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「この小さな山を越えたらすぐだな。今日あたりに到着できそうだ」
パカラパカラとのんびりと歩く馬の上で俺はそう言った。手に持っている地図を見れば俺たちが向かう目的地がこの山を越えた場所にある所だと示していた。
王都から出発して早五日、ついに目的地はもうすぐだ。距離から言っても日が落ちる前につけそうだ。
「うぅ、ようやく到着かぁ……長ったよぉ……」
同じく俺の横で白い馬に乗っていたシャルが少しばかりウンザリしたような声で話す。その恰好は俺が見慣れた恰好ではなく、純白の鎧に身を包んでおり、腰には金ぴかとした如何にも伝説の剣ですよ、と言わんばかりの剣が下げられている。
その見た目はまるでお伽噺に出てくる勇者そのものだ。まぁ、シャルはもう既に文字通りその勇者様なんだけどな。
白馬に乗った勇者様ねぁ……。この場合ヒロインは誰になるのやら……。
「姉貴、勇者様がそんなだれてどうするんだ? もしも誰かに見られたらどうするんだよ……清く凛々しい勇者様のイメージ崩壊だぜ」
そうシャルの後ろで馬に乗っていたティナがケラケラと犬歯を見せながら笑う。
シャルに続きその恰好は普段と違い、数日前に再会した時のような黒いローブにとんがり帽子の魔女っ娘スタイルとなっていた。
「まぁティナちゃん、姉ちゃんも疲れてるんだし……」
そんなティナの横でシャイロは笑い顔でそう言う。もちろん、そんなシャイロも例に漏れず普段着ではない。その姿を一言で表せば修道女そのもの。
第七世界の修道服なので地球のものとはちと形は異なるが、大まかな変わりはそこまでない。
いや、というか俺も修道女なんて見たのはヨーロッパをフラフラしているときに教会で見たくらいなので、もしかしたらシャイロが袖を通している修道服のデザインも地球のどこかにはあったのかもしれない。さすがに、もう真偽のほどを確かめることは出来ないけど……。
しかし、勇者に魔法使いに僧侶。うん、流石に魔王様はいないが、なんかまんまゲームに出てきそうなパーティーだな。
「そうだよ! シャイロちゃんはよく分かってるよ! お姉ちゃんは疲れているの! 立ち寄った村々で大げさな扱いされるし……。勇者ってそこまで、珍しいかなぁ……。それにティナちゃん、この辺りに人の反応がないことは確かめてるからっ! だから、お姉ちゃんは少しくらいだれてもいいのですっ!」
「いや、人がいるいないというかいうよりも、心の持ちようとして言ったまでなんだけど……。一応、王国からの依頼なんだし強力な魔物がいきなり出てくるかもしれないぜ、用心だよ用心」
「だってぇ……。そうは言っても出てくる魔物のも弱いのばかりだし……。どうせ、何かの間違いじゃないの、村が魔獣に襲われたって……。ここまで平和そのものじゃん」
「確かに平和そのものだけど……。でも、姉ちゃん。実際に王都から向かった冒険者の人とも連絡が取れなくなっているらしい。調べるに越したことないよ……」
「うーん、で、でもぉ……」
俺たちが向かっているのはこの王国の西の外れに転々と位置する村の中で一番大きな、人口三百人ほどの村だ。
その理由はさきほどからのシャルたちの会話を聞いていれば分かる人もいるかもしれないが、俺からも少し説明しておこうと思う。まぁ端的にいえば王国からシャルたちチーム正義への依頼ということになる。
ことの発端はある日俺たちが暮らしている屋敷を一人の人物が訪ねてきたことから始まる。
その人は結構国内ではお偉いさんらしく、なんでも国防を担っている管轄の結構上の人らしい。
それで、そんな偉い人の話曰く、
数日前に国境にその辺りの村の一つが魔獣に襲われたらしくその魔獣の討伐依頼が入った。そこである冒険者チームに討伐を依頼したのだが、向かった冒険者との連絡が途絶えてしまったのだとか。
そこで白羽の矢が立ったのがシャルたちチーム正義だという訳だ。その依頼に内容は魔獣の件と冒険者の件の全貌を調べてほしいということだった。もちろん、魔獣の方は見つけ次第即討伐である。
そんなことは軍がやればいいと思うのだが、近年北の隣国の動きがきな臭くいたずらに王国軍を動かせないとかなんとか。国と国というのはどの世界でも面倒なものらしい。人の歴史は戦争の歴史であるとはこの第七世界でも当てはまるようだった。
それと付け加えると、その音信不通になった冒険者チームというのもこの国では上位に食い込むくらいの実力をもつ冒険者たちだったらしく、彼らの上をいくチームは国内にそうはいない。
そこまで言われれば受けないわけにはいかず、依頼を受けることにして、準備をして次の日には出発をした。ちなみにこっそりと報酬の話を聞いたんだが、それがまたべらぼうな額だった。まぁ、あのチーム正義への報酬と考えると妥当なのだろうが、奴隷とかいう最底辺の人生を歩んでいた俺にとっては目ん玉が飛び出そうな金額だったことを記しておこう。
そして、王都を出発して今日で五日目だということだ。
「まぁ、今日でとりあえずだから頑張れシャル」
「うんっ! お兄ちゃんに言われたら頑張るよっ!」
俺の励ましに彼女は勇者そのものの恰好でほほ笑んだのだった。
ちなみに何で俺がこの場にいるのかはいまいち俺自身分かっていない。シャルに言われるがままに付いてきたら今に至るという訳だった。
「王都より魔獣討伐に参った! 私がチーム正義のリーダー、シャルロットだ! ここの長に会いたい!」
先頭を歩くシャルが村に入るなりの開口一番である。先ほどのふにゃけた顔とは異なり、顔は凛々しく背筋はピンと伸ばされ、その姿はどこか神聖なものを思い浮かばせる。人間ここまで雰囲気変われるんだな。
そして、張りある声はとてもよく通り、村中に響かんばかりだった。
まさか、あの英雄である勇者様が来るとは思っていなかったのか、たまたま表にいた村人達はシャルその後ろにいるティナとシャイロを見渡すと、数秒まるで魂が抜けたように立ち尽くした後慌てて地に頭をつけんばなりに平伏した。
シャルの声につられ家から出てきた村人も初めは何か何かと騒ぎ立てていたがシャル達の姿を認識すると既に頭を下げている人々同じようにすぐに平伏する形をとった。
その姿をみたシャルは周りの人には決してばれないレベルで顔をゆがめる。
俺たちがこの旅の途中で訪れた村や町の人々の反応も大抵こんなものだった。勇者の恰好をしたシャルたちを認識するとすぐさまにそれまでの作業を止めて平伏した。
その原因は今のシャルたちの地位にある。獣王ゲルニカの忘れ形見を倒し、有名になった彼女たちに与えられたのは純白の勇者や、紅の魔術師、そして銀の巫女という二つ名だけではない。もっと別のものも与えられえた。
それが我が国の『勇者』という地位である。
この場合の『勇者』とはシャルの呼び名ではない。所謂、称号や地位、位といったものだ。
シャルたちが国外に行くことを恐れた国王がこの国に縛り付けたいがために与えた称号であった。この称号がなかなかに凄いもので、表向きはこの国トップの国王陛下様と同様の権力をもつものなのだ。
かいつまんで言うと、この国の国王陛下に対して唯一シャルたちは頭を下げないでいいという権限だ。凄いだろ? どんなことをしても不敬罪に問われないんだぜ。俺がもし同じようなことをしようものなら即打ち首だ。……あぁ、そういえば俺は陛下に会うどころか城門をくぐれなかったな、こりゃ安心だ。
つまり、目下この国にいる限りシャルが頭を下げなければいけない相手はいないということだ。
もちろん実際には王都同じ権力を与えられているとは言えども、領土も与えられていなければ、政治に関与できるわけでもない。本当にシャルたちをこの国に縛り付けるためだけの称号だ。
日本で言えば……なんだろうな? すまん、とくにいい比喩を思いつかない。もし、またいい例えを思いついたら別の機会に話そうと思う。
これまでの俺の語りで既に分かると思うが、この第七世界には王様もいれば貴族もいらっしゃる。日本で暮らし育った俺は未だにピンとこないというかお家の権力で威張り散らかす貴族様という存在が嫌いなのだがいるものはしょうがない。
そして、その貴族様や王様というのが一般市民にとってはとても脅威となる存在なのだ。
もちろん、個人的に見ていい貴族様もいるのは事実。そして近代の王様もいい人なんだろう。十五歳以下の奴隷を解放したのも近代の王様らしいし。先代の王様? 聞くな。俺は特にいい思いを持ってない。
まぁ、王様の話は置いていて貴族様っていうのはこれまた三流ファンタジーよろしく中々に腐った奴がいるもの事実。王国から離れた領土を持つ貴族様ほどこの比率は謙虚になり、屑の巣窟となる。あいつらは人の命をなんとも思っていない節がある。平民の命を平気で奪う。そのことに何も罪悪感をもっていない。きっと生まれた時に罪悪感をどこかに置き忘れたに違いない。
俺も貴族に買われていた時はたいてい思い出したくないことばかりだ。
南の帝国の貴族さんはあそこまでまともだというのに何で少しばかり場所が違ったらここまで腐るというのか……。
すまん、すまんついつい俺の愚痴ばかりで説明が無駄に長くなったな。歳をとるとこれだから駄目だな。回りくどく分かり難い話ばかりになってしまう。
さてと、ここからは簡潔にまとめる。つまり、酷いことをする貴族様よりもシャルは一応の立場は上なのだ。だからこそ、彼らはこういった態度をとる。
シャルたちならとち狂っても住民に何かするなんてことは有り得ないのだが、彼らにとっては権力ある人間は全ておなじ、粗相があってシャルに殺されても彼らは何もできないのだ。文句をいうことすら許されない。本当に腐った世の中だ。
王都ではシャルたちの人柄も知っている人も多く、王様のお膝下のため馬鹿やる貴族はすくないので、シャルたちはアイドルのような人気を博しているのだが、少し辺鄙な場所に足を踏み入れるとこれである。権力と力のある奴はボンクラ貴族でも勇者様でも住民にとっては同じという訳だ。
分からんわけではないが、理解したところで納得はしがたいものだ。
俺の妹たちは多少馬鹿なやつもいるが、そんなひどいことをするボンクラ貴族とは違う。とても可愛くて優しい自慢の妹なのだが、ここで奴隷である俺が何を言ってもしょうがない。大人しく黙ってことの成り行きを見届けることにする。
「皆さんっ! 顔をお上げください! 私は勇者と呼ばれていますが、自分自身でも頭を下げるに値する人物とは思いませんっ! どうか、顔をお上げ、立ち上がってください!」
先ほどと同じく張りのある凛とした声が村中に響く。しかし、その声色にはどこか憂いが含まれていた。
「し、しかし……」
シャルの言葉に一番近くで平伏していた青年は手を地面につけたまま首は動かさず顔だけを少し上に向けシャルに視線を向ける。
「私はそこまでされるような人間ではないのです……。だから、どうか頭をお上げください!」
シャルはそこまで言ったあとゆっくり頭を下げた。
「な、な、な勇者様……!?」
その光景を見た青年目をぱちくりとさせて驚愕の表情を浮かべる。そりゃそうだろ、国王様に匹敵する人から頭を下げれられれば凡人はこうなる。俺にはそれがよくわかる。
「えっ何、何があったの!?」
「おい、どうかしたのか……って、あれは!」
「ゆ、勇者様!? なんで頭をお下げに!?」
青年の狼狽が伝わったのか村人たちも恐る恐る状況を確認するため顔を上げ、そして目を丸くする。一気に辺りが騒がしくなった。
「さぁ、皆さんお立ち上がりください!」
シャルはまだ頭を下げたままだ。
「し、しかし……!」
「皆さまが立ち上がって下さらないのなら私もこのまま頭はあげません!」
「なっ……!?」
「おいおい、本当かよ!?」
「これは立ち上がった方がいいのか?」
「勇者様に頭を下げさせたことがばれたら一族共々斬首されかねないよ」
勇者様にそこまで言われると立ちざるを得ないのか、ざわめきは大きくなったものの、一人また一人と村人たちは立ち上がった。そこにいた村人、全員が立ち上がったのを見るとシャルは満足げに「ありがとうございます」とほほ笑む。
それを見ていたその村の男のほとんどが見惚れたような表情を浮かべた。うん、その気持ち俺も分かる。俺もシャルが妹でなければきっと年甲斐もなくそうなっていただろう。
「それで、この村の長殿はどちらにいらっしゃる?」
シャルは改めて表情を作り直すと辺りの村人に聞く。
「村長は出かけておりまして、もうしばらくで帰られると思われます」
その問いには一番近くいた例の青年が答え終えたその時だった。
「なんだ、騒がしいが何かあったのか?」
村の奥にから数人の人影が見えた。
「村長! 勇者様が王都よりいらっしゃいました!」
人影は三つ。その一番前に立つ、初老の男性がどうやら村長らしい。
村長の後ろには護衛らしき二人の若い男性が続いていた。なんとも物凄く出来過ぎたタイミングだ。まるで小説のようである。
「何!? 凄腕の冒険者を頼んだが、まさか勇者様とは……」
村長に近づくとシャルたちを見つけると平伏しようと片膝を折った。
「おやめください、長殿! 私に頭を下げるなどとは……」
しかし、シャルはその村長の腕をつかむとその動きを止める。
「しかし……」
「構いません。私たちのことは王都から来た一冒険者と思ってくださればと思います」
村長の戸惑いの声にシャルはきっぱりと応える。
「なるほど、勇者様は我々庶民にも寛容深く、気さくな方だとは風のうわさでお聞きをしておりましたが、まさにその通りですな。きっと皆が平伏していないのも勇者様のお願いですかな」
シャルの口調と表情から何をシャルが求めているの村長には分かったようだ。小さいとはいえ村一つを治めている人物、なるほどその観察眼や肝の太さは本物のようだ。
「えぇ、そうなります」
「なるほど、なるほどでは私もそのような態度をとらせていただきますぞ」
「それこそが私たちの願いです」
「そうですか……。では、そうさせていただきます」
「ありがとうございます。それで、早速ですがこの度の依頼のお話についてお聞きしたい」
「分かりました。では、私の家にご案内いたします。生憎この村には宿と呼ばれる場所はありませぬので、今日は私の家へとお泊りになっていただければと……」
「はいそれでは、よろしくお願いいたします」
先頭を歩く村長に続くようにシャル、ティナ、シャイロ、そして俺といった順番で足を進めた。
そして今更ながら思うのだが、俺の立場ってどう見るんだろうな?
思いっきり普段着のためパーティーメンバーには見られていないと思うのだが……。村人たちの間を通り過ぎるときにほぼ全ての人から疑問の視線で見られた。
いや、俺自身もいまいち自分のポジションが今回は分かってないんだ。
勇者、魔法使い、僧侶という魔王に挑めるようなパーティーに入る自信もなければ度胸も力もない。
さらに言えば、俺のジョブは勇者でも。魔法使いでも、僧侶でもない、奴隷だ。
そっか、奴隷なら普段通り使用人ポジションに収まっていればいいのか……。
変にそう納得した俺は何の心配のない軽い足取りでシャイロの銀髪を追いかけた。
今から思い返せば変に気が抜けていたのも事実だった。だって、いくら凶悪な魔獣退治と言えどもあのシャルたちである、ピクニックの時の戦いを見せられれば彼女たちの強さがもの凄いことだというのは十分に理解できる。
魔獣がどんあ凶悪であれ流石に獣王ゲルニカの忘れ形見とまではいかないだろう。なら、さっさと討伐して帰ればいいのだ。
そう、この時の俺はすっかり忘れていた。魔獣を退治しに向かって行方不明となった冒険者チームがこの国では10といないギルドランクAランクの冒険者チームだったということを……。




