快楽の提供者
前回に続いて歪な話と綺麗な話の組み合わせのような話です。
たまに私たちが禁欲的な生活を送っているように言う人が居ますが我々科学者ほど欲に従順な人種はいませんよ_せんせい。
大きな屋敷の前に一台のリムジンが止まった。そこからは左右に大柄な男を連れた頭の切れそうなスーツの男が出てきた。スーツの男は屋敷のインターホンを押した。
「お久しぶりです、ボス。例の件で」
閉じていた屋敷の門が開き、スーツの男と大柄な男たちが屋敷に入っていった。
スーツの男たちが屋敷に入ると静かに、そして何の強い感覚を受けないような男がそこにいた。短髪であること以外には何も感じないようなそんな男が、魔導師としての異常性をその静寂に解とする男、ジークムントがそこにいた。
「入れ」
ジークムントがそう言うと男たちはジークムントに連れられ、客間に着いた。
「座れ、茶を用意してくる」
「いえ、そこまでしていただかなくとも」
「気にするな。俺が飲みたいだけだ」
そう言って、ジークムントはキッチンに移動するとティーセットなどを用意し始めた。
その様子を目で追った後、気がついたように男たちは客間のソファーに座った。
「しかし、思っていたのと違うな」
スーツの男がそうつぶやくと。
「何がだ」
ジークムントがそれを聞いて、お菓子などを先に持ってきた。
「!!・・・。いえ、ボスは正式に魔導師となったんですから、もっと豪勢な生活をしているのかと」
「十分豪勢だと思うが」
「前と変わらないので」
「ああ、面倒だからだ」
そう言って、ジークムントは頭を掻いた。
「面倒ですか」
「馬鹿みたいに俺の金を嗅ぎつけた奴らが来たが金を運用するつもりなどないからな。金を持って何が一番大変かと言えば金を持っていれば使わなければならないと言う奴らをあしらう事だからな」
「なるほど」
「本音を言えば、金よりも今は情報が欲しくなったからだろうな」
「そう言うもんですか」
「そう言うもんだ」
そう言って、ジークムントは再びキッチンに行きティーセットを持ってくると男たちの対面のソファーに座り、男たちに紅茶を振る舞うと。
「さてとルートの話だったな」
「はい、私たちの知らない薬のルートが増えてきてまして」
ジークムントは元はマフィアをしていた。今回、その時の部下が薬のルートについての大きな問題が生じたことでジークムントに相談しに来たのである。
「それだけなら、よくある話だろ」
「そうです。そこまでなら、他のマフィアがやっていると考えられる。しかし、どうやら違うようなんです」
「ん、なぜ、そう思った」
「量がおかしいんですよ。売人に渡されてる薬の量が。通常を遥かに超える量が一人の売人に渡されているんです」
「そりゃ、怪しいな」
「ええ、そんなことをしたら売人が馬鹿ならば簡単に値崩れしてしまうし、薬中を増やせばサツが大きく動く事になる」
「メリットが見当たらないな」
「まるで、薬中を増やすために行われているようなんです」
「それで俺に何をしろと」
「・・。この件はすでにサツも嗅ぎまわってますが現状、何も分かってはいないようです。それほど今回の相手が切れる奴であると言う事とまるで愉快犯のような薬の撒きかたから予想ですが魔導師の可能性が出てきまして、以前、ボスが仰っていたようにイカレタ魔導師が蘇ったことがあると言う事でしたがそれではないかと」
「なるほどな・・・・。つまりは俺に用心棒をやれと」
「いえ、そんな。ただ、もしそうだった時我々では」
「・・・分かってる。意地悪をいった。そいつが一人かは知らないが主犯が何を考えて行ったのは気になるな。いいだろう。そうと決まったら、こんなところで油を売っていてもな」
「はい、すぐに現場にご案内いたします」
二人はすぐに身支度を済ませると現場に向かった。
ここでいう現場は見つかった売人が薬を隠していた場所である。街中の倉庫の中の積み上げられた袋の幾つかが薬になっていたらしい。スーツの男は売人の方を捕まえて薬の場所を吐かせたところ、ここが見つかったらしい。
「なるほどな」
ジークムントが積み上げられた袋を見ながら言う。
「これだけの薬の量を吐いたことから、これは売人に渡された物であることが分かったんです」
普通に考えれば、仮に吐かされたとしてもこれだけの薬がある場所をまともな裏稼業の人間がたかが一売人に教えるはずなどない。それはその売人が薬を一人で持っていた事に違いないのである。
「それで肝心の売人は」
「それが・・」
スーツの男の言葉を遮るように黒いコートに煙草を加えた中年の男が現れた。
「よう、懐かしいな。ジークムント」
「け、刑事さん。懐かしいな。この事件の担当か」
中年の男は刑事でジークムントとも何度か話した事がある。
「まあな。色々と面倒を起こしてくれたが、魔導師になるとは出世しやがって」
「いやいや、あんたが出世しないだけだ」
「出世すると、馬鹿どもの相手ができないからな。大方、あの売人の事だろうが奴はうちの署にいる。魔導師様が署を襲えば話を聞けるだろうがあの売人は何も知らんよ。ただ、薬を渡されただけだ。それ以上はいえん」
「十分だ。だがそんなに教えていいのか」
「教えても問題ないさ。今回の事件、また何かが起きない限り、手掛かりはないままだ。お前らがかき回すぐらいでいい。それに裏で魔導師が関わっていると言う話もある。もしそうなら俺達では手が打てん」
「そうか」
「じゃあな」
警察の男は去っていった。
「結局は何も分からないことが分かっただけか」
「そうですね」
「ここらを歩いてみるか」
ジークムント達は街の方に向かって行った。
街は街灯が仄かな光をこの港町に与えていた。伝統的な英国様式の建物の中でいくつかの酒場から静かな音楽が流れてくる。静かでそれでいてすぐに闇と言ってもいい苦みを感じさせる。多様で雄弁でそれでいて大人しく自己紹介をしてくれるそんな街である。
建物一つを通り過ぎようとするとそこから見たことのある女が何人かの白衣の集団を連れて出てきた。胎動する様な確かで雄大な力を彼女は放っている。
「テレサ」
「ジークムントか」
「お前がなぜ、ここに」
「ああ、ここらの大学で魔法と医学の講義をやっていただけだ」
「そうか」
「お前こそ、何故ここに黒服の男を連れて」
「別に言う必要はないだろう」
「・・。まあいい。ヴェルナ―やソフィは元気か」
「ああ、元気にやってる。ヴェルナ―は最近は研究に没頭しているな。ソフィはキングが動き出したことで大変だと言ってたな」
「そうか。しばらくはこっちにいるんでな。後で酒でもどうだ」
「ふっ、お前とか。俺とお前は逆を向いた人間だろ」
「そうか?少なくとも逆なら争いは起きないだろう。ぶつかり合いようがないのだから」
「面白い事を言う。いいだろう。だがしばらくは無理だ。仕事がある」
「そうか」
「仕事が終わったら連絡しよう」
「ああ、楽しみにしている」
そう言うとテレサは白衣の集団と共に街の闇に消えた。
「なんというか、変わった人でしたね」
スーツの男はジークムントと街を移動しながら、話し始めた。
「ああ、テレサは変った奴だ。ヴェルナ―はさておき、他の魔導師連中はヴェルナ―の仲介があっても最初は俺に対して警戒していたがテレサはそうでなかったからな」
「マフィアだと言う事を知らなかったんですか」
「そんなことはない。最初は単に人に興味がないのかと思ったが、だいたい警戒心の無いのはこのタイプだからな。そうではなかった。テレサは知っていただけだ、弱さと言うものを」
「なんだか、難しいですね」
「まあ、俺もあいつのことは良くは分からん」
しばらく移動すると路地の一角に一台のトラックが駐車していた。トラックの荷台には二人の男が居て、何やら話をしている。
「怪しいですね」
それを見てスーツの男は囁くような声でジークムントに話しかける。
「・・・露骨すぎるな」
「罠ですか」
「まあ、問題にはならんだろう」
魔導師であるジークムントは罠などは問題ないと判断しトラックの荷台に音を立てず近付く。その後を追う様にスーツの男も拳銃を手に荷台に向かう。
「本当にいいんですか。どう見ても億はいくでしょう、これ」
トラックの荷台の中の男はそう言った。
「心配すんな。俺が渡すと言っているんだ、分かるな」
「へ、へい」
その声と同時にジークムントはトラックに入っていき、その勢いのまま、一人の男をトラックの外に引き釣り出した。それをスーツの男が受け取り頭に拳銃を突きつけながら取り押さえる。
それを確認し、ジークムントはもう一人の男に目をやる。男は奇抜な服装をしていた。体中に巻きつくような黒と白の服が目に入ってくるがその服の面積は小さく、所々で肌が露出している。そして、その露出している部分、部分から同じように体に巻きつく蛇や悪魔のタトゥーが男の白い肌から顔を覗かせている。
「やああああああああと、会えたなあ。お前がジークムントだろう。随分と探したんだぜ」
「生憎、俺の事を目の敵にしている人間には覚えが多すぎてな。お前は誰だ」
「そうだな。自己紹介は大事だ。俺はフィッシュという。恐らく、お前が探していたであろう。麻薬を馬鹿みたいにまき散らしてる男さ」
「そうか、お前が。何をやっているのか、自覚はあるのか」
「魔導師ジークムントに逆らってるってだけだろう」
「よく理解しているな、簡単には殺さんぞ。例えお前が自殺志願者でもお前を生かし続けてやるよ」
「はは、こええな」
「だが、その前にお前がなぜこんなことをしたのか理由を聞きたいな」
「なるほど、聞いていたように知りたがりのようだなあ。いいだろう。教えてやろう」
「ありがとうよ」
「お前はどんな生き方を望む、ジークムント」
「時間稼ぎでもしたいのか」
「ああ?そんなわけがねえ。単なる質問だ」
「まあいい。答えてやる。自分のやりたい事を知り、行う人生だ」
「シンプルだが分かりやすいな。そう言った人生の生き方は二つしかないと俺は考えている。太く短いか薄く長いかだあ」
「くっははは。思っていた以上に考えている人間のようだな」
「うるせえ。そう言った人生の生き方で俺は太く短くを選んだ。つまらない人生など嫌だからな。なら、濃厚な生とは何だと考えればそこには快楽があるべきだろう。女、酒、そして薬だ」
「なるほど、そこで薬が出てきたのは分かったがそれがどうして薬をばら撒く事と繋がる」
「人生はなあ、刹那的でなければならない。多くの生命が己が人生をかけ、その声を上げるそんな劇的な何かでなければならない。だが残念にして人間は走り続けられるわけじゃあない。時に快楽と言うエネルギーを必要とする。そこで薬だあ。それがあれば死ぬまで全力で走り続けることができる。その人が燃え尽きるように作り上げる多くのエネルギーこそ最高だろう?」
「イってるな。大多数はそんな生き方しないだろう」
「んん、勘違いしているな、ジークムント。薬は人にそれを強制させるんだぜ。多くのそう言う生き方をする人間は目の前に薬のような強烈な何かによって燃えるような生き方をしているだけだ。薬はそれをやった人間の多くに強制する。まあ、大概は犯罪と言う形で燃え尽きるがなあ。がははははははは」
「理解した、お前は封印された魔導師だろう」
「ああ、そうだが」
「アドルフと言い、お前と言い本当にいかれてるな。世の中には死んだ方がいい人間って奴もいる。いい教訓になったよ、フィッシュ」
「ほう、教訓はもう一つ増えるぞ。フィッシュには逆らうと死ぬっていう教訓がな」