23
書き溜めがなくなったので、次からは毎日更新は厳しいかと思います。
「お兄ちゃんっ! おんぶしてっ!」
翌朝、村からあの村から出発してしばらく森の中を歩いた時にシャルが突然発した言葉である。
「はっ?」
思わずこう返した俺は何も悪くない。開口一番の言葉としては意味不明すぎるのではないだろうか。
ほとんどの人が俺と同じような言葉を返すに違いない。
「だって昨日は何やかんやでお兄ちゃんと全然、触れあえなかったし……。それに王都から出発して野営以外では全部違う部屋で寝てるし……」
昨日の威厳ある勇者としての姿はどこに行ったのやら……。今日のシャルの様子は俺たちがいつも見慣れているシャルそのものである。一応村から離れて誰にも見られていないのを確認してから態度を変えるあたり、立場は弁えているらしかった。
「なに言ってんだ……」
思わずあきれ顔でそう言う。それに違う部屋に寝るのは当たり前だろ、今更何言っても遅い気がするが男女七歳にして席を同じゅうせずである。そう昔の偉い人はいいました。
そんな俺の態度が気に食わないのかシャルはむぅと頬を膨らませた後、パッと姿を消した
「……ぐっ! おい、いきなり何をするんだよっ!」
そして、その直後背中に急にくる重みと後ろから首に回される腕、どうやら実力行使に出たようだ。
もはや、俺の動体視力では動きを追うことが出来なかったぞ……。
「お兄ちゃん馬鹿にしてるでしょー! シャルにとってはお兄ちゃんと一週間も触れ合えないのは拷問に近いんだよっ! ウサギは寂しくて死んじゃうのっ! だから、こうしてるの!」
鎧と剣を持っている分普段よりも重いかと思ったが、そんなことはなく普段抱き着いてくる時となんら変わりないように思える。きっと武具自体が相当いいやつなだろうな。見た目通り。
ちなみにシャルの言葉九割ほど無視だ。こんな風に意味不明な言動にいちいち付き合っていたら身が持たない。
「何言ってんだよ! お前はウサギでもなんでもないだろっ!」
それにウサギが寂しくて死ぬなんて言うのは嘘だ。
「うるさいよっ! お兄ちゃん! シャルはウサギさんなの! だから、お兄ちゃんに抱き着かないと死んじゃうの! そんな病気なのっ!」
「そんな病気があってたまるかっ!」
そういいながらもシャルは俺の首もとに回している腕に力を入れてぎゅっと抱き着くような形をとる。首筋に髪が当たってくすぐったい。
「こら、姉貴! 兄貴がこまってるだろ! さっさと降りろ!」
「そうだよ、姉ちゃん! 早く降りて! 羨まし……じゃなかった、お兄ちゃんが困ってるでしょ!」
「うぅ……で、でも……!」
「でもも、くそもないだろ。姉貴、俺たちの役割はこの先にある村を襲った魔獣の殲滅だ」
「姉ちゃん……。遊びに来たんじゃないんだから、せめて魔獣の討伐が終わるまでは……」
妹の正論にもはや何も返す言葉がないのかシャルは渋々といった顔で俺の背中から降りた。これではどっちが姉か分からない。いや、間違いなくティナとシャイロが姉だろうな。
「そうだ……全てはあの魔獣が悪いんだ……あいつさえ居なければ……私は、私は……お兄ちゃんと……ふっふっふっふ……」
さきほどまであれまで暴走していたというのにシャルは急に目の光が消え、ぶつぶつと話し出す。何を言っているのかは分からないが十中八九ろくなことではないだろう。短くない付き合いだ、これくらいは分かる。
「なぁ、あいつ大丈夫か……?」
小声でティナに聞いてみれば
「どうせ姉貴のことだからどうせ馬鹿なことを考えているんだと思うぜ……」
何とも冷たいようで的を射た答えが返ってきた。俺もそう思う。
「よしっ! ティナちゃん、シャイロちゃん! 魔獣を退治してすぐに帰るよっ!」
と、思えば急に立ち直りガッツポーズ片手にやる気に満ちあふれるからよく分からない。
「よし、行くよー!」
そうシャルはどんどんと足を進める。
「ちょっとまてお前が先頭にたったら迷子になるだろ!」
昔からとんでもなく方向音痴だったシャルだが、五年経った今でも変わっておらずティナやシャイロいわく神レベルなまでらしい。どうにか王都では迷わなくなったというが初めて村や町だと100パーセントで迷うとか……。そんなシャルが森の中を歩いて迷子にならないのか、そんなはずはない。
「そうだよ、姉ちゃん!」
「姉貴そう張り切るなって!」
そんなシャルに追いつくために俺たちは少しばかり足を進めた。
ここらで昨日、村長の家で話してもらったことを復習しておこうと思う。
まぁ、大まかに言ってあのお偉いさんが言っていた内容とそこまで変わりはなかった。
数週間前、俺たちが今から向かう村が魔獣に襲われたらしい。幸いなことに死人こそは出ていないというが、けが人が結構出たそうだが、それでもこれは本当に運がいいと思う、奴らは気まぐれだとはいえ、人間を見れば基本的にすべてを殺そうと襲ってくることがほとんどだと聞く。俺たちが襲われた時もそれはもう凶暴な性格をしていた。だからこそ、そんな魔獣が現れておいて死人が出なかったのは本当に不幸中の幸いだろう。
ちなみにその襲ってきた魔獣というのが亀みたいな生物らしい。村長からその村を襲った魔獣の絵を見せてもらったのだが確かに亀のような生物だった。
ただし、とても大きな亀らしい。大きい亀というとゾウガメとかウミガメとかを思い浮かべる俺だが、どうにもその十倍は大きいとか。襲われたときたまたまその村を訪れていた人曰く、建物より大きい亀さんだとか……。それもう亀じゃねぇよ。
そして、王都から一組の冒険者チームが来て様子を見に行ったのだが、それから音信不通となっているらしい。それどころか村へ様子を見に行った人々も帰ってこないのだとか。
とりあえず、昨日聞いた話はそんな話だった。そこで俺たちは日が昇ると早速、その村へとの調査に向かうことにしたという訳だ。
「さて、この辺りで休憩するか?」
村長から貰った地図を見れば、この辺りはその村までの約中間地点といったところだろうか。
「さ、さんせー」
「うんうん、その言葉を待っていたよ、兄ちゃん」
ちなみに何で俺が仕切っているのかと言えばいつも通り成り行きという訳だ。普通ならシャルが仕切るべきなのだが、俺たちの前ではポンコツ勇者だからな、こいつ。
完全にシャルは俺に進行を任せているようで先ほどから俺の後ろをマイペースに歩いてた。
「しっかし、姉貴も兄貴も凄いな。こんな視界も悪い、歩きにくい森の中を何時間も歩いているというのに平気なんだな」
「まぁ、姉ちゃんは体力馬鹿だからともかくとして、兄ちゃんは凄いね。道にも迷ってないし」
本当言えばなるべく早く向かいたいところだが、昨日と違い今日は馬も使えないような道なき道、半ば獣道のような道を通っていかなければいけない。体力馬鹿のシャルならともかくシャル以外の二人の体力がもたない。なのでこうやってところどころで休憩をとっているという訳だった。
馬を使える道もあるのだが、その道はよその村も経由してるらしく馬でも三日はかかるとか……。なので馬は諦めこうして獣道を歩いている。もちろん、整備なんてされていない道であり、木々も草も生え放題、伸び放題、道はくねくねとしており視界は最悪、ジャングルの中を歩いていると言っても違いない。まぁ唯一助かった点は季節がもうすぐ冬となるため虫が全くいないところだろうか。
俺がこんな道でも平気で歩けて、道にも迷わない理由は偏に慣れているからに過ぎない。地球でも気の向くままバックパッカーという言い訳で放浪していた時も興味本位で森に入るときもしょっちゅうだったし、奴隷生活の時でもクエストやらで森の中に放りこまれることなんてしょっちゅうだった。
「まぁ、色々とあって慣れてんだよ」
「さすが、シャルのお兄ちゃんだねっ!」
そうシャルは近くにあった木の根に腰かけて自慢げに言う。いや、なんでシャルが自慢げなのかはいまいち理解できないが、褒められてはいるので、ありがとうとお礼は言っておく。
「慣れるもんなのかな……」
「おう、慣れるもんだぜ」
「それならボクとティナちゃんは慣れるまで結構時間かかりそうだね……。姉ちゃんみたいに体力もないし……」
「あぁ、シャイロ。森やら山やらの足場が悪いところを歩くときにはちょっとしたコツがいるんだ。それさえ出来れば体力なんてある程度あれば大丈夫だぞ」
足場が悪いところの歩き方さえマスターすれば余計な体力は使わなくていい。足場が悪いと疲れるというのは結局普段通りの歩き方をしているだけなのだ。
「へぇー、そんなものがあるんだ」
「あぁ、ちなみにシャルはその歩き方が出来ている」
俺もこの森に入った時に気付いたんだが、シャルの動きはまさに無駄のない理想そのものだ。歩きやすいところを選び歩き、重心移動もスムーズに行う。俺よりも無駄のない動きかもしれない。
「へ!? 私が? 特に何も意識してないけど……」
まさか急に話を振られるとは思ってもいなかったようでシャルの表情は驚きに染まっていた。
「まぁそんなことだろうと思ったよ……」
運動関係に関するシャルの才能は天才のそれだ。だからこそ、彼女は俺が色々な人から聞いて、実際に経験を積んで手にいることができたこの歩き方も、何も考えずに本人も知らない内に無意識にできているのだろう。
「なんかシャルの姉貴ってそういうところあるよな……」
「そうだね、なんだかそういうことあるよね……」
ティナとシャイロはどこか諦め気味にそして、どこか納得した様子でそう言った。
まぁ、俺はティナもシャイロも魔術法術に関していえばそういったことばかりなのだが……。隣の芝は青いってやつかね。俺なんて才能で言えば芝すらないというのに……。まぁここで自虐ネタを挟んだところで何も変わらないので笑って相槌でも打っておく。
才能がないことなんて遥か昔に覚悟していたことだ。地球でもこの第七世界でも俺が才能なんていうものがあるなんてことはなかった。
「とりあえず、ティナ、シャイロ。水でもどうだ?」
背負っていたカバンから水筒を取り出し、ティナに投げ渡す。
「おっ、サンキュー兄貴」
「飲み終わったらシャイロに回してくれ」
「兄ちゃん、ありがとう」
「シャルはどうする?」
「うーん、私はいいかなぁ……あっ、でもお兄ちゃんが飲むならその後で飲む」
「なんだそれ……?」
「い、い、いや、何でもないよ! 間接キスとかしたいわけじゃないし」
後半はごにゃごにゃと言っていたためいまいちよく聞こえなかった。ま、シャルがいきなり変になるなんていうことは最近多々あるので放っておいて問題ないんだろう。
「俺は水飲まなくて平気だけど、無理はするなよ。いくら寒くなってきているとはいえ歩けばまだ暑いし、脱水症状になる可能性もあるんだからな」
奴隷なんてものは基本的に水なんて貰えないからなぁ。本気で干物になると思ったこともあったもんだ。今となっては笑い話で済むが、当時は本当に死ぬ思いだったもんな……。
そんな生活が続いたせいか多少水を飲まなくても大丈夫な体になってしまった。いや、水は飲むんだけど飲み溜めが出来るようになったといえばいいのかな。一度、結構な量を飲んでいればしばらくは大丈夫という訳だ。
「うん、大丈夫だよ。私体は丈夫だからさ」
確かに昔からシャルは丈夫だった。多少の馬鹿やってケガをすることは多かったといえシャルは風邪なんか病気にかかったためしがない。ちなみに俺も元の世界のことから顧みてもとても丈夫だと自負がある。腹を壊したことは多数あれどそれ以外で体調を壊したことなど数える限り片手で十分数えられる。
はい、そこ何とかは風邪をひかないとか言わない。
シャルに比べたらまだ俺の方が賢い自信がある。
「まぁ、それは知ってるが脱水症状は病気と違うから注意しろよ」
確かにシャルは病気一つしたことないが、脱水症状はそもそも病気じゃないのだ。
「うん、分かってる。自分のことは自分が一番わかっているからさ」
「そうか、まぁ欲しくなったらすぐに言うんだぞ」
まぁ、シャルレベルの体術の達人となると自己管理もしっかりできていそうだしな。俺は何も言わないでいいだろう。
「うん、ありがとう、お兄ちゃん」
シャルが俺にそう返した時だった。彼女はそのままおもむろに立ち上がった。
「ん……? どかしたか、姉貴?」
その行動を不審に思ったティナが問いかける。
「誰かくる……」
シャルは黙ってその繁みを見つめる。
その方角は俺たちがこれから向かう村がある方角だった。
誰か来るか……。少しばかり気配を探ってみても何も感じない。まぁ、そもそも俺が気配に敏感になるのは自身の脅威になるものだけなので、相手が全くこちらに敵意がない時は俺の気配察知の能力なんてシャルの足元にも及ばないのだから分からなくてもしょうがない。
ティナとシャイロも見てみればこの二人もよく分からないのか微妙な顔をしていた。
それからしばらくして気配の正体が茂みから現れた。
黒いシャツに絹のズボン。髪はほぼ黒に近い茶色で目は完全な茶色だった。
背格好は中肉中背。顔はカッコいいわけでもかっこ悪いわけでもない普通。何といえばいいか、地味とか中の中とかいう言葉がよくあてはまる青年だった。おそらく歳のころは今の俺と同じくらいだろう。
クラスに一人はいそうな地味というか目立たない印象を与える。
「おっと、こんなところで人と出会えるなんて……」
青年はこちらに気付くと驚いたような声を出した。その声はどこまでも普通だった。きっと彼と別れてしまえば彼のことなんてすぐに忘れてしまうだろうと、何故か根拠もない確信を俺は抱いた。それくらい彼には特徴がなかった。
青年の意見には俺も同意だ。こんな獣道を使う人間が俺たち以外にいるなんて驚きだ。それに彼の恰好はあまりにも軽薄、ここを通ることに慣れているのだろう。
「私もまさかここで人と出会えるなんて思っていませんでした。貴方はこの先の村から……?」
第三者がいるためなのか急に凛々しくなったシャルが張りのある真の通った声で問いかける。
俺はこの凛々しいシャルのことを勇者モードとでも呼ぼうと名づけようと思う。しかし、ここまで身内と外とで対応が違うのはある意味で凄いな。
「あぁ僕かい……。この先の村というよりもここから西へ行った場所にある村からだね……」
この辺りは村が転々と十程度存在するらしいから彼が俺たちの向かっている村以外にもここには色々な村に抜ける道が混在している。何というめんどくさい地域なんだ……。いっそ、いっこの大きな町なり村なりに合併すればいいのに……。
そして彼はそこまで言ったところでシャルとティナ、そしてシャイロを順番に見たあと、最後に俺を見た。彼は俺を数秒興味深そうに見るとシャルにまた視線を戻した。
「なるほど、その恰好は勇者様御一行かい……」
「えぇ、お恥ずかしながらそういう呼び名で呼ばれております」
「なるほどなるほど……。ここにはどうして……?」
「はい、王国からの依頼で魔獣退治をお願いされてまして……」
「魔獣……? あぁ、あの北の村を襲った亀の魔獣かい……?」
地元の村々の人には既に知られていたのか。まぁ当たり前と言えば当たり前か……。魔獣が出るなんて一大事だし。
「はい、なので貴方もお気をつけて。見たところ旅人ではなさそうですが、この付近の村の方ですか?」
「うん、まぁそんなところかな……。勇者様達は魔獣退治ということは北の村へ行くのかい?」
「えぇ、そうなりますね。貴方はどちらに?」
「僕はこの先の村にね」
青年が指さす先は俺たちが向かってきた先だ。どうやら俺たちがやってきた村に彼は向かうらしい。
「へぇー兄ちゃんあの村に行くのか、結構遠いから気をつけてな」
言うまでもないがティナがいう兄ちゃんは俺ではなく、目の前の青年だ。
ティナはシャルと違い基本的に誰であろうと話し方は変えず、普段通りのサバサバした話し方で話す。それはシャイロも同じことだった。まぁ、シャイロの場合恥ずかしがってなのか、ほかに訳があるのかまでは分からないが、基本的に男性に自ら話しかけることはない。女性とは普通に話しているためどうやら気恥ずかしいと思ってでもいるのだろう。
「ありがとう、魔法使いさん。さて、悪いけど僕はもう行くよ。早めにたどり着きたいしね。魔獣退治頑張ってね」
彼はそういうと手を振りながらゆっくりと木々の間に消えていった。
中肉中背で顔も声も普通、そんな記憶にも残らないような青年だったのだが、俺はどこか、何かが引っかかっていた。まるで喉の奥に魚の骨が刺さったような煮え切らない感情。どこか釈然としない。
その何かが分からないまま俺は再び目的地まで向かうための足を進めた。
彼が俺たちから離れてしばらくたったのちに、
「彼女たちが勇者様御一行ね。これは運がいいのか悪いのか……。それよりも、怠惰が言っていた青年って彼のことだよね。ふーん、勇者様と一緒にいるなんてなんとも奇妙な縁だよ。もう村も残すことあそこだけだし……。勇者様御一行とあえて勝負してみるのも面白いかもしれないね……。行こうか弟、今日もいっぱい食べられるよ……」
そう話していたことをついに俺たちは知ることはなかった。
とにもかくにもこの度の舞台の顔合わせはこの時には既に終わっていたのである。




