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「これって……まさか」


風上にあったのは俺達の予想を裏切るものであった。折れた木々の奥にあったのは蛇でもなければ、棒でもなかった。そして半ば覚悟していた村人の死体でもなかった。


「なぁ、兄貴……。これってさ」


「なんで、こんなところに……」


「死んでからしばらく経ってるね、この様子だと……それに見る限り一撃?」


シャルはそれに近づくとその様子を確認した。


異臭を放つそれはシャルの検分どおり、死んでからそれなりの時間が経っているのか、目を刺すような刺激臭が漂っている。まぁ、こいつの場合は死んでも死ななくても同じようなものだとは思うけど……。もとからこいつらは腐ったよな感じだし。


「一体どういうことだ。まさか村の入り口からここまで吹き飛ばしたっていうのか? こんなバカでかい家みたいなやつを……」


俺たちの目の前にあるのは大きいな黒い塊。


小さな家ほどあろうそれは――大きな亀の魔獣だった。


まるで何か何か大きなハンマーで打ち抜かれたように甲羅は陥没しており、その周りの木々や草は物の見事に枯れていた。この前の魔獣と同じ、どうやらこいつも物を腐らす能力をお持ちのようだ。



そして後ろを振り返るとそこは俺たちが通ってきた道。木々が不自然になぎ倒され、改めて

見てみれば所々でそのなぎ倒された木々が枯れていた。それに気付き、先ほどの予想がほとんど間違いないことと確信する。


村の入り口からここまで“コイツ”は吹き飛ばされてきたのだ。おそらく鈍器のようなものでなぎ倒されたに違いない。俺の身長は日本人の平均身長よりも高い。そんな俺でもコイツを見上げる形になる。大きさで言えば俺の二倍か三倍以上か、6,7mは優にあるだろう。


そして言ったようにこいつは亀。つまり、高さが出かければ横幅も比例してデカくなる。岩のような図体を考えると、重さもそれなりのものだ。


「なぁ、シャル。おそらくコイツは鈍器で一撃だろうな」


「うん、私もそう思う。ハンマーか何かで横殴りにでもあったんだと……」


「人間の腕力でここまで出来るか?」


村の入り口からここまで約30mほど、こんな重量何トンレベルの大物をここまで吹き飛ばすとなれば、生半可ではない力がいるはずだ。いくら肉体強化の魔術を使ったとこでここまでのことが人間に出来るのだろうか。言うまでもないかもしれないが、すくなくとも俺は無理だ。


「うん、私もそこが気になっていたんだ。ここまで、巨体だといくら肉体強化を使ったといっても……。出来ないことはないとは思うけど効率が悪いし、それなら剣とか魔法を使うと思うよ。それに出来るといっても元々の筋力も相当なものがあって、肉体強化の魔術に長けた人じゃないととても……」


筋力とそれを強化する才能がいるか。理論上は可能でもそんなことが出来る人物なら王都でも有名になっているだろう。シャルならば何か知っているだろうか?


「そんな人物に心当たりあるか?」


そう思い聞いてみると、シャルはしばらく考えたのちにゆっくりと首を振った。


「少なくても私は知らない。行方不明になった冒険者チームのことは私はよく分からないけど、昔見かけた時は少なくてもそんなインファイターのような人はいなかった」


なるほど、シャルの言う通りならその行方不明の冒険者チームの人たちが力技でコイツを倒したわけではないようだ。


「そうか。ならティナ、魔術はどうだ?」


「うん、出来ないことはないと思うぜ。ただ……」


とんがり帽子をかぶったティナは魔女そのものの恰好で死体の周りの様子を確認する。


「ただ……?」



「コイツをここまで吹っ飛ばすのは魔術を使えば出来ないこともない。オレでもできる。だけど、ここいらは魔力反応がさっぱりだ。ここまでしようと思えば、レベル4くらいの魔術が必要なんだけど……。使った気配が全くだ。普通はレベル4の魔術でも使えばたとえ数週間先でもうっすらとした感覚は残るはずんだんだけどな。ここにあるのはこの魔獣が本来もっている魔力しかない」


魔の憑く獣。魔に魅入られた獣。魔を統べる獣。


そういわれるように魔獣という存在は魔力をもっている。ここにあるのはその魔獣の持つ本来の魔力だけだとティナは言っている。


「なるほど」


「ちなみに法術でもないよ。法術に打撃系の呪文はないし……」


言うまでもないかのように修道服を着たシャイロは首を振る。銀の髪がサラサラとそれに合わせて揺れた。


「と、いうことは魔術でも法術でもない。そして肉体強化による力技の可能性も薄い……か」


そういうことなら可能性は限られてくる。ここで今一つ考えてみる。


目の前の魔獣の死骸。村の惨憺(さんたん)たる実情。魔獣の死骸に関していえば、人間が要因ではほとんどの確率でないようだし、そもそも万が一コイツを倒したのが王都から派遣された冒険者だとすれば村が穴ぼこの更地になっている説明がつかない。


思い返せば村だった場所でも魔力反応は感じないとティナは言っていた。と、なれば人の仕業ではないだろう。魔の残り香を残さずにあそこまで大規模な破壊活動は出来やしない。出来るとすれば火で村を全焼させることくらいだろうが、あそこには焦げ跡も何もなかった。それどころか人の死体も何も……。


古今東西人の仕業でなければ人以外の仕業という風に相場は決まっている。俺たちは村の惨状は魔獣の仕業と断定したが、ここにその魔獣の死骸がある。となれば、それ以外の……。


「とりあえず、こいつの死骸は燃やしておくな。これ以上魔物や魔獣が出たらやっかいだしよ」


「うん、そうだね。ボクもとりあえず、枯れた木たちを出来る限り元にもどすよ」


ティナとシャイロはてきぱきとあのピクニックで魔獣に襲われた時のように死骸を魔術で灰にし、木々を元通りの緑に戻す。


「なぁシャル。これはヤバいかもしれない! 急いであの村に戻るぞ!」


「うん、お兄ちゃん!」


シャルも気付いたのか肉体強化の魔術をその身にかけていた。


「ティナちゃん、空中移動でシャイロちゃんを抱えたままあの村に戻ってほしい」


「あぁ、分かった!」


ティナもことの重大性に気付いたのか、シャルの指示に頷くとすぐに高速詠唱を始めた。


その詠唱の一言目はオリジナルスペル。まるで息をするかのように彼女は魔術師たちの目標である創造魔術を使うのだった。


「シャイロちゃんはティナちゃんと一緒に飛びながら村に向かって……。それと一発大きいのが要るかもしれないから村につくかもしれない辺りで詠唱を始めていて」


「うん、分かった、姉ちゃん! あ、そういえば兄ちゃんはどうするの?」


「お兄ちゃんは私が抱えていくよ」


まぁそうなるとは思っていた。ティナがシャイロと一緒に行くならシャルと俺が一緒に行く羽目になる。そして、俺も肉体強化は使えるがそれはシャルに比べれば雀の涙ほど……。俺が自分で肉体強化を使って走るよりもシャルに抱えられて走った方が何倍も何十倍も速い。


それに普段なら男の意地やプライドが邪魔するだろうが、こと今回に限っては緊急事態だ。急いであの村に戻らければいけない。


俺はシャルの言葉に急いで頷くと背負っていたカバンを投げ捨てる。中身はもったいないとは思うが、今は悠長なことは言ってはいられない。


そもそもおかしかったのだ。魔物やら魔獣と呼ばれる存在は血や魔力に集まる習性をもつ。そして、ここには魔力をもった魔獣の死骸がある。これだけの匂いを発しておいて魔獣どころか魔物すら見かけないとはおかしな話なのだ。それどころか、今日ここに来るまでにも一回も魔獣に襲われなかった。


彼らは敏感だ。圧倒的強者が居れば住み慣れた土地からも平気で出ていくと聞く。昔の文献によれば獣王ゲルニカが召喚された時なんか大陸全土のほとんどの魔獣や魔物がその姿を現さなかったらしい。


そう、彼らと今日ここまで出会わなかったのは、運が良かったわけでも平和なわけでもない。


純粋に彼らがいなかったからだ。


「あぁ分かった、シャル一応俺の魔法と使い魔の枷を解除してくれ」


「で、でも……」


「お前も分かってるだろ。今回は普通の魔獣じゃないことくらい。俺自身こんな村を滅ぼす奴と戦えると思っていないが逃げることくらいできる」


回避能力だけならあの直感のおかげで人並み以上だと自信がある。魔力以外で唯一俺が人よりも上だと自信をもって言えるものだ。


それを使えば回避に専念する限りにおいてよほどのことがない限り大事にはいたらないだろう。


「分かった、それじゃあ解除するね」


その言葉と共に体中を蝕む枷が軽くなった。そして魔力が体中をめぐる。

試しに肉体強化の魔術をかける。うん、調子もいい。


「ありがとう」


「うん、それじゃあ行くよ! ティナちゃん準備はOK?」


「あぁ大丈夫だぜ。シャイロしっかりつかまってろよ!」


「うん、ティナちゃん!」


ティナを抱えたシャイロは魔術を発動する。その瞬間風がものすごい勢いでティナのもとに集まっていき、その爆発的な風の力でシャルは木々の上まで飛び上がる。


「お兄ちゃん、私たちも行くよ! 道案内お願いね!」


シャルはそう言うと俺を抱きかかえる。いや、どうしようもないことだとは分かってはいるがやっぱり気恥ずかしいものである。


それに何でお姫様抱っこなんだよ……。


「あぁ、任せろ! 急ぐぞ!」


この場面で照れ隠しもくそもないんだとは思うがどこか気恥ずかしくなった俺は少し大きな声でそう言った。











「この感覚って!」


シャルが俺を抱え、ものすごいスピードで走り始めてから三十分ほどたった時だった。後、村まで数分といったとこでシャルは呟く。風よけの魔術を使っているからか、その声はかき消されることなく俺に届いた。


「どうかしたか?」


「うん、何か村の周りを大規模な魔法が覆っている……。これは結界?」


シャルはその足を止めることなく、応える。危険察知以外の察知能力は人並みにしかない俺には何も感じないがシャルがいうのなら間違いないだろう。シャルの察知能力は本物だ。


そして、シャルが気付いたということは頭上を移動するティナも既に気付いているはずだ。木々に覆われて今は見ることは叶わないが、途中所々でちらちらと頭上に見えたので、おそらく今も俺たちの頭上付近を飛んでいるはずだ。


「結界……?」


「うん、この感じは間違いないと思う。ただ、普通の結界とは違って入れなくするとかそういうのじゃないみたい。なんていうか結界の外にいる人に結界内の様子を見せないようにするための物みたい。だから、範囲は結構広いけど使う魔力に関していえばそんな多くないかな……」


結界術に関していえば俺はからっきしである。と、いうのも結界魔術自体がマイナーな物であり、それについて書かれた本もそこまで出回ってはいないからだ。孤児院にも帝国の貴族さんの家にも結界術に関しての詳しい本はなかった。しかし、早朝この村を出るときにはなかった結界というものがる時点で嫌な予感がひしひしと感じられる。


そして、俺がこんな風に感じるとき、その悪い予感は高確率で当たる。


「そうなのか。どうするんだ? 結界を破る必要がないのならそのまま突っ走るのか?」


「いや、一応何があるか分からないから切ってくね! お兄ちゃん、少し揺れるよ! しっかり掴まっててね!」


シャルはそう言うと腰に下げていた如何にも伝説の剣ですよ、と言わんばかりの豪華な剣を鞘から引き抜くとそのまま何もない空間を切り抜いた。


その瞬間、それまで見えもしなかった半透明のガラスのような板が一気に砕け散った。あれが恐らく結界だったのだろう。


さて、結界の先に現れるのは一体なにか、蛇が出るか鬼が出るか。


「なんだ……あれは……?」


「アイツは……」


シャルと俺は驚きのあまりそれ以上何もいなかった。今、頭上に見える魔女姿のティナも修道女のシャイロも俺たちと同じ表情を浮かべているに違いない。


結界が破れたことにより、その存在がはっきりと分かるようになった、そこにいたのは蛇でもなければ、ましてや鬼でもなかった。


静かに空中に浮かぶ白い物。その正体を俺は知っている。


優雅にまるで空中を泳ぐかのように尾を揺らすコイツは間違いない。


「なんで、こんな所にクジラが……」


そこにいたのは先ほどの亀の魔獣が可愛く見えるくらいの巨体の真っ白なクジラだった。


そしてそいつは大きな大きな口を開けると地面に向かって齧り付いた。

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