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「えへへ……。楽しいねお兄ちゃんっ!」
視線を少し横へとよこせば嬉しそうに俺の腕をとり笑う妹の姿がある。ただ歩いているだけだというのに一体何が楽しいのだろうか? 俺にも少しだけその楽しさを分けてほしいものだ。
え? 美少女と並んで歩けるだけでも十分羨ましいって?
俺もただ美少女と並んで歩けるだけなら嬉しいのだが何分少しばかりその楽しさや嬉しさを享受できないんだ。
――――主に俺たちの後ろと前をそれぞれ歩いている二人の妹分のせいで……。
「兄貴、顔がデレてて気持ち悪い……」
視線をシャルから前へと向ければ赤いポニーテールが目に入る。もちろん俺の数少ない知り合いの中ではそんな派手な色をしている奴なんか独りしかいないわけで、それはもちろん二番目の妹であり魔術のエキスパートであり今、王都では知らない人がいないくらいに有名なギルドチーム正義の魔術担当で紅の魔法使いの二つ名をもつティナその人である。
いつもは男勝りの性格でサバサバとして俺としてもまるで同性のように話せる感じのいい奴なんだけど、今に限っては俺たちの先頭を歩きながらもその目はまるで獲物を射抜かんばかりの狩人そのものである。
一体俺が何をしたというのだろうか……。奴隷の身である限りそうそう粗相なんて出来もしないというのに……。
それに俺はデレてない――たぶん。
「そうだよ、兄ちゃん。いくらシャルの姉ちゃんが可愛いからって欲情するのはどうかと思うんだ……」
首だけを後ろにやれば銀髪のショートヘアの少女がジト目でこちらを見ている。もちろん彼女も俺のよく知る妹の一人であり、チーム正義の法術を担当、白銀の巫女なんて大層な二つ名を持つシャイロだ。いつもは優しく微笑んでくれるというに今はそんな微笑みの欠片もない。
いや、流石に俺でも欲情はしていない。100歩いや、千歩譲ってデレているかもしれないが、欲情しているなんてことは1ミクロンもないのだ。
反論をしたいところだが、ここで反論してもろくなことにならないのは俺だってよく分かっている。古今東西、あらぬ疑いをかけられたときは黙秘するのが一番の処世術だ。それくらいのことは前の世界でもこの世界でも学んできている。
雄弁は銀沈黙は金。ここは日本人特有の決まりの悪さを隠すために愛想笑いの笑みを浮かべておくこととする。ほら、笑顔は警戒をとく効果があるときくしね。
「…………」
そして笑みを浮かべた俺に返ってきたのはさらに冷たい瞳だった。第七世界では困った時の愛想笑いは通用しないらしい。一つ勉強になったな。
「え!? お兄ちゃんがシャルに欲情!? ダメだよ、こんな所で……。そういうのは部屋じゃないと……。で、でもお兄ちゃんがそういう嗜好なら、しゃ、しゃ、シャルも頑張るからっ!」
まあ視線を横に戻せば馬鹿が一人いた。
顔を目まぐるしく赤くしながらも俺に絡みついていないほうの右手でグッと拳を握るシャル。
お兄ちゃん、シャルにはしばらく黙っててほしいんだ。それに何を頑張るというのか……。俺はそんな特殊な性的嗜好なんぞ持ち合わせていないしこれから先も持ち合わせるつもりはない。
そんなこんなだから美少女と何で歩けて嬉しいというよりも後ろと前の視線で心にヒビが入らんばかりだという訳だった。
注目をされるっていうのは俺みたいな恥ずかしがり屋の凡人にとっては苦痛でしかない。
二人からの視線くらいなら注目とは言わないって……? それに羨ましい限りだって?
そこまでいうなら今すぐ俺と代わってほしいね。今、これを読んでいる君がどこにいるのかは知らないが俺がいる第七世界にくれば代わってやる。どうだ今なら腕に金髪碧眼の美少女を侍れせているというおまけつきだぞ。
より具体的に今、歩いている場所を説明するなら大陸のやや西に位置する我が国の王都を出てすぐの森の中だ。さぁ、どうだ。今すぐにでも俺と代わってくれ。
――――なんてな、慣れない状況で自分でもよく分からなくなっていたようだ。すまん、忘れてくれ。
さて、ここらで何で俺が森の中を歩いているのかもうそろそろ話しておかないといけないな。
まぁ、なんていえばいいんだろうな。散歩というかピクニックみたいなもんだと思ってもらえたらいい。
森の中と言えばジメジメして暗いイメージを思い浮かべそうだが、ここはそんなことはなく木々の隙間から日光が差し込み、穏やかの風が吹いていた。なんとも散歩やピクニックにはもってこいの場所だ。
昨日――俺が一人で買い物に行った日なんだが、あの日買い物にいく条件としてシャルと買い物に行くという話だった。
そこで早速、今日行こうという話になったのだが、ここでストップをかけてきた存在が二人、ティナとシャイロである。なんでも二人いわく「姉貴(姉ちゃん)ばかりかまってズルい!」ということだった。
そもそも構うも何も俺は奴隷であってシャルの命令にはそむけないだけだというのだ。俺は悪くない。
しかし、そんなこと言っても誰も取り合ってくれるはずもなく、いっそ皆でピクニックでも行こうと俺は提案したわけだ。意外とごねると思っていたシャルが何も言わずに笑顔でOKをだしたあたり本当はシャルも家族みんなで団欒のような何かがしたかっただけなのかもしれない。
満場一致で行くということが決まり早速昼食の弁当を作ったのだが、何故かみんな手伝うと言い張り四人で仲良く作ることになった。四人入っても十分動き回れるキッチンというのはもはやレストランの厨房となんら変わらないと思うんだ。いや、下手をするとそこらの定食屋よりも大きなキッチンかもしれない。流石、勇者様のお屋敷という訳だった。
ちなみに今日の昼食はサンドイッチがメインだ。いや、それこの前も作ったじゃんとか言う突っ込みは無しの方向で頼む。いや、シャルが手伝うときにまともな料理を作ろうとすると十中八九いや、十回に十回変な物が生み出されるんだ。昨日の昼食を一緒に作った時に唐揚げを頼んだが、いつの間にか黒いダークマターよりもそれらしい物質Xが出来ていた。
――意味不明だろ? 俺だって意味が分からん。どうしたら鶏肉から物質Xが出来るというのか。
昔、孤児院時代も確かにシャルは料理がうまい方ではなかったが食材から食べられない物質へと錬金することなんて流石になかった。剣の腕前と引き換えに料理の才能をすべて失ったのだろうか……?
試しに毒見がてら食べてみたのだが噛み切れなかったため、処分することにした。
奴隷時代から考えると……おっと、今も奴隷だったか。――まぁいいや、奴隷を経験したからというよりも、俺自身の昔からの考えからも食材を処分することなんて絶対にしたくはなかったのだが、噛み切れもしないのだからどうしもない。もはや奴は食い物でも何でもないのだ。
泣いて馬謖を切る思いで処分した。
ちなみに後からティナとシャイロに聞いたところ、シャルに切るか盛り付けるか以外のことを頼み一瞬でも目を話すとあの物質Xになるという話だった。目を離さなければ下手ながらも焼いたり、煮たり出来るらしいのだが一瞬でも目を離すとダメらしい。
本人に聞いたところ、本人も分からないみたいだった。彼女曰く、普通にやってるんだけど気が付いたらああなっているとか。もう、俺は何も語るまい。このことは俺が発見した第七世界の七不思議に認定しようと思う。
だからこそ、俺は「早い 旨い 手軽」の三拍子がそろったサンドイッチを昼食にしたという訳だった。これならシャルも手伝えるし、流石に挟むだけなら物質Xは作れまい。明らかにシャルが挟んだサンドイッチだけ歪な形をしていたが腹に入ればすべて一緒なので大丈夫だ。それに少しくらい苦手なものがあった方が人間らしくていい。
――弱点のない人間なんて、もはや人間ではない。
そして三人で仲良くランチボックス片手に家を出たのだがシャルは玄関から出るなり直ぐに俺の空いている方の手に抱き着いてきた。訳を聞けば、本当は今日は二人きりで出かける予定だったんだから私がお兄ちゃんと腕を組むの! と分かるんだか分からないんだかよく分からんことを言っていた。
俺としては買主の言うことに何も言うことはないため黙ってなさるがままにされていたのだが、どういう訳かティナとシャイロは俺が喜んでシャルと手をつないでいると思っているらしく家を出てからずっと俺とシャルを挟み込んで胃に穴が開くような視線を時折飛ばしているというわけだ。
ちなみに俺以外の三人は妖精のローブという認識齟齬の効果を受けることができるローブを着ている。妖精のローブだけでも凄い品物だというのに加えティナの幻術魔法も加えているため、俺以外だとよっぽど魔力に耐性のあるやつくらいじゃないとシャルたちだと分からないらしい。
そうまでする理由は基本的にシャルたちが正体をばらして歩けば人が集まりすぎて何かをするどころじゃないらしい。芸能人かよっ! と突っ込みそうになったが、よくよく考えてもみればシャルたちは勇者であり英雄である。下手な芸能人よりかよっぽど有名人である。
今更ながら俺って凄い人たちと一緒に歩いているんだよなぁ、と人知れず思うのであった。




