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「なぁ、一つ聞きたいことがあるんだが、聞いてもいいか?」
話が少しばかり一段落したころ、俺は一番気になっていたことを聞いてみた。
まぁ俺が聞かんとすることは簡単である。俺も初めに聞いておくべきだったかと悩んだが、如何せんまずは自分の身の上話を先にするのが先決だろうとここまでズルズルと先延ばしてしまった。これ以上先延ばしにしてもいいことはないと思われるので、いい加減ここらで聞いておいた方が良さそうだ。
「うんうんっ! なんでも聞いてっ! 聞いてっ!」
俺が何を聞きたいのか分かっているのかシャルは嬉しそうにかつ、少し自慢気に口を開く。ちなみに、そんなシャルの右手には黄色のマグカップが握られている。中身は紅茶だ。
「もうそろそろ、聞いてくるころだと思ったけどなんだ? 兄貴!」
こちらもこちらとて、何故か自慢気に犬歯を見せながら話すティナ。
その反応は姉にそっくりだった。姉妹間で仲が良さそうで微笑ましい限りだ。願わくば姉の方が妹に似てもっと利口だったのなら言うことはあるまい。……あれだ、シャルは少しだけバカな子だ。ある意味、あの孤児院から変わっていない、いやもっと酷くなっているかもしれない。
そしてもう一人の妹は言うと白色のマグカップで紅茶をすすりながら微笑んでいた。口では何も言ってはいないが、表情が物語っている。彼女も何と無く聞いて欲しいようだ。
「あぁ、そうか。それじゃあ遠慮なく聞かせてもらうけどさ。お前ら今、何やってるの?」
勿論、聞きたかったのはこの質問である。いきなり、5000万Gという大金をポンと出せてこんな大豪邸に住んでいる。これが伯爵や、公爵の娘なら分からないこともなくはないが、元々は俺と同じ孤児院の出身のこの子達だ、決して貴族の娘でもなんでもない。いやありえないとは言い切れないがその可能性はないに等しいだろう。
「えへへっ! よくぞ聞いてくれましたっ!」
「うんうん、さすが兄貴だ、いつ聞いてくれるのか待っていたぜ!」
「うん、ボクもその質問を待っていたよ」
上からシャル、ティナ、シャイロの順番である。みんな顔によくぞ、聞いてくれましたと書いてある。よっぽど俺に聞いて欲しかったみたいだ。
そして三人を代表する形でシャルが嬉しそうな笑顔そのままで口を開いた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん……。私たちね、とーっても強くなったんだ。お兄ちゃんがいなくなった後も訓練を重ねて、学園に通って勉強して、そしてとーっても、とーっても強くなったの! 今ではティナちゃんとシャイロちゃんと組んでいる私たちのギルドチームはね、この王都でも知らない人がいないくらいの有名なチームになったんだ! 」
シャルはここまで話すと俺から視線を変え、ティナやシャイロの方を向く、するとティナとシャイロはまるで全てが分かっているかのようにシャルに対して頷いた。それを見たシャルは再び視線を俺へと戻す。
穢れを知らないどこまでもまっすぐで純粋な青い瞳が俺を射抜く。
そして、シャルはゆっくり息を吸い込み、吐き出すと何時もの笑顔で口を開いた。
「私たちのチーム名は“正義”。三人とも二つ名を与えられているの。そして、リーダーの私は“光の勇者”。私、本当に勇者になっちゃったんだ、お兄ちゃんっ!」
「そして、俺が“正義”の魔法担当、“紅の魔法使い”のティナ様だっ!」
「ボクは“正義”の法術担当で“白銀の巫女”と呼ばれているよ」
そう言って三人揃って微笑んだ。チーム“正義”。奴隷の俺ですら知っている、今この国において一番有名なチーム。
あの噂の勇者様御一行のチームだ。あの帰らずの魔獣をはじめとして、倒した魔物や魔獣は数知れず。悪の前に現れて、打ち破る様はまさに天誅。“正義”の名の下に天誅を下す彼女達はまさに生きる英雄とまでになっていた。
「あぁ……そうか」
それを聞いた俺の反応はこんな感じだった。
ええええええええええええ、本当に!? とはならない。
十中八九そうだろうとは確信に近い予想はあった。
俺は確かに前の世界から頭がいいと言われたことはないし、自分でも自分の頭の出来がよろしくないことは分かっている。しかし、そんな俺でもこれくらいの予想は簡単に出来た。
僅かな期間だったが俺は彼女達を鍛えて、その成長を間近で見ていた。彼女達は天才だった。それこそ、書物で読んだどの英雄よりも成長が早かった。俺が睡眠を削り、血反吐を吐くような思いで色々と習得していった7、8年間の全てを彼女達は僅かな数ヶ月で物にしたのだ。これが天才と言わずに何と言おう。まごうことなき天才だ。
そんな彼女達だ。俺は初めて勇者様御一行の話を聞いた時から確信に近いものを持っていた。まだ、学生であり、若い少女の三人組、俺は馬鹿だ。でも、これだけの情報があれば、妹達が勇者様御一行だっていうことは簡単に予想がつく。
「うーん、何か反応薄いよ、お兄ちゃん!」
俺の反応が軽薄なのが納得出来ないのか、シャルはマグカップを片手に頬を膨らませる。
彼女達が勇者様御一行だ。いや、そうじゃないといけない。俺(凡人)が血反吐を吐く思いで手に入れたものを何も気にも止めずに手に入れていきその上を超えていく。まるで呼吸をするかのように俺たち(凡人)たちを抜き去っていく。そんな彼女たちが勇者じゃないと誰がなりえるというのだろうか。
彼女たちよりも才能をもった存在がそういていい筈がない。
――――世界は才能のある存在だけのものじゃない。
――世界の大半は何の才能もない。何のとりえのない凡人の努力で出来ているんだ。
これ以上俺たち凡人を絶望させないでほしい。
「まぁある程度は噂で聞いたときに分かっていたことだしな」
「えぇ、面白くないよー」
ぶーぶーと頬を膨らませながらシャルは不平を述べる。そんな姿でも可愛く映るのだから美人は得ってレベルじゃないように感じる。もしも何かの間違えで来世というものがあるのなら俺はイケメンに生まれ変わるようにと切に願うね。
「えー何だよ! 兄貴ならもっと驚くと思ったのによ!」
こちらも姉と同じように不満げな顔のティナ。その横に座る一番下の妹のシャイロもどこか不満げな顔をしていた。期待に応えられなくて悪かったな、昔からリアクションを撮るのは苦手なんだよ。許せ。もしも次があるならお期待に添えるように頑張るからさ。
「まぁ奴隷の俺の耳に入るくらい有名ということだろ。よく頑張ったなお前たち」
奴隷の身でありながらなんと偉そうな物言いだとは思うが、今の俺の買主はシャルだ。いくら俺の観察眼が悪くても彼女が俺にかしこまった物言いを望んだり、そのような態度を望んでいないことは昨日と今日のやり取りを見ていれば分かる。だから俺はあの時と同じように接してみようと思うんだ。
それが正しいのか正しくないかは分からないが……。
俺の言葉にシャルを始めとする三姉妹は顔を少しだけ赤らめながら恥ずかしそうにはにかんだ。
「うん、お兄ちゃんがいなくなってから凄く凄く頑張ったんだ! 今じゃお兄ちゃんに負けないよー」
「そりゃそうだろ、あの時から何年たっていると思ってるんだ。シャルどころかティナやシャイロにももう勝てないよ」
俺が彼女たちに指南したのはたった半年。その半年で俺が十年近くの時間を費やし、文字通り睡眠時間を削り、時には血反吐を吐く思いで辿った道のりを彼女たちはやすやすと通り過ぎていった。それからもう既に五年近くの歳月がたっている。彼女たちが努力したのは間違いないだろう。そうでなければ第六世界の魔王 獣王ゲルニカの忘れ形見とも言われていた帰らずの森の主である魔獣を倒せるはずがないのだから。
天賦の才を持ち、努力を重ねた者の実力がどれほどのものか、俺は知らない。
だが、間違いなくその歩みは俺の遥か先を行っており、もう背中は見えないほど遠くへと行っている。どれだけ俺が足掻こうとも、嘆こうとももはやどうしようもないのだ。
「えぇー、そんなこと分からないじゃん! だって結局お兄ちゃんには一対一で勝てなかったし……」
「そういえばそうだったね。ボクとティナちゃんはあの日ですら兄ちゃんと二対一でやったのに負けたし……。いま思い返してもあの時の兄ちゃんはせこかったと思うけど」
あの日とは俺が最後にと彼女たちと模擬戦をした時のことだろう。
シャイロは未だにあの時のことを根に持っているのかジト目でこちらを睨むように見てくる。
確かにあの時の俺は自分でもせこいと思ったがそうでもしなければシャイロとティナの二人には勝てなかったし、それにあれから五年近くもたっているんだ。借金の時効ですら五年だというのだから、あの件もすでに時効になっててもいいだろ。
「学園でもそれ以外でも負けたことないから、俺たちが負けたことあるのって兄貴だけだよな。それに未だに一回も勝ててないし……」
そう呟きながらティナはマグカップに口をつける。
「なに言ってんだ。あの時は俺がお前たちに教えていたし、お前たちも半年やそこからだっただろ? 魔法や剣を使い始めて。流石に俺でも自分が教えた相手に、それもたった半年しか教えてない相手に負けるわけにはいかなかったよ」
もちろん、最後の模擬戦どころか、それ以前の模擬戦でも常に全力で策を講じ、全ての試合で一歩間違えば負けていたのをどうにか悟られないようにしていただけであって、あのまま行けば後一週間もしないうちに負けていただろう。
「むぅ、なんか悔しいなー。――ねぇ、お兄ちゃん、腕のリハビリ終わったらもう一度模擬戦しようよ! 今度は負けない!」
「おっ、それはいいね、姉貴。こうして兄貴もそろったしな」
「うん、ボクも負けっぱなしは嫌だしね。今度は卑怯な手を使ってこられても負けない自信があるよ」
何か三人とも揃いも揃ってなんだか、バトルジャンキーのようなことを言っているが、俺は全くその模擬戦を受けるつもりはない。何が悲しくて負けると分かっている勝負を受けなければいけないというのだろうか。俺はマゾではない。
「悪いが断る。今やっても絶対に勝てないしな。勝ち逃げさせてもらうよ」
「えぇー! つまんないよ!」
「そうだそうだ!」
金の髪と赤い髪の妹が反論して駄々をこねているがここは無視をさせてもらう。
「そんなことよりも大事なことがあるしな。別の議題にいくぞ」
そういって話を強制的に変える。時間は沢山あるとはいえ、早く決めておいた方がいいこともあるのだ。
「……兄ちゃん、別の議題って……?」
「あぁ、とりあえず決めなければいけないのは俺の扱いだろう」
目下決めなければいけない議題とはこれだろう。
俺の扱い――俺はあの時と違って今は奴隷だ。下の世界で皮肉のように言っていた会社や社会の奴隷とはちがってマジもんの奴隷。
「兄貴の扱い……?」
ティナがマグカップを両手に持ちながら首を傾げる。俺の言葉の意味がなんとなく理解できていなんだろう。
「あぁ、俺の扱いだ。みんな知っての通り俺は奴隷だ」
ここまで言った後に首元の奴隷の枷を見せる。刺繍のように首元に彫られたそれは俺たち奴隷に主人の命令をたとえ命に代えても遂行するように行動させる、呪い。
「この奴隷の枷という呪いがある限り、俺は奴隷のままだ。一応今の主人はシャルということになっているがティナもシャイロも俺に命令を出せるようにしたいならシャルが俺に対してこの二人の命令も聞くように言えば二人の命令にも従わないといけなくなる」
もちろん、この場合においてシャルとティナの命令が正反対だった場合に強制的にシャルの命令を聞くようにはなっている。この制度も考えられたもので、たとえばシャルが俺にティナとシャイロの命令を聞くように言ったとしよう、そうするとティナとシャイロの命令も俺は聞かなければいけない。そしてそのティナとシャイロが俺に対して第三者の命令を聞けと言った場合、その命令の優先順位はシャル>ティナ、シャイロ>第三者となるわけだ。
「ねぇ、お兄ちゃん。それって消せないの?」
「あぁ、悪いけどこいつは消せない」
「でも、シャイロちゃんなら! ほら、お兄ちゃんの腕も治ったじゃん!」
シャルが期待をするようにシャイロに青い瞳を向ける。シャイロはその視線を受け止めると、申訳なさそうにゆっくりと首を横に数回振った。
「昨日の夜、腕の治療をするときに探ってみたんだけど、兄ちゃんの枷は普通の枷じゃない。魂に同化しているような絡みついているような枷。消しようもないし、取り除きようもないと思う」
普通の奴隷の枷であるならシャイロのような凄腕法術師にかかれば取り除くことができる。ただ、俺の場合は特別製である。奴隷として初めて俺を買ったイカれた貴族が遊び半分で禁術と呪術を組み合わせて俺の枷を強化したせいである。普通の奴隷の枷をいれるのでさえのたうち回りたくなるような激痛が走るというのにあの時の痛みはそれの何倍も上を行っていた。足にアッツアツの鉄を押し付けられるよりも断然痛みが強かったように感じられるくらい激痛だった。
痛みで意識が飛びそうになるとご丁寧に水をぶっかけて意識を飛ばせないようにしているあのことからもあのイカレタ貴族のイカレっぷりが分かるだろう。ショック死をしなかった自分をほめてやりたいくらいだ。
そのイカレタ貴族様のおかげで俺の体には普段は見えないが奴隷の枷があらゆるところに彫られまくっている。
当の本人は枷の強化が終わると満足したのかすぐに俺を売り飛ばした。結果的に俺があの貴族と一緒にいたのは三日ほどだったがそれから続く長い奴隷生活の中で最底辺の三日だった。
その後の苦労なんぞ、あの地獄の三日に比べれば軽いものだった。
「そんな、シャイロでも無理なのかよ……」
ティナは顔を絶望に染める。あの時のまま優しい子に育ってくれたようでお兄ちゃんは嬉し限りだ。
「ねえ、お兄ちゃん。私、昨日から考えていたんだけど……。ティナちゃんもシャイロちゃんも聞いてね」
そういってシャルはゆっくり口を開き話し始める。その提案に元より口を挟む権利のない俺は黙って耳を傾け、ティナとシャイロはところどころで口を挟む。
こうして俺のこの家での立ち位置が決まっていくのだった。




