衝突
話はジークムントの方に戻る。
突然、荷台からまるで雪崩が起きたようにジークムントが弾き飛ばされた。ジークムントは何度か地面を転がり、体制を整えた。その眼は多少の困惑を抱きながらも今も荷台の中にいるフィッシュを見ている。
「流石あ。無傷か。普通は今ので終わりなんだがな」
そう言って、ゆっくりとフィッシュが荷台から外に出た。
「何をした」
「さあなあ」
ジークムントは両手の指を自分の正面で絡めて、それを勢いよく大きく空間ごと振りほどいた。終わりをもって始まり、その始まりを持って終わりを与えるものを呼ぶための空間を作るために。
辺り一帯を大きな魔法陣が覆った。
「死者の行進」
その魔法陣から這い出るように大量なゾンビが現れる。沈黙していた夜の街は一瞬で恐怖の行列が蠢く広場と化した。ゾンビ達は一斉にフィッシュに襲いかかる。
「おお、怖ええ」
そう言ってフィッシュはゾンビの前に片手を差し出した。
それを待っていたかのようにゾンビ達はそこからフィッシュを食べ始める。あっという間にフィッシュの片腕はゾンビに噛み砕かれた。片手を失ったフィッシュはにやにやとジークムントを見ながら言った。
「痛てええ、痛てええ。これこそ、生だろ。一瞬の刹那に燃え尽き使われる命。最高に生きてる、分かるか、ジークムント」
「分かんねえな」
そう言って、ジークムントは残りをゾンビに食べるように指示した。
まだ、フィッシュの体にしがみついて食べていたゾンビごと食べようとしているようなゾンビの雪崩がフィッシュを飲み込んだ。
ゾンビの雪崩は一瞬、膨らみ、はじけ飛んだ。当りに肉片がまき散らされる。
「ちっ、おい。離れてろ」
ジークムントは事態が簡単なものでないことを理解し、黒服を避難させた。
ゾンビの雪崩の中心にいたフィッシュははじけ飛んだゾンビとは対照的に無傷どころか失ったはずの片手も元に戻っている。
「おい、おい。これは相性いいな」
「爆発的分裂(エクスオ―シブ・セル・ディビジョン)」
フィッシュが呪文を唱えると突然、飛び散った肉片の幾つかが飛び散った。まるで透明な車がぶつかって来たかのようにジークムントが吹き飛ばされた。今度はその透明な何かがジークムントを挟み込むように生じたため、ジークムントも無事では済まなかった。
「爆発使いか」
体の調子を確認しつつ、ジークムントは思考を張り巡らせる。一度目、二度目の爆発から、爆発できる数に制限はなく。一発の威力は低いが集まると厄介かと考えた後でジークムントはそれを訂正する。そもそも、あの一発がマックスの威力とは限らない。つまりは分かっているのは爆発できる数は複数だと言う事。
「せめて、爆発できる範囲だけでも分かればな」
ジークムントは手のひらを目の前に差し出した。夜を象徴し、浸食と狂気の宴を楽しむ尊き暗黒の手を引くために。
「吸血鬼の降臨」
ジークムントは吸血鬼の手を取った。夜を纏い、夜に抱かれ、夜を統べる。これらの言葉の羅列が真に深刻な意味を持つ吸血鬼は溢れんとする自信と至高の力を持ってそれに応える。
「今宵は楽しめそうな相手ですね」
吸血鬼はそう言った。
「ああ、歯ごたえは十分だ」
ジークムントがそう言うと吸血鬼は瞬間移動でもしたのかと言う速度でフィッシュに接近し、蹴り飛ばした。吸血鬼は空を滑空しているフィッシュを目でとらえ、追撃をしようと足に力を込めると。
「爆発的分裂(エクスオ―シブ・セル・ディビジョン)」
が呪文を唱えたと同時に吸血鬼の足が吹き飛んだ。すぐに吸血鬼の足は再生していくが吸血鬼は一瞬戸惑った。それを逃さずフィッシュは唱える。
「踏みしだく力(テ―フ―リー・シダク・リー)」
まるで植物が成長するかのように、それでいてとんでもないような速さでフィッシュの足が肥大化した。その足の筋肉が胎動する鎧のような足を纏った。
そして、踏みしだいた。
踏みしだいたフィッシュはそのまま加速し吸血鬼の顔を弾き飛ばした。まるで車でも衝突したかのように吸血鬼は腰辺りを中心に縦回転しながら地面とぶつかり、また回転しながら地面から打ち上げられを繰り返し、繰り返し、そのたびに肉片を辺りにまき散らせた。
「吸血鬼は再生能力がある分、体は頑丈に出来てないんだ。酷い事すんなよ」
「ああ、どうぜ痛覚なんてないだろおおお。さあ、次はお前だ」
フィッシュはそのままジークムントの方を向いて地面を踏みしだいた。まるで弾丸のような速さでフィッシュはジークムントに突撃するがその間の何列ものゾンビ達がそれを押しとどめる。
「爆発的分裂(エクスオ―シブ・セル・ディビジョン)」
再び、フィッシュを押しとどめていたゾンビどもが弾け飛んだ。辺りにまき散らされる肉片を物ともせずフィッシュはジークムントに向かって行く。鎧を纏ったような足をジークムントに振りおろそうとした瞬間、吸血鬼がその足を蹴り飛ばす。フィッシュは弾き飛ばされ近くの建物にぶつかり、そのまま建物が倒壊しフィッシュは生き埋めになる。
「死んだと思うか」
「いいえ。これで死ぬなら私の一発で死んでいます」
ジークムントと吸血鬼は倒壊した建物をしっかりと見つめる。当然のように倒壊した建物の中から、フィッシュが姿を現した。だがその足の強化は元に戻ったようだ。
「いってえええ。・・・・」
そういってフィッシュは自分の肩を押さえながら倒壊した建物から出てくるとジークムントを見て。
「いてえな。いてえ、分かるだろう。次はお前だ。このいて・」
その言葉を聞くよりも速く吸血鬼がフィッシュの頭部を掴み地面に打ち付けた。地面にはその一撃で亀裂が入る。しかし、止めない。そう、攻撃は止まないのだ。吸血鬼は打ちつけられバウンドした頭部を再び掴むとそのまま地面に打ち付ける。何度も、何度も、何度でも。
「爆発的分裂(エクスオ―シブ・セル・ディビジョン)」
爆発によって、周りの砂が巻き上げられる。吸血鬼は砂煙の中、フィッシュの頭部が軽くなった気がした。だが煙が収まり状況を正確に把握した。そうではなかった。もっと軽くなっていたのだ。自分の片手が無くなっていた。恐らく、爆発の中心はここだったのだろうと吸血鬼は冷静に手のあるべき部分を見た。そして、吸血鬼はフィッシュを探す。 はにやにやと吸血鬼の行動を煙の中で見ていた。明らかな人外の力を有し、自分の頭部を地面に打ち付けた相手に対し、恐怖以上に好奇心が勝ったかのように。吸血鬼はそれに驚いて少し、フィッシュから離れる。その動作の中で吸血鬼はフィッシュを打ち付けた時にできたはずのフィッシュの傷が無くなっていたことを視覚した。
「踏みしだく力(テ―フ―リー・シダク・リー)」
その隙を見逃さず、フィッシュはその足を強化する。フィッシュは地面を踏みしだき、吸血鬼を再び蹴り飛ばした。そのままなら先ほどまでと変わらないが蹴り飛ばした方向にジークムントがいた。そして、そのままフィッシュは地面を踏みしだきジークムントに突撃する。
「ちっ」
は吸血鬼とそれを止めようとするゾンビ達、そしてジークムントごと足で振り払った。
いや、振り払おうとした。
そう、実際にはフィッシュの足はそれらを振り払えなかった。そこには二メートルはあるであろう男がフィッシュの足を受け止めている姿があった。短髪に筋骨隆々のその男、ヘラクレスはその手で受け止めたフィッシュの足を掴み、地面にたたきつけようとした。
「爆発的分裂(エクスオ―シブ・セル・ディビジョン)」
爆発が生じ、ヘラクレスは手の中のそれが無くなっている事に気がつく。しかし、吸血鬼の時とは違う。ヘラクレスは無傷であったからだ。
フィッシュは再び、にやにやとヘラクレスの顔を見ていたが、ふうとため息をつくとヘラクレスに背を向けた。
「二人はな。二人はいけない」
ヘラクレスがフィッシュを捕えようとすると。
「爆発的分裂(エクスオ―シブ・セル・ディビジョン)」
爆発が起きた後、そこにフィッシュの姿は無かった。
「逃がしたか」
そう言うジークムントの後ろから、ふうとため息をつきながらテレサが現れた。
「酷いもんだな。あれは何だ」
「商売敵という奴だ」
「魔導師レベルの強さだな。厄介な奴に関わったものだ」
「助かったとは言わないぞ」
「元からそんなつもりはない。ただ、はやくお前と酒が飲みたくなっただけだ」
「そうか。そうだな。飲みにでも行くか」
ジークムントはそのまま、テレサに誘われテレサの泊っていたホテルに来ていた。テレサの部屋はどうという事の無い普通のホテルの一室であった。魔導師が泊っているとは到底思えないような所だ。
「もう少し、ましな所に泊れよ」
「いいだろう。我々なら強盗に会う必要はないし、夕食は彼らと食べたしな」
「そうかい。酒はまともなんだろうな」
「まあな。普段は飲まないんだがな。それなりに有名なのを用意したよ。それより、お前を狙う者が居るのに酒なんて良く飲むな。誘った私が言うのもなんだが」
「心配いらんさ。魔導師二人を相手にしようなんて奴はいない」
「まあ、そうか」
部屋に置いてある小さな机の上にテレサはワインを一つと紙コップを置き、紙コップにワインを注ぐ。
ジークムントが片方のコップを持ち、ワインに口を付ける。
「なかなかだな」
「そうだろう」
「・・・聞かないのか、さっきの奴の事」
「魔導師になって命を狙われるなんて今に始まったことじゃあない。相手が魔導師レベルってだけだろう」
「そうだな」