から?」


「俺の使い魔からだ」


「お兄ちゃん、策は考えられるの?」


「あぁ、今すぐにとは言えないが必ず、何か思いつく。だから、今は攻撃を止めてくれ。まだいたずらに魔力を消費するべきじゃない」


イフは言った。百パーセントに近い確率で滅ぼすのは無理だろうと。ならその通り今のここでむやみに大規模な魔術を打ち込むのは無駄になるはずだ。


――しかし、問題は俺のこの言葉がシャルたちに信じてもらえるか、だ。


先ほどの戦闘でも俺は何もしていないに等しい。それに、俺は奴隷であり、この四人の中で一番立場が低い。何もやっていない俺の言葉がどこまでシャル達に届くか。


そして何より、


『お兄ちゃんへのお願いはね。




――――明日も一緒に訓練してくれることっ!』


数年前俺は彼女たちは一度裏切っている。


そんな俺の言葉が――


「――分かった」


「え?」


シャルから出た言葉に思わず聞き返す。


「だから、お兄ちゃんをいうことを信じて私たちは何もしないよ。ねっ、みんなそれでいいよね?」


シャルはそう言って笑う。戦場には似合わない華のような笑みだ。


どうして……?


「まぁ、兄貴の言うことだしな。信じるよ。魔力ももうそろそろしんどくなってきたし。無駄撃ちは避けたい」


ティナも笑う。特徴的な犬歯を見せながら、いつも通りの笑みを見せる。


なんで……?


「まぁ、姉ちゃんの意見なら少し考えるけど、兄ちゃんの意見なら何も疑う余地はないよ」


そして、シャイロもまたほほ笑んだ。


「どうして……? なんで……?」


「どうしても、なんでも」


シャルはそこまで言うと周りの二人を見る。そして、三人で目を合わせると、呼吸を合わせ。


「「「何時だって、お兄ちゃん(兄貴)(兄ちゃん)は、私たちを助けてくれたから!」」」


―――だから、信用するよ。


俺は主人公ではない。それは分り切ったことだ。前世では何も出来ずに拳銃で撃たれ死んで、異世界に来たかと思えば、魔術も法術もそして剣術すらも人並みか。それ以下。決して強いわけでも、頭が良いわけでもない。


魔法や剣術に才能がないからと言って何か他に才能があるわけでもなく、絵を描かせてもダメ、歌を歌わせてもダメ。ダメダメ尽くしの人間だ。しかもそれに加えて性格もそこまで良くないと来ている。


もしも、このふざけた世界が一冊の小説だったのなら、きっと俺は名前も与えられない存在だろう。主人公の活躍の裏で、読者にもその存在を知らされず、作者にもその存在を考えられてもいない。人々の裏で汗を掻いて、その生涯を終えるようなそんな人間だ。


でも、そんなことは今はどうでもいいのだ。脇役だとしても、主人公じゃないとしても、俺が今やるべきことは一つだ。


――――脇役でも、妹たちの期待には死んでも応えたい。












――あの肉塊が元の大きさに戻るまでにどれほどかかる?

――――大分、損傷が激しいようだからね。あのペースでいけば十分ほどはかかりそうだ。

――なんであの肉片を魔術で滅ぼしてダメなんだ? その理由は?

――――ふむ、それについてだが、あの贋作がオリジナルの再生能力そのままだとすると、完全にあの贋作が再生しない内に破壊してもどこか別の場所に飛んでいった生きた細胞が別に再生を始めることになる。

――つまり、再生が完全に終わるまでに壊したところで、どこかに別の生きてる細胞があればそこから復活するということか?

――――その通りだよ。まぁ裏を返せば一回そのデカブツが完全再生したら周りに欠片程度に飛んでいる細胞はその瞬間に死ぬ。

――一回完全に再生すればもう他の細胞には気を配らなくていいってことか。

――――ご名答。

――じゃあ、聞くがあいつの弱点とかは、あるのか?

――――ふむ、確か第三世界で大取り物があった時は、英雄たちは、かの魔王に対して、炎属性の魔術で対処していたはずだ。より具体的にいえばこの世界で言う、レベル5クラスの魔術で鯨王を燃やし尽くした。さきほどから戦っていたキミなら分かっていると思うが、このデカブツは火で燃やした方が剣術で切り刻んだよりも回復が遅いだろう? 鯨王と同じ特性を引き継いでいるのなら完全にその肉片を燃やし尽くせば滅ぼせるはずさ。

――なるほど、火か……。確か、レベル4の魔術でもこのデカブツに相当なダメージが入っていた。となれば、肉片さえバラバラにならないように気を配れば、全てを燃やし尽くせるか……? ちなみにだが、あのデカブツが完全再生をしたかどうか確かめる方法はあるか?

――――オリジナルの方は完全に再生が終われば、一つ大きな遠吠えを上げていた。遠吠えを上げた瞬間が再生完了と見て間違いないだろう。

――ありがとう。助かったよ。

――――なに、礼には及ばないよ。何せキミとボクはパートナーだからね。


空に浮かぶ肉片は徐々にその大きさを肥大化させていく。


完全再生まで残り、八分。


――シャイロ、ティナ、シャル、少しだけ聞きたいことがある。

――――どうしたのお兄ちゃん。

――今、お前たち三人はどれくらいの魔力やら気やら余裕がある?

――――私は、さっきの剣術が残り一回放てるかな……。まだまだ魔力には余裕があるけど、さっきみたいな大技は一日二回が限界だよ。ティナちゃんは?

――――オレは、後、レベル4の魔術が一回が限界だ。さっきから無駄にバンバン撃ち過ぎて魔力がもう少ない。シャイロは?

――――僕は大規模法術……レベル4なら二回何とか行けるかな。でも、基本的に法術は癒すことが専門だから攻撃性で言えば、さっきの『天使の監視網』がボクの最大威力になるね。

――三人ともありがとう。さらに少しだけ聞きたいんだけど…………。


完全再生まで残り七分。


――シャイロ、結界は張れるよな?

――――誰に聞いてるのさ、もちろんだよ。

――それはどれくらいの強度にまで出来る?

――――うーん、魔力が全快なら姉ちゃんのあの一撃をどうにか相殺するくらいなら……。でも、今の魔力の残力だと普通の姉ちゃんの剣術の斬撃と、後はティナちゃんが使うレベル4の魔術を一回防ぐことが出来るくらいかな。

――結界だけど、例えば――――のようにして――――のようにすることは出来るか?

――――もちろんだよ、兄ちゃんの弟子だよ。

――ありがとう。次にティナ。

――――あいよ。なんだい。

――ティナが使える魔術で火属性で一番威力のあるやつは?

――――うーん、単純な破壊力だと『大爆発』になると思う。ふざけた名前の魔術だけど、威力ならこれがきっと一番だ。レベル5の魔術にすら引けを取らないと思うぜ。

――『大爆発』はダメだ。出来れば相手を燃やし尽くすようなそんな魔術が良い。そんな魔術はあるか?

――――あぁ、それなら『地獄の業炎』がある。でも、あの化け物を燃やし尽くすとなれば、今ある全ての魔力を注いでも……

――その辺りは俺に考えがある。最後に―――なみたいなことは可能か?

――――当たり前だろ、天下無敵のティナ様に任せとけ!

――ありがとう。最後にシャル。

――――なに、お兄ちゃん。

――剣術で――――のようなことをすることは出来るか?

――――言うまでもないよ。私達の師匠を誰だと思っているの。お兄ちゃんの望むことならなんだってやってみせるよ。

――ありがと、な。


残り三分。



















三人から話を聞き、そして考える。この状況下でアイツを確実に滅ぼす方法を。肉片の一欠けらも残さすにこの第七世界から燃やし尽くす方法を。俺の持てる全ての知識を総動員して、ただ一つの解を求める。


そして、


「三人とも聞いてくれ。俺の考えでは―――――――――――風にしたいんだが、出来るか?」


俺のその言葉に、


「何言ってるの、兄ちゃん。それくらい朝飯前だよ」


「オレを誰だと思ってるんだ、兄貴。大船に乗ったつもりで任せとけよ」


そう笑う双子の妹と、


「任せて。信じてるよお兄ちゃん」


シャルはただそう言った。


周りを見れば、何も言わずに俺の言葉を待っている三人。そして、空中にもう既に大体の形が整い始めたクジラの化け物。


「シャル、ティナ、シャイロ、みんなで勝とう」


「「「うん」」」


もういい加減、そのデカい面も見飽きてきた頃合だ。


そろそろこの第七世界から退場いただこう。


「ティナ、シャイロ、準備を頼む」


「任せとけ」


「任せておいて」


そして二人は詠唱を唱え始める。高速詠唱ではない、今回は普通の詠唱だ。高速詠唱は詠唱を高速で行う分、粗がでる。具体的にいえば普通の詠唱よりも威力が落ちたり、魔力を多く消費したりといったところだ。普段はそれを補って余るべき利点が高速詠唱にはあるのだが、今回は威力が勝負なので使用しない。


並んで詠唱を唱える二人の間に入り、その手をつなぐ。


別に邪魔をしている訳でも、美少女の手を握りたくなったわけでもない。


まぁ、後者に関していえばこんな緊急事態では無ければ、そんなことを思わんわけでもないが、何せ今は下手をすればこの世界の滅亡の危機なのだ。そんなことをしている場合ではない。


では、何を手なんて握って何をしているのか。


――なに、足を引っ張るだけではなくて少しは役に立っておこうかなと思ったまでさ。


『私の物を彼に』


殆ど使われることのないその魔法は魔術書を覗いてみたところで、小さく端の所に書かれることが多い。自分の魔力を誰かに渡すことが出来るという一見便利な魔法なのだが、何分、効率が悪い。

自分の魔力を10消費して、相手の魔力を1回復させる、そんな魔法であり一般的な魔力をもつ人なら全ての魔力を相手に渡したとしてもレベル2の魔法が使える程度の魔力しか回復しない。


でも、俺なら別だ。


イフ曰く、ポンコツ油田と呼ばれる俺の魔力は、なかなかの量を誇る。魔法の腕前は並み以下というのに、その魔力量だけで言えば、ティナにも、シャイロにも、そしてあのシャルにすら負けていないかもしれない。


普段は無駄にあるだけの魔力だが、ここでは役に立ってもらう。


「凄い……。昔から思っていたけど、お兄ちゃんの魔力の量って凄いんだね」


「まぁね。これだけは昔から取り柄でさ」


俺たち三人の前に立ち剣を空を見つめていたシャルが振り返り言う。


「私も少しだけ魔力を貰っていいかな?」


「あぁ、もちろんだけど、どうかしたか?」


シャルはティナとシャイロに比べてまだまだ余力がありそうだったが……。


「ううん、何でもないよ。でも――」


シャルはここでセリフを区切ると、俺の右手と左手、両方に自らの手を添える。


手を添えていた時間は短い。


「――暖かい。お兄ちゃんの魔力だ」


シャルは手を離すとほほ笑む、


「絶対に勝とうね」


――あぁ、もちろんだ。


完全再生まで残り20秒。


「よし、みんな行くぞ」


「うん、任せておいて。勇者の名に懸けてあの魔物を滅ぼすよ」


「おうよ、準備万端いつでも行けるぜ。兄貴に魔力を貰ってから何だか調子がいい。今なら何でも出来そうな気がするよ」


「こっちもいつでもいけるよ」


四人で顔を見合わせて頷く。戦闘が長引き、疲労が溜まっているにもかかわらず、その顔はすっきりと晴れ晴れとしている。


そして、その刹那、


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


完全再生を終えた化け物の聞き慣れた咆哮が辺りに響き渡った。


「――シャイロ、シャル、ティナ!」


「うん!」


シャルは剣を鞘から抜くと、魔獣に向かって飛ぶ。そのスピードは肉体強化の魔法を相まってまるで弾丸のようなスピードだ。魔獣はいきなり飛んできたシャルを迎え撃とうと口を大きく開けた。


シャルはその魔力で作った足場でさらにその上へと飛ぶと、魔獣の頭の上へと着地する。


ティナはシャルとは違い魔術でゆっくりと空中に浮かぶ。


そして、シャイロの法術もそれと時を同じくして発動する。


『堕天使の幽閉』


シャイロの魔力を限界まで込めた結界が発動する。普通結界とは四方を囲むものだが、紫のガラス窓のような結界は一か所だけ、わざと開けてある。


「ギャアアアアアアアアアア!!!」


頭上に乗っているシャルと結界を壊そうと地面へと急降下する動きを見せる魔獣だが、残念なことに動きに関していえば、ウチの妹勇者の方が何倍も何十倍も速い。そして、さきほどとは違い、俺という足手まといもいないのだ。肉体強化の魔法をかけ、そして片手ではなく両手で振られた剣速はよもや比べ物にならない。


「はっ!!」


背中からの一刀。


まずこれにより胴体が半分になった魔獣は突進の勢いを失い。崩れ落ちるように結界の底へと、


「やぁっ!!」


しかし、まだ終わらない。結果の側面を使い縦横無尽に駆け巡るシャルはその肉体をさらに細かく刻んでいく。一閃、さらに一閃。


肉と肉が再生しようと磁石のように浮かび上がるが、シャルの方が動きは速い。引っ付こうとする肉片を片っ端から切り刻み、すれ違いざまに切り刻み、そして止めとばかりに剣を振るう。


数分後には細切れのようになった魔獣の肉片が、結界の底面に溜まっていた。


「――ティナちゃん」


そして、シャルはわざと開けていた結界の上部から、飛び出し、結界の外に逃れる。


そう、ここまで来れば俺達が何をしたかったのか分かってもらえたと思う。話は単純にして明快。まず、シャイロが結界を張り、その中でシャルが敵を切り刻み、最後にティナの魔術で敵を燃やし尽くす。文字に起こすと三行にも満たない作戦だ。


細胞の一欠けらでも残すと奴は復活する。なのでまずは、奴の細胞がどこにも行かないようにしなければならない。そのために結界を貼り、奴の細胞が攻撃によってどこにも吹き飛ばないようにする必要があった。


そして、デカブツのままでは細胞の全てを破壊しようと思えば、レベル5以上の魔術が必要だが、切り刻めばどうだ。レベ4の魔術でも十分にお釣りがくるだろう。切り刻めば切り刻むだけ火が通りやすくなる。


「――ティナちゃん!」


「――ティナ!」


「おう! これでこんどこそ終わりだ『地獄の業火』」


そして紡がれる発動のキーたる言葉。


俺たち四人の思いを乗せ、空中に浮かぶティナの眼前に大きな紅い魔法陣が現れる。そこから現れるは地獄の炎。


全てを焼き尽くす裁きの炎が結界内を焼き尽くした。






















地獄の炎が消えた時、結界内には何も残っては居なかった。


見えるのは紫色のガラス窓のような箱状の物で、その中には肉片どころか塵一つ見えず、その先にある山々まで綺麗に見通せる。


「やったのか……?」


魔術の行使がおわり地上へ降りてきたティナの第一声はこれだった。魔力の殆どを使い果たし彼女は疲労の色が顔色からも見て取れた。


「まだ、分からない。さっきだって姉ちゃんのあの技をもろに食らって全てが吹き飛んだように見えてもまだ終わってなかったし」


結界の発動を解かずにシャイロは答える。こちらも結界の行使に魔力のその殆どを割いているせいか、症状に余裕の色が少しなくなってきている。


「うん、今のところ生物反応はないけど、万が一の可能性もあるし、しばらく待っていた方がいいのかも……」


「そうだな、警戒するに越したことはない。シャルの一撃を貰った時でもに二、三分で肉片が人並みサイズになったんだ。しばらく待ってみて、反応を見てみよう」


剣を抜き、いつでも対処できるように警戒をしているシャルの意見に頷く。


――一分が過ぎ。


――――二分が過ぎ。


――――――三分が過ぎた。


それでも、結界内に変化はない。


「これだけ待って変化がないっていう事は……」


シャルの言葉を受け、四人全員で目を合わせ、そして頷く。


「やった……やったんだ! シャルたちやったんだよ! あの化け物を倒したんだ!」


シャルは喜びを露わにしながらガッツポーズをし。


「ふぅ、流石に今回は疲れたよ。あの帰らず魔獣の方が数倍らくだったよ」


シャイロは結界を時、額に浮かんだ汗を袖で拭いながら笑い。


「まぁ、オレたち正義ジャスティスにかかればあんなデカいだけのやつ楽勝だけどな」


ティナは特徴的な犬歯を見せながらその緊張を解く。


『お見事。贋作とはいえ人の身でありながら、かの鯨王を滅ぼすか』


そして、俺の相棒はどこまでマイペースな口調を崩さない。


――終わったのか?


『あぁ、お見事だったね。作戦も見事だったよ。キミのパートナーとして鼻が高いよ』


その言葉をうけ、ふぅ、と一つ大きな息を吐く。ようやく、ようやく長かった戦闘が終わった。殆ど何もやっていないとはいえ、小市民の俺としては聊か精神衛生上最悪だった。贋物とはいえ、腐っても魔王、きっとこのパーティーではなかったら全滅していただろう。ストレスで五年は寿命が縮むところだったな。


「みんな、お疲れ」


まぁ、でもあの強敵相手に誰も怪我をしなかったのは良かった。何故かあの魔獣はシャルだけを集中的に狙っていたし、その動きも直線的で、俺を抱えたままでもシャルなら躱すのに苦労はしなかった。結果的に魔力の消費は大きかったが怪我は誰一人することなく、全員無事に戦闘を終えることが出来たのだった。


「お兄ちゃん! さすがだよ!」


「おい、いきなり抱き着くのはやめろって!」


「えー、いいじゃん。減るもんじゃないし、ね! それにシャルはティナちゃんとかシャイロちゃんと違って魔力を貰ってないから、代わりにこうしてお兄ちゃん成分を貰っているの!」


「いや、意味が分からないからな!」


あれだけ動き回ったのにウチの勇者様は元気なようで肉体強化をしたまま俺の抱き着くと、胸に顔を埋めてこすりつけるように顔を振った。


「ちょっと、姉貴離れろよ!」


「そうだよ姉ちゃん! 兄ちゃんに引っ付きすぎだって」


「えー、別にいいじゃん!」


「ダメだよ! 兄ちゃんに抱き着くなんて、うらやま……違う違う、兄ちゃんの迷惑だって!」


「そうだぜ! 姉貴! うらやま――じゃなくて、兄貴も疲れてるんだから離れろよ!」


「うわー、シャイロちゃんもティナちゃんも可愛い!」


シャルは俺から手を離すと目にも止まらぬスピードでティナとシャイロの方に突っ込んでいった。


「ちょっと、姉ちゃん、いきなり抱き着かないでよ!」


「魔力の無駄だから肉体強化やめろよ! それに肉体強化したままだと姉貴の動きが目で追えないんだって!」


ワーワーギャーギャー言いながらも何やかんや楽しそうにじゃれあう三姉妹を見ると、もうすっかり平常運転だ。


そう、この時の俺は完全に失念していたのだ。あの暗闇だった奴隷時代からたった数週間離れただけで単純なことを忘れていた。


――世界はそんなに思い通りにいかない。


愚かなる俺はそんな当たり前のことを忘れてしまっていたのだ。


『妹君に愛されているようで羨ましい限りだ』


「そうか?」


『うん。ボクには兄弟と呼べる存在がいないからね、少しだけ兄妹とか姉妹とかを羨ましく思うことがある。まぁ、そんなことは置いておいて、おめでとう。贋作とはいえ、鯨王を倒したキミ達は第三世界の英雄と肩を並べたと言ってもいいだろう』 


「でも、大分大きさや耐久性も違ったんだろう」


『まぁ、それはそうだが、鯨王の強さは大きさでも耐久性でもなく。その恐るべき再生能力だ。それに第三世界で大討伐遠征が行われた時、その討伐隊の人数は5000人を優に超えていた。いくら贋作で在ろうともそれをたった三人で討ち滅ぼしたとなれば、かの英雄達にも引けを取らないと思うけどね』


「ちょっと規模が大きすぎてよく分からんが、まぁ褒め言葉として受け取って……」


ここまで言いかけて気付いた。


イフが今まで言っていたことを思い出す。


―― 鯨王 ベルメオ。間違いない胴体はかなり縮小されいるとはいえ、かの第三世界の魔王さ。滅ぼしたいのならその肉体を原子までこの世から抹殺しないといけないよ。


――ふむ、それについてだが、あの贋作がオリジナルの再生能力そのままだとすると、完全にあの贋作が再生しない内に破壊してもどこか別の場所に飛んでいった生きた細胞が別に再生を始めることになる。


――ふむ、確か第三世界で大取り物があった時は、英雄たちは、かの魔王に対して、炎属性の魔術で対処していたはずだ。より具体的にいえばこの世界で言う、レベル5クラスの魔術で鯨王を燃やし尽くした。さきほどから戦っていたキミなら分かっていると思うが、このデカブツは火で燃やした方が剣術で切り刻んだよりも回復が遅いだろう? 鯨王と同じ特性を引き継いでいるのなら完全にその肉片を燃やし尽くせば滅ぼせるはずさ。


どうしてイフはここまで鯨王について知っている? 

それは別に世界を覗けるからという意味ではない。確かに別の世界を覗けるからこそ、こんな風な情報が入ったのは間違いないだろうが、どこかおかしい。


「なぁ、イフ。第三世界の魔王って今はどいつなんだ?」


『なんだ、そんな事かい。いつぞやの買い物帰りの時に言ったじゃないか。今も昔も第三世界の魔王は――鯨王ベルメオ。キミ達がさきほどほど、滅ぼした贋作のオリジナルで、恐らくこれかさきも第三世界の魔王に君臨し続けるだろうね』


さも当然のようにイフは答える。第三世界の魔王は鯨王ベルメオ。そんなことは異世界学を少し齧れば誰だって知っているような常識だ。俺でも勿論知っている。


――――第三世界で大規模な討伐隊が編成された。


頭の中をぐるぐると回り始める違和感。そして、少し異世界の魔王について学べばすぐに分かる常識。それを見比べる。何かが圧倒的におかしい。


イフが持っていた情報は討伐隊が組まれた時の情報だろう。全てを滅ぼさないと再生する回復能力。完全に再生が終わる前に滅ぼしても、どこか別の場所で生きている細胞があればそこから再生するという情報。


そういう情報は鯨王の戦闘を見ないと分からない情報だ。イフは間違いなく討伐隊の遠征を見たことがあるはずだ。まぁ、討伐隊がどうなったかなんて聞くまでもないだろう。今の第三世界の魔王が鯨王のままだと言うのなら、その結果は聞くまでもないことだ。


なら、一体何が気になるというんだ。


――――第三世界には英雄がいる。


そう、それだ。英雄という言葉だ。討伐遠征は失敗した。それは殆ど間違いないだろう。


でも、それならなんで失敗した討伐隊が英雄と呼ばれるんだ? シャル達は帰らずの魔獣を討ち英雄と呼ばれるようになった。そう英雄と呼ばれるからにはそれなりの功績があるはずだ。


討伐隊に参加した勇気を称して? 


それとも別のところで功績を上げていた?


どちらも有り得そうだが、そうじゃない。まだ、他に引っかかっている部分がある。


それはなんだ?


俺がない頭を捻っていた時だった。俺の前でじゃれあっていた三姉妹の内長女が、すっと姿勢を正すとあれだけ派手な戦闘でもどうにか残っていた木々の密集地帯に視線を飛ばす。右手は既に剣に手が添えられていた。無駄だと思いつつもそちらの気配を探ってみる。しかし、やはりと言うべきか結果は待ったくのダメで、てんで何か潜んでいる感じはしない。


「誰ですか? 返事が無ければ……」


シャルは茂みに向かって声を投げかける。言葉に棘が見える。返事が無ければ即刻切るといった凄みがあった。


返事はすぐに返ってきた。


「別に怪しい者じゃないから、切らないでくれよ……」


そして、茂みから現れたのは、黒いシャツに絹のズボンを穿いた青年。黒に限りなく近い茶色の髪の彼は中肉中背で、どこにでもいそうな、ありふれた記憶に残りにくい、そんな印象を俺に与えた。


「貴方は……さきほど森の中でお会いした」


シャルの言葉で思い出した。そうだ、彼は亀の魔獣の調査で村に国境沿いの村に向かうときに森の中の抜け道であった。あの青年だ。色々とその後に濃すぎる体験をしたせいですっかり忘れていた。


ティナもシャイロも俺と同じだったのか、シャルの言葉にあぁ、と納得して頷いていた。


そして、そんな俺たちとは別にイフは、


『なるほど、やはりそうなったか……』


イフは誰にも聞こえない声で、小さく嗤った。


「生きている方がいたんですね。良かったです。他に生存者や避難された方はいますか?」


生存者がいると分り明らかに嬉しそうな表情を浮かべるシャル。シャルにとって村の壊滅は心が痛むものであったというのは間違いない。だからこそ、彼の正体が何者であれ生きた人間がいたということが純粋に嬉しいのだろう。


「あぁ、それか……。弟が派手にやったから、完全に確認はとれてないけど、多分いないと思うよ……」


――しかし、現実とは非情である。


彼はそうことも無げに言うと、さらに続ける。


「それにしても、結局鍵はなんだったんだろうか……。この村を消した時に解けたからきっと、この村に関するものだったと思うんだけど、村長の命? それとも御神木……? まぁなんでもいいや」


森で彼と会ったときに感じた違和感。先ほどは気付かなかったが、今分かった。


彼は勇者である、シャル達を前にして態度を変えないのだ。ここに来るまでに訪れた街や村の住民達はシャル達が勇者一行だと気づくと皆、首を垂れていた。しかし、この青年はどうか。


そう、この青年は普通だ。まるで、シャル達を歯牙にも掛けていないように。


「何を言っているんです?」


青年の言葉に警戒を強めた俺たちを代表してシャルが問いかける。


「うん? 別に何でもないよ……。まぁ、しいていうなら確認かな……。怠惰からの請け負った任務は遂行したし、別にこのまま帰っても良いんだけど……」


青年はまるで教室で友人と雑談するかのような気軽さで、


「勇者様御一行だけなら、僕も別にどうでも良かったんだけど……。君からは危険な匂いがする……ここで何としても討っておきたい」


青年はそこで初めて表情を真剣なものに変えた。その、視線の先には俺。


「僕は鼻だけは利くんだ……。それに、弟がやられたのに、のうのうと帰るのも気が引ける……。弔い合戦と行こうか……。さぁ、勇者様御一行、お手合わせ願おうか……」


何かを言う暇がなかった。


青年の体が地面に吸い込まれる。


さきほどから、何となくは気になっていたことがあった。周りの木々がなぎ倒され、日がよく当たるようになったのにもかかわらず、禿げた地面の色は暗かった。そう、まるで何かの“影”のように。


変化はすぐに訪れた。


――やばい。やばい。やばい。これは、やばい。


俺の中の本能がひたすらに警鐘を鳴らす。さきほどのクジラの化け物の比ではない。寒気と、嫌悪感が体を突き動かす。危険を察知して頭の回転がグンと上がる。


「――お兄ちゃん! ティナちゃん! シャイロちゃん!」


シャルもいち早く危険を察知したのか俺たち三人の体を抱きかかえると、弾丸のようなスピードで地面を駆ける。


刹那、地面が隆起し、そこから黒い大きな塊が地表へと現れる。


木々が吹き飛び、岩が砕け散り、それらの破片が巻き起こる暴風で辺りに弾丸のようなスピードで弾け飛ぶ。


「どうにか間に合った……」


こんな状況になって先ほどの謎が解けた。第三世界の魔王討伐遠征。それはある意味で成功し、ある意味で失敗したんだ。


――――鯨王と同じ特性を引き継いでいるのなら完全にその肉片を燃やし尽くせば“滅ぼせる”はずさ。


そう、イフは言っていたじゃないか。完全にその肉片を燃やし尽くせば“滅ぼせる”、と。討伐隊は滅ぼすことは出来たんだ。


――――鯨王ベルメオを一体は……。


だからこそ、彼らには英雄と呼ばれるんだろう。


『さて、少しばかり時間が空きすぎたが、あの日の話の続きといこうか。キミはボクに聞こうとしたよね、鯨王ベルメオそれはそんな魔王なのか、と。少しばかり、時間が空いたが、キミの質問に答えさせてもらうよ。再生能力なんていうのはさきほど語ったから省略させてもらう。鯨王には、再生能力以外にもう一つ非常に特徴的なことがあってね――』


どうにか影の範囲からギリギリ抜け出すことが出来た俺たちが見たものは、


『――かの魔王は世にも珍しい、対の魔王だ。鯨王ベルメオは一対で一つの魔王さ』


空に浮かぶ黒いくて大きい塊、そうクジラだ。


『気をつけなよ。さきほど、白いヤツは鯨王にとって言わば影のような存在だ。本体はこちら。この贋作がどこまでオリジナルに近いのかそれは分からない。分からないが、もしもオリジナルの能力を持ってるのなら、この贋作はさきほどの白い方と比べて耐性を持つ。この黒いやつにはもう、妹君の魔術でも、そしてあの剣術の極技でも、滅ぼすのは不可能だろうね』


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッッッッ!!!!」


――――絶望が咆哮する。


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