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「まぁこんなところかな、その話し合いで一応いくつかの条件というか、俺の奴隷としての制約が決まって今にいたるという訳だ」
あの話し合いから三日後の昼間、天気は快晴。奴隷で売られている時なんかは基本的に暇なことも多いのでこうやって空を見ることも多かった。しかし、あの時と今では状況が違う。こんなにも前向きに何も考えずに空を仰ぎ見るなんてことは久しぶりだった。基本的に奴隷とは日々生きるか死ぬかなのだ。いくら暇な時でも頭のどこかには、いや見ないようにしてるだけであっていつも頭の真ん中には“死”の文字がつきまとっている。だからこそ、空を見るという動作一つとっても今と奴隷時代では大きく異なっていた。
立ち止まって見え上げた空には、ところどころに浮かんだ小さな白い雲が形を変えつつものんびりと浮かんでいた。
『なるほど、そんな話し合いがあったのかい。……ふむふむ、では具体的にはどんな制約がつくようになったんだい? このボクに教えてくれよ。聞いた話によると今の買主は幸運にも君の妹たちなんだろ? 命令なんてそんな物騒なことはしそうにないように思えるけど……』
そして、俺の命の恩人でもあり、親友でもあり、パートナーでもあるイフティはいつものように太陽を連想させるような明るく、優しく、どこまでも純白でどこまでも穢れを知らない声で話す。
その声は誰にも聞こえず俺だけにしか聞こえない。使い魔の枷が外れたとしても彼女の声は召喚でもしないと、俺とイフが聞かせようと思わない限りは誰にも聞こえないのだ。その声を届けるだけでも俺の魔力を消費するのでここにきてももっぱら彼女の話し相手はこの話下手でつまらない俺だけということになる。なんとも可哀想な話だが、彼女曰くそれでも満足しているらしいので俺は何も言わないことにしている。
「まぁ命令というより、お願いという形に近いかな。色々と紆余曲折したんだぜ。今日ここまで来るのに……」
『紆余曲折?』
イフの不思議そうな声に一つ頷きを入れると俺は立ちどまった足を進めながら口を開く。
向かう場所は王都で一番栄えているという商業地区。俺も初めて向かう場所だ。
向かう理由は単純明快、今日の晩飯の材料を仕入れるためだ。シャルたちは何もしなくていいと言ってくれているが、俺もただのヒモでは立つ瀬ない。
それも普通の女性に養ってもらっているならまだしも、まさかの身内、しかも妹たちにである。そんなことはあってはならない。体は一八でも中身はもうおっさんだ。奴隷が何をいうかと言われてしまえばそれまでだが、俺にも人並みのプライドと意地があるのだ。
「あぁ、なんていうかな。――――過保護なんだよな、あいつら」
『――過保護?』
「そう過保護」
あの時決められた俺への制約というのが基本的に俺の身の周りの制約が多かった。
俺は進む足を止めることなく口を開く。
すれ違うひとは厚手の服に身をつつんだ人が多かった。季節は晩秋、もうすぐ冬が始まる。今の気温から考えるに来月辺りから雪がぱらついてきてもおかしくない。
「心配性とでもいえばいいかな。とりあえず、俺への制約のほとんどが俺の身を案じるというか、身を守れっていう感じのやつばっかでさ。――――例えば、戦闘はするな。もし、一人で街を歩いているときに何かあっても手を出さずに回避しろとか、魔術や使い魔を使うときは妹三人とも一緒にいない時しか駄目だとかね。あとは勝手に家から出るのも禁止されているしな」
俺がイフにことの魂胆を話すまでに今までの日を要したかというと、基本的に俺はあの家では魔術が使えないからだ。
もちろん、使い魔も使えない。もちろんシャルたちはこの制約を決めた理由は数多くの奴隷を買った貴族にあてはまるような反乱を恐れてという訳ではなく、もしも悪意をもつ何者かがシャルの家を襲った時に俺が戦わないようにするためだ。
ご丁寧に戦闘をみたら離脱アンド回避を心掛けよという命令もあったりする。
それと三姉妹がいる前で魔法や使い魔が解放されていない理由も同じように俺が戦闘しないようにということである。何があってもあの三姉妹が守ってくれるというわけだ。
確かに俺はあの家では一番弱いが、妹に守られるほどすたれてはいない。どうにかして、条件を変えてもらおうと頑張ったがシャルの意思は固く無理だった。この家事を担当させてもらうだけでも一悶着あり、どうにかこうにか渋々といった様子だった。
それに制約の中には門限を必ず遵守するようにいったものまでもある、まるで小学生だ。
『へぇー、それは愛されているね……。いや愛されているというよりも』
イフはそこまで言った後に押し黙った。それは含みのある沈黙だった。
「俺もイフと同じことを思うよ。多分、彼女たちは恐れているんだと思う――――俺が再び目の前からいなくなることを」
命を守れよりもシャルが俺に制約したことで一番重要なことは「もう、勝手に目の前からいなくなることの禁止」だった。
あの時は仕方がなかったとはいえ、俺は彼女たちの前から消えている。
その後に何があったのかは想像に難くない。シャルたちのこれまでの様子と今の俺への制約を考えるとおおよその予想はつく。
『分かっているならそれでいい。もう、ないとは思うけど次キミが消えたのなら、下手をすると――――この国が滅ぶかもよ』
いつもの声色で優しくイフティは話す。しかし、それは声色に似合わず深くて黒い内容だった。
「そんなことはないと思うけど……あの様子をみせられちゃね」
ここ4,5日の感想だが、ティナとシャイロはともかくシャルの方は俺がくるまで相当まいっていたようだった。
シャイロやティナが話すには俺には信じられないが物いわぬ残虐マシーンだったとも、笑うことなく、魔物と対峙しては淡々と狩っていったそうだ。
きっと彼女たちは間違っている。間違っているというよりも思い違いをしているに違いない。
彼女たちが俺に懐いているのは小さい時に歳が近く遊んでくれたのが俺しかいなかったからに過ぎない。あの環境は特別だ。同年代の子供が俺たちしかいないんだから、箱庭のような場所だ。それだと俺に懐くほかないのだ。
環境が少しでも違えば、そう例えば孤児院がスラム街になく、もっと住宅地の中心にあって周りにも子供たちがいっぱいいたのなら、いやまたあるいはあの孤児院にもっと多くの子供たちがいたのならそうなっていなかったはずだ。
あの子たちが育った環境的に情緒がいまいち育っておらず、結果として俺に懐くほかなかったに過ぎない。学園に入学してからは基本的に魔物の盗伐や俺の捜索で忙しかったと言っていたし、周りの子供たちとあまりかかわってなかったようだ。
だからこそ、俺は兄として、今は亡きプリーストやシスターの代わりの親として、彼女たちに普通の感性を取り戻してほしいと思う。そしてそのために頑張ろうとも思う。
剣術や魔術を教えることはもう無理だ。すでに彼女たちは何倍も何十倍も先に行っている。
でも、それ以外の例えば精神面に関していえばそうではない。
今では勇者の御一行として彼女たちは王族にも負けず劣らずの地位を持つという。そんな彼女たちだ、ゆくゆくは貴族から求婚もされるかもしれない。
俺は彼女たちがまっとうに結婚でもして子供でも育ててくればそれでいい。そのためにもまずは彼女たち、とくにシャルを何とかしないといけない。
シャルたちも俺が見つかって生活が落ちつけば学園で友人も沢山できるだろう。好きな人でも出来るかもしれない。なんといっても学校と言えば青春、青春と言えば恋だ。
彼女たちはまるで主人公。主人公が通う学園青春ものなら恋愛は欠かせないだろう。
好きな人ができれば俺に構っている暇はなくなる。これで全て解決だ。
そう、この時の俺はまだこんな甘い考えをしていたのだった。
『キミが分かっているならそれでいい。しかし、そこまで制約されているならなんで今日は一人で買い物に来ているんだい? とても一人行動を許すようには見えないけどね』
「まぁ、これも色々あったんだけどな。今日はなんでも王様に呼ばれてお城へ行かなきゃならないとかでな。それでいい機会だから食材の在庫もないし俺が三人がいない間に買い出しにいくって言ったんだけど、シャルにごねられてな。数時間の話し合いの末にどうにか買い出しの許可を貰ったという訳だ」
なんと初めは俺も一緒に城に連れている予定だったらしいが、俺が全力で辞退した。俺はシャルたちと違ってしがない小市民……いや小市民以下の奴隷である。王宮やら城やらに入ったら緊張で心臓が止まってしまうやもしれん。
それに、そもそも奴隷の枷がある限り城の結界で俺は城門の中に入れないのだ。
そのことを伝えるとさんざんごねた挙句に渋々といった様子で引き下がったけど……。
もちろん、俺の買い物の件もそうとうにごねられた。結果として今度一緒に買い物にいくといった話で落ち着いた。何が悲しくて絶世の美少女とはいえ妹とデートをしなければいけないのか疑問に思うが、彼女が予想外に笑顔だったのでそれでいいことにしておく。かわいい子にはいつの時代も男は弱いのである。
しかし、改めて思うと城に呼ばれるって凄いよな。いまいち実感が湧かなかったが王様に呼ばれて城に行くとか言われると本当に勇者だっていうことを実感する。兄としても親としても鼻が高い限りだ。お城なんて場所は俺には一生縁もゆかりもない場所だと思うし。
『なるほど、そうなればしばらくはまたキミと会話できなくなるかもしれないね』
「あぁ、そうなるかもな。俺もあの三姉妹がいると使い魔も完全に封印されてしまうし……。悪いな」
『気にすることはない。それに彼女たちが変われば使い魔の枷もとれるんだろ』
「まぁ、そうだな。俺もそうなるように頑張るよ。いかんせんまだあいつらは心のどこかで俺のことを疑っているらしいしな」
こればっかりは勝手に消えた俺が悪い面があるため仕方がないと言える。しかし、俺はあの時の判断を間違っているとも取り消したいとも思わない。確実にあの時はああするのが正解だったと胸を張って言える。
「ところで思ったんだがお前って俺が使い魔を封じられているときって何しているの?」
ふと、前々から疑問に思っていたことを聞く。基本的に俺たち奴隷は魔法を封じられるのと一緒に使い魔も一緒に封じられることが多い。その理由はやはり強力な使い魔であれば脱走や反逆に使われることがあるからだ。あの気のいい奴隷商だったからこそイフと会話するくらいのことは出来たが普通だとそれもダメで完全封印されることがほとんどだ。そうなると会話も何もできなくなるため彼女が何をしているのかいまいち謎だった。
『あぁ、それかい。ボクは色々見たり調べたりするのが好きでね、色々と見たり調べたりしてるよ。何せ色々と封印されてから長い年月が過ぎててね色々と変わったことも多いよ』
「そういえばお前は異世界を覗けるんだったな」
嘘か本当かは分からないが彼女、イフティは異世界を覗ける魔法の使い手らしい。
異世界を覗ける存在自体はある程度いて、異世界学とかいう学問もあるくらいだ。
なぁもちろん俺には使えようもなくいまいちよくわからん。
ただ昔読んだ書物によるとある覗けると言っても近場の世界、ここでいえば第七世界だから第六世界みたいに近い世界でないとよく見えないそうだ。
そして見えるといっても限定された情報であるし場面も限られているとか……。それが遠くの世界になればなるほど制約が大きくなるというわけだ。
イフティがどんな世界を見ているのか俺には知らないけど、本の情報と大差ないだろう。
『あぁ、だから基本的には異世界を覗いたりしているかな』
「ふーん、それって面白いのか?」
『まぁボクの知識欲を満たすにはもってこいさ』
「やけにイフは博学だと思ったらそうやって勉強しているからなんだな」
『知識を集めることがボクの楽しみでもあるからね』
そういって彼女は笑う。やけに博学だと思ったら色々と勉強しているわけだな。
「異世界と言えば魔王だよな。魔王にも詳しいのか?」
だんだんと人が多くなってきたため小声で声に出すか出さないかの範囲で話す。独り言を言っている変なやつとは思われたくはない。後、4,5分も歩けば商業地区に辿りつくだろう。
俺もこう漫画やアニメのように頭の中で会話するようなことが出来ればいいんだが、生憎俺にはそこまで出来る才能はなく声に出さなくてはいけない。別に才能がないことを悔やんじゃいないが、こればっかりは出来たら良かったと僻まずにはいられない。
『それはもちろん、むしろ専門といってもいい』
待ってましたとばかりにイフは言う。
あぁ、その前に魔王についての説明がいるな。
魔王というのはその世界で一番存在が大きな奴らのことを指す。そして、この世には七つの世界があるらしい。らしいというのはイフのように異世界を覗けるやつらが言ったり本に書いたりしたことだから俺には確かめようがないのだが、一応七つの世界があると思ってもらえばいい。
で、この第七世界にだけ魔王はいないから、ここ以外の第一世界から第六世界にはもれなく魔王様がいることになる。七つの世界と六つの魔王、この世界では子供でも知っているいわば常識だ。
この世界で有名な魔王といえば第六世界の獣王ゲルニカだろう。
やつはこの第七世界に召喚された後、三日間にして国を四つ滅ぼした挙句、召喚者を殺して自らの世界に帰っていったとされる魔王だ。それが記録によれば三百年も昔のこと。それでもまだゲルニカは第六世界で元気に魔王をやっているらしかった。魔王という存在はなんとも寿命まで長いやつらなようだ。
あぁ、あとついでに異世界召喚魔法について書いておく。異世界召喚魔法とは文字通り別の世界からモノや人を、時には魔獣を召喚する魔法のことを指す。時たま召喚された人がこの世界に暮らしていることがあるらしい。ちなみに俺は見たことない。こればっかりは本人が言っていないだけでそういう人間は何人かいるかもしれないけど確かめようがない。
まぁ通常生き物を召喚した場合その生物に殺されることがほとんどだ。元の世界に帰るには召喚者を殺すのが一番手っ取り早くすむからだ。
これを応用すると魔王ですら召喚できるという訳だ。現に魔王を召喚したとされる記録は多くある。この世界には魔王がいないため魔王なんか召喚した暁には召喚者が死ぬか、国が亡びるか、世界が亡びるかしかない。だからこそ、魔王召喚は世界最大のタブーとされ成功でも死刑、未遂でも死刑、準備しても死刑、そしてその方法を知っているだけでも死刑とされる。
今から振り返っても200年前に魔王が召喚されたのを最後に召喚の記録がないあたり、その禁忌っぷりがうかがえる。その召喚方法が記された本は各国にバラバラに眠っているというがそれすらも定かではない。
ちなみにその250年前にこの世界に召喚された魔王は第二世界の魔王 蛇王 コルマカ。
猛毒の霧を吐き、暴風をまき散らし、そしてものすごい速さで移動する大蛇だったとか、その皮膚は硬く聖剣でも傷を入れるのがやっとだったということらしい。ちなみにどんな風に元の世界に帰ったのかは不明。そこまではどんな書物を調べても書かれていないとされる。
以上がこの世界と魔王についてだ。また詳しい話が聞きたいならおいおい聞いてくれ、話下手な俺でいいのなら喜んで話すからさ。
「そうか、じゃあ第一世界から第六世界の魔王で誰が一番強いの?」
俺のこの問いに彼女は少しばかり考える間を置いた後に声を出した。
『うーん、強さという概念が一概には言えないから何とも言えないのだけど、純粋な強さで言えば第六世界の魔王、獣王ゲルニカははずせないだろうね』
「ゲルニカってあれだろ? 三百年前に召喚された魔王」
そんなことを話しているうちに商業地区にたどり着いた俺は話声に極力注意して話を続ける。
しかし、流石腐っても王都一栄えている場所だ。沢山の人が行き交い、露店や店がところ狭しと立ち並んでいた。その中には人間以外にもエルフや獣人も見える。
『あぁそのゲルニカさ。やつの強みは何といってもその攻撃性にある。三日で四つの国を滅ぼしたのは伊達じゃないよ』
「そのゲルニカは三百年前に召喚されたくせにまだ死んでないのか?」
今日の夕食はティナの希望でシチューだから、とりあえず買うものは野菜と肉と牛乳と……。
とりあえず、目の前にある八百屋に向かうことにする。
『一部を除いて魔王の寿命なんてあってないようなものさ。それこそ、誰かに殺されるか何かしない限り死ぬことはない。そして誰かに殺されたのならその誰かが次の魔王さ』
「そうか、とりあえず今から買い物するから話は全て終わってからでいいか?」
さすがに買い物をしながらイフと話すような器用さは俺にはない。
『うん、分かったよ』
そこまで言うとイフは何も話さなくなった。
「はいよ、兄ちゃん! 何をお探しで?」
八百屋の前にたどり着くと気前のいい捩りハキマチをしたおっちゃんが笑顔を浮かべながら近づいてきた。
そのおっちゃんに俺も笑顔を浮かべながら買い物を進めるのだった。




