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快楽と幸福への魔導論  作者: アルケニア
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失敗というコミュニケーション

 話をガウス達の方に移動する。

 ガウスは時計を見て、少し考え始めた。しばらくしてガウスがダビデを見る。

「まだ、時間があるな。それなりの議論をしたが進みが速いおかげで余裕がある。そこでだ。ダビデ君さえ良ければ、ゆっくりと議論をしてもいいかい」

「はい。もちろんです」

「それでは『成功を成すために必要な事とは何か』を議論する前に逆を考えてみようか」

「逆ですか」

「ああ、つまりは『失敗するとはどういう事か』を考えることとしよう」

「思いつくのは期限内に必要な力に達せない事でしょうか」

「おお。いいな。考えている。その考えは多くの例を包括しているな。試験の失敗、仕事の失敗、恋愛の失敗。だが、流石に『期限内に必要な力に達せない事』だけでは分かりにくいな」

「ええと、さっきまでの管理する能力が足りない状態で行動を行ってしまったことでしょうか」

「そうだな。この議論ではこれが一般的な失敗に定義と呼んでも差し支えないな。しかし、これほど早く議論が終わってしまうとはな。大したものだ。うーん、ではその失敗の定義を元によく言われることについて少しの議論をしようか。『成功に挫折は必要か』」

「挫折ですか。確かに聞きますね。挫折することが成功には必要であるかのように、・・でも、必要ではないと思います」

「理由は」

「挫折をせずに成功をする人は十分にいると思うからです。挫折を乗り越えての成功のみが成功への道ではなく、言ってしまえば運が良くて成功する人もいると思います」

「なるほど、それは確かだな。だが本質的ではない。『成功に挫折が必要か』は現実的に言えば『成功したければ挫折は経験するべきか』ということになる。これではどうだ」

「これは個人的に思うところがあります。答えはイエスだと思います。挫折は全力を出した時にしか生じないと思います。中途半端な努力は逃げ場を作るだけのものになると思うのです。そして、何よりも失敗から這い上がる術を挫折は教えてくれます」

「正しいな。だがもう少し詳しくできるか」

「詳しくですか」

「失敗から這い上がる術について」

「ええと、すぐに目標を決め、改善点を正す事ですか」

「それは失敗の時の話だな。恐らくだが君は運よく、もしくは全力を出してないためか分からないが挫折を経験していないな」

「・・・はい」

「少々、言葉がきつめではあったが重要なのでな。挫折は経験すると分かるが、怖いと感じるのだ。それまで好きで堪らなかったものが、それまで一生をかけてもいいと思っていたものがだ。一度、そういう事を経験した」

「先生もですか」

「ああ、挫折はスポーツの世界では多くが経験するものだと思う。科学の世界ではそれは特別な経験だ。基本的に相手のいない世界だからだが、もちろん、同分野の発見を競う事はあるだろう。だが、それなら、運の要素を原因に出来る。挫折とはなあらゆる言い訳が通じない状態での失敗なんだ」

「自分の今を知ると言うことですか」

「うーん、そうだな。君が思っている規模ではないな」

「規模ですか」

「そうだ。話を戻すと、私が体験した挫折は自分の位置が分からなくなるものだった」

「位置ですか」

「ここでいう位置と言うのは自分の科学者としての能力のことだ。自分が今まで積み上げてきたものが本当に正しいのか。間違いは本当にないのか。自分の考え方が理に反しているのではないか。一時期は今までに証明され、当たり前とされてきたことさえ、わざわざ実験をしたりしたよ。あの時、私は壊されたのだと思った。魔法を発見した時だ」

「魔法ですか。やはり、魔法にはそれだけの」

「ああ、その時だ。勘違いをしないでもらいたいが挫折を経験することがいいと言うのは多くの場合は間違いだと私も思う。なぜなら、挫折と言うのは人生におけるこれ以上ない不純物であるからだ」

「不純物というのは必要ないということですか」

「そう言う事だ。人生を生きるのに挫折なんて必要ない。更に言えば努力さえ必要あるとは思えない」

「努力さえですか」

「君は今、一種の否定をされたように感じているだろうが、それは違う。努力を人生に必要だと思えるなら君は優秀なのだ。しかし、勘違いしてはならないが努力は人生になくてはならないものではない」

「・・・」

 不満そうなダビデの顔を見つめながらガウスは話し始めた。

「話が逸れてしまったな。挫折について話そうか。挫折というのがなぜ必要だと思うのかについて話すとしようか」

「・・はい」

「順を追うために失敗についての私の考えを述べていく。『失敗というのは社会と自分との理解を埋めるためのコミュニケーションの結果』だと私は思っている」

「コミュニケーションですか」

「ああ、人と人がコミュニケーションを取る際に、相手がどうしたら怒ってしまうのかや悲しんでしまうかを知ることは必要だ。もちろん、多くの人間はそんなことをいちいちやらないが幼い頃はそうしたコミュニケーションをよく行ってきただろう」

「確かに小さい頃は誰かに泣かされたりしましたね」

「こうした周りとの関わり方を学ぶのがコミュニケーションであり、それを相手が自分の周りの社会とした結果が失敗だ。あくまで違う視点で考えた場合だがな。基本的には君の『期限内に必要な力に達せない事』の中に含むことができるから、君の方がより一般的な考えではある。しかし、ここで話したい挫折についてはこうして失敗を語る方が挫折について語りやすいからな。こうするとしよう」

「わかりました」

「では挫折について、『挫折は社会でなく世界と自分の理解を埋めるためのコミュニケーションの結果』だと私は考える」

「・・それは失敗の規模を広げただけのように聞こえるんですが」

「もっともな意見だ。しかし、それは違う。違うのだ。社会は人生の一部に過ぎない。生きていく上でその失敗から学ぶものは多いがその多くは限定的な上にそれが出来るだけで人生は良くなるわけではないものも多い。重要なのは失敗を正すのが無意味だと言っているのではなく、失敗は小さな改善でしかないと言う事だ」

「・・・やはり、挫折は失敗の延長と言う事では」

「言いたいことは分かるが、それほど簡単な話ではない。挫折は強烈に当事者意識を育ててくれるものだと私は思っている」

「当事者意識ですか」

「当事者意識は簡単に言えば、危険だと言われた事をきちんと危険と認識することだ」

「それは分かりましたが、多くの人間にはそれが備わっているように思います。例えば、やってはいけない事として犯罪を行わないように」

「残念だがそれは誤解だ。多くの人間にあるのはルールとしての、あるいは良心としての、更に言えば余裕のある時に守るものとしてのという認識だ。それは私の語る当事者意識とは大きく違う」

「具体的には」

「ルールとしての認識は余裕の無い時には簡単に破られてしまうものだ。しかし、当事者意識があるならば、余裕の無い時でもそうはなりにくくなる。自分がその行為をすることによって背負うべきリスクを認識する事に他ならないからだ」

「・・しかし、それくらいのことなら考える人もいるのでは」

「それはその通りだ。賢い人間なら確かに常に考える人もいるだろうが、大抵、それは何処かを向いている」

「何処かを向いている?」

「ああ、リスクは大抵、仕事などを中心とした重要な問題に対して向けられる。詳しく言えば失敗する可能性が十分にあり、失敗した時の問題が甚大な場合にのみ、人はリスクを考える。だから、幸せでないのだ」

「これが幸せと関わってくるのですか」

「そうだ。当事者意識は強く、現実逃避という幸せを考える上での大きな問題をクリアすることと関わっているからな。ここまでは議論と言うより、教えただけだったな。まあ、サービスだ」

「ありがとうございます」

「では、『成功をするために必要なこと』について議論を始めようか」



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