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それから、いくら時間が経っただろうか、俺の話も途中からはティナとのただの雑談に変わっていた。俺もティナ達の話に興味もあったからだ。そんなこんなですっかり盛り上がり、だいぶ時間が経っていた。まだ夕方というほどではないがそれでも後少しすれば空が赤く染まるくらいの時間になっていた。
まだ秋とはいえ、夜になれば気温も下がるし。それに日が落ちれば魔の動きが活発になる。特にようもなければ、もうそろそろ帰り支度を始めてもいい頃合いだろう。
「兄貴、すごく面白かったぜ。ありがとうなっ!」
「そうか、楽しんで貰えてなによりだよ。今度はティナ達の話を聞きたいかな」
「おう、今度俺たち正義の話を聞かせてやるよ」
そう言って彼女はチャームポイントの犬歯を見せながらにっこりとほほ笑んだ。その笑顔は今日一番の笑顔だった。
「さて、じゃあそろそろシャルたちを起こさないとな」
そう言って俺は立ち上がり伸びを一つする。長い事座っていたせいか気付かないうちに筋肉がこわばっていたらしい。ぐっと筋が伸びるのが分かった。
結構長い間話し込んでいたというのにシャルもシャイロも起きる気配はなかった。こうして寝顔を見ると何処までも可愛い妹たちだ。
「そうだな、じゃあ俺はシャイロを起こすから、兄貴は姉貴を起こしてくれ」
「あぁ、わか――――」
ティナのセリフに返事をした時だった。
――――ゾクリといった冷たく嫌な感覚が背中を走った。
そのまま半ば反射的に腰を落としその方角に身構える。
あの時、つまり前の世界で俺が死んだせいなのかどうかは分からないが、この世界にやってきた俺は妙に気配を察する能力に長けていた。何というか敵意を持ったものや危険なものに対して非常に敏感になったと言えばいいのか。
前の世界で他者に殺されているから体が覚えているのだろうか、とりあえず詳しいわけは未だに分らないがそういった危険をすぐに察知できるようになっていたのだ。
この能力があったからこそ、魔術も法術もそして剣技すらもそこそこどまりだった俺がここまで生き残れたのである。そうでなければ、きっと今までに死んでいた数は両足の指の数まで入れても足りないだろう。
――その感覚が言っている良くない物が来る。
「兄貴……? どうかしたのか?」
ティナの疑問に答えようとした時だった。
「この感じは……」
いつの間にか寝ていたはずのシャルが起き上がり俺と同じ方角を見ていた。
「どうしたんだよ……。姉貴も――って、これは!?」
ティナも気付いたのか俺たちと同じよう方角に視線を向ける。
「……ぅん。これって……」
最後にこれまた起きてきたシャイロが睨み付けるようにそちらを向く。
湖がある方角から少し北に視線をずらした先、ちょうとど俺たちが辿ってきた森の中の道と湖との中間地点に当たる場所付近。
「この感覚ってまさか……」
どんどんと強くなる感覚。何かが近づいてくる。この感覚には覚えがある。
まさかと思いその名を口にする。
「これは――魔獣か?」
魔のつく獣。魔に憑かれた獣。魔を統べる獣。
奴らについての詳しいことは未だに解明されていないが、一般的に第七世界ではないどこからかくる存在と言われている。招かれざる存在であり、どこにでも姿を見せる存在でもある。しかし、何処へでも姿を現す存在とはいえ、奴らに出くわす可能性は低い。それこそ、彼らが出やすいとされる空気中の魔力が不安定な場所、洞窟やら森やら砂漠やらに近づかない限りは一生お目にかからない人も多いはずだ。
もちろん、ただ出やすいとはいえそこに必ず出るとも限らない。村の中でも、街の中でも出てくる可能性がある。まさに神出鬼没な化け物だ。
――――そして何よりも奴らは非常に強力な存在だった。
俺が奴らに出くわしたのは今まで一度っきり、奴隷として買主の命令で三十ばかりの小隊で遺跡の発掘任務に当たっている時だった。奴は嫌な感覚をもって現れた。
その時の被害は尋常じゃなく奴を倒し切った時には息があったのはわずかに二人だけだった。
「うん、この感じ間違いない。お兄ちゃん、少し下がってて」
そう言ってシャルは俺の一歩前に立つ。嫌な予感ほどよく当たるものである。
「下がってろって言われても……」
分かっている。今の俺には魔法も使えなければ法術も使えない。そして剣も握っていない俺にはないもすることがないことくらい。そして、間違いなくシャルたちがいれば俺が出るで出番もない。
それに今は完全に魔力を封じられている。俺の唯一絶対の切り札であり、あの窮地を脱した魔法を使うこともできない。完全に足手まといだ。
「くる……!」
ティナがそう呟いた時だった。
俺たちからいる場所から十mほど離れた所、その空間にヒビが入った。
――――ピキピキ。
まるでそんな音が聞こえてくるような、形で空中にヒビが入る。奴らの登場方法は複数あるというが、今回はこのパターンらしい。
そして卵が孵化するように、割れるように、ヒビが穴に変わる。その奥には真っ暗な闇が広がっていた。
そしてその穴から足が出てきた。真っ黒の獣の足。
何かよく分からん体液みたいなヌメヌメとした液体に覆われているようで太陽の光に反射してテラレラと光っていた。
その足が地面に着いたときである。
シャーといった音と共にそこに生えていた芝生が枯れてた。なんとも、あのヌメヌメとひかる体液にはものを腐らすが枯らす効果があるらしい。
未だ全貌を現していないというのに恐ろしいやつだった。
ヒビはどんどん大きくなり、そして奴らは全貌を現した。
そいつのことを一言で表すのなら何と表せばいいか……。とんでもなく歪な形のそれを一言で現すのなら化け物それ自身だ。
まず足は犬、体はサル、尻尾は蛇、そして顔は亀。もちろん、俺はそんなよく分からん組み合わせをした生物を前の世界でもこの第七世界でも見たことはない。それに体はとても大きく全長で5mといったところだろうか。
体中をあのわけのわからん体液でヌメヌメと光らせるその光景は小さい子が見ればトラウマ必至である。ご丁寧に俺たちの方を向くと亀顔がゲラゲラと気持ち悪い声で笑った。
「お兄ちゃん待っててすぐに終わるから」
シャルは何故か緊張が取れたような気の抜けた声で話すと、ピクニックの続きかと言うくらいの軽い足取りでそこらに落ちていた木の棒を拾いまるで剣のように構えた。
シャルの言葉通り勝負はすぐに終わった。文字通りの瞬殺だ。
いや、別にこれは俺が描写をサボっていたわけでも何でもない。これ本当に。
俺もかっこよく戦闘描写ってやつをやってみたかったのだが、そんな大層なことは出来なった。
何分先ほどの戦闘はわずか三行で終わるのだからな。俺があれだけ魔獣の強さを語ったというのにそんな俺の紹介を見事に裏切る形で魔獣は一瞬でこの世界から退場なさった。
まずこうだ。1 シャルがとんでもないスピードで魔獣をぶった切る。
2 ティナが唱えた魔術で魔獣の断片を燃やす。
3 シャイロが法術で枯れた芝生や焦げた芝生をもとに戻す。
切る 燃やす 戻す。あの魔獣が弱いわけではない。しっかりと俺の感覚は奴が強者だと告げていた。しかし、それ以上にシャルたちが強すぎるだけだ。
勇者御一行とは聞いていたがまさかここまでとは思いもしなかった。
「終わったよー。ねぇねぇ、お兄ちゃんっ! シャルたち強くなったでしょ!」
まるで犬が飼い主の腕に飛び込むようにシャルは俺の胸に飛び込んできた。どうやら褒めてほしいみたいだ。
「あぁ、本当に強くなったな」
「えへへへ……。お兄ちゃんに褒められちゃったっ!」
ついで頭を撫でておけばシャルは思いっきりその顔をほころばせる。
「ティナもシャイロも本当に強くなったな」
二人にもそう声をかければ、
「あったりまえだろ! 強くなったって言ったじゃん!」
「まぁボクは今回戦闘には参加してないんだけどね。もちろん戦闘もできるよ。あれくらいなら僕一人でも楽勝だよ!」
と、満更でもない返事が返ってきた。
魔獣を歯牙にもかけないとは彼女たちがこれから先戦闘で苦戦をすることはないんじゃないだろうか……。俺はひとりそう思った。
思い返せばこれがある意味でフラグだったのかもしれない。彼女たちが本当に死闘を繰り広げることになるのはそれからわずか一週間と少し後のことになるのだから……。




