12
「なぁ、シャル」
それは台所で俺が朝食の準備をしていたところだった。俺はシャルに一つの質問を投げかけることにした。
ちなみにどうでもいいことかもしれないが、台所は昨日転移してきたあの絨毯があった部屋の横にあった。これまた大きなキッチンで調理道具もほぼ全て揃っている。これは貴族の屋敷と本格的に遜色ないかもしれない。一体、シャル達は何を知ってるって言うんだ。まぁ、これは後で聞くことする。
あぁ、あとこれもどうでもいい話かもしれないがもう一つ。昨日俺が汚した絨毯や床は綺麗さっぱり汚れが落ちていた。まるで初めから汚れていないかのような落ち具合。
なんでも聞いたところによれば、昨日シャイロが帰ってきた時に使っていたあのオリジナルスペルが何やら汚れを落とす魔法らしい。
それのお陰であれだけ頑固そうだった黒い汚れが綺麗さっぱりとまるで魔法をつかったようになくなっていたわけだ。あぁ、そうだったな、あれは正真正銘の魔法だったか……。便利そうな魔術だから今度ぜひ教えてほしいのだが、オリジナルスペルを使えるほど俺は魔術に才能はない。こればかりは諦めるしかなさそうだ。
閑話休題。
本当にどうでもいい話だったな、すまん。
それでは話を続けよう。
「なぁに、お兄ちゃん?」
文字通り寝室の寝室からここまで俺が引きずってきたシャルは、俺の腰に腕を回したまま応えた。どうやらまだ離す気は無いようだ。
「いや、さっきこの家にはシャルとティナとシャイロと、そして俺だけだと言っていたな」
シャルに聞いたこの家にある食料をあるだけ出してみたが、ろくなものがない。基本的に家ではあまり食べないのだろうか。
パンはとりあえず多めにあったので、無難にサンドイッチ辺りを作っておくことにする。
「……うん」
「なぁ、シスターはどうした?」
プリーストが死んだ後、あの孤児院には俺、シャル、ティナ、シャイロ、そしてシスターの五人が住んでいた。そして、今この家にはシャル、ティナ、シャイロ、そして俺しかいないらしい。では、あと一人シスターはどこに行ったのか? どうやら持ち家っぽいし、こいつらのことだからシスターも一緒に住んでいると思ったが……。
「シスターはね……。シスターは私たちが学園に入学してしばらくして、薬草を取りに街の外に出た時に魔物に……」
シャルはそう言って口を閉じた。俺の腰に回された手が少しだけ力を帯びた。
「……そうか」
もとよりある程度は予測していたことだ。この世界で人が魔物に襲われて死ぬのは少ないことではない。シスターには生きていて欲しかったがこればっかりは誰の責任でもないだろう。
「ごめんね、お兄ちゃん……。シスター守れなくて……」
「気にすることないよ。誰の責任でもこればかりはない。シスターは運が悪かったんだ」
あえて誰が悪いという奴を挙げるとすればそれは俺自身だろう。俺が妹三人の学園への進言しなければ、彼女達はあの街にいた。あの街にいたならきっとシスターは死ぬことはなかったはずだ。だから、シャルが悪いなんてことは絶対になかった。
「うん……ありがとう」
シャルは小さく小さく呟いた。
「さて、シャル。朝食を作るぞ! 今日はサンドイッチだ! シャルも手伝ってくれればお兄ちゃん嬉しいんだけどなぁ……」
シリアスな雰囲気を払拭するべく、普段は出さない大声でテンションを上げて言ってみる。シスターのことは残念だが、どうしようも無いことも世の中存在するのだ。あの街によることがあればプリーストのお墓参りと一緒にシスターのお墓にも手を合わせておかないとな。
薄情なことを言えばシスターが亡くなっていたのは言うまでもなくショックだが、彼女達三人が死んでいるよりか幾分か気持ち的には救われた気分だった。恐らく、シスターも同じことを思ってくれているはずだ。シスターも優しいから……。
「うんっ! シャルは何をすればいい、お兄ちゃん?」
多分、シャルも分かっているはずだ。俺が空気を変えるためにワザと大声で言ったことを。彼女はバカだが、人の真意を汲めないやつじゃない。どちらかと言うと人の悪意や好意、敵意や悲しみなんかに人一倍敏感な節まである。
「そうだな、とりあえず野菜をこのパンの大きさに切ってくれ」
「うん、分かったっ! 私、切るの得意なんだ!」
意気揚々と野菜を切り始めるシャル。
あぁ、そうだ。どうせならスープも作っとくか。まぁ、材料的に簡単な野菜ジュースしか作れそうに無いが、サンドイッチだけという物寂しい朝食にいくらか華はつけることができるだろう。
簡単なものは何一つ作っていない。だから、二人で雑談を交えながら作っても朝食の準備は直ぐに終わった。
朝食をリビングの机に並び終えたちょうどその時だった。
「ふぁー、お早う。おっ、何だ今日は朝食があるのか!? それにシャルの姉貴が起きているだと!?」
「おはよう。……ん、今日は朝ごはんあるの? それに姉ちゃん起きてるし、何だ今日雨が降るんだ。じゃあ、外出する時は傘がいるね」
ティナとシャイロがリビングへと入ってきた。もちろん、二人とも昨日の服装ではない。
昨日、リアル魔女っ子ルックだったティナは黒のパンツに髪と同じ色の紅い薄目のセーター。髪はポニーテールじゃなく、腰肩甲骨付近まで紅いまっすぐな髪が自然に垂れていた。
そして、昨日は修道服を着て修道女そのものだったシャイロは、これまたティナと同じく黒いパンツに上には薄目の白いセーターを着ていた。
二人の話を聞くに朝は食べないことが多いのだろうか。少しだけ驚いた表情を見せていたしね。
朝ご飯を抜くと学力が落ちるという統計を信じるわけではないが、朝は食べておいた方がいい。力も出るし、頭もよく働くからな。
そして、彼女達が驚いていたのは朝食よりもイスに座ってホットミルクを啜っているシャルを見てだった。どうやらシャルは基本的に起きていないらしい。まぁ、シャルは昔から起こさないと起きない性格だったし、それは頷ける。
「むぅ……。私も起きる時には起きるんだよっ!」
「いやいや、姉貴が休みの日にこの時間に起きているなんて初めてじゃないか?」
「そうだね、いっつもティナちゃんかボクが起こしに行かないと起きないもんね」
シャルが一応抗議らしいことをやってみたみたいだが、どうやら相手にされていないようだ。
「二人ともお早う。一応、シャルと二人でサンドイッチとスープを作ってみたから食べてくれ。昔、少しだけ料理をかじったことがあったから不味くはないと思うぞ」
「兄貴が作ったのか? そりゃ、楽しみだ!」
「兄ちゃんの料理? 久しぶりだよね、孤児院でたまに作ってたよね!」
そう笑いながら彼女達は四つあったイスのウチ空いていた二つに座った。これで空いているイスはあと一つだ。
「あと、シャイロありがとうな。腕を直してくれて、腕力は落ちているがこの通りばっちしだ」
俺は右腕をゆっくりと伸び縮みさせ、手を握ったり開いたりして問題ないことをアピールする。
力が落ちているせいでゆっくりとした動きしか出来ないが、右腕の感覚はあるし、自分の思い通りに動く。
「どういたしまして、兄ちゃん」
シャイロは治ったのがさも当然のような表情で言う。決して驕っているわけではない。自分の法術の腕を分かった上であの程度の傷なら治るだろうと踏んだのだ。
「うんうん、さすがシャイロちゃんすごいよー!」
まるで自分が褒められたかのように喜んでいるシャル。あーあ、口の周りにミルクで白いヒゲが出来てやがる。それでも美少女なのは元が良すぎるからだろう。美人は正義と言うがごもっともだ。
「うんうん、言っただろ兄貴! シャイロは凄いんだって!」
そしてこちらも満足気に笑いながら頷くティナ。特徴的な犬歯を見せて笑う姿はあの時と同じだ。
しかし、彼女達の会話を聞いていると姉妹間では未だに仲が良いみたいで嬉しい限りだ。あの日のまま成長していって欲しい。
「でも、本当にありがとうな、シャイロ。これでまた右腕が使えるよ」
「うん、ボクも兄ちゃんから教えてもらった法術で兄ちゃんを助けることが出来て良かったよ」
シャイロはそう言って微笑んだ。
「うんうん、良かった良かった! ねぇねぇ、積もる話もあるとは思うけど、それはご飯を食べた後にしようよ! 昨日、お兄ちゃんの治療が終わった後、三人で色々と話したんだ。それにお兄ちゃんも私たちに聞きたいことあるでしょ?」
シャルがまるで待ちきれないと言わんばかりに話す。
「うんうん、俺も腹が減って死にそうだ。早く食おうぜ! どうせ秋休みでしばらく休みだし、話は後回し後回し! まずは飯だ飯だ!」
「そうだね、積もる話は後にして朝ごはんを食べようか! 兄ちゃんのご飯楽しみだなぁー!」
「シャイロちゃん! 私も一緒に作ったんだよ!」
シャルがそう抗議する。
「どうせ、姉貴は野菜を切っただけだろ?」
「うっ……」
ティナの的の中心を射た図星の言葉にシャルは言葉を止める。
「野菜を切っただけとは言うが、サンドイッチなんてパンを切って具材を挟めば良いんだから野菜を切っただけで十分だと思うぞ」
「お、お兄ちゃんー! ありがとうー!」
一応助け舟っぽいものを出しておいたら、泣きそうになりながら感謝された。なんならそのまま抱きついて来そうなまでもある。
「ってか、何でシャルが野菜切っただけだって分かったんだ?」
俺の疑問にティナは考えることはなく直ぐに応えた。
「だって、シャルの姉貴がサンドイッチの具材なんか挟むと色合いグチャグチャだし、形も歪になるからな。ウチで料理出来ないのはシャルの姉貴だけだぜ」
思い返せば確かにシャルは昔から、料理というものが苦手だったな。基本的に食べる専門だったし。
料理に関して言えばシャルは不器用だった。
「うー……」
どうやら、完全に不貞腐れたらし。
「今度、簡単な料理教えてやるから元気出せ」
「本当に? ありがとう! お兄ちゃんっ!」
「あぁ、本当に本当だ」
「えぇーならボクにも教えて欲しいなぁー!」
シャイロがシャルに教えるのなら私にも教えて欲しいとせがむ。
「じゃあ、俺も教えてくれよ、兄貴!」
それに倣いティナも続く。一人に教えるのも二人に教えるのも変わらない。
台所を借りて思ったのが、基本的にこの家では調理をすることはあまりないのだろうと言うことだった。料理器具も、まな板も、包丁も、伽石も、そして鍋やヤカンでさえもまるでつかった形跡がほとんどない新品同然だったから。
「あぁ、なら今度みんなで何か作ろうか。……それよりもお前ら飯食わないのか? 腹減ってるだろ?」
「おう、腹減ってるから食べたいんだが、兄貴はさっきからなんでシャルの姉貴の後ろに立って座らないんだ?」
「うんうん、兄ちゃんが座らないと食べられないじゃん」
俺が今いる場所はシャルが座っているイスの斜め後ろ。もちろん、立っている。その理由は簡単だ。奴隷が主人と食卓を囲むようなことは基本的にありえないからだ。
「いやー、あれなんだよな。お前達も昨日シャルから聞いていると思うが俺は今は奴隷なんだ。そして奴隷には奴隷の枷というものがある」
俺はそう言って首元に彫られた刺繍を見せる。黒い刺繍で彫られた文字。これこそが奴隷の枷。奴隷に強制的に奴隷らしさを強要する枷。
「これがそうなんだがな。こいつのお陰で俺は主人、今はシャル一人だけなんだけど、その人の許可や命令がない限りにおいて、俺は主人と同じ食卓を囲むことはできない」
俺の言葉にシャルはポンと手を叩き納得すると、俺の方に椅子ごと体を向けてビシッと人差し指を伸ばしながら口を開いた。
「あぁ、なるほど、そういうことだったんだねっ! じゃあ、お兄ちゃん、これからは一緒にご飯を食べることっ! これは命令ですっ!」
その言葉を受け、俺はようやく食卓につくことが出来た。実は昨日から飲まず食わずなため結構腹が減ってたりした。
「うんうん、そうだそうだ。せっかく兄貴も来て兄妹四人揃ったんだ、一緒に食べないと、だな!」
「うんうん、家族は一緒に食べないといけないとボクも思うよ」
「うん、みんな揃ったし、それじゃあ食べようかっ!」
シャルは正面に座るティナ、斜め向かいに座るシャイロ、そして横に座る俺を順番で見た後うんうんと頷く。
「「「「いただきますっ」」」」
こうして、五年ぶりに兄妹全員で食卓を囲むことが出来たのだった。




