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さてと、ここまで回想したとこで改めて今の現状を確認する。
相変わらず横を見れば若干ほほを朱に染めているが嬉しそうに俺の腕の抱き着いている一番上の妹、何か小声でごちゃごちゃと言っているが無視しておく。そして前を見れば少し荒くゆらゆらと揺れる二番目の妹の赤いポニーテール、後ろを見れば先ほど同じようにジト目の三番目の妹。せっかくの美人に育ったというのにこれでは台無しだ。
はぁ……全く我が妹ながら困った連中だ。
そう小さくため息をつくと改めて視線を横に向ける。
「シャル」
「えへへへ、まず私は最初嫌がるんだけど、お兄ちゃんが無理やり、こう繁みへとシャルを引き込んでそれでそれで……キャー、恥ずかしい! でも、それがいいっ!」
ダメだ、この馬鹿完全にトリップしてやがる。
「おい、シャル!」
少しばかり体を揺らしてみればハッと我に返ったように俺の顔を見た。白い肌は紅葉を散らしたように赤く染まり、目は心なしか潤んでいた。
「え、え、な、何かな!? お兄ちゃん?」
「いや、ちょっと頼みが……」
「え、え、え、え……。ちょっ、ちょっと待ってよ。シャ、シャルも心の準備ってやつが……。それにティナちゃんもシャイロちゃんもいるし……。で、でもお兄ちゃんがどうしてもって、い、言うんのなら、シャルもいいよっ! ぜ、善は急げっていうし……ほらっ! 頑張れ、私っ!」
「ちょっと、これ持っててくれ」
何やらよく分からないことをごにゃごにゃと言っているシャルの話は九割九部無視してリハビリがてら右手で持っていたランチボックスをガッツポーズしているシャルに押し付けるように渡す。今は相手をしている場合じゃない。
女の子に荷物を渡すなんて男としてどうかと思うが、俺よりもよっぽど力も強いのだし今だけは特別に頑張ってもらおう。
「え!? これどういうこと!?」
勢いでランチボックスを受け取ったシャルは何やら状況がいまいちつかめないらしく狼狽えている。
そんなシャルを無視して俺はくるっと後ろを向くとそのまま一歩後ろに足を出し、そのままの勢いでジト目で未だに見ている一番下の妹の手を取り引き寄せる。
「ちょっと、いきなり何!? 兄ちゃん!?」
いきなりのことで焦っているシャイロにとりあえず言葉は返さず引き寄せた勢いでそのまま右手で肩を組む。そしてくるりとそのまま踵を返すと大きく二歩ほど走るように前進した。
「どうした、シャイロ? そんな急に声を上げて?」
シャルはともかくシャイロの声が気になったのかティナはそう言いながら振り返る。もちろん、振り返った先には俺がいる訳であり、ティナが何か言おうと口を開く前に空いている左腕をティナの首に回した。
「もうお前らは可愛いな! 構ってほしいならそう言えばいいのにな! ほらほら!」
乱暴にそれぞれの腕で彼女たちの頭を撫でておく。
俺なりの兄妹のスキンシップだ。
きっと俺がシャルに構ってばっかりなように見えて彼女たちは面白くないのだろう。
まぁ、少し思い返しても基本的に買われて以来シャルがずっとついてきたからな。トイレまで付いてこようとした時は流石に追い返したが……。
どうやら一番上の妹は乙女の恥らいというものをどこかに落としでもして、持ち合わせてはいないようだ。
「ちょっと、兄貴髪型が崩れるって!」
「そうだよ、せっかくセットしたのに!」
そうは言いながら振りほどこうとはいない当たりまんざらでもないように見える。口元にも笑みが出てきたし。
「ほらほら! はっはっはっは! 大きくなったなほんと!」
ここは調子に乗って少し乱暴に頭をこねくりますように撫でておく。
しかし、引き際も大事なのでやりすぎ注意である。実の妹からセクハラ容疑で訴えられては敵わんからな。いや、それ以前に魔法やら法術やらでやられそうな気がするが……。
「大きくなっただけかよ。いうことは兄貴……」
「そうだよ、兄ちゃん……」
先ほどよりか随分とましになったが、まだどこか少しばかり不満げな様子の二人。少しばかり考えると答えはでた。
「ん? ……あぁなるほど――――みんな綺麗になったじゃねーか。見違えたよ!」
腕を組んだままそういうと二人は羞恥からかほんのりと顔を染めた後に、
「……ふん! まぁ 今回だけは許しておこうかな」
「兄ちゃん、そういうのはもっと早く言わないと……。でも、まぁお兄ちゃんだししょうがないか。ボクも特別に今回だけは許しておこうかな」
と。ティナはそっぽを向きながら、シャイロは俺をまっすぐ見てポつりと呟いたのだった。
ふぅ……。全く柄じゃないことをすると疲れてしょうがない。
そもそも、こういうのは主人公がやるべきなのだ。
この物語の主人公が誰かは分からないが、きっとそれは俺ではない。
主人公であったのなら前の世界であの時、俺は死んでいなかったはずだ。
あの少女はまだ生きているだろうか? 元気で育ってくれればいいが……本当にそれだけが俺の願いだ。
何の取り柄のない俺が――凡人が主人公の漫画や小説なんか誰が読むというのだ。
主人公というのは正しくて、かっこよくて、強くて、悪を正して、人々を救い、万人に愛されるそんな存在だ。――主人公は憧れられる存在じゃないといけないのだ。
――――子供の時に絵本で見た勇者様のような存在こそ主人公だ。
そう考えればシャルたちは勇者だし主人公そのものだな。ならそのうちカッコいいイケメンなヒロインでもどこからか白馬にのってやってくるだろう。兄としても安心である。
……って、十年以上前、この世界のスラムで目を覚ました時に主人公なんて世界にはいなくて、ご都合主義も主人公補正もないっていう結論を出し、中二病を無事に卒業したというのに、いつものごとく未だに引きずっているらしい。
精神年齢アラフォーの中二病……。おう、なんか痛いってもんじゃないな。
とりあえず、この中二病主人公理論は墓場までもっていこうと思う。妄想するのならタダだし誰にも迷惑はかけない。
それに自分でも馬鹿らしいと笑い飛ばしたくなるが、どこか頭の片隅では主人公と呼ばれる存在がいてほしいと強く願う自分がいるんだ。どうしようもなく救いようない馬鹿だとは分かっている。
笑ってくれても構わない。きっと神様がこの世に現存してほしいと願うくらい馬鹿な願いだと思う。
だけど、俺はこの先ずっとこの中二病的思いを抱きながら脇役生活を送ると思うんだ。
だって――――主人公とかいうハチャメチャかっこいい存在がいると思った方がこの救いようもない世界を生きる上で楽しいだろ?
「あぁー! お兄ちゃん! ティナちゃんやシャイロちゃんばかり褒めてズルい! 私も褒めて褒めて!」
そう聞こえた瞬間すでにシャルは正面からティナとシャイロを巻き込むような形で俺に抱き着いていた。全く動きが見えなかったが気か魔力で強化してものすごく速く動いたのだろう。ご丁寧に気で衝撃をなくしてくれたのは嬉しい限りだが、技術と才能の無駄遣いのような気がしてならない。
とりあえず、ティナとシャイロの機嫌も直ったことだし、ここはそのままの勢いで話していこうと思う。
「あぁ、シャルも綺麗になったな!」
「えへへ……お兄ちゃんに褒めらたぁ」
「ちょっと、姉貴。暑苦しいから離れてくれよ!」
「そうだよ、姉ちゃん! 兄ちゃんにべったりしすぎ!」
「えぇー! いいじゃん!」
「姉貴は兄貴にべったりし過ぎなんだよ」
「そうだよ! 昨日も兄ちゃんの部屋に忍び混んでベッドに潜り込んだでしょ……昨日はじゃんけんもしてないし、それはせこいとボク思うな」
「そうだそうだ、姉貴しばらく兄貴の部屋行くの禁止な。条約違反の罪は重いぜ。それにちゃっかり今日二人でデートに行く約束取り付けていたし……」
「うぐ……いやね、シャイロちゃん! ティナちゃん! 少しお姉ちゃんの話も聞いてほしい。あれは魔が差したというか……」
「いや、ちょっとまて確かに朝起きたらシャルが隣で寝ていて焦ったがなんでそれをシャイロが知っている!? お前、俺が朝飯作っている最中じゃないか、起きてきたの!」
「え、え!? えーっと、あれだよ、ボクも兄ちゃんの部屋に忍び……じゃなかった! トイレに行くときにね、姉ちゃんが兄ちゃんの部屋に行くのが見えたんだ……!」
「いや、俺の部屋ってシャイロの部屋からトイレ行くとき通らないよな……」
「うわあああああああああああ! 遠回りしたんだよ! ほら、何か悪い人いたら危ないじゃん! だから! そう、巡回だよ!」
「へぇー、本当に?」
「うんうん、本当本当っ! ボク嘘つかないし……」
「そっか、ならいいや」
「ふぅ……たすかった」
「シャイロ何か言った?」
「何も言ってないよ、ティナちゃん! うん!」
「まぁ、シャイロことは置いといてシャル聞きたいことあるんだが?」
「え? 何かなお兄ちゃん? なんでも聞いて! スリーサイズは……」
「いや、誰もスリーサイズは聞いてない……。まぁ、聞きたくはあるが」
「え! 兄貴聞きたいのか? じゃあ俺が……」
「頼むからティナまでそっちに回らないでくれ! 馬鹿は一人で十分だ!」
「え? 誰が馬鹿なの? お兄ちゃん? 大丈夫! お兄ちゃんがたとえ馬鹿でもシャルは気にしないから! むしろ、少し馬鹿な方が可愛くていいかもっ!」
「……姉ちゃんって狙ってなくて素でこれだから、ある意味で幸せだよね……」
「もう、俺が馬鹿でもなんでもいいから、一つ聞くぞ」
未だにシャルは抱き着いたままだし、四人で抱き着いているみたいな形だ。みんなそれぞれ成長したとはいえあの孤児院と何も変わっていない。
とりあえず馬鹿騒ぎは一回止めて、シャルに気になっていることを聞いてみた。
「なぁシャル。……俺が渡したランチボックスどこやった?」
そう俺たちに抱き着いているシャルはその手に何も持っていない。
「――え?」
シャルは俺たちからいったん離れると小首を傾げる。
その動作だけでも可愛いから凄いよな。本当に美人は何をしても映える。
そして小首を傾げたまま数秒考えると
「――あっ!」
と、何かを思い出したのかハッとした表情を浮かべた後に俺たちの後ろを指さす。
「「「ん?」」」
何かと思い三人で仲良く後ろを振り向けば、道の端に無残にも横を向き放り投げたかのような形で落ちているランチボックス。どうにか中身は飛び出してなかった。幸いにも汁物は入っていないので中身が大惨事になっていることはないだろう。
「い、いやお兄ちゃんが急にティナちゃんとシャイロちゃんに抱き着くから、あ、焦って……」
両手の人差し指を合わせてモジモジと視線を合わせようとしないシャル。
その行動は昔孤児院で悪戯がばれた時のままだった。
その動きを見て俺は思わず懐かしくなり人知れず笑みをほころばせた。
「全く、シャルの姉貴はしょうがないな」
「そうだね。姉ちゃんはしょうがない」
下の妹二人も同じなのかシャルのその行動をみて微笑んでいる。
俺たちが怒ってなく、笑っていることに気付いたのかシャルは顔を上げると顔を赤く染めて、人差し指を俺の方に向けると、
「お、お兄ちゃんが急にあんなことするから! お兄ちゃんが悪いんだよっ!」
と照れ隠しをするのだった。その様子がまた妙に子供っぽくて、ティナとシャイロと顔を見合わせるとまた笑った。
無事にティナとシャイロの機嫌もよくなって良かった。せっかく五年ぶりにこうして皆で出かけるんだ楽しめないと嫌じゃないか。今日向かう場所はこの森の中の道を抜けた先にある湖だ。なんでも綺麗な湖らしく知る人ぞ知る穴場スポットらしい。
まぁ、森の中だというだけで用もなければ近づく人は少ないからな。現に森に入ってからは人っ子一人ともすれ違ってないしな。最近は魔物の動きも色々と活発になってきているらしいため、よっぽどの物好きでもない限り森の探検なんかしないという訳だろう。
その点、俺は何も心配していない。俺はともかくここにいるのは、かの第六世界の魔王様 獣王ゲルニカの忘れ形見を倒した勇者御一行様である。多少、藪をつついても蛇が出た程度じゃどうってことない。
それこそ、魔王様が出てこない限りは何にも心配はないのだ。俺は三人を楽しませることだけを考えればいい。
あぁ、そうそう最後に一つだけ言わせてもらいたい。目下、俺の馬鹿らしく、恥ずかしく、どうしようもない痛々しい妄想劇の中ではシャルたち三人が主人公筆頭だったする。だから、そこは個人的にも思うところがないとは言い切れないが、とりあえずその主人公の傍らで物語を観察していきたいと思うんだ。




